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日常の終わりと専業冒険者 8

「シャーロットさん。今日のビデオだけど、ボスを倒してから帰るまでの部分を、当座オフレコにしてくれないか?」

帰り道でずっと無言だった兄貴が、一層の入り口フロアで立ち止まりシャーロットさんにいった。

「……どうしてですか?」

「情報として公開したくない。いずれは出すにせよ、今はまだ」

俺と沙織は意味が分からず、口が挟めない。

「それは……拒否した場合……」

「シャーロットさん。いろいろ今日までお世話になりました。ありがとうございました(・・・)

兄貴はくるっときびすを返すと、そのまま立ち去ろうとする。

「待ってください」

その兄貴をシャーロットさんは呼び止める。

「シンイチさん、ちゃんと分かるように話してください。あまりに一方的すぎます」

心なしか、シャーロットさんの声には怒気が含まれている。

一方、振り返った兄貴の顔にも明白な怒りが浮いている。


「あー、わかった」

その一触即発っぽい空気を、沙織の間延びした声が破る。

「あたしも、今のままだったら次から一緒にいたくないかな?」

「なっ……」

絶句したシャーロットさんに、沙織はいった。

「シャーロットさん、貴女は誰ですか?」


「貴女がCCNのシャーロットさんだったら、せっかく撮影したネタを抑えられたら、腹も立つし納得も出来ないでしょ? でも、あたし達の仲間だったら、真ちゃんが『出すな』っていったら、まずは『分かった出さない』っていって、それからでしょ? 理由を聞くのは」

シャーロットは、はっとした表情を浮かべる。

「貴女は、出す出さないを保留して、まず理由から聞いた。貴女は私たちの仲間じゃない。でしょ? シャーロット・オガワさん」

「兄貴……」

「帰ろう、恭二、沙織ちゃん」

そう言って、兄貴は俺たちを伴ってダンジョンを出る。シャーロットさんは、付いていかなかった。

「シャーロットさん」

俺は声をかけ、ゲートを指さす。

気持ちは分からんでもないが、彼女一人をここには残せない。


帰宅後、オヤジにシャーロットさんのことを話す。

事情を聞いたあと、憮然とした顔で

「彼女は俺たちの恩人だ。それを忘れちゃダメだ」

といった。

「んなこた分かってる」

兄貴もふくれっ面で言い返す。

「俺たちをカメラで助けてくれて、募金で助けてくれて、アメリカ大使との橋渡しでも助けてくれた。わかってる。でも、だからって見逃せないことはいくらだってあるんだ」

「……そうか。まあお前が言うんだったらそうだろ」

オヤジはため息ひとつついて話を打ち切った。


一時間後、夕食の時間に電話が鳴った。

ウチの家族は全員スマホを持っていて、個人的な用件の場合は電話にはまずかかってこない。つまり、電話が鳴るときは、オヤジへの公的な用事だ。

「はい、ああ、はい、はい、分かりました。お待ちしています」

ずいぶん短い電話だな。

「お待ちしてますって、今からくんの?」

食事中なんだが。

「ああ、シャーロットさんだ。俺の客だからお前らは食ったらとっとと部屋に行け」

「どういうことだよ?」

「俺に話があるんだとよ、うふふん」

うふふんじゃねえよ40過ぎの男がよ。

とはいえまあそういうことなら俺は抜けさせてもらうぜ。

がばっと飯をかっくらって二階へ……おい兄者なぜ俺の首根っこを。


「こんばんは、山岸社長」

「こんばんはシャーロットさん、ささ、どうぞ」

オヤジは満面の笑顔で彼女を迎え入れる。

「それで、お話というのは?」

「私を雇ってください」

「は、はぁ?」

「実はこちらに窺う前に、日本支局長、人事部長、社長に退職願をメールで出して来ました」

オヤジは、じろっと兄貴を一にらみする。

「しかしですね、シャーロットさん。ご覧の通りウチなんて会社と言ったって……」

「ええ、もちろん只でとは申しません。私の旗振りで御社に寄付金が集まったこともあり、私が入社すれば痛くもない腹を探られ、いらない憶測も呼びそうです。そこで」

「そこで?」

「私も資本金をお出ししましょう。その上で、お願いします」

どうせこれほどの恩人だ。断ることなど出来やしなかった。


あれよあれよとシャーロットさんは状況を積み上げていく。

まず、立った今身分をCCNテレビの社員からウチの役員へと変えた。

そして、CCNとは今後も外注のキャスターとして契約することで、ニュースソースとデータの保護を得た。

更に、同僚だったエディタやエンジニアを三人ほど引き抜き、ダンジョンに潜っているときに収録しているヘルメットに装着したアクションカムの映像の編集とそのデータのCCNジャパンへの送信を担当させる。

これはまさに今もやっている作業なのでただ業務を引き継いだだけになる。

三人は取材初日からのあの顔ぶれだそうだ。全員喜んで来てくれるようだ。

そして、自前の設備が整うまで、CCNのロケバスを一台レンタルして費用を支払うこととして、明日以降の業務はそちらでまかなうこととした。


こうしてあっという間にシャーロットさんは俺たちの「仲間」になってしまったのだ。


「ではシンイチさん。理由を聞かせてください」

「……わかった」

やっと立ち直った兄貴は、今日の話をシャーロットに語り出した。

「あのダンジョンの『ショートカット』のことは、あとから潜る奴らに前もって教えてはいけないことだ」

兄貴が話し出す。

「つまり。俺たちは十層まで潜った。一層一層悩みながら慎重に進んでいった。

それでも途中で俺は危うく死にかける目にだって遭っている。だが、あのショートカットを広く一般に知られたら、どうしてもいきなり十層に潜る人間達も出てくるだろう。それは避けたかった。

