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僕はスケベじゃない!  作者: ポンタロー
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第七章

第七章


「おい、平子。何かあたいらに言っとくことがあんじゃねーか?」

 バイト終了後の清掃時、テーブルを拭きながら龍華さんが言った。

 今日は土曜日。全員がシフトに入っている。

「えっ? 何のことですか?」

 さっぱり、きっぱり、全く見当のつかなかった僕は、思わず龍華さんに聞き返す。

「とぼけなくてもよろしいですわよ」

 そう言ったのは輝姫さん。

「そう。もうすでにネタは上がっている」

 と、いつもの無表情で言ったのは邪鬼さんだった。

 えっ? ほんとに何のこと? さっぱり分かんないんだけど……。

「あの、僕が男だってことですか?」

「ちっがーう! そんなこたぁ、とっくの昔に分かってんだよ! そうじゃなくて、コココのことだ!」

「コココちゃん?」

 はて、コココちゃんがどうしたのか。

「平子さん、あなた、コココさんに気があるのではなくて?」

「なっ!」

 ストレートな輝姫さんの言葉に、僕の顔が一瞬で炎上した。

「分かりやすい反応」

 と、邪鬼さんがニタリと笑う。

「な、何でそんなこと……」

「そんなもん、今日のお前の様子見てたらすぐ分かるっての。気づいてないのは、当のコココくらいのもんだ。一日中ずっとコココのこと目で追いかけて、目が合ったら照れて顔を伏せる。なんじゃありゃ? 中学生か、お前は?」

「ぼ、僕はそんなことしてません」

「はいはい。分かりやすい嘘は結構ですから。それよりもあなた、確か女性拒絶体質だったのではなくて?」

「……はあ、まあそうなんですけど。コココちゃんは大丈夫みたいなんです」

「それはコココのことが好きだから?」

「いえ、そういうわけじゃなくて、なんか初めて会った時から大丈夫で……」

「そ、それは……」

「ま、まさか……」

「運命」

 三人が、わざわざ言葉を切って連ねてくる。すみませんみなさん、はっきり言ってウザイです。っていうか、コココちゃんがゴミ出しで外に出ててよかった。

「そ、そんなわけないじゃないですか!」

「でも、コココのこと好きなんだろ?」

「そ、それは、その……」

「じゃあ、嫌いなのですか?」

「そ、そんなことは……」

「素直に認めた方が楽」

「うううっ!」

 駄目だ。この三人には勝てない。

「そ、そうかもしれないです」

「やっぱなぁ。よっしゃ! そうとなりゃ、あたい達が可愛い上司のために、一肌脱いでやるとするか!」

「はい?」

「仕方ありませんわね。これも可愛い上司のためですもの」

「あの、皆さん何を言って……」

「と、いうことで、コココとデートしてくるといい」

 え? え? 何でそうなるの?


 ということで、何か知らないけどコココちゃんとデートすることになってしまった。

 自宅マンションへの帰り道、テッペキさんの運転する車の中で、僕はずっと龍華さん達との会話を再生している。コココちゃんとデート、コココちゃんとデート、コココちゃんとデート、コココちゃんとデー……はっ! ダメだ。僕、すっかり舞い上がってる。

 段取りは、全部龍華さん達がつけてくれるらしいけど、いったいどうや……プルル、プルル。

 考えてたら、僕のスマホが着信を知らせた。相手は……あっ、コココちゃんだ!

 僕は緊張しつつも通話を押した。

「も、もしもし……」

『もしもし。こんばんは。コココなのです。平子ちゃんですか?』

「う、うん。そうだよ。こんな時間にどうしたの?」

『えと、なんか急に龍華さんが《今だけあたいらは悪い子さんになる。言うことを聞かないといじめちゃうぞ》って言い出して、《明日、平子と買い物に行ってこい。外出許可は、輝姫が生徒会長権限で取ってある。あ、これが買い物リストとお金な》って言われたです。平子ちゃんは、何か言われたですか?』

