大冒険者時代 6
俺たちは、いっぺん21層で魔法の練習をすることにした。
低層はウチや病院の職員が入ってるし11層はマニー達がいるので、彼らの邪魔にならないようにだ。
「<フリーズ>の属性は水、もしくは氷かな? <フレームインフェルノ>と同じような範囲魔法だけど、ターゲットの活動阻害系になると思う。<アイスピラー>は、まんま、つららの槍だよね」
俺は、現れた人間大の狼に、まず<フリーズ>を使ってみる。
狼は寒さには耐えたようだが、身体や脚にまとわりつく氷で確かに動きは鈍くなっている。
そこに。
「<アイスピラー>!」
俺たちが使う槍と同じほどのつららが出現し、同時に敵に向かって飛んでいく。
「おおー」
一同みんな、感心したように声を上げた。
半日くらい21層から下に進みつつ、俺たちは全員で<フリーズ>と<アイスピラー>の習熟に励んだ。
31層でいきなりバジリスクに出会ってヤバさを体感しただけあって、全員、魔法習熟に懸ける気合いが違う。
「一応、<レジスト>なんかもさ、これは石化にも効く、って俺たちが思ってかけると効果あるかも知れない」
魔法は、結構術者のイメージが重要だ。
「まあそれはやってみるしかないけど、基本、食らわないように各自注意するしかないよな」
兄貴は最初に石化を食らったから、慎重というか悲観的だ。
ちなみに、兄貴は新兵器を用意している。
TAC15iというクロスボウだ。
実銃であるM-16をクロスボウに流用する改造銃だが、日本の銃刀法で問題にならないように、実銃の部分をモデルガンに変更しているものだ。
アーチェリー型ではなく、ボウガンと呼ばれるタイプのものだが、そのままではモンスター相手に効果は薄いと俺たちは考えていた。
ところが兄貴は、ランボーという映画を見て工場長の三枝さんに鏃量産を依頼。
そして、鏃の先端に魔鉄を使用して、<エクスプロージョン>をエンチャントした。
「これでダメならRPG-7使ってやる」
「いやそれはやめて、さすがにフィールドダンジョンじゃないと危ないし、うるさすぎるから」
TAC15用のボルトは、実際はアメリカから直輸入した方が安い。
まとめ買いすれば一本10-15ドル程度で購入できる。
それでもウチの工場に量産を頼んだのは、製造ノウハウの熟練を目的にしてるかららしい。
「いくか!」
気合いの入った兄貴のかけ声と共に31層リトライを開始する。
兄貴は長槍からクロスボウに装備を代えた。背中に矢筒を背負って、予備の矢を準備する。
俺達は長槍のままだ。
前回と同じく川の岸までエンカウントなし。
そして、川の右手、上流のほうにでかい反応が一つ。
「沙織ちゃんはフリーズ、恭二はアイスピラー。ケイティとチャーリーは万一に備えて。俺は、コイツだ」
兄貴はTAC15を構える。
凄まじい勢いで俺たちに反応して、人間など丸呑みに出来そうなバジリスクがこちらに向かってくる。
「やれ!」
兄貴の号令と共に
「<フリーズ>!」
沙織のフリーズが展開する。
明らかに嫌がるそぶりを見せるバジリスク。
俺がそこにアイスピラーを展開させる。
胴体に、俺が発したアイスピラーが剣山のように地面からバジリスクを縫い付ける。
だが、致死には至っていないようだ。
シャーーッ!
忌々しげにヤツはこちらに大口を開けて威嚇する。
そこに、兄貴のクロスボウの矢が当たり、エンチャントされた<エクスプロージョン>がはじけ飛ぶ。
どう、と音を立ててバジリスクは寝転がり、そして、魔素と化して消えた。
「……よし、よし!」
兄貴は右手を握りしめて小さくガッツポーズを作った。
「ヤツと目があった。このバイザー、効くぞ!」
ボウガンで狙ったとき、ヤツの赤い瞳が兄貴を捉えたそうだ。
「やべえと思ったけど、全く問題なかった。これで、毒さえ気をつければ何とかなりそうだな」
俺たちは、ここで向こう岸にわたるためゴムボートを使う。
洞窟内でのモーター音はかなり気になる。
出来れば、消音のモーターが欲しいところだ。この辺はヤ○ハの人たちに相談してみよう。
俺と沙織で気配を読みつつ進む。
ボス部屋までに、もう二体のバジリスクとエンカウントした。
今度はケイティがアイスピラー、シャーロットさんがフリーズで対応。
兄貴は、クロスボウ習熟のため、先頭固定だ。
「確かに、バイザーは効果があると思います」
フリーズを使ったためか、ヘイトが集まって石化のにらみを受けたシャーロットさんが確認する。
全身に異常なし、だ。
兄貴の言うとおり、毒の危険がある距離に近づかせず殺せれば、もはやバジリスクは敵ではない。
俺たちはボス部屋にたどり着く。
「にわとり?」
「んなわけあるか」
兄貴の突っ込みが入った。
「バジリスクを従えてる鳥となると、コカトリスでしょうか?」
シャーロットさんが言う。
「石化デス?」
「……多分」
面倒なマップだ。
「コカトリス1、バジリスク2か。どうだ、何とかなるか?」
兄貴が一同に確認する。
まあ、やるしかないだろうな。
「俺が開幕で<エクスプロージョン>使うよ。兄貴はクロスボウで討ち漏らしに対応。ケイティは<フリーズ>、沙織は<アイスピラー>、シャーロットさんは兄貴のバックアップで」
「了解」
俺が先頭に出て、指を折ってカウントダウンする。
「<エクスプロージョン>!」
俺の自重なしのエクスプロージョンがコカトリスを中心に炸裂。
