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世界冒険者協会 2

オヤジが激務だ。

やむなく俺たちは、身内でもっとも頼れるジョーカーを切ることにした。

「下原さん、本当に申し訳ない」

オヤジが頭を下げる。

沙織のご両親にも、ウチの経営に加わってもらうことにしたのだ。

「いえいえ、ウチも沙織のおかげで一生遊んで暮らせるほど稼がせてもらいましたしね」

沙織のお父さんは気弱そうに笑う。

この人は青梅にある個人商社の次男坊で、大学出てからずっとお兄さんの会社で彼の右腕として勤めてきた。

お母さんも結婚までは経理やってた人なんで、営業だったお父さんと恋愛結婚だったそうな。

とにかく、オヤジが過労死しそうなこの状況のなか、即戦力として来てもらえるのは本当にありがたかった。

とにかく沙織のお父さんは渉外担当、お母さんは総務担当として勤めてくれることになり、どちらにも役員室が用意されたのだった。


ちなみに今は二人とも新ビル5Fの我が家で暮らしている。

彼らも、沙織の収入と併せて費用を出し家を新築するんだそうで、完成までウチで暮らしてもらうことになっている。

「エレベーターで一階降りるだけで通勤できるなんて、夢のようだ」

おじさんは笑っていた。


沙織んちのおじさんのおかげで、うちのオヤジの顔にやっと血色が戻った。

ちなみに、日本の冒険者協会の準備会は、おじさん任せになった。

ウチとしては顔だけ出せば義理が果たせるし、おじさんは「持ち帰って検討します」といえば済む立場なので、言質を取られる心配もない。


いよいよ山に根雪が残るようになって来た。

ここから先の奥多摩は厳しい。

道路上にまで根雪や氷が残るようになれば、不急な外出はほぼ無理になる。青梅線のおかげで陸の孤島にはならないけど、数年に一度ほどは、国道が通行止めになるような時期があったりだってするのだ。




世界冒険者協会からそんな奥多摩に来客があるらしい。

ウチとしてはやっかい事に首を突っ込むのはごめん被りたい訳なんだが、IHCのほうで魔力タービン発電機を買ってもらったりしていろいろ断れない状態らしいのだ。

「恭二を御指名だそうだぞ?」

「うへえ」

嫌な予感しかしないな。

基本、俺たちのチームのフロントマンは兄貴なのだ。

メディアの露出は言うまでも無くシャーロットさんのほうが多く、彼女に答える兄貴、という図式でCCNレポートとかでは俺たちのダンジョン攻略は公開されている。

だから俺に関心を持つというのは、テレビで見た以上の情報源から情報を取れるんじゃないかって想像出来るわけで。


「シャーロットさん。世界冒険者協会から来る人って、知ってます?」

昼食で顔を合わせた時に、シャーロットさんに事前情報を教えてもらう。

「ええ」

シャーロットさんは話してくれた。

アメリカ冒険者協会を構成しているのは、いくつかある個人ダンジョンのオーナーの内、テキサスのブラス家とモンタナのジャクソン家の代表だそうだ。

ジャクソンの代表は大学生の次男で、ブラスは長女で、18才だそうだ。

ちなみに、ジャクソン家は観光業、天然資源や木材の生産や加工で財をなした富豪、そして、ブラス家は世界的エネルギー企業の一社、ブラスコ社のオーナーで経営者一族だそうだ。

ジャクソンのほうは自社保有の土地に浸食が発生。ブラスコのほうは発生地を買い取ったらしい。

「どちらも、上手につきあえば我々にメリットはありますが、言うまでも無く、取り込まれてしまう危険はあります」

特にブラスコは危険です、シャーロットさんは言う。

テキサス人独特の陽気さと傲慢さが共存する経営方針。

必要であればギャンブルのように資金を投入し、カジノごと買い占めるように根こそぎ持って行く。

そんなことを代々帝王学のように受け継ぎ、学んできた一族。

当然、きれい事ばかりではないだろう。

さて、そんなわけでこっちは戦々恐々としながら翌日、冒険者協会の来訪を待った。


そういえば、ウチの新ビルとマンション棟には屋上にヘリポートがある。

米軍の要請で設置はしたものの、まだ一度も使ったことがない。

奥多摩みたいなところだと、冬期に使えるようにするにはそれなりの金がかかるんだが、いざって時に使えなければ意味がないんで、やむなく維持してる。

そのヘリポートの初の利用者が彼らだった。

飛んできたのはチャーターヘリらしい。

ミーティングはウチの社内の会議室を使う。


『はじめまして。ウィリアム・トーマス・ジャクソンです』

『はじめまして。キャサリン・C・ブラスです』

それぞれが黒服にサングラスのボディガード二人と通訳を連れて会議室に入った。

俺たちはそれぞれ自己紹介をして座った。

ちなみに、俺と兄貴の間にシャーロットさんが座り、もし相手の通訳が誤訳した場合にこっそり教えてくれることになっている。

沙織は俺の隣だ。

オヤジやおじさん達は、最初の挨拶が終わると席を外す。ある意味、俺たちより多忙な仕事をこなしてるからな。


『本日は、貴重なお時間をいただき私たちとお会いくださってありがとうございます』

ブラス嬢の通訳が口火を切った。

ジャクソンの次男は、なんというか、典型的なギーク(パソコンオタ)っぽい印象だ。

でかい眼鏡。そばかすの残る顔。若い頃のビルゲイツっぽいというと伝わるだろうか?

