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序章――奥多摩個人迷宮誕生4

「恭二、沙織ちゃんが来てくれたぞ」

兄貴がその日の夕方、玄関から怒鳴った。

俺は自宅の二階にある自室から降りると、居間に通された下原沙織に

「よぉ」

と声をかけた。

すると、直前まで談笑していた笑顔の沙織が急に顔を崩し、泣き出した。

そして、俺の胸に飛び込んでワンワン泣き出した。

いやワンワンというかぐじゅぐじゅというか。

さすがにあのスプラッタな俺の姿を見て沙織にもクるものがあったらしいんだが、こうしてほぼ一週間ぶりに顔を合わせると、まあ俺が無事だって事で、心のどこかで張り詰めていたものが一気にはじけたらしい。本人曰く。


「恭ちゃんひどいよ。恭ちゃんの無事知ったのテレビとか、あり得ない」

「やーすまん。それなりにいろいろあってさ」

「いろいろあったのはまあ……学校にも来てなかったし、ニュースでも、ね?」

「やっぱ学校でも噂になってる?」

「当たり前だよ! しかもダンジョンとか!」

沙織もスマホのゲームくらいはするらしく、それなりにゲームのことは知ってるようだった。

「あたしも行きたい!」

なんですと?

「いや、俺もまだ二層までしか潜ってねえし。もうその辺で剣とか持ってる敵出てるからなー」

万一でも沙織に何かあったらご両親に申し訳ない。

「じゃあ、とりあえず安全なところまででいいからさ?」

そこまで言われると断り切れないな。

「まあ、どっちにしろCCNの人たちも連れてくことになっちゃったからな」


そうなのだ。

あの後、彼らもカメラを持って中に入ることになっていたのだった。

「CCNって、あのきれいなキャスターの人?」

「おう、シャーロットさんな」

「むう」

なぜそこで膨れますか沙織さんや。


「じゃあ明日朝八時に集合な」

夕飯前に沙織は帰宅した。

結局連れて行くことになったので、沙織にはとりあえずジャージと弓道用の胸当て持参できてもらうことにした。


「で、俺はなに持って行けばいいんだ?」

兄貴が飯を食いながら聞いてきた。

「兄貴だったら、やっぱ金属バットでいいんじゃないかな?」

俺は、二層のゴブリンもバットで一撃だというと

「じゃあ7番アイアンとかでもいいんじゃねえの?」

そんなことを兄貴が言い出した。

「ゴルフクラブのシャフトって結構やわくない? すぐ駄目にしちゃいそうな気がする」

まあバットだってへこんだりしてもう本来の用途には使えなさそうだけどさ。

でもゴルフのセットって安くないらしいし。

「日本刀とか使えたらいいんだけどなあ」

「銃刀法があるしな」

「銃刀法はともかく、店があんな状態じゃ、うちにはそんな金ねえぞ」

俺たちの話にオヤジが口を挟んだ。

……たしかに。

刀って一本いくら位するんだろう? あとで検索してみるか。

金属バットだって安くはないけど、一本2-3万円で買えるし、用途を考えたら別に新品の必要もないしな。

問題は、どの辺の敵にまで通用するかだろうな。


食事の片付けが終わって部屋で刀についていろいろ調べてみた。

うん。要するに自宅に鑑定書、もしくは登録書のような書類がある状態で置かれてる分には問題がないらしい。

ただ、刃の付いた真剣はオヤジのいう通り高かった。

五十万とかか……。手が出ないなあ。

それと、場合によっては槍とかのほうが良さそうかも知れない。

戦国時代の主要武器は日本刀じゃなくて槍と弓だったらしいしな。

刀だと、間合いの問題があって危険かも知れない。

まあ、どっちにしろしばらくはうちに転がってる金属バットが俺たち兄弟のメインウェポンだ。




翌朝。

遠足前の小学生並みに瞳をきらきらさせている沙織と、反対に、修学旅行二日目の中学生のようにどんよりした生気のない兄貴、それにCCNのスタッフ三人とシャーロットさん。今日のメンバーがそろった。

「わくわくして寝付けなかった」

兄貴がぼそっと言った。理由も修学旅行先の宿で興奮した中学生と同じだった。

「……俺も行きてえ」

見送りのオヤジがぼそっと言う。

「……今日は警察のお偉いさんとか本部の人とか保険会社の人とか来るんでしょ?」

「分かってるって。どうせあんなゲート(もん)があればもうあそこじゃ店は出来ないしな」

オヤジは今後のことも含めて本部の人と相談するようだ。

警察のほうは、一連の不手際と、半ば強制的に居座っているような状況について何らかの説明があるらしかった。

俺たち家族の知ったことではないな。


ちなみに、沙織は学校指定のジャージではなく、いわゆる一流ブランドのスポーツウェアに身を包み、家にあった弓道用の胸当てをしてきていた。

俺と兄貴もトレーニングウェア上下だ。

CCNのスタッフ達はカジュアルな服装だ。シャーロットさんは空気が読める大人の女性らしく、きちんとトレーニングウェアを着てきてくれた。

スーツ姿だと走りにくいしな。

「じゃあ、行きますか」

俺が先導して、浸食の口に向かう。

俺と兄貴はヘッドライトを装着しているけど、正直今日はCCNのスタッフが持っているハンディタイプの照光器があるんで、光源はばっちりだろう。


浸食の口をくぐると、洞穴のような導入口がだらだらと下降している。

そして、第一層。

早速、ちぃちぃ高周波で鳴く吸血コウモリがお出ましだ。

俺はインベントリから金属バットを2本指定して自分と兄貴の分を用意する。

「あれどうやって倒すんだ?」

兄貴がコウモリを指さして俺に聞く。

「基本、バットに当たれば一撃で死ぬ」

俺は早速警戒しつつこちらに近づいてくるコウモリをばっさと撃ち落とす。

「これがドロップかな? この石出たら俺にちょうだい」

「わかった」

兄貴も俺の反対方向にバットを持って進んでいく。

数分間で近づいてきた吸血コウモリを片付け、俺たちは先に進んだ。


「この先にこの層のボスらしいのが居るんだ。結構でかいけどそんなに強くないんで、とりあえずみんな様子見ててくれる?」

俺はそう言うと、例のボス部屋に入る。


キー!


