日常の終わりと専業冒険者 9
俺の初海外上陸はグァムだった。
数分で次の飛行機に乗せ替えられただけではあったが。
そして俺たちは目的のカリフォルニアの空軍基地に到着。
ここで沙織のお母さんはゲストハウスに招かれ、俺たちは軍用ヘリに乗って現地へ向かうことになった。
ちなみに、機内で充分、今回の状況は説明されていた。
ダンジョン探索のために集められた選抜の一個小隊36人が、第一層で待機した通信兵と指揮官を除き、現在死傷、行方不明、連絡不能などの状態に陥っている。
最後に通信が取れたのは第七層。
通信は各フロアに設置した無線機で中継していた。
という状態らしい。
10人程度の分隊が3。
最後に可能だった通信では、先行分隊の救援のため、残りの二分隊も七層に向かったようだ。
「オークとオークジェネラル?」
先行隊の戦闘ビデオを見る限り、ウチのダンジョンと変わらないようだ。
俺は、けが人を運ぶためのストレッチャー15台、M-4を30挺。弾倉が四つ付けられているポーチを30個渡された。
それを<収納>に全て納める。
俺たちに同行する兵士は二名。一人は通信兵だそうだが、きちんと武装している。
「いきましょう」
シャーロットさんの通訳で、俺たちは出発した。
六層にたどり着くまでの間、俺たちはM-4の威力を目の当たりにした。
ゴブリンや小型のオーガあたりまでならはじけ飛ぶ。無論、ゴブリンメイジあたりでも敵ではなかった。
俺たちはほぼ魔法を使うことなく七層までたどり着いた。
七層に入った俺たちが真っ先にしなければならないことは、通信兵による状況確認だ。
これをしなければ最悪、俺たちは遊軍誤射の的になりかねない。
通信兵が無線で知らせてきたのは、予想外の重大な状況だった。
12名死亡。9名負傷。
無事な兵士は9名。だがもうじき弾薬が尽きる。
モンスタートレインが発生したらしい。
モンスタートレインというのは、倒しきれないモンスターがいる中で、新手のモンスターと出会い、敵の数が次々に増える現象のことだ。
俺たちは前々から気がついていたが、このダンジョンはリポップする。
そうこうするうち、死傷者が増えてしまったらしい。
それでも何とか負傷者も担ぎ、ボス部屋の前まで全員を集合させているようだ。
俺たちはボス部屋まで急いだ。
このフロアに入ってから、二名の兵士達には後方の警備に回ってもらい、俺たち四人が前衛を務めることにしている。
いつも通り、兄貴を先頭、俺が左、沙織が右。後衛にシャーロットさんを配置して、一路、ボス部屋まで向かう。
敵オークの姿を見つける度、俺たちは出し惜しみせずに<フレイムインフェルノ>で瞬殺していく。
俺たちの目的は攻略でも討伐でも、ましてやドロップ収集でもない。
救助なのだ。
散発的な銃声がボス部屋のほうから聞こえる。
オークの気配は12体ほどか。
「殲滅する。発砲をやめさせてくれ」
通信兵に無線連絡させると、俺と兄貴は次々に<フレイムインフェルノ>と<ファイアボール>を使い、オークを殲滅した。
ひどい臭いだった。死臭、血の臭い。汚物の臭い。
そして。
沙織が気絶してしまった。
とっさにシャーロットさんが抱きかかえたから良かったものの……。
激しい欠損の死体が多い。腕がもげ、内臓をぶちまけているような。
ボス戦でのものか、あるいは、モンスタートレインにやられたのか……。
「遺体用の袋とストレッチャーを用意しました。けが人は俺と兄貴が見ます。新しい銃も弾倉も充分補給します。まずは落ち着いて、俺には重傷者から、兄貴には軽傷者から順にお願いします」
俺がいった言葉をシャーロットさんが大声で伝える。
俺より10センチ以上大きそうな黒人の兵士は、剣で腹を突かれたようだ。
出血がひどい。おそらく、腹の中で内臓もちぎれている。良く命があったものだ。
「<キュア>!」
俺の魔法で、その兵士の傷がふさがっていく。
治しはしたが、動けるかどうか。
次の兵士は、二の腕がちぎれかけていた。
正直どうか分からなかったが、キュアで完全に回復した。
その間、無事な兵士達は、仲間の遺体を袋に詰めていく。
兄貴が治せた兵士達もだ。
全員の治療が終わったあと。