 りゅ、龍華さん、もう少し言い方ってものがあるでしょ……。

「い、いや、初耳だな。急にどうしたんだろうね」

『よく分かんないのです。いじめちゃうとか言ってたわりに、龍華さんいつもと変わらなかったし、怒ってた様子もなかったのです。あっ、でも買い物には行ってきてほしいみたいだったから、コココ、明日買ってくることにしたです』

 コ、コココちゃん、なんて健気な……。

『それでですね、もしよかったら、平子ちゃんも一緒に行ってくれないですか?』

「えっ! 僕も?」

『はいです。龍華さんに言われたっていうのもあるですけど、コココ、頼まれた物がどこにあるのか分からないのです。……ダ、ダメですか?』

「いや、行くよ! もちろん行くさ! 僕達、友達でしょ!」

 僕は思わずスマホ越しに大声を出す。

『ありがとなのです。明日よろしくお願いしますです』

「うん、了解」

 そして、通話終了。

「デートですね」

「のわ!」

 突然テッペキさんに声をかけられ、僕は飛び上がった。

「テッペキさん、いたんですか!」

「……いなければ、誰がこの車を運転するのですか?」

 ごもっともでございます。

「おめでとうございます。人生初のデートですね」

「いえ、デートっていうか、ただ一緒に買い物に行くだけです。龍華さん達に頼まれた物があって」

「それをデートというのです」

 デート。デートかぁ。まさかこの僕が、女の子とデートする日がくるとはなぁ。人生って分かんないもんだ……。

「しまったあ!」

 夢心地だった僕は、いきなり叫び声を上げた。しまった。重大なことを忘れていた。

「ど、どうしたのですか、平子様? 今、運転中なので、そういった行動は洒落になりませんよ」

「す、すみません。じゃなくて、どうしましょう、テッペキさん! 僕、今までデートしたことなんかないです!」

「それはそうでしょう。人生初デートなのですから」

「デートって何をするんですか?」

「簡単ですよ。どこかに出かけて、食事して、映画でも見て、その後、自室に連れ込めばいいのです」

「学生のデートでそこまでするわけないでしょ!」

「おや、昨今のエロゲーでは、この程度のことはむしろ当然ですよ」

「うっ! で、でも、あれはゲームだし」

「ハア。要は、へタレちゃったわけですね?」

「ち、違いますよ。ただ、コココちゃんは僕が男だって知らないから……」

「それは今、全然関係ない上に、昨今は女の子同士でもデートくらいはしますが……分かりました。可哀想ですから、へタレでチキンな平子様をこれ以上いじめるのはやめておきましょう。ああ、なんて気の利く万能美人秘書の私」

「……なんとでも言ってください」

「まあ、それはさておき、分かりました。仕方ないですから、この万能美人秘書鉄壁紀子が、童貞でヘタレでチキンな、雇い主のお孫さんのために一肌脱ぎましょう。もちろん有料で」

「……それはありがたいんですけど、もう少し言い方を考えてもらえませんかね?」


「いよ~、助平。今度の日曜デートじゃって?」

 ウチに入るやいなや、いきなり、この世で最も会いたくなかった人物の声が響いた。

「……何で知ってるの?」

 と聞きつつも、僕は視線をテッペキさんへ。

「私がお伝えしました」

 そのテッペキさんは、しれっとした顔で言う。やっぱりね。

「平子様の動向は、逐一報告するよう言われているので」

「…………」

 もう、何も言うまい。

「まったく。祖父の再婚相手候補に手を出すとは、助平もやるようになったのう。いや、実に結構。カッカッカ」

 ほっとこう。下手に構うとこっちが疲れる。

「で、テッペキさん。さっき話してたことなんですけど」

「お任せください。この万能美人秘書鉄壁紀子が、腕によりをかけて最高のデートプランを練らせていただきます」

「いえ、それはありがたいんですけど、一応、龍華さん達から頼まれた買い物に付き合うって名目なので……」

「ご安心を。買い物もこなせ、なおかつ楽しいデートを満喫できるプランをご提案いたします」

「おお、なんと頼もしいお言葉!」

「つきましては料金のことなのですが……」

「じいちゃんの給料からいくらでも」

「ありがとうございます。では……「かーーーーつっ!」」

 テッペキさんとの会話に、いきなりじいちゃんがカットインしてきた。

「このワシを無視して会話するとは何事か! なっとらん! 実に教育がなっとらんぞ!

