お金がない 9
俺たちはわくわくしながら、ダンジョンの上に建てたワンルーム3Fの食堂に顔を出した。
今日は米軍のコックさん担当の日らしい。ワイルドな肉料理を中心にしたバイキング形式で、正直楽しみだ。
俺たちの姿を認めた例の黒人さんが、俺たちの前で敬礼して一緒に食事してもいいか尋ねてきたので、俺たちはどうぞと席を勧めた。
例のカリフォルニアダンジョンで俺たちが回復魔法で助けた五人は、あのあと全員が軍曹に昇格し、その後の訓練を経て、今回の20人枠に入って来たんだそうだ。
あんなひどい状態に陥りながらよく除隊しなかったなあ。
事情を聞いてみると、どうも俺たちにあこがれ、会いたくてがんばったらしい。
べつに憧れられるような人間じゃないんだがなあ。
「除隊したら俺たちを雇ってくれ」
「いいけど、まず日本語をマスターしてきてくれよ」
人数考えたら俺が英語を勉強するほうが早いのかも知れないが、全然自信がないぞ。
どっちにしろ彼らはここで魔法実技の教習を終えたら、それぞれのダンジョンに任地を与えられて、更に次の世代を育てる教官になっていくんだろう。それが終わってからだから、早くても2-3年後の話になるんだろうな。
ちなみに食事は美味かった。時間が合ったら、是非また食べよう。今度は自衛隊のほうも食べてみたいな。
さすがに会社関係の仕事が立て込むと攻略が全く手つかずになる。
16層以下への攻略がやっと進められたのは、こうしたいろんな出来事が片付いた秋半ばだ。
先代パーティのドナッティさん達とオーダーした防毒マスクと酸素ボンベを<収納>に用意しつつ、俺たちは、フィールドマップにひとつだけ口を広げる鉱山口に入っていく。
まるで大昔の炭鉱のように、もろい部分を柱や板で補強してあるこのダンジョン。
雰囲気的にあんまり気持ちいいモノじゃない感じだな。
兄貴を先頭に、真ん中にベンさんと坂口さん。その左右に俺と沙織。最後方にシャーロットさん。
俺と兄貴と沙織は、藤島さん謹製の長槍を持っている。
ベンさんはM-4、坂口さんは89式だ。
「サイアク……」
たった一言言ったきり、沙織が閉口した。
ずるずる動く腐敗した「人間」だったもの。
俺もこれは滅入る。兄貴やシャーロットさんも不快を声に出した。
「ベンさん、坂口さん。銃禁止。魔法だけでいく」
「ラジャー」
「了解です」
「恭二、ゾンビ用の魔法ってねえのか?」
「<ターンアンデッド>とか?」
「やれ!」
やれっていわれてもさ。
俺は、ターンアンデッドが構成される要素を考える。
属性は聖だろう。本質は、<祝福>もしくは<回復>? <浄化>だろうか?
兄貴は<フレイムインフェルノ>を展開する。
ゾンビには自意識がないのかも知れない。
ただずるずると兄貴の劫火に飛び込み、灰になった。灰というか、魔法の粒子なのかアレは。
ドロップは魔石とツルハシか。本当に胸くそ悪いダンジョンだなこの層は。ドロップ品まで気分悪いわ。
「フォーメーションを変えよう。恭二、先頭に立て。俺が左翼、シャーロットさん、右翼やってくれ。沙織ちゃん。後衛頼む」
「……はい」
沙織は後衛に回されたのがショックなんだろうが、顔色が悪すぎる。
誰にでも苦手はあるさ。生理的嫌悪感は俺だってすごい。絶対に、接近戦はしたくない。
しばし直進すると、再びゾンビの気配が前方から漂ってくる。
「<ターンアンデッド>試してみるけど、もし不発だったら兄貴よろしく」
「わかった」
<ライトボール>が照らす5メートルほどのエリアに敵ゾンビが入った。
俺は、<聖魔法>の<浄化>を強く意識し、魔法名を唱える。
「<ターンアンデッド>!」
瞬間、ゾンビの上空から乳白色の魔法が降り注ぎ、一転、上空に舞い戻って消える。
光のスクリーンでワイプするように、そこに居たゾンビは消えて、あとにドロップを落とす。
俺は続けて、残り二体にもターンアンデッドをかける。
ドロップ品を拾って<収納>する。
そして、一同にこの魔法を説明する。
「なるほど。聖属性に浄化な」
実際に発動した魔法のイメージと合致しているからか、みんなはその説明で納得してくれたようだ。
全員で<ターンアンデッド>マスターのため交代ばんこで魔法を使いつつ進む。
鉱山マップの嫌らしいところは、支線が廃坑になるとどん詰まりになるため、やけに枝道が多いくせにほとんど行き止まりなところだろう。
俺たちのパーティは、魔力量が多いせいか分からんが、徐々に敵の魔力の気配を遠くから感知できる様になってるので、あまり迷わず一直線にボス部屋に向かうことが多い。
まあここのマップとかの場合、それはメリットだけど。
ゾンビなんて可能なら戦いたくもない。
このマップで出てくるのは鉱夫なんだろう。元・鉱夫か。
ならボスは?
