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大冒険者時代 1


翌年一月は、奥多摩ダンジョンとヤマギシにとっては、嬉しいニュースが目白押しとなった。

まず。

俺たちが米軍の遭難から救出した9人のうち、5人の軍曹たちが除隊して、俺たちの会社に入ってくれる事になった。

ちなみにその5人は、以前ここで修行したあいつらだ。

彼らは、3月いっぱいで除隊すると共に、名誉除隊証を獲得できる運びになっているようだ。

新しく創設されたダンジョン出征勲章やパープルハート勲章、シルバースター勲章など、いくつも勲章を獲得したと幸せそうに自慢していた。

日本語には難があるだろうけど、実力は折り紙付きだからありがたい。

じっくり日本語をマスターしてもらって、ゆくゆくはうちのエースチームになってもらえたらありがたい。

そして、うちに<リザレクション>の修行に来た40人の医師から、4人の人材がうちをベースに活動してくれる事が決まった。

これは、本人たちの強い希望はもちろんの事、ウチでの育成の効果が、冒険者協会に認められての措置だった。

日本の川口医師を筆頭に、イギリス人、フランス人、ロシア人の例の「落ちこぼれ」組が来てくれる。


「やっぱり病院を作った方がいいかい?」

オヤジが川口医師と相談をしている。

「それは……もちろんあるとありがたいです」

「どのくらいの規模で?」

「そうですね……もし予算に制限がないのでしたら、総合病院クラスがいいと思います。いずれ<リザレクション>を使った医療は世界中を覆うと思いますが、現状では、魔法(スキル)のあるドクターがいる病院に、患者は殺到するでしょう」

なるほどな。

それは確かに間違いのない事だと思う。

「じゃあ、どのくらいの大きさの病院が必要なんでしょう?」

「500床クラスが理想です」

病院は床数、つまりベッド数で規模を測る。

500床と言えば、都心の総合病院、それも大病院と呼ばれるクラスになる、と俺は後に知った。

それはもちろん、川口医師にも考えがあっての事だった。

「<リザレクション>で治療をすると言っても、まず事前に全身を検査し、治療後に改めて再検査をして、退院という手順を踏まないと、患者も、監督官庁も納得しないでしょう」

そのためには、医師が施術を行う前、そしてそのあとに患者が滞在するための設備が必要となる。それは言うまでも無く、重病人のためのしっかりしたものでなければならない。

そして、院内で完結した検査環境。

CTスキャン、MRI、放射線科、生検分析、処置室。

心電図や超音波検査室など。

そうした施設は必ず必要になる。と川口医師は言った。

「いくらくらいかかるんですか?」

オヤジの質問に、川口医師は、さすがに緊張で冷や汗を掻きながら答えた。

「50億から100億はかかるかも知れません」

「分かりました。実は土地には当てが出来たんで、ウチで作りましょう」

オヤジはけろっとそう答えた。


実は、ヤマギシは巨額の黒字を抱えている。

IHCからの契約金は工場建設、複合施設などの建設費に消えたが、魔法発電プラントのロイヤリティは10%が契約価格から無条件で払われる。

一プラント当たり何十億から何百億だから、その1割は大きかった。

加えて、一本あたり1000万円という価格でも燃料ペレットは飛ぶように売れている。

そして、俺たちはまだ出来たばかりの企業だから、設備投資をして将来に備えないと、どんどん税金で持って行かれてしまうのだ。

別に誰が悪いわけじゃない。

収入をあふれるに任せて将来を見越した投資が出来なければ、俺たちのぼんくらが悪いという事になるだろう。


だったら、出来る投資はどんどんしよう。

ヤマギシとしてはそう決めていたのだった。


川口医師に、開業に必要なドクターを選んでもらい、早速俺たちが<リザレクション>習得のためのブートキャンプを行う。

その間に、いつもお世話になってるゼネコンや政府諮問委関連から医療設備の企業などを招き、病院の設計から納入計画やらを立てさせ、さっさと支払を決めてしまう。

決算前の大盤振る舞いだ、とオヤジは笑っている。


この病院の建設予定地は、うちの隣にある小学校だ。

町議会で埒のあかなかった移転計画は、政府と東京都に乗っかってもらう事で迅速に決定した。

ウチもそれなりの金を出す事にはなったが、税金で払うか寄付金や購入費で支払うかの違いでしかない。

小学校は、現存する町立中学校の横を大規模整地して移転させる事になった。

あわせて周囲の公共施設や個人所有の畑なども買い取ったから、500床もの大病院であっても建設に目処が立ったのだ。


また、駅前の商業施設やスーパーや個人病院や鍼灸院などの土地も、ウチが休業補償をした上でいっぺん買い取り、現保有分の土地と同等の権利を改めて提供する事で、大型商業施設へと再開発する事が決まっている。