親の顔が見てみたいわい」

「分かった。じゃあ、父さんにそう言っとくよ」

「あっ、ゴメン。ウソウソ。マジでやめて。殺される」

 だったら言うなよ。

「で、何でじいちゃんがここにいるの?」

「決まっとるじゃろ。可愛い孫の初デートじゃぞ。初キッスから、初めての合体まで、こう、色々とアドバイスをじゃな……」

「ジジイ、俺がキレる前に帰れよ」

 俺の口調が変わったことに気づいたらしく、ジジイが大人しく玄関に向かう。

「あ、そうじゃ助平、心細いじゃろうから、当日はワシがビデオカメラを持って、遠くから見守って……」

「たら、リアルにばあちゃんのところに送るからな。言っとくが、隠れて付いてきても無駄だぜ。本気になった俺は、仙人○ードよりも広範囲のことを察知できるからな」

 ジジイは、今度こそ何も言わずに帰っていった。



 そんなわけで日曜日、今日は待ちに待ったコココちゃんとのデート。ということで、やってきました秋葉原。……秋葉原?

 現在、時刻は午前九時三十分。コココちゃんとの待ち合わせ時刻は十時。つまりは、まだ三十分も余裕がある。

 僕は、秋葉原駅の改札を出て早々に、テッペキさんに電話した。

「もしもし、テッペキさんですか? 僕です、助平です」

『はい、もしもし。《妹と結婚するためなら、性別を変えても国籍を変えても構わない》がモットーの万能美人秘書鉄壁です』

「…………。何でデート場所がアキバなんですか?」

『私の小粋な秘書ジョークにツッコミはなしですか? そうですか。アキバといえばデートの定番ではありませんか』

「全然定番じゃない! もっと他にあったでしょ!」

『あるにはありましたが、平子様ご希望の《龍華さん達から頼まれた買い物を買うことができ、なおかつデートに最適な場所》という条件では、アキバしかありませんでした』

「い、一体何を買わせるつもりなんだ、あの人達は?」

『おや、買い物の内容を知らなかったのですか? 中々に難易度の高い上級者向けの品々ですよ』

 そ、そんなものコココちゃんに頼むなよ。

『まあ買い物の内容はマーベラス様にでも聞いてください。ちなみに私は、麗条様より情報をいただきました』

 い、いつの間に連絡を取り合うような仲になったんだ、この二人。

「まあいいです。でも、アキバでデートといっても、一体何をすればいいんですか?」

『ナニをすればいいのでは?』

「朝から下ネタ全開ですね!」

『落ち着いてください。まずは定番のウインドウショッピングでもなさってください』

「ウインドウショッピングって……。ここには家電か萌えグッズぐらいしかないじゃないですか!」

『いいではありませんか。お好きでしょう? エロゲーとか、妹とか、妹との禁断の関係とか』

「あ、あれはリハビリで「お、お待たせです~」」

 どこからかコココちゃんの声が聞こえる。僕はすぐさま電話を切った。


 改札を出たコココちゃんが、とてとてと僕の方に駆けてくる。

 コココちゃん、私腹姿も可愛いなぁ。

「ご、ごめんなさいです。普段は電車なんか乗らないから、どれに乗っていいか分からなかったのです」

「ううん、大丈夫だよ。僕も今来たところだから」

 私服のコココちゃんにドキドキしながらも、僕はデートの定番みたいな台詞を言ってみた。

 休日の秋葉原をコココちゃんと二人で歩く。ああ、これがデートかぁ。コココちゃんは僕を女の子だと思ってるけど。それでも、人生初デートかぁ。

「すみませ~ん」

 誰かが声をかけてきた。ったく、誰だよ。

 僕が声の方に振り向くと、そこには僕らより年上の、大学生くらいの男二人組みが立っていた。

「よかったら、僕達とお茶しませんか?」

