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序章――奥多摩個人迷宮誕生3

    ◇◆◇




俺は、浸食の口を通って迷宮に入り、帰ってみるとやっぱり機動隊だった警官に逮捕され、装甲車に乗せられていた。

両手は後ろ手に手錠をされ、取り押さえられたときに出来た擦り傷と打ち身で顔を腫らしている。

「なんの真似ですかこれ?」

「不法侵入の現行犯だ」

「不法侵入?」

俺はさすがに素っ頓狂な声を上げていたと思う。

「ここ、俺んちの敷地だし?」

「立ち入り禁止のロープ張ってあっただろう!」

フル武装の太ったほうが、ずいぶん威圧的に俺に向かってがなり立てた。

「ないよ。俺、店に入ったの家のほうからだし? うちの家の前にも立ち入り禁止のロープあったけど、俺を通したの警察の人でしょ?」

俺がそう言うと、背広を着た目つきの悪い男が一人、装甲車から出て行った。

そしてしばらくすると顔を引きつらせて戻ってきた。

フル武装の背の高いほうになにやら耳打ちをすると、フル武装Bは顔を引きつらせながらいった。

「公務執行妨害だ」

なんの公務だよ。


やがてしばらくすると、例の金縁眼鏡がなぜか現れた。

「本人確認のため、医師による身体検査を行います。採血をさせていただきますよ?」

またこいつか。おそらく何のかんのと理由を付けて俺を解剖したいんだろうな。

装甲車がのろのろと動き出したとき、金縁眼鏡のスマホが鳴った。

同時に、フル武装Aの無線も声を上げたらしい。


何秒か走った装甲車は、うちの親父と兄貴に行く手を遮られて停車した。

排除する気なのかフル武装が二人、扉を開けて出たとたん。

マスコミのハンディライトの交戦を集中放火され、更にデジイチのフラッシュが波のように止めどなく光っている。

「マスコミを下がらせろ! そこの二人は公務執行妨害だ!」

フル武装Aが怒鳴り声を上げる。

だが、この騒動は意外なところで収まることになった。

金縁眼鏡は電話を終えると車を出て行った。

「やめたほうがいいですよ。彼も今すぐ拘束を解いた方がいい」

「な……お前にどんな権限が」

「僕には権限がありませんがね、権限がある人からすぐ連絡が来ます。僕の電話は総理からでした。ああ、その無線の呼び出し、出た方がいいです。多分偉い人からです」




一転、即解放された俺が装甲車から出る。俺の姿を見つけたマスコミは再びフラッシュの波状攻撃をする。

頬から血を流し、右顔面を試合後のボクサーのように膨らせた俺の姿を、マスコミは余すことなく撮影していた。


どうやら俺を救ったのは、CCNというアメリカのケーブルニュースチャンネルの生中継だったらしい。

どういう方法で散らしたか知らないけど、うちを取り囲んでいた日本のマスコミ陣が一斉に消えた後。

俺があの口から出てきて、それを警察が拘束し、すったもんだの末に解放されるまでを望遠の高感度カメラで撮影し放送したらしい。

ほとんど言いがかりに近い公務執行妨害で捕まったにしては傷の大きい俺と無傷な機動隊員。

そして、息子が装甲車で連れ去られようとするのを押さえようと出てきたオヤジと、一緒に並んだ兄貴の姿と、それを排除しようとにじり寄った十人近い制服警官の絵も、CCNがリピートして放映し続けていた。

あの国の人間達は制服着てる人間が嫌いだもんなあ。

CCNが放送してしまえば、日本のマスコミもさすがに見て見ぬふりは出来なかったのだろう。

それでもCCNに比べ、日本のマスコミは非常に大人しめな報道姿勢だった。


解放された俺は、オヤジに手を引かれて自宅に引っ込んだ。

玄関で早速頭にげんこつをもらったが、オヤジの目が潤んでいるのをみて、俺は小声で詫びておいた。

ちなみに、腫れ上がった顔は玄関を通ったところで鏡に映った顔を見て、痛てえなと思って撫でたら治った。

まあマスコミにはあの腫れた顔のほうがインパクトあったろうし良しとしよう。




「ダンジョン?」

「ダンジョンだった」

「……」

兄貴の「非常に俺は疑ってるんだが」という意思が丸見えの反問に俺はまじめに答える。

オヤジは何か言いたそうだが結局無言。

「んで、何が居たんだよ?」

「んー、第一層は吸血コウモリで多分ボスがジャイアントバット。第二層はナイフ持ったゴブリンで、ボスは長剣持ってた」

「ベタだな」

「……」

「その下は?」

「ボス戦でゴブリン三体が連携してきたから大事を取ってそこで引き返したよ。一人だと危ないかも知れないしな」

「よし、じゃあ明日は俺も一緒に行こう」

兄貴の目が輝いてる。

「……俺も行きてえ」

オヤジがぼそっと言ったが、それはちょっとどうだろう?

