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世界冒険者協会 3

「ケイティちゃんが『ハワイなんてダメ、寒いわ』っていってるよ?」

「まて、まずケイティってだれ?」

沙織の唐突な発言は、スマホのメールかなんからしい。

「えー、ケイティちゃんはケイティちゃんだよー」

俺たちにスマホの待ち受けを見せてくれた。

これテキサスのゴスロリじゃねえか。いつの間に仲良くなったんだよ。

「ふふん」

後ろからゴスロリに抱きついて撮ったらしい。てか、なんで自慢げなんだよ。うらやましくねえし。

「あのね。せっかくバカンス取るならバージン諸島に別荘あるから来ないかってさ?」

「バージン諸島ってなんだ?」

「さあ」


兄貴がググった。

カリブ海に存在する小島群で、年間を通じて海水浴が可能なリゾート地らしい。

嫌な予感はするがせっかくの厚意だから検討すっか?


「パスポートだけもって成田に来てくれたらいいって」

「どういうこと?」

「チャータージェット手配するって」

さすがセレブだな。ウチもいい加減、がんばって会社の設備投資しないと恐ろしい納税額になりそうな気がするが、さすがにチャーターとかでジェット機飛ばすのは気が引ける。


まあ、そんなわけで俺たちはクリスマスの準備に色めく東京を離れ、一路常夏のカリブへと舞い立ったのだ。

……全員冬服の正装で。




ヤマギシ一同は全員、クーラーのがんがん効いたお迎えのリムジンに乗ってブラス家の別荘へ。

さすがに世界的企業のオーナー所有物件だけあり、一人一部屋ずつもらえたりしている。

とりあえず、ありがたいことにドレスコードはないようなので全員リゾート用のTシャツとかバミューダパンツとかに着替える。


『ようこそ』

相変わらずボディガード二人に通訳一人を従えて、ケイティことブラス嬢がにこやかに入ってくる。今日の出で立ちは純白のサマードレスか。全身白だがいっそのこと、派手である。

それよりボディガードはこの炎天下、やっぱり黒いスーツにサングラスなんだな。

暑くないんだろうか?


『このあとウィルも来ます。それまで皆さんシャーロット・アマリーでショッピングはいかがでしょう?』

というわけで俺たちは、彼女たちの案内で|この島の首都にある繁華街シャーロット・アマリーで、しばし服やら水着やらを買って、ホテルのバーラウンジで一服させてもらった。


パーティをやるのでフォーマルを一着仕立てさせてください。

ブラス嬢がこの典型的日本的小市民代表の二家族に言うのである。

まあ今からだと時間が足りないんで、高級紙立て服のお直しで人数分揃えることになる。

『こちらの勝手でお願いしたのですから、費用はもちろんこちらで出します』

そう言って請求をしてくれないので、やむなくご厚意に甘えることにした。


数日して全員のフォーマルのお直しが終わった頃。

俺たちは、この島の東西の中心部にあるシャーロット・アマリーから東の突端にあるリッツカールトンホテルまで、観光用のクルージング船で運ばれた。


それにしても、リゾートの島はなぜ、海から眺めるとその町並みまで美しく思えてくるんだろう?