 どうやらナンパのようだ。こいつら、よりにもよって、僕がいる前でコココちゃんをナンパするなんて。許せん。

 僕は、急いでコココちゃんを背後に隠す。

「あの、この子、僕のツレなんで、他をあたってもらえます?」

 と、僕は渾身の努力をもって、できるだけ穏便に言った。本当は問答無用でぶっ飛ばしたいけど、コココちゃんを怖がらせたくないもん。

 すると、二人組みがちょっと困った顔をする。

「あの、僕達、お姉さんを誘ってるんですけど……」

「へ?」

 お姉さんって……僕!

「あの、僕を……ですか?」

「は、はい。もちろん、後ろの子も一緒だと嬉しいんですが……」

 え? え? 何で僕なの? 僕は男で、でも今は女装してるけど、けどスカート穿いてるわけじゃないし、それなのに僕をナンパって……。

 僕は頭がこんがらがってきた。ど、どうしよう。「僕は男です」ってはっきり言いたいけど、コココちゃんの前だし……ええい!

「すいません! 僕達急いでるんで! ほんとごめんなさい! 行こ、コココちゃん!」

 パニック状態になった僕は、コココちゃんの手を握って、急ぎその場を離脱した。


 ふ~。何とか離脱成功。追ってくる気配はなし。

 ナ、ナンパされてしまった。しかも、男に。……ハア、僕の黒歴史にまた新たな一ページが。

「平子ちゃん……」

「え?」

 コココちゃんの声で、僕は我に返る。

「あの、手……」

「手? って、うわ!」

 そうだ。さっきからコココちゃんと手を繋ぎっぱなしだった。僕は急いで手を放す。

「ゴ、ゴメンね、嫌だった?」

「えう。そんなことないです。ちょっと恥ずかしかったけど、全然平気です」

 そう言って、コココちゃんが笑ってくれる。

「でも、平子ちゃんてすごいのです」

「え? 何が?」

「だって、男の人にあんなにはっきり言いたいこと言えるなんて。コココ、男の人苦手だから、ちょっと尊敬するのです」

「え!」

「男が苦手」。その言葉が、僕の胸に鋭利な刃となって突き刺さる。

「コ、コココちゃん、男の人苦手なの?」

「はいです。お父さんとか弟は平気だけど、他の男の人、なんか怖いのです」

「で、でも、バイトの時は普通に……」

「お仕事ですから。そこは我が儘言っちゃいけないのです」

 マジで~! じゃ、じゃあ、僕が男だって言えないじゃん。言ったら、今の関係、崩れちゃうじゃん。……ハア。

「と、とりあえず、買い物に行こうか? まずは何から買う?」

 大きすぎる精神的ダメージを受けた僕は、何とかそれを隠してコココちゃんに尋ねる。

「えと、買い物リストには、輝姫さん、龍華さん、邪鬼さんそれぞれの欲しい物が書いてあって、輝姫さんは、BL本が欲しいそうなのです。タイトルは……『俺とあいつのイケナイ課外授業更衣室編』」

「ブッ!」

 僕は思わず噴き出した。BL本だと!

「ち、ちなみにだけど、コココちゃん、BL本って何か知ってる?」

「分かんないのです。だから平子ちゃんが一緒に来てくれて助かったのです」

 ああ、そんな天使のような微笑を向けないで。

 BL本。つまりはボーイズラブな本。フフフ、知ってるさ。もちろん知っていますとも。

僕のしているエロゲーにて知識のほどはバッチリなのですよ。

 しかし、買ったことはない(というか、僕はストレートだから買おうとも思わない)。参ったな。まあ、ここはアキバだから探せばどこにでもあるだろうけど。

 プルル、プルル……。

 そこで僕のスマホにメールが来た。

 何々……、『BL本を買うのに最適な場所はこちら!』? あ、まんまみれだ。さすがにまんまみれのことくらいは知ってる。でも場所が……って、ご丁寧に地図まで付いてるよ。