その直後、ケイティと沙織の魔法が、二匹のバジリスクの周辺で空気を凍らせる。
「よし!」
生き残りの一体の頭を兄貴のクロスボウが吹き飛ばした。
「ドロップは……これはまた」
コカトリスのドロップは、尾羽だった。
装備系素材なんだろうなあ。多分使うことはなさそうだ。
俺たちは一休みしたあと、早速下層へ。
32層も上層同様、地下水脈のようなダンジョンだ。
そして、いつものパターンだとしたら、この層の雑魚は、コカトリスと言うことになるだろう。
前方からコカトリスがやってくる。
「<フレイムインフェルノ>!」
「お、効いてるじゃないか」
俺のフレイムインフェルノは、コカトリスに効果があった。焼き鳥だ。
ドロップは相変わらず尾羽。
鳥だがどうも飛ばないらしく、コカトリスは単体で出てくる限り、それほど俺たちにとっては苦戦する相手ではなかった。
ウチのパーティは魔法火力が圧倒的だからだ。
フレイムインフェルノをメンバー交代しつつ使い、さっさとボス部屋に。
「……なんか、嫌な予感……」
沙織がボス部屋を覗いて青くなる。
「サソリだな」
コカトリスを2匹従えた巨大なサソリがでんと構えている。
「コカトリスは<フレイムインフェルノ>でいいとして、あいつ、どうする?」
「うーん、兄貴はとりあえずクロスボウで。沙織はサソリにフリーズかけてみてくれる? ケイティとシャーロットさんは、一人一匹ずつコカトリスにフレームインフェルノ。俺はサソリに何が効くか試してみるよ」
「よし、いくか」
兄貴は指でカウントダウンし、飛び込んだ。
前衛のコカトリスはやはり<フレイムインフェルノ>で片が付く。
だが、沙織のフリーズで動きを止められたサソリは、俺たち誰もが想像していなかった一手を打ってきたのだった。
「な、なにこれ……」
「か、らだが……」
俺たちの周囲にはドーム系の何らかの状態異常が起きている。
サソリも行動阻害をもろに受けているが、自由になる尻尾をブンブン振り回し、ハサミで俺たちを威嚇している。
「く……そ」
兄貴はクロスボウをあきらめて
「<フリーズ>!」
フリーズを重ねがけした。
今あいつに自由になられると、こっちがヤバい。
サソリに炎系の魔法は使いたくない。すると、残る選択肢は少ない。
エクスプロージョンがあの堅そうな甲羅を通らなければ、一転してこっちがピンチになる。
となると……
「<サンダーボルト>!」
俺の渾身のサンダーボルトは、ヤツの尻尾に見事に落ちた。
そのまま、ヤツは消し炭になり、魔素になって消えた。
ヤツは消えてドロップに変わったが、一向に俺たちの状態異常は消えない。
くそ。
全員耐えきれず、床に貼り付けられるようにうつぶせに倒れる。
「き、恭二、な、んとか、しろ」
そう言われてもな。
この周囲だけなんか、まるで重力をいじられたように……重力?
そうか。
「やってみ……る」
もしこれが重力系の状態異常なら。
サソリ……属性は地だろうか? 魔法の本質は<重力>。
「<アンチグラビティ>!」
正解だった。
状態異常を脱した俺は、全員にアンチグラビティを掛け、やっと全員人心地が付けられたのだった。
ドロップは毒の尻尾だった。
こんなものを、どうしろと?
俺たちは、這々の体で30層のテレポートルームに戻って地上に帰った。
さすがに、あのサソリの攻撃には寿命が縮む思いをさせられた。
正直もう今日はシャワーを浴びて、クーラーの効いた部屋で半日くらいは伸びていたい。
全員同じ思いだったのだろう。
俺たちは本社ビルの自室にほとんど全員無言で戻った。
そして夕飯まで誰1人、部屋から出てこなかった。
あの重力魔法はきつかった。術自体も微妙に全身の感覚を狂わせてくれた。
だがもっともヤバかったのは、あのサソリの恐怖だ。
もし、フリーズでヤツを凍り付かせて行動不能にしていなかったら、俺たちはマジでヤバかった。
<アンチグラビティ>が理解出来た今となっては、もうヤツは敵じゃない、おそらくは。
だけど、やはり初見は怖い。
準備のしようがないのが一番怖いところだ。
だが、俺たちは翌日にはダンジョンに潜った。
トラウマにするわけにはいかなかったのだ。
苦手を作ると、俺たちの心が萎えてしまう。だから、今日は完膚無きまでにたたきつぶす必要があるのだった。
「全員の服に、<アンチグラビティ>のエンチャントを重ねがけしよう」
俺は宣言し、実行した。
不思議な話だが、地上で作られたごく普通の難燃繊維である俺たちの冒険者服は、使い込むウチにエンチャントが掛かるようになっていく。
魔素に晒され続けたせいなのかも知れないが、武器に+5とかの成長があるように装備も成長してるんだろう。
俺たちは全ての装備に、改めて<レジスト><アンチマジック><アンチグラビティ>のエンチャントを施した。
例のサソリのグラビティは、アンチマジックを超えて俺たちに効果を発揮した。
そう考えるとあれは魔法ではなく、スキルの一種なのかも知れない。
アンチグラビティについては、もう全員に説明した。
おそらく、ウチのメンバーだったら誰かしらマスターできるだろう。
俺たちは、32層まで一気に進み、例のボスに完封勝ちを収めた。
ヤツは明らかにまた<グラビティ>を俺たちに掛けてきた。
だが、きっちりと<アンチグラビティ>は効力を発揮してくれた。
沙織の<フリーズ>と兄貴の<サンダーボルト>でサソリは沈んだ。
これでいい。こうやって乗り越えていくしかないんだ。