……決して、ここに連れてこられてから今日までに俺たちのためにブラス嬢が使ったであろう金額を思って自己逃避してるわけではない……と思いたい。


ヴァージン諸島は日本人にとっては、あまりに距離が遠いせいでいまいちなじみのないリゾートだ。

そのせいか、はたまたブラス嬢達のボディガードの顔が怖いおかげか分からないけど、俺たちにとっては、

「誰も声を掛けてきたり写真撮ったりしない」

という意味で非常に安らぐ、良いオフを過ごさせてもらっている。


リッツに着くと、ベルボーイ達が飛んで出てくる。俺たちの荷物を聞いてるが、俺たちに荷物があるはずない。全部俺の<収納>の中である。

彼らにとっては、チップのもらい損ねになるんだろう。

気の毒なことをしてしまった。


このホテルでも、俺たちには今まで泊まったことがないような良質の部屋を用意してもらえた。


美しい夕日が島影に沈み、空が薄紫のグラデーションを残しつつ星空に変わるのをベランダで見ていたら、パーティへのお呼びがかかった。

俺たちは、案内されたただの身内のクリスマスパーティ程度に思っていたそこには、欧米の冒険者協会の幹部がずらりと顔を揃えていたのだった。


超一流ホテルのパーティルーム貸し切りで行われた世界冒険者協会のクリスマスパーティは盛大だった。

それに、俺たちは、シャーロットさん以外の全員に通訳が用意された。シャーロットさんは母国語の英語と日本語のほか、ラテン語とかも分かる才媛だからな。


メリークリスマスの乾杯後、常夏の楽園のような島で聞くクリスマスキャロルは不思議な気分だった。

その後、各自歓談の時間となった。

俺たちの中では、やはりというか、兄貴とシャーロットさんが人垣を集めている。

俺のところには、なんというかまあ、オタっぽいのばっかり来る。

俺がしゃべると、通訳が英語に直し、それをフランス語なりイタリア語なりに直して話す。

まるで伝言ゲームのようだ。

上品に食べる自信がないので極力皿はもたずにいるし、未成年だから酒は飲まない。

さすがに小一時間もすると俺は疲れてしまい、申し訳ないが、と部屋に戻らせてもらった。

それでも、彼女たちには義理は果たせたと思いたい。


次の日の朝、さすがに申し訳ないが、食事は部屋で取らせてもらう。

これだけの格式の中でフォークとナイフを使った食事を衆人環視で摂るのは俺たち日本人にとっては拷問に近い。

生まれついての御曹司とかだったらまあ無難にこなすんだろうけどな。

そんなこんなで部屋に引きこもっていると、沙織が俺の部屋に訪ねてきた。

「やっほー」

「おう」

沙織は、多分なんか俺に言いにくいことを言わなきゃならないんだろう。

こいつがだいたいこういう顔をしてるときは、そうなんだ。


「ねえ、恭ちゃん」

「……うん?」

「ケイティとさ、ダンジョン潜ってあげてくれない?」

「なんで?」

「えーとね」

おそらくいろんな想いがあって、言葉が見つからないんだろう。

俺の前で、沙織は百面相している。

だから、俺は急かすことはせず、沙織が頭でまとめるのをのんびり待つ。

子供の頃は、ただ待てば良いと言うことに気づかず、急かしたり、馬鹿にしたり、途中で興味をなくしたりして、よくこいつを泣かせた。

冷蔵庫からミネラルウォーターを2本取りだし、沙織に1本渡す。

「あのね……ケイティ、子供の頃から心臓に病気があって、20まで生きられないだろうって言われてたんだって」

「ほう」

それにしちゃ今はやけに元気だな。

「18になって、身体はあの通り育たないし、だんだん体調も悪くなって、ああもう長くないなって、気がついたんだって」

「そうか」

「でね。ある日CCNでダンジョン潜ってるあたし達の番組見て、自分も潜ってみたいって思ったんだって。テキサスにも私有地に出現して困ってるって話が出て……お父さんにはじめて、あのダンジョンが欲しいっておねだりして」

まあ普通に考えたらすごいおねだりだ。

買う親も親だけどな。

「ある日ね。恭ちゃんが<キュア>使うの見たんだって。その瞬間、ケイティ、あの魔法が分かったんだって」

「分かった?」

「見てて、分かったんだって。それで、買ってもらったダンジョンにボディガードの人たち連れて潜って……自分に<キュア>掛けたんだって」

「……へえ」

それはすごいな。

キュアの仕組みは俺にもよく分からない。聖属性で<回復>もしくは<復活>なんだろうとは思う。

分からないなりに使いこなせている理由は、おそらく俺が緊急搬送されたときに、はじめて体感した魔法だったからだと思ってる。


ところでブラス嬢が見たってのはいつの映像だろう?

おそらく、時期的には兄貴がオークにやられたときだろうか?

米軍の救助にいったときの絵は非公開のはずだしな。


「だから。ケイティにとっては、恭ちゃんが人生最初の『ヒーロー』なんだって」

「ちげえよ」

「ううん」

きっぱりと、沙織は首を振った。

「人生のほとんどの日を何もかもあきらめて過ごしていた彼女にとって、自分をダンジョンに招き入れて、魔法を使うことになった恭ちゃんは、間違いなく『ヒーロー』なんだよ!」

ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、涙をこぼさないように必死にこらえて沙織は力説する。

「分かったから泣くな」

「泣いて……ないもん」


しばらく沙織が落ち着くまで、俺は無言で水を飲んでいる。

しばらくすると、えへっと沙織が小声で言った。


「で、それと俺とダンジョン潜るってのがどうつながるんだ?」

「えー? それはせっかくなんだもん。一緒に行ってみたいと思うでしょ?」

「お前は一緒に行ってみたいのか?」

「うん!」

「わかった。しょうがないだろう。一回だけな」

「やったー!」

沙織は飛び跳ねるように喜んで、

「ありがとう、恭ちゃん」

と振り返っていった。


「泣くなよ?」

またぐずりそうな沙織に言うと、うん、といいながら鼻を啜った。


沙織はそのまま俺の部屋を出て行った。




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