 あまりにもタイムリーなメールに、僕は思わず周囲を見回した。ひょっとしたら、あの人、どこかに隠れてこっちの様子を窺ってるんじゃ。

 しかし、辺りにテッペキさんの気配はない。まあ、いいか。

「それだったら売ってるお店知ってるよ。さ、行こうか」

「はいです。よろしくお願いするのです」

 そして、僕達は歩き出した。


 アキバのまんまみれは、八階建ての大型ビル。で、でかい。

 目的のBL本売り場は四階。結構距離があるからエレベーターで行くか。

 ……いや、やめとこう。並んでる人達の目が何か怖い。こんなエレベーターに、男性恐怖症のコココちゃんを乗せられない。というか乗せたくない。

「コココちゃん、エレベーター結構並んでるから、階段で行くけど大丈夫?」

「はいです。だいじょぶなのです」

 そして僕達は、階段で四階に向かう。階を上がるごとに、懐かしいアニメグッズが目の前を通り過ぎていく。

「あっ! 美少女戦隊スケバンムーンのカードですぅ!」

 コココちゃんが、嬉しそうに古いアニメグッズの売り場に入っていった。

「へえ、それ見てたんだ?」

「はいです。昔はよく変身ごっことかして遊んでたです」

 目をキラキラと輝かせてカードを眺めるコココちゃん。

 コココちゃんの過去を一つ知る度に、僕の心が幸福感で満たされていく。

 しかし、幸せに浸ってばかりもいられない。これはチャンスだ。実は、僕はずっと考えていた。BL本売り場にコココちゃんを連れて行くべきかどうか。だって、さすがに中身はセロハンか何かで見えないだろうけど、表紙とかは見えるわけじゃん。それにもしかしたら、本屋みたいに見本と称して、中が見れるのだってあるかもしれないし。

 コココちゃんにあんなものは……見せたくありません。ということで。

「コココちゃん、しばらくこの辺見てていいよ。輝姫さんの買い物は、僕が行ってくるから」

「え、でも……」

「いいからいいから。僕に任せておいて」

 僕はそう言って、少し強引に、コココちゃんから買い物リストを受け取る。

 よし、作戦成功。ちょっと強引かもだけど、あのコココちゃんを腐った女子にはしたくない。


 ということで、何とか第一のミッションをクリア。

 フウ。この時ばかりは女装していて助かった。だって、男が堂々とあんなところでBL本物色してたら、どう考えたってヤバイでしょ。……あれ? でも、女装してまんまみれにBL本買いにくる時点ですでに十分ヤバイような気が……。深く考えるのはやめておこう。なんか悲しくなってくる。

「で、コココちゃん、次は何を買いに行く?」

「えと、龍華さんのご希望は木刀なのです」

「木刀?」

 そりゃまた龍華さんらしいといえばらしいけど。

「あの、もしなければ真剣でも可って書いてあるです」

「うん。木刀にしとこうね。とは言っても、アキバに木刀なんて……」

 プルル、プルル。あっ! またメールが来た。

 何々……、『木刀をお探しならこちら』って、スイカブックスじゃん。しかもご丁寧に地図付き。あそこに木刀なんて売ってんのかな。ていうか、それ以前に何でこんなにタイミングよくメールがくるんだよ。

