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お金がない 8

ドナッティさんと岩田さんは、人事の都合で一度原隊復帰して、改めてこっちに来るらしい。

「おかげさまで昇進です」

と岩田さんはいい笑顔で言っていた。

ドナッティさんは少尉だし、出世しないんだろうか?

胸に付くバッジは増えるらしいけど。

どちらにしろ、次に会うときには2人とも、ウチのダンジョンを使った魔法教育の教官様だ。


兄貴の特許については、諮問委員から推薦された大手の国際特許事務所に頼ることにした。

シャーロットさんは残念がったが、俺たちの本質は冒険者だしな。

俺も、面倒は人任せでいいと思う。


兄貴が買った超小型のタービン発電機は、思った以上に上出来な結果が出た。

特許事務所の弁理士達に実演したところ、一週間ほどで特許申請までこぎ着けてくれた。

次は、その特許の実演セットを担いで売り込みだ。


東芝、三菱、川重、日立など国内には発電プラント大手がひしめいているが、兄貴はIHCと契約したようだ。

まさか理由が「瑞穂町にあるから」なんて理由でもないんだろうが。

ちなみに瑞穂町というのは横田基地隣接地域で、ウチからだと車で片道一時間以内でいける。


俺がサンプルになったエレクトラムの丸棒ペレットを作ってもらった金属加工業者さんとは、最初の段階で守秘義務契約をしてある。

今後量産となったら、お世話になることだろう。


IHCには、20tトラックの荷台にタービン発電機を据え付けた移動型の発電装置というすばらしい商品がある。

兄貴とIHCはこれを一週間で加工して、火力発電型のタービン発電機を造りあげた。

「燃焼室をエレクトラムで置き換えただけだから、そう難しくはなかったよ」

兄貴は言った。


そして、この検証機を持ち込んで、総理と彼の諮問委員達の前で実証実験を行った。

もちろん、特許庁の検査官もこの場に同席している。




エレクトラム製の燃料ペレットは恐ろしいほどの大反響となった。

それはそうだな。燃料資源に乏しい日本にとっても、そして資金に乏しい発展途上国にとっても、石油依存を減らしたい西側主要国にとっても、普及させることが出来れば大きなメリットがあるんだ。


ヤマギシには連日、世界各国の政府機関、エネルギー企業、電気関連企業、そして自動車産業などから問い合わせが殺到した。

ついに対応に音を上げたオヤジが、親戚や知人のつてを頼って社員を30人近く増やした。


愛知が誇る世界的自動車企業。

かつて、タービンエンジンによる自動車を開発とかしてたらしいんだが、この企業もエレクトラム製のペレットに目を付けてきた。

要するに水素燃料型電気自動車の代わりに、タービン発電機と電池を併用した電気自動車を考えてるのだろう。

そんな風に、いろんな産業から引き合いが殺到してるが、申し訳ないが俺は、冒険者としてあのダンジョンを潜りたいのだ。


ほかのメンバーに取ってのダンジョンがどういう存在なのか分からない。

だが俺にとっては。

ガラスの破片に不条理に蹂躙されて死にかけたあの日以来。

どうして俺がこんな目に合わせられるのか? そしてあのダンジョンは何者か?

その好奇心だけが原動力でやってきた。

俺たちが俺たちの暮らしを維持し、ダンジョンの所有権を守ってやっていくために必要だと思ったからこそ、邪魔な法律を何とかしたいと思ったり、湯水のように必要になってしまう金を何とかしたいと思ったりしてるのだ。


こんな風に思っているのは、もしかしたら、ここんところダンジョン外での作業が立て込んでいる上、安定したメンバーだったドナッティさんや岩田さんが抜けちゃったせいもあるかも知れない。

俺たちが作ったエレクトラムが世界中の発電所の仕組みを変え、俺たちがアメリカの大富豪のように一生働かなくてもいいような巨万の富を持てるなら、それはまさに、後顧の憂いなく迷宮を探査して歩く原動力にはなってくれるんだろうけどな。


迷宮から夢のようなエネルギーが産出された。

という風な煽りがここ連日、マスコミのみならずネットなんかでも席巻しているらしい。

それは、迷宮という不気味で正体不明のある意味『侵略者』的な存在が、腹の中に金のなる樹を抱えている事への関心なのかも知れなかった。

そしてそうなると、迷宮を政府や軍が抑えて独占しているような状況への世論の不満につながったりしているようだ。


そんな世論と裏腹に、じゃあ例えば民間でダンジョン探索をしようかって考えたとき、やはり突き当たるのは銃刀法などの問題だった。

それと、魔法だ。

武器、防具、魔法。結局、俺たちが当初から悩んできた問題に誰もが行き着く。

本当の意味で冒険者が生まれてくるのは、まだまだ先のことになるんだろうな。


オヤジと兄貴、シャーロットさんがIHCと代理店契約を結び、併せて特許周りのあれこれを彼らと特許事務所に丸投げにして、それに加えヤマギシのホームページを立ち上げて、主要何カ国語かで「代理店はIHCだよ」とアピールして、ようやっと、殺人的な売り込み攻勢から逃れることが出来た。