ブラスの長女は……。

変な女だ。

金髪のやたら毛髪量の多いツインテールで、毛先があちこちにくるっくる巻いている。

そしてその服装は、沙織曰く

「黒ゴスだ……リアルではじめて見たよ」

いわゆるゴシックと呼ばれるファッションらしい。髪をツインテールに結ってるリボンまで黒だ。徹底している。

そして、わずかに覗くフリルは白。首元から掛けている十字架のネックレスが金。

それ以外は黒一色だった。

身体はやけに小さい。もしかしたら沙織より小さいかも知れない。

聞いていた年齢が18才と言うことだったんで、ちょっと戸惑った。

だが、話を始めるとその声量、物腰、振る舞いなどに品位を感じる。

あるいは威圧感とでも言うか。

さしずめ、生まれながらの帝王、というところか。

それに比べると、ギークっぽいジャクソンの次男は、一見親しみがわく。

Tシャツの上にジャケットを羽織っていて、部屋に入って脱いだがその上にオーバーを着ていた。ズボンはチノパン。マジ、ただのオタに見える。


ブラス嬢の提案その一。

ヤマギシチームの冒険者協会への参加。

これはすでに日本協会の準備が進み、そこにウチの会社から本会員として役員を出席させている旨を伝える。

提案その二。

世界冒険者協会の役員への就任。

これは丁重にお断りする。

「欧米は遠いですから」

わざわざ日本に来たあんたらなら分かるだろ?

提案その三。

新人育成企業の設立とその協力。

アメリカやイギリス、フランスドイツといったいわゆる先進国では、彼女たちによって、すでにそうした学校が設立されることになっているようだ。

いわゆる専門学校的なものらしい。

方式は……まあ多分ウチで訓練してる日米両軍と同じ感じなんだろうな。

「人的な理由で即答は出来ませんが、可能な時期になれば」

兄貴が答えた。

ようするに、あんたらと違ってヤマギシ(ウチ)は、まだ出来たばかりで人も物も足りてないんだよって事だ。

提案その四。

俺たちのチームに、軍と同じように教官候補を加えて鍛えて欲しい。

「協調性があって、日本語が話せればいいですよ。もちろん費用はもらいます」

これも兄貴が答える。

実は、日米両軍の指導は、今回のベンさんと坂口さんで最後になる予定だ。

加えて、ウチのダンジョンでのトレーニングも、今育成してるメンバーで最後にすることになっている。

せっかく建てたワンルーム型の宿舎は無駄になるが、代わりに俺たちはそれなりに縛りがなくなる。

ドナッティさんも岩田さんも、ベンさんも坂口さんも、いわゆる戦友的存在になってはいるけど、やはりそれぞれの所属が違うわけで、決定的に利害関係が異なる。

例えば、このミーティングやウチの役員会に出席させないようにな。


最後に彼女たちは

『一緒に奥多摩ダンジョンを潜ってみたい』

といった。

これは俺がお断りした。

「日本語が話せない人たちとチームを組む気はないです」


こうして、俺たちと世界冒険者協会との顔合わせは終わった。


翌日。

奥多摩は大雪になった。

コンビニへの食品の配送が滞ってしまうほどの雪になったので、俺たち四人は朝から雪かきをしている。

そこに、日米40人の生徒達が笑顔で協力してくれた。

新ビルやコンビニの駐車場、旧店舗の施設周辺の雪をかいて一ヶ所にまとめる。

かまくらが作れそうな量の雪が集まった。

雪かきが終わると、家政婦さんと沙織のおばさんが全員に甘酒を造ってくれて、一杯ずつ振る舞ってくれた。

近所の銘酒、沢ノ井の酒粕らしい。冷えた身体に実にあったかい。


自宅に戻ると、居間に大型こたつが出ていた。

「お、いいね」

俺たちは早速こたつの魔力に吸引され、全員で暖を取った。

今日は会社も臨時休業にしたらしく、オヤジとおじさんは書類仕事を終わらせ、こたつで伸びている俺たちのところにやってきて潜り込んだ。

「あー、もう年内は休みにしてハワイとかいきてえなあ」

オヤジがぐずる。


会社のほうが結構重労働のため、休業中に給料を補償していたコンビニチームの人たちに相談したところ、みんな正社員として働いてくれるようになったのだ。

そのため、コンビニについてはオーナーであるオヤジが居なくてもきちんと回せる。

バイトも近所の学生が集まってくれてるから、俺たちが出かけてもまず大丈夫だろう。




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