例の警戒音と共に今回もボス戦が開始される。

しかし、前回と同じく落下しつつまっすぐ飛行してくるので、我が愛刀<金属バット+3>でフルスイング。

一撃でジャイアントバットを沈めるのだった。


第一層のボス部屋で一休みすることにして、俺は<収納>から人数分のペットボトルを出した。

「とりあえずまあ、こんな感じですけど……」

俺はお客さんであるCCNのシャーロットさんに話す。

「本当にウィザードリーなのね……」

「ええ。この下の階層はゴブリンが出てきますから、ますますそんな感じです」

「ゴブリンか。武器は?」

「雑魚はナイフでボスがロングソード。バットのほうが強いけど、やっぱ刃物持ってるし、万が一があるといけないから、ちょこっと戦ったら引き返そうか?」

CCNのスタッフ達は撮影機材を持ってるし何より丸腰だ。

沙織だけだったら俺と兄貴でどうにでもなるだろうけど、シャーロットさん含め四人のスタッフだと、俺と兄貴だけでは荷が重い。

おれの意図を全員が汲んでくれたようで、みんな無言でうなずいた。

「じゃこの先は、さわりだけってことで、行きましょう」

俺はボス部屋の先の階段を下った。


第二層のゴブリンは、照光器の明かりにひどくお怒りだった。

ギーギー唸りながらダッシュして俺めがけてナイフを突き出して突進してくる。

俺はそれを真正面からバットで殴りつける。

例によって倒れたあとできらきらと蒸発するように消えるゴブリン。

「撮影できました?」

人型モンスターにさすがに面食らっているCCNクルーに声をかける。

シャーロットさんが英語で短い会話をカメラマンとして、

「出来ればもう少し撮影したいです」

といった。

「分かりました。俺一人でちょっと先に行くんで、皆さんここでお待ちください。兄貴、ガードよろしくね」

「わかった」

さすがの兄貴も、事前に俺から聞いてたとはいっても、あのゴブリンの異相には驚いているようだ。

十数歩先まで歩いて、俺はゴブリンの気配を見つける。そちらにヘッドライトの光をことさらに見せつけると、ゴブリンが二体、騒ぎながら駆け寄ってきた。

そいつらを誘導しながらカメラの前に戻る。

照光器にあぶり出されたゴブリンは、二体とも俺めがけて飛びかかってきた。

だが、前回で慣れている俺にとっては、こいつらは敵ではない。

一体ずつ確実に一振りで撲殺し、落としたナイフと石を回収する。

そしてしばらく周囲を窺うが、どうにも近くに敵を感じなかった。

「……戻りましょうか?」

CCNのスタッフに提案すると、彼らも納得してくれたので、今回はここで引き返すこととした。


CCNのスタッフ達は撮影してきた映像の編集と放送があるということで彼らのロケバスに引き上げていった。

俺たちは我が家にいく。

居間では背広を着たオヤジと数人が会議的な話し合いをしていたので、俺たちは近所の中華屋さんで飯にすることにした。


「すごかったねーゴブリン」

「マジビビるって」

俺たちは、中華屋さんでラーメンなどを食べつつ、駄弁っていた。

「恭ちゃん、魔法とかは使わないの?」

「魔法?」

「ほら、ファイアボールとか」

「ああ、まだ使ったことないし使えるかわかんないな」

<収納>にしろ<回復>にしろ、そういえば俺は明示的に呪文唱えたりして使ってるわけじゃないし、もっというと、何となく「使わせてもらってる」んじゃないかという気がしてるんだよな。

誰というと、正体は分からないけどあの白いもやの正体に、ということになる。

「あたし使えたら使いたいなあ」

「俺もだな」

「いや兄貴は多分バット一本でも俺より強いから」


そうなのだ。

兄貴は地元の空手教室とか剣道教室に通っていた。野球小僧だった俺と違い、それなりにまじめにやっていたこともあって、どちらも段持ちだ。

大学で悪い遊びを覚えたのか、それとも体育会の雰囲気が合わなかったのか、ナンパで自堕落で時々家業のコンビニの手伝いをして生活しているが、基本、俺とは次元の違う強さを持っている。

「いや、歌って踊って魔法も使える戦士って最高じゃん?」

「ですよねー」

いや二人とも、そんな前衛いらんぞ?


午後からもう一潜りしようよ、と沙織が言うんで何となくその気になっていたのだが、兄貴のスマホが鳴って、オヤジに召喚されていた。

午後から来る保険屋との話し合いは同席して欲しいらしい。

どうもうちのフランチャイズの本部がいうには、保険屋が災害事由を『保険金支払いの免責』に当たると言い出しているらしい。

そりゃあり得るな。

だって、あの浸食の口が、保険屋が想定している自然災害に当たるかなんて法的な前例がないもんな。


兄貴は後ろ髪を引かれるような表情で

「しょうがない、二人で行ってこい。沙織ちゃん、こいつをよろしく」

などといいつつ、一足先に店を出て行った。




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