IHCから契約金をせしめることに成功したわがヤマギシは、更に土地の取得に励むことになる。

多摩川を挟んだ向かいの山林一体までを購入し、ダンジョンを中心に広大な土地をウチが所有することになった。

そして、その山地に新たな工場ビルの建設を計画していたのだった。

実は、俺が最初にエレクトラムのペレットを作ってもらった金属加工の会社の社長と共同で、奥多摩に専用工場を建てることになったのである。

そしてこれに併設して、俺と兄貴は藤島さんの鍛冶場兼研究所を提供しようと考えていたのだった。

刀匠というのは、実に修行が長い仕事でありながら、成功した人でも経済的にあまり報われないのだ、と兄貴はいった。

だが、時勢が変わりつつある今、彼らの技能はますます重要になっていくのは間違いないだろうな。

藤島さんに人選を任せ、彼が選んだ数人の刀匠にそれぞれ、必要な限りの設備を備えた工房を準備して、冒険者用の装備を作ってもらって提供する。

そんな工房を、ペレット工場と併設しようと計画したのだった。

おそらく、林の伐採から整地、施工までで来春以降までかかるだろう。


ドナッティさんの次にウチのチームに派遣された米軍の人はベンジャミン・バートン少尉だ。

彼はドナッティさんに比べると結構日本語が怪しいけど、明るくさわやかなアメリカ人だ。

ハリウッド映画の青春モノに出てきそうな容姿をしてる。さぞ女を泣かせてきただろう。いや偏見だが。

対する自衛隊からは、25才の二等陸曹がやってきた。

なんと沙織より小柄な女性で、腕に赤十字の腕章をしている。

印象が、リスとかの警戒心が強いけど可愛い小型動物っぽいんだよな。

こっそり沙織にそう言ったら、ツボにはまったのかケラケラ笑っていた。

坂口美佐さんという。

「でも美佐さんきちんと歩兵訓練受けてきてるっていってたよ」

だろうなあ。たとえ従軍看護師として期待されて雇用されてても、戦地ではそういう訓練がものを言うと思うし。

ベンさんも24才と若い。ウェストポイントの陸軍士官学校を出て弁護士の資格もあるそうで、シャーロットさん曰く

「超が付くアメリカン・エリートですね」

とのことだ。家柄もホワイトアメリカンの上流階級(セレブ)で、10年仕官して10年弁護士やってその後は政治家、というほどの人材らしい。

「分からないのは、そんな人がなぜ、ある意味出世コースから外れてまでやってきたかですが」

出世コースから外れるのか、うち。

「いえ、ある意味出世コースかも知れませんね、ニュービッグチャンス?」

ちがった。

「キョジサーン、アキハバラいきたいデース。ご案内プリーズいいですか?」

こいつあかんタイプだ。


前回のドナッティさん岩田さんチームの時と同じく、坂口さんベンさんチームも、第一層から俺たちのコーチでおさらいしつつ、1層から10層を二周して完熟してもらった。

一週間ほどかけてそんなことしてるウチに、横田から呼び出しがあって俺たちは向かった。


米軍20人と自衛隊20人の選抜チームが、横田基地に集結していた。

それぞれの先頭には、ドナッティさんと岩田さんが立ち、俺たちが前に出ると一斉に敬礼した。

一人一人の紹介を岩田さんとドナッティさんがしてくれる。

だが俺の目は、五人の米兵に釘付けになっていた。


全員の紹介が終わったあと、俺はたまらず米兵たちのもとに駆け寄った。

「ドナッティ少尉、通訳お願いします」

ドナッティさんを頼りに彼らに声をかけた。

「お体の具合はどうですか?」

黒人の、身長190cm以上ありそうな大男なんだが、小太りでスキンヘッドのくせにやけに瞳が可愛い。俺たち日本人には外人さんの年齢がわかりにくいけど、おそらくは兄貴と同じかちょっと上くらいだろう。

そう。

彼はカリフォルニアダンジョンで俺が治療した一人だ。

おそらくオークの剣で内臓をやられながらしぶとく生き残っていた大した人だ。

『健康です。キョウジさんのおかげで生きています、と』

「良かった。がんばってください」

俺は自然と右手を差し出した。

彼の周囲五人ほどは、俺に対してほかの連中とは違う感情を持っているらしかった。

なんでそんなことが分かるかというと、俺と彼の握手を見て泣き出してしまったのだ。


一同は軍用車に乗って奥多摩に向かう。

そして、ウチのワンルームに入居した。


このワンルーム。

3Fに男女別の大浴場とサウナ、そして食堂がある。

代わりに室内にはトイレしかない。

どちらかというと軍の寮に近い設計になっていた。

維持費は両軍折半。食堂は持ち回りでやるらしい。俺たちも食いに行ってオッケーと言うことで、すごく楽しみだった。




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