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日常の終わりと専業冒険者 5

「おい恭二、刀匠に会いに行こう!」

翌朝、俺がまだベッドにいるというのに兄貴はすでに着替え終わって俺をたたき起こした。

「……俺……がっこ」

「休め」

「……期末対策の授業中なんだよ」

やっと目が覚めてきた。この馬鹿兄貴は何を言いやがる。

「どうせダメだろ? 休め」

軽く言ったあと兄貴は表情を変えた。

「収納してるお前がいないと話にならん」


どうやら昨晩、兄貴の元にメールが来ていたらしい。今日行くと返信して、わくわくが止まらず早起きになったらしい。

「沙織は?」

「もう電話した。来るってよ」

あんにゃろう、成績いいからってゆとりぶっこきやがって。

「シャーロットさんは?」

「ウチで朝飯食ってる」

さいですか。


やむなく俺は普段着に着替えてキッチンに降りた。

「おはようシャーロットさん、早いね」

「刀鍛冶を見られるのが楽しみで、早起きです。今日は撮影クルーも一緒に行きます」

「へえ、いいですね」

まあ俺も刀を打つ現場は見てみたいけどな。


というわけで四人そろってシャーロットさんの車に乗って隣町へ。


「初めまして」

作務衣を着た四十過ぎの一本気さが顔つきからはっきり分かる刀匠、藤島さんが俺たちを迎えてくれた。

俺たちはまず、折れた金属バット、曲がったり刃こぼれした日本刀などを全て藤島さんに見せる。そして、ダンジョン内での戦闘について、細かく説明する。

藤島さんはいろいろその状況を知りたがったが、その辺は兄貴が逐一説明する。


「なるほど。この使い方だったら皆さんのおっしゃる通り、数打ちで刀をたくさん使ってコストを抑えるほうが正しいでしょう……刀鍛冶としてはなんとも歯がゆいところですが」

藤島さんは苦笑した。

「日本刀の使い方としては、実は正しいのです」

藤島さんは、戦国時代に剣豪将軍として名を馳せた足利義輝の話をしてくれた。

義輝は、三好に弑逆された日、畳に何本もの日本刀を突き刺し、刃こぼれしたり斬ったあと脂がのって切れ味が落ちる度に新しい刀に持ち替えて奮戦したという。

「本質的に日本刀は護身用なのです。ですが、戦国が終わり江戸時代が来ると、武士の魂のようになりました」

兄貴の言うとおり、武器としては槍のほうが優れているようだ。

藤島さんも、無限に沸くようなモンスター相手なら、槍を勧めたい、といってくれた。

「そこでなんですが、俺たちとしては藤島さんに槍を鍛えていただきたいんです」

兄貴は言う。

現代では銘のある古美術的価値の高い槍以外はほぼ廃れている。

鍛冶屋に打てないというわけではなく、全く需要がないのだ。

「分かりました。ただ、ひとつ条件があります」

「条件?」

藤島さんはその頑固そうな顔をふっと緩めた。

「一度私も連れて行ってください」


折れたバットやすでに使用が厳しい刀などは藤島さんに全て預けた。

「拵えの再利用は……柄や鍔といった部分は可能といえば可能です。合う合わないはありますが……値段も高いですからね。ただし、鞘はまず再利用できないと思っていただければ……」

藤島さんはいう。

「反りが合わない、っていう言葉があるでしょ? あれの語源なんです」

要するに、貧しい武士が、刀と鞘を別々に買う。刀は一本一本ハンドメイドであり、その反り方も違う。オーダーメイドで作られていない鞘に刀身を入れると、カーブの部分が引っかかったりする。その状態を揶揄した言葉がやがて、相性が悪い事のたとえになった。

なるほど。

鞘もそれなりに高価だ。厳しいところだった。

でも俺は、出来たら日本刀を腰に佩いていたいんだよな。


俺たちの用件は終わった。

シャーロットさん達CCNのクルーは、作刀の風景をこのあと収録するのだそうだ。

俺たちはタクシーを呼んでもらって駅まで戻り電車で帰宅する。


とりあえず家に戻り昼飯を食ったらやることもない。三人でダンジョンに戻り、五層までで魔法なんかのトレーニングをした。


帰宅すると取材が終わった藤島さんから電話があった。

翌日、藤島さんを連れてダンジョンを潜ったのだが、すでに無事な刀が二本しかなく、それも彼の目の前でぼろぼろになっていく。

刀匠の彼にとって、その光景は思うところがあったのだろう。

帰り道では口数も少なく、じっと前を見て淡々と歩き続けるのだった。

その日に使った二振りも、藤島さんに託した。

そういえばダンジョンで、藤島さんはあの刃の(こぼ)れた刀の扱いについて、

「仲間達も是非確認したいと言っていました。おそらく何人もウチに見に来ると思いますよ」

といっていた。

真剣を使う機会なんて今では居合道くらいしかないだろうから、刀匠達のなかから何かいいアイデアが生まれてくれたらうれしい。やっぱ、日本刀にはロマンがあるからな。

ちなみに。

同年配の藤島さんを連れて行ったと聞いたオヤジは

「俺も行きてえ……」

とぐずっていた。

オヤジは、世界中から集まった義援金でウチを法人化し、俺たちがこうやって使いつぶしている日本刀の代金やら、ダンジョンを覆う建屋(たてや)の改築やら、新しいコンビニを建てる土地の確保やらと、毎日胃の痛くなる仕事に追われている。