それにあわせ、駅前に幹線道路を接続させたりといった事業も東京都と共同で行っている。


明らかに、奥多摩の人口に比べて過剰な投資ではあるけど、もしダンジョンに冒険者が押し寄せてくるようになるのなら、無駄な投資ではないだろうという判断だった。


ちなみに、税制面の問題から、新しく作る病院は社会福祉法人になる事が決まった。

川口医師は、資格者――医師、看護師や技師などの確保に奔走し、オヤジやおじさんたちも、ゼネコンや司法書士や公認会計士といった人たちとうんうん唸る日々が続く。

ちなみに、監督する東京都とはすんなり話がまとまったようだ。

もう一方の厚生労働省のほうは、官房長官と厚生労働大臣が直々に口添えをしてくれたので、目立ったサボタージュもされずに済んだようだ。

ウチにとって厚労省は鬼門だからなあ。主に俺が原因ではあるんだけど。


ちなみに。

うちに来てくれる外国人医師の3人は現在、臨床研修として川口医師の所属する病院に勤務しながら、日本語の勉強に励んでいる。

なんでも、日本には外国人医師に医療をさせる制度がきちんと出来ていないらしいんだ。

それに、<リザレクション>も現状、まだ正当な医療行為に認可されていないらしい。

ウチが病院を完成させるまでに、何とかして欲しいところだ。

そうでないと、彼ら外国人医師はたった2年で一度帰国させねばならなくなるんだそうだ。




兄貴の先輩による研究部は、まず最初のヒット商品を生み出した。

「魔力計測器」だ。

現状では、ダンジョンに潜った人間たちの体内の魔力は計れていない。

実際には計れてるんだけど、実験台を兄貴に代えると、オーバーフローしてしまうんだそうで、何らかの改良が必要だけどまだアイデアが出てないんだそうだ。

用途は、魔法燃料のペレットの、バッテリーチェッカーみたいな感じだ。

これは、俺たちが生産するペレットの品質維持に役立つし、使用する側にとっても、燃料のリチャージ時期が分かるために重宝する。


「この計測器の本当の価値はな、全自動で燃料ペレットを交換するロボットが作れる事だ」

兄貴が得意げに俺に説明する

「ロボット?」

「ああ。産業用ロボットだ。例えば、コンピュータで常時このペレットの魔力残量を計測しておく。で、残量が少なくなったら、自動的にマニピュレータで交換すればいい」

そうすれば発電機は止めずに連続使用が出来る。

ちなみに、マニピュレータは、ゲーセンのクレーンゲームみたいなもので、あれをコンピュータで自動制御するんだそうだ。

途中で落としたら大変そうだなと思ったが

「馬鹿あれはわざと弱く作ってあるんだよ」

そうじゃなかったらゲーセンが大赤字だろ。

兄貴は笑った。


そのあたりはまず、さっさと周辺特許を含めて申請済みだそうだ。

日本が世界に誇れる産業のひとつが、こうしたファクトリーオートメーションといわれる分野だそうで、すでに兄貴たちは、どこに特許権を与えるのかの選定を検討してるそうだ。

発電プラントに関してはIHCに一任しているため、IHCも選定には参加してきているが、やはり本職の精度にはかなわないらしい。


計測器についても、大手家電メーカーが数社、製造ラインの獲得を目指してきているそうで、兄貴は残念ながら、冒険が出来る状況ではなくなっている。

シャーロットさんも、外国企業からの見学やら交渉やらのため兄貴と常に同行しているので、川口さんが育成を依頼してくる医療関係者のダンジョン同行は、俺と沙織で行っている。


そういえば、病院建設は建設費をこちらの都合で前払いしたものの、医療法人の設立に最低でも8月まではかかりそうな状況で、建設もそれにあわせたスケジュールになっているそうだ。

まあそもそも、代替の小学校が完成するまでは今の校舎が使われるんで、それまでは整地も出来ないんだけどね。

その間は、シフトを緩くしたお医者さんや看護師さんが、それぞれ今の職場で働きつつ、休日を使って訓練をしているのだ。

川口さんが行った求人には、定員の3倍以上の応募があったらしい。

特に女性の看護師さんたちには好評だったようだ。アンチエイジング効果らしい。

ドクターたちにとっても、まさに最新の魔法医療の最先端に加われる機会という事で、ずいぶん問い合わせがあったらしい。

「それでも、女性医師が多いんです」

川口さんは苦笑していた。


川口さんは、大学筋の知人などを頼ってスカウトなどもしていた。

彼の師匠に当たる大学教授が、時折俺たちの開くダンジョンの講習会に来ている。

もうじき定年が近い教授(せんせい)だけど、だいぶダンジョンで若返って帰って行った。

4月になったら退職して、病院開設までの間に<リザレクション>をマスターするからよろしくって笑っていた。


ちなみにウチの作る病院に内定してる人たちには、無料で講習を行っている。

もし、開設時に勤務してもらえなかった場合は、全額支払ってもらう事に契約上なっているけど、たぶん問題なく来てもらえると思います、と川口先生は言っていた。


そういえば、こんな真冬の奥多摩だけど、ウチのコンビニはかつてない忙しさになってるらしい。

小学校の新設。駅前再開発などで5社ものゼネコンがフル稼働中だからだ。

この一年で、ウチの周りの地図はかなり変わっちゃったけど、来年の今頃は更に変わってるんだろうな。




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