警察に立ち入り禁止にされているために店舗の商品とかも手つかずだし、第一、ここ数日の連中の様子を見るに、見張りといっては言い過ぎだけど、誰か身内が常に居ないと、何をされるか分かったものではない。

俺は兄貴に助けを求める視線を送ったが、兄貴は呆れたように視線をそらして部屋に戻っていった。ほっとけ、ということらしい。


とはいえ、翌日は俺も兄貴もダンジョンに行くことは出来なかったのだった。




「CCNの取材?」

翌朝。

朝飯が終わって兄貴とダンジョンに行く際の武器についてあれこれ話してると、電話を取ったオヤジが部屋に戻ろうとする俺を呼び止めた。

「ああ、昨夜お前が連れて行かれそうだって教えてくれた記者さんだ。出来ればお礼ぐらい言っといた方がいい」

なるほど。

家の中に居たはずのオヤジと兄貴があれだけ早く俺を連れ去られないよう動けた理由はこれだったのか。

「わかった」

それは確かにお礼くらいいっといた方がいいだろう。それに、もうじき一週間になる。そろそろさすがに立ち入り禁止も解いて欲しいし、何となく胡乱な厚生労働省や警察のお役人達とも縁を切りたい。そのために協力してもらえるなら、取材はありがたい。


オヤジがOKの返事を記者にすると、早速九時にはカメラクルーを従えた記者がやってきた。

「初めまして、シャーロット・オガワです」

「ど、どうも。山岸です。これが恭二です」

オヤジが緊張でどもりながら頭を下げる。俺も一緒に頭を下げる。

シャーロットさんは、赤毛の美しいアメリカ人だった。顔にはわずかに日本人の面影が混じるが、見た感じやっぱりアメリカ人という感じだった。

身長は俺と変わらないくらいだから大柄なんだろうか? 多分174センチとかそれ以上ありそうだ。

日本語にはアメリカなまりがある。後ろのカメラクルーとかに声をかけるときはずいぶん早口な英語だった。

それに、正面から見つめられると、この人がずいぶん美人だと分かる。

なんというか、純粋な西洋人の緊張の中に、日本人がほっとするような郷愁があるというのだろうか。

そのアンバランスなテンションが、やけにこの女性を魅力的にしてるような気がするのだった。

オヤジなんかすっかり気後れしていて、普段滅多に着ない背広のポケットから早くもハンカチを出して額をぬぐっている。


うちの居間でソファを勧めて座ってもらう。

その周りでカメラクルーがセッティングやライトテストらしき作業を進める。

そして、カメラを回してから、改めて自己紹介をしてあの日の出来事を語る。

途中でオヤジと兄貴が入れ替わり、俺がガラスのハリネズミになったことや、それが魔法のように、いや魔法なんだけど、とにかく治った事などを話した。


「そういえば、キョージさんと同じように魔法でけがや病気が治ったというニュースが世界中で報道されています」

シャーロットさんはいう。

「さすがにキョージさんのケースほどの重大事象はまだ聞いていませんが、それでも、『魔法』による治療はレアなものではなくなりつつあるようです」

地球人すげえな、その適応力。

「ところで、キョージさんは治癒のほかに何か魔法は身につけられたのですか?」

「ええ。<収納>ですね。こんな風に」

俺は、テーブルの上のお菓子を右手にのせて<収納>してみた。

菓子はすっと右手から消え、俺の収納の中に収まる。

それを今度はインベントリから選び、再び取り出す。

「ワオ!」

カメラクルーがアメリカンなリアクションを返してくれる。

「すごいですね。手品にしか見えませんが……」

「いやもし手品だったらそっちの方がすごい気がする」

兄貴が苦笑する。

「キョージさん、収納はどのくらいの容量を納めることが出来るんですか?」

「えーと、わかんないです。まだ身についたばっかですし……」

「ああそうだ、恭二、だったら店の品物で大丈夫なものを収納してくれよ」

カメラクルーの後ろで様子を立ち見していたオヤジが思い出したように言った。

コンビニの商品って、基本は買取だから、保険は下りるかも知れないが、あの状態で駄目にしちゃったら、うちにとっても損が出るということらしい。

「あー、うん。じゃあこの後で……」

俺が答えると

「その様子を取材させてもらっていいですか?」

シャーロットさんがいい笑顔で聞いてきた。


で、俺たちは一家そろって店内に来ている。

実は警察と一悶着あったわけだが、さすがに昨日以来かなりはらわたの煮えかえっているオヤジが、

「今なんの捜査してるんです?」

と、撮影中の赤ランプのともったカメラの前で、通せんぼしていた警官に詰め寄ったりした。

「いい加減立ち入り禁止のこれ、開けてもらえないといつまでも片付けられなくて困るんだけどね?」

オヤジがカメラをちらちら意識しながらそういうものだから、警官も困り果てたらしい。


で、兄貴は処分せざるを得ない弁当や生ものをゴミ袋に詰めて片付け始める。

俺は、オヤジに手渡される、まだ売り物になる商品を片っ端から収納して歩く。

驚いたことに、コンビニ一店分の在庫商品を全て格納しても、<収納>魔法の中は満杯になった気配がなかった。

その作業中、シャーロットさんから、

「そういえばキョージさんはこの中に入ったんですよね?」

と聞かれたので、一瞬どう答えたものかと思ったが、

「あ、はい。シャーロットさんはウィザードリーってゲームご存じですか?」

と聞き返してみた。

「中はあんな感じのダンジョンです」

俺のその一言は、三十分後トップニュースとして世界を駆け巡ったらしい。

当の本人は家族総出でのどかに店の片付けをしていたので知らなかったのだが。



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[一言] 権力を無能に書いてると評判だから読みに来たけど、違わないな。 それに主人公たちも無能でバランス取れてていい。 作者のバランス感覚がいいんだろうが、更新が止まってるのが残念だ。
[気になる点] 収納できることを特に躊躇もなくさらしてるところ
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