少なくとも俺たちが、そしてシャーロットさんがその情報を世界に広めることはな。もしあれを使っていきなり深いエリアに潜った奴らが死んだら、こういうだろう」

「人殺し呼ばわり? ですか?」

「……そうだ」

シャーロットさんは微笑んだ。

「シンイチさん。申し訳ありませんでした」

そして、詫びた。

「いや、俺のほうこそ、試すような真似をして、結果としてシャーロットさんに無理をさせてしまった。そんなつもりはなかった……といえば嘘になるけど、本当に悪かったと反省している」

兄貴も頭を下げる。

そしてオヤジに向かって

「オヤジ、俺も決めた。大学を、やめる」

と宣言した。

どう答えるかと思ったが、意外にもオヤジは

「おう、そうか」

といったきりだった。


話もついて兄貴にも開放されたので、俺は安心して自室に戻った。

そして何となくそわそわと落ち着かず、勉強も手につかない状態にイラだって、そのままベッドに入った。




うとうとしかけて身体がぽかぽかとし出した頃、階下がどたどた慌ただしくなり出した。

そして、兄貴が俺を呼びに来た。

「なんだ、もう寝てたのか?」

「……いや、どうしたの?」

「沙織ちゃんとご両親も呼んで、来てもらっている。シャーロットさんに米軍から電話があった。お前も来い」


兄貴にベッドから引き起こされて階下に降りる。

「あ、どうもご無沙汰してます」

俺は、沙織のご両親を居間で見つけて挨拶した。

「やあこんばんは恭二君。しばらく見ないうちに世界的に有名になっちゃって。痛て」

おじさんは隣に座るおばさんに叩かれた。

「恭二君こんばんは。本当に沙織がお世話になりっぱなしで……どうもありがとうございます」

世界的に有名というなら沙織もある意味俺より有名らしいからな。

まあ美少女迷宮冒険家(ダンジョニスト)などと言われてるしな。

「そろいましたね……では先ほど私に入った電話の内容をお話しします」

シャーロットさんは、一同を座らせ、話し始めた。


「まずこのお話しには時間限定の守秘義務があります。事態の解決までの間、ここで聞いた話は一切口外無用でお願いします。お約束いただける方だけ残ってください……」

シャーロットさんはそう切り出した。

「……カリフォルニアの太平洋夏時間22時過ぎ、カリフォルニア州ビッグベアーの西にあるバトラーピークに出現したダンジョンを捜索中だった、フォートアーウィン基地で編成されたタスクチームが消息を絶ちました。

この事態に対応できるチームは世界でただひとつとの判断により、他国人ではありますが、ミスター・シンイチ・ヤマギシ、ミスター・キョウジ・ヤマギシ、ミズ・サオリ・シモハラ、そして私の四人に、捜索任務の依頼を出すことに決めました。

決定はホワイトハウスからです。ここまではよろしいでしょうか?」

兄貴が確認する。

「ホワイトハウスというのは、大統領と言うことですか?」

「そうです。……続けます。私とサオリ、シンイチさんはパスポートを持っていますが、キョウジさんはパスポートがないんですね?」

「うん」

「現時点で可能な限り速く決断し、超法規措置を用いてでも招きたい、という政治判断が下されています。もちろん、我々が出動を決めた場合、ですが。

横田基地から特別機に乗りグアムの基地で乗り換え、カリフォルニアに向かう空路を設定されています。どうしますか? この依頼、受けますか? 受ける場合はひとつ問題があります」

「問題?」

「サオリとキョウジさんが未成年であり、高校生だと言うことです」

「……それって、退学したらいいって事?」

「そういうことです」

俺の質問に即答するシャーロットさん。

「じゃあ俺はいいよ、退学で」

俺の場合、ウチの会社がうまくいくならどうせ学歴は関係ないからな。

「あたしも退学でいい」

沙織もそう言い出す。

「おじさん、あたしも正社員で雇ってくれますか?」

うちのオヤジに上目遣いでそう聞いている。

「あ、ああ、もちろん」

「じゃああたしも問題ないでしょ?」

沙織は自分の両親に聞く。

「それは危ないところなのかね?」

沙織のお父さんがシャーロットさんに尋ねる。

「もちろんです。ですが、私たち四人はすでに、ここのダンジョンで問題の階層をクリアしています。その際の結果から考えると、問題はないと思います」

「ね、お願い、パパ」

沙織のおねだり攻撃で沙織のパパはほぼ陥落しているようだ。

「もう一つあります。可能ならサオリの保護者にも同行していただきたいのです」

「俺は?」

「シンイチさんが保護者になります」

「……俺も行きてえ」

そりゃ行きたいだろうなあ。オヤジ……。

「……分かりました。私が行きます。パスポートどこだったかしら?」

沙織のお母さんが名乗りを上げた。

「時間がありません、このまま行きましょう……一人も二人も変わりませんから」


「では、全員この書類にサインをお願いします」

シャーロットさんが一枚一枚英文の内容を説明し、守秘義務同意書、契約書など数枚の書類に全員でサインをする。

「では出発しましょう」

全ての書類にサインし終わると、表で待っていた横田基地からの迎えの車に一同乗り込んだ。



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