……ネクロマンサーだった。
ネクロマンサーの周りには、腐敗した冒険者的なのが四人。
一人は木の杖をもった女だ。マジシャンか。残りは長剣持ちだ。
俺たち六人はすでに全員<ターンアンデッド>をマスターできた。
「俺と恭二でボスを。残りのみんなは担当決めて一体ずつゾンビをよろしく」
兄貴に指示でみんなはどれを担当するか決めた。
「いくぞ」
兄貴の号令でボス部屋に乱入。
シャーロットさんが担当した女魔法使いのゾンビがレジストした以外はドロップ残して消えた。
「ちっ」
魔法を発動し始めたそのゾンビを兄貴が槍で薙ぎ斬った。
ネクロマンサーも何かしらの魔法を使う。
その瞬間、地面からゾンビが沸いて出た。
後衛のみんながそれを即<ターンアンデッド>で片付けてくれるが、またネクロマンサーが術を使う。
「いい加減に……しろっ!」
俺は怒りにまかせて、<ファイアボール>をエンチャントした長槍を思いっきりネクロマンサーに向けて投げつけた。
槍は真っ赤に燃えながら、ネクロマンサーの土手っ腹に突き刺さると、炎の魔法をヤツに広げた。
腹に槍を刺しながらヤツはよたよたと数歩後じさり、ぽんと消えた。
冒険者達の残したドロップは、革の鎧、長剣、木の杖。ネクロマンサーは白濁した水晶玉だった。
17層の雑魚はネクロマンサーだった。マップは引き続き鉱山。
本来、エンカウントするとゾンビを召喚する面倒な敵なんだろうが、俺たちのほうが発見が早い。
奴らがこっちに気づく前に長距離からフレイムインフェルノで殲滅する。
この鉱山マップは正直長居したくない。とっとと攻略してとっとと下に行きたい。
17層のボスはやはりネクロマンサー。使役してるガーディアンは……マミーか。
俺たちは前回と同様、俺と兄貴が長槍でネクロマンサー狙い。みんなにはマミーを<ターンアンデッド>で消してもらう。
俺の槍の投擲を見て兄貴もエンチャントを乗せてネクロマンサーに投げつけている。
ただ、<収納>がない兄貴の場合、その攻撃は一撃倒せなかったとき、得物がない状態になるからやめたほうがいいと思うぞ。
マミーのドロップは鞘付きの短剣。宝玉付きだ。
価値があるのかないのかいまいち判断が付かないな。
ネクロマンサーのドロップはやはり水晶玉的なものだ。上層のヤツより透明度は高いが、やはりちょっと濁っているな。
18層も雑魚敵はネクロマンサー。ヤツがこっちに気づく前に長距離から最大火力で焼いて通る。
そして探知を欠かさず、考え得る限りの最短距離でボス部屋に突入する。
「あれ、なんだろう?」
ネクロマンサーの横に全身黒ずくめのフードマントを羽織った女がいる。その周囲には、目で見えるほどまがまがしい黒い霧が漂っている。
そして、丸い小型盾にセットされた幅広の剣をもったスケルトン達が四体居る。
「いくぞ!」
いつものように兄貴の号令で俺たちはボス部屋に飛び込む。
「ギャァーーーーー!」
あの黒いフードが女の金切り声のような叫び声を上げた。
な、なん……だ?
俺は、自分の身体がまるで粘着性のある液体の中でもがくような錯覚を感じた。そのくらい、もどかしいほどに自分の身体が思い通りに動かない。
四体のスケルトン達が、盾から剣を抜いてカチャカチャとこちらに近づいてくる。
期待しているみんなからの魔法が発動する気配はない。
このままでは……クソ!
なんだこれはなんだ?
スケルトン達の接近に焦りながら俺は必死で考える。
そうかああそうか。これは状態異常だ。
状態異常に対抗する魔法はなんだ?
やばい。もう数歩で奴らの剣の間合いに入ってしまう。
そうだ!
「<レジスト>!」
俺は、自分と兄貴、そしてパーティ全員の居るエリアを想定して叫んだ。
そして無我夢中で目の前に迫ったスケルトンを槍でなぎ払い
「<フレイムインフェルノ>!」
ボスのネクロマンサーも含めた特大エリアで、俺の想像出来る最大の炎を放った。
ネクロマンサーは駆逐出来たがあの黒いフードはまだ健在だ。
「<サンダーボルト>!」
その健在を視認した瞬間、俺は更に追い打ちを加えた。
サンダーボルトでやっとあの黒いフードを倒すことが出来た。
俺はやっと一息ほっとため息をして仲間達の様子を見た。
全員、凄まじい冷や汗をかいている。
俺は一人一人にレジストをかけて見た。
だが残念ながら今ひとつ効果が実感できない。
俺たちがあいつに食らったのは明らかに状態異常だ。アンチマジックの上からやられたところを見ると、マジックスキルではなく、固有スキルなんだろう。
泣き声のような女の絶叫。そうか……泣き女か。
復活の魔法は……なんだっけ。リバイブ? リジェネ……えーと。ああそうだ。
「<リザレクション>!」
まず俺に実験してみる。属性は聖だろう。イメージは<復活>か?
そして兄貴から順に、一人一人にかける。
これは効いたようだ。全員、苦悩の表情からやっと普段通りの穏やかな顔に戻った。