 僕はまた周囲を見回す。が、それらしい人影も気配もない。……ハア、もういいや。深く考えるのはやめとこう。

「コココちゃん、木刀はあっちだよ。行ってみよう」

「はいです」

 コココちゃんが満面の笑みを浮かべて、僕の後を付いてくる。なんかいいな、こういうの。

 そしてあっさりとスイカブックスに到着。そして、入店。

「あ、ほんとにあった」

 入って早々に、僕達は箱に乱雑に入れられていた木刀を発見した。

「ふえ~、秋葉原には色んな物が売ってるですね~」

 コココちゃんが素直に感心していた。うん。僕もそう思う。


 そして、思いのほかあっさりと木刀をゲット。次は……。

「次は邪鬼さんかな?」

「はいです。邪鬼さんの買い物は『○―メン』なのです」

「はっ?」

 その言葉に、僕は思わず間の抜けた声を上げた。

「ゴメン。コココちゃん。よく聞こえなかった。というか、なんか変な幻聴が聞こえちゃった。もう一回言ってくれる?」

「はいです。邪鬼さんのリクエストは『○ーメン(できるだけ鮮度の良い物)』なのです」

 げ、幻聴じゃなかった。何考えてんだ、あの人……。

「あの、平子ちゃん、○―メンって何ですか?」

「うぃ?」

 それを僕に答えろと! ムリ! 絶対ムリ! コココちゃん以外の人になら言えるけど、コココちゃんにだけは言いたくない。

「え~と、何だろう? 僕にもよく分からないなぁ」

「……そう、ですか……」

 コココちゃんのトレードマークである、横にピョンと伸びたツインテールが、しょんぼりと下に垂れる。

 しまったぁ! コココちゃんは、僕を頼りにしてくれているのに。ていうか、邪鬼さん、絶対この展開を予想してたな。ここは・・。

「あ、思い出した。でもそれ、この辺じゃ売ってないな」

「え! そうなのですか?」

「うん、そうなんだ。だからそれは、また今度僕が買って、あのクソアマ……じゃなかった。邪鬼さんに渡しておくよ」

「え、でも、それは悪いのです」

「いいのいいの。それ、ちょっと手に入りにくいからさ。気にしないで」

「えう……。じゃ、お願いしてもいいですか?」

「もちろん」

 ていうか、お願いして。コココちゃんに、こんなもの調達させたくない。

「それよりさ、そろそろお昼も近いし、何か食べに行かない?」

「あ、それじゃコココ、ちょっと行ってみたい場所があるのです」

「いいね。じゃあ、そこにしよう」


「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様~!」

 明るいメイドさんの声が店内に響き渡る。コココちゃんに連れてこられた場所。それは、全国にチェーン展開されている日本最大手メイドカフェ『バッドホームカフェ』だった。

 三つ編みに真ん丸メガネをかけたメイドさんに案内されて、僕達は席に着く。

「コココちゃん……」

「はい。どしたですか?」

「何でメイドカフェなの?」

「えう。コココ、いっつもご主人様やお嬢様にご奉仕する立場だから、一度ご奉仕される側になってみたかったです」

「な、なるほど。でも、よくここのこと知ってたね」

「えう。さっき行ったスイカブックスの近くにチラシが貼ってあったのです」

 なるほどね。

「それにコココ、本物のメイドさんってどんなものかちょっと見てみたかったのです」

「いや、ここにいるメイドさんも本物じゃないから」……とは、言えない。さすがに店内では。

「そ、そっか。じゃあ、とりあえず注文しちゃおう。僕、お腹空いちゃった」

「はい。コココもです。え~と~」

 コココちゃんが真剣にメニューと睨めっこしてる。悩んでる顔も可愛いなぁ。

「えう~……決めたです。コココ、オムライスにするです」

「ああ、定番のメイドさんがケチャップでお絵描きしてくれるやつね。じゃ、僕もそれで」

 ということで、オムライス二つと飲み物を注文して待つことしばし……。

 二十分後、頼んでいたメニューがやってきた。

「お待たせしました~。『メイドカフェに来るようなオタク共に愛想を振りまくのは虫唾が走るけど、仕方なくお仕事だからやってやるプロ意識に満ちたメイドが作った適当オムライス』で~す」

 な、なんかえらく長い名前な上に、どう考えてもお客さんが怒り出しそうなメニューにクラスチェンジしてるけど……って!