兵士に手伝ってもらって、あたりに散乱している銃を俺が全て収納して預かった。
使い終わって放り出された弾倉などもだ。
その間、リポップして沸いたオークは、シャーロットさんが一人で対応した。
沙織はまだ起こさずにいる。
取り乱されると危険だからだ。
生存者のうち、けが人9名の治療は何とか終わらせた。
ストレッチャーが必要なのは6名だ。
運ぶには12名必要。
俺は、絶対にしたくないと思っていた決断をせざるを得なかった。
12体の遺体を9台のストレッチャーに乗せる。
そして。
「これは『モノ』だ」
俺はそう念じ、唇を噛んで念じ、更に強く念じて、彼らを<収納>した。
最悪の気分だった。沙織が心配だった。
生き残りの全員を無事に返すために、沙織を起こさねばならなかった。
俺は彼女をしっかり抱きしめて、衛生兵の知識がある兵士に、気付けを行ってもらった。
スメリングソルツの臭いが沙織を無理矢理覚醒させる。
「沙織、もう終わったよ、もう終わったんだ」
俺は沙織を抱きしめ、耳元でそう聞かせ続けた。
全くもって最悪な気分だった。
地上に戻ると、無事な兵士達をヘリが次々と基地へと搬送していく。
俺たちも、彼らの基地に行かねばならない。
最後の一台に乗せられ、基地に着いたところで、俺は、回収した血まみれのM-4やら弾倉やら、そして死体袋の乗ったストレッチャーやらを次々に出した。
そしてそれが終わると、とにかくシャワーを浴びさせてくれ、と頼んだ。
10分以上シャワーを浴びていたが、どうにも臭いが取れない気がした。
だがまあ仕方ない。
俺は、下着から軍服までを一式新調した。
古いのはひとまとめにして、収納に押し込んだ。
ああいうのは、慣れるんだろうか?
例えば救命救急センターの医師のように。看護師のように。
例えば、現場検証をする警察官のように。
今回は赤の他人だったから耐え切れた。だがあれが家族だったら? 兄貴だったら? 沙織だったら?
俺の精神はそのとき、まともであるんだろうか?
いや、今の俺はまともなんだろうか?
俺の着替えを、俺とそんなに年の変わらない兵士が待っていてくれた。
俺に敬礼し、俺の前を歩いて道案内してくれる。
おれは緑の芝生がある、アメリカ国旗と陸軍旗のはためく公園みたいな場所に案内された。
基地の兵士達が総出で整列している。俺の姿を見ると、全員が一斉に敬礼してくれた。
俺は一瞬返礼しそうになって、苦笑した。よしてくれよ本当に。
仕方がないので、俺は実に日本人らしい答礼をした。つまり、立ち止まって。
「ごめんなさい」
俺の口から出たのは、そんな日本語だった。どうせ奴らにゃわかりはしない。
見ると、兄貴や沙織もすでに着替え終えていた。
「さあ、もうとっとと帰ろう。なあみんな」
その俺のつぶやきに、シャーロットさんが、苦笑していった。
「すいません。このあと、ワシントンDCに行かねばなりません」
なんですと?
ホワイトハウスまで、俺たちはチャーター便で連れて行かれた。
俺たち四人は、凄まじいカメラの前で、もらった礼服に着替えて、大統領から直々に「陸軍名誉勲章」とやらをいただいたのだった。
その後、パーティのようなものを開いてもらい、俺たちはやっと解放されたのだった。
ちなみに、帰りの飛行機もチャーター機で、しかも帰る先は横田基地だった。
横田基地でも、整列した司令の大佐以下ずらっと並ぶ兵隊さん達に一斉に敬礼されて困ったものだ。
仕方がないので、また日本人式に返礼しておいた。
「ただいま」
といいながら頭を下げたんだが、考えてみたら通じる人がかなりいたはずで、思い返すと恥ずかしい。
ちなみにそんなこんなでいただいた陸軍名誉勲章だったんだが。
月1300ドル近い年金がついていたのだった。
ちなみに、帰国後にアメリカ国務省や大使館から今回の一件を知らされた日本政府は、俺たちのような若造のためにその年の秋、旭日単光章という勲章を授与してくれたのだったが、それはまだ当分先のことだった。
ひとまずは、アメリカから正式に「超法規的」に出入国させ、その間、アメリカ軍の兵士達の命を助け、死者の名誉を回復した功を通達され、晴れておとがめなしになったのだった。