刀のストックがなくなってしまったのでオヤジに相談する。

「必要なものなら、買え」

とオヤジは言った。


刀の手配には二日ほどかかった。銀座の刀剣商が奥多摩まで候補の品を届けてくれることになった。藤島さんの庵に寄って、俺たちが使いつぶした刀の状態を調べるからちょうどいいです、とか言ってたらしいが。

その間、俺たちはちゃんと学校に行った。


藤島さんから兄貴に連絡があったのは、新しい刀を手に入れた直後だった。

槍の穂については、打つことが可能だと言うことだ。

だが、俺たちの実戦を目の当たりにした藤島さんは、槍を作る場合でも、柄の材質や(なかご)の仕組みについて検討して欲しい、と言っていた。

要するに、木製の柄では不安が残る、ということらしい。

軽量化するためなら柄はジュラルミンやチタンのような素材を選択することになるのだろう。

兄貴は「お任せします、予算を出してもらえれば前払いします」と言っていた。


その週の週末からは、無理に刀を使わず、金属バットと魔法で戦闘を危なげなく済ませる方針で先に進むことにした。もちろん四人とも、腰に刀は差している。いざというときの最後の切り札として。

オークは魔法耐性が低いのか、俺たちの<ファイアボール>で良く沈む。ゲームと違って当たり所というのがあって、例えば頭部にクリーンヒットすると即死するが、腕やら胴体やらで即死しない場所があったりもする。

こっちにまっすぐ突進してくるヤツなんかはヘッドショットが割と簡単だから、俺たちは第六層に降りてオークの倒し方をしっかり修行した。

六層のボスは武装したオークだった。ゲーム風に言うとオークジェネラルなんだろうか?

生意気にも左右に角を付けたバイキングのようなヘルメットをかぶっている。

そして、胸当てに、2メートル近い大剣だ。

雑魚はオーク2体にオーガ4。

「<サンダーボルト>!」

自重しない俺の本気の魔法で雑魚は全部はじけ飛ぶ。オークジェネラルはその一撃を何とか踏みとどめたが、

「<サンダーボルト>!」

容赦のない沙織の一撃に沈んだ。

「……出番、ねえよ」

兄貴がぼやくが、それはまあいいじゃないか。

第七層では、予想通りオーガが外れてオークジェネラルが雑魚で出てきた。

剣と盾で戦うとこの辺から苦労しそうだな。

まあ俺たちは、魔法耐性の低いオーク一色の敵パーティはサンダーボルトで蹴散らせる火力がある。この頃ではシャーロットさんも自重しない魔法の使いっぷりが出来るようになってきているので、前衛2後衛2のパーティのくせに全員魔法打ちまくりだったりする。

ちなみに、今のところ四人とも探索中の魔法切れを体験していなかった。


七層のボスは鬼だった。

日本の鬼のサイズのオーガっぽい。得物は槍だ。身長2メートルくらいのオークより頭ひとつでかい。そしてその体躯を使って振り回す槍もやけに長い。

「<サンダーボルト>!」

フラストレーションが貯まっていたのか、いきなり兄貴が開幕スペル。続いて残り三人も同時にサンダーボルト詠唱。

明らかにオーバーキルだった。

ドロップ品はそれぞれの得物。つまり槍だ。

「……兄貴、使ってみる?」

「……おう」

地上で必死に頭を悩ませているであろう藤島さんを思うともやっとするが、ドロップ武器に罪はない。


「おう、いいぞこれ」

などと言いつつ兄貴はがんがんオークやオークジェネラルをドロップした長槍で倒していく。

でかいオーガはオークほどではないが魔法耐性が低いらしく、<ファイアボール>で対応可能だった。

さすがに長槍持ちの間合いで戦闘はしたくない。しかも上背とリーチがあるからやっかいだ。

しばらく雑魚戦を重ねるうち、長槍のストックが数本集まったので、俺も金属バットから長槍に持ち替えてみた。

「結構難しいなこれ」

なんで兄貴はあんなに器用に使いこなせるんだ?

オークジェネラルの振ってくる大剣とかをさくっと長柄で巻き上げてがら空きになったボディに一突き入れたりしてる。

「兄貴どこで覚えたんだよそんなの?」

「んー、ジャッキーの映画?」

見ただけかよ。

「付いていけんわ」

俺が言うと

「いやお前の剣術も割かしおかしいし?」

といわれた。

自覚はないな。

「お前こそどこで覚えたんだよ?」

まあ確かにそう言われると答えようがないわな。

「剣客商売?」

兄貴に習って答えておく。

まあ実際は野球の経験とかが関係している可能性もないではないな。

ガキの頃からそれこそ何万時間バットを振り続けたことか。

ってまあそれは大げさか。




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