「天乃さん!」

 メニューを運んできたメイドさんを見て、僕は心底驚いた。なんとそのメイドさんが、邪鬼さんだったのだ。ビックリしすぎて、思わず名字で呼んじゃったよ。

「はい、天乃ですけど」

 しかし、当の邪鬼さんはいたって平然としている。まるで、僕達のことなど知らないかのように。コココちゃんも、驚きで言葉を失っているようだった。

「あの、何でここにいるんですか?」

「そりゃここで働いているからですよ」

 そりゃそうだ。

「じゃなくて、何でここで働いてるんですか?」

「そりゃここが、私のバイト先だからですよ」

 そりゃそうか。

「そうじゃなくて、ウチで働いてるのに、何でここで働いてるんですか! 確か今日は、ウチでシフト入ってるはずでしょ!」

 すると、目の前の邪鬼さんが少し怪訝な表情を見せた。

「あなた、さっきから何言って……。ああ、そっか! 分かった! あなた、私のこと、妹と勘違いしてるでしょ」

「へ? 妹?」

 ってことは、この人、邪鬼さんのお姉さんってこと? 

 僕は慌てて、彼女のネームプレートを確認。するとそこには……。

「かんちゃん?」

「そう。私の名前は天乃貫子。天邪鬼の双子の姉よ」

 あ、姉がいるなんて初めて知った。

 そういえば、邪鬼さんと違ってなんかサバサバした印象だ。見た目はそっくりだけど、一人称も違うし、お姉さんの方はボーイッシュな感じがする。

「で、そういうあなたは妹の何? まさか、彼女じゃないでしょうね?」

 貫子さんの目に殺意が混じり始める。

「あの、彼氏ならともかく、彼女ってのはないんじゃ……」

「そんなこと分からないじゃない! 邪鬼ちゃん美人だし、頭もいいし、女だってほっとかないわ!」

 ず、随分とシスコン気味のお姉さんだな。

「随分と妹さんのこと大事にされてるんですね」

「当然よ。姉妹なんだもの。私は宇宙一妹を愛しているわ」

 う、宇宙一ときたよ。

「でも、鉄女の生徒さんじゃないですよね? そんなに妹さんが好きなら、何で同じ学園に行かなかったんです?」

「親が許してくれなかったのよ。『お前は少し妹離れしないと、いずれ人の道を踏み外す』って」

「ず、随分と大げさですね」

「でしょ? まったくよ。ただちょっと小学生の時に作文で、『一番の宝物、妹。将来の野望、妹を嫁にして少し広い一戸建てに住む』って書いて、中学生の時、妹の寝室に忍び込んで、強引に妹を私のモノにしようとしただけなのに」

 あ、ダメだ。やっぱり姉の方もイカレてる。

「とりあえず、僕達は邪鬼さんの同級生で、同じ職場の同僚ってだけで、別に彼女じゃないから安心してください」

「そう? まあ、一応そういうことにしておいてあげるわ。でも、一つはっきりさせておくわよ。妹は私の物。妹の処女も私の物。そして、妹と一生を添い遂げるのはこの私。このこと、よく覚えておきなさい」

 そう言い残して、貫子さんは去っていった。

「あの、あの人、貫子さんのお姉ちゃんなのですか?」

「うん。そうみたいだね」

「なんか、すごく熱く語っていたのです。コココ、途中から言ってることがよく分からなかったけど」

「うん。それでいいと思うよ。世の中知らない方がいいこともあるしね」

 そして僕達は、すっかり冷めてしまった料理を食べ始めた。


 五時になった。そろそろ帰らないと、寮の門限に遅れる。

 僕は、コココちゃんと手を繋いで、秋葉原の駅に向かった。

 何でだろう? 駅に一歩近づく度に、僕の足取りは重くなる。

 心のどこかで思ってる。もっと二人で一緒にいたい。

 でも、それがコココちゃんに迷惑をかけるってこともちゃんと分かってる。だから僕は何も言えない。ただ、少し引っ張られるように駅へと向かう。

 そして、あっさりと駅に着いた。

「それじゃコココ、帰るのです。平子ちゃん、今日はありがとうなのでした」

 コココちゃんが、ニッコリ笑って頭を下げる。

 僕の好きないつも笑顔。でも、今はその笑顔を見ると、胸がギュッと締め付けられる。

「ほんとに送らなくていいの?」

「はいです。そこまでご迷惑はかけられないのです」

 迷惑なんかじゃない。ほんとは僕がそうしたいだけ。

 でも、それを言うことはできなかった。

「そう。それじゃ、ここで……」

「はいです。また明日なのです」

 コココちゃんが、改札のカードリーダーにプスモをタッチして、ホームへと向かう。

 見えなくなるまで手を振ってくれるコココちゃんに、僕も見えなくなるまで手を振った。

 やがて、コココちゃんの姿が完全に見えなくなる。と同時に、僕は心にポッカリと穴が開いたような気分になった。そして気づく。

 ああ、僕、コココちゃんのこと、ほんとに好きなんだ。でも……。


「ハア~~~」

 ウチに着いてから、これで何度目のため息だろう。

「どうしたんじゃスケベ? 珍しく真面目な顔して」

「うん、ちょっと考え事をね。あと、さらっと名前間違えるのやめてね。次、間違えたら、その首へし折るから。っていうか、何でここにいるの? さっさと帰ってよ。僕は今、悩み事の最中なんだから。はっきり言って邪魔」

「…………」

 じいちゃんが、無言でテッペキさんに視線を向ける。

「真に心温まる祖父とお孫さんの会話ですね」

「…………。す、助平よ。何で悩んでおるのじゃ?」

「じいちゃんに関係ないことだよ。っていうか、関係あったとしても、じいちゃんには言いたくない」

「…………。助平よ、お前、ひょっとして今日デートしてきた女の子のことで悩んどるのか?」

「うえ!」

 僕は思わずじいちゃんの方に振り返る。

「その子にすっかり惚れちまって、その子がじいちゃんと結婚するかもしれないと気が気ではないんじゃろ?」

「ううん、違う」

 前半は合ってるけど。

「じいちゃんの結婚については、そんなに心配してないんだ。いざとなったら、僕がじいちゃんを半殺しにして病院送りにしちゃえば、結婚どころじゃないだろうし」

「…………」

「…………」

「まあ、それ以前に父さんが許すはずないしね」

「…………」

「…………」

「の、紀子くん……」

「はい、何でしょう?」

「孫が不良になってしもうた……」

「会長の教育の賜物かと」

 まったくもってその通り。

「の、のう、助平。ならばお前は、一体何に悩んでおるのじゃ?」

 ……あんまりこのジジイには言いたくないけど、仕方ない。

「ねえ、じいちゃん。愛って何だろう?」

「「はっ?」」

 じいちゃんとテッペキさんの二人が、揃って素っ頓狂な声を上げる。

「僕、初めて本気で女の子を愛しちゃったかもしれない」

「…………」

「…………」

「き、聞いたか、紀子君?」

「え、ええ。しっかりと」

「ひょっとしたら、ワシらは夢を見ているのかもしれん。紀子君、ここはお約束でワシの頬をちょっと叩いてみてくれ。優しく、やさ~しくじゃぞ」

「分かりました。お任せを」

 そう言って、テッペキさんが取り出したのは、一本の金属バット。

「ちょ、ちょっと待った! 何で金属バットが出てくるんじゃ!」

「会長の面の皮は厚そうですので、これくらいは必要かと」

「いらんいらん! そんな気遣いはいらん! 普通に頬を張ってくれ!」

「分かりました」

 バチーン! と軽快で小気味いい音が鳴る。

「い、痛い。どうやら夢じゃないぞ、紀子君」

「そのようですね」

「でもね、一つ問題があるんですよ」

 僕は真剣な顔で零した。

「はあ。問題ですか? それはまたどのような……」

「その子は、僕を女だと思っているんです」

 じいちゃんとテッペキさんが、顔を見合わせて「そりゃそうか」って顔になった。

「その、男だと告白されればよいのでは?」

「もちろん、そうしたのはやまやまなんですけど、その子、どうやら男が苦手みたいなんですよね」

「…………。それはつまり……・」

「僕ほどの拒絶反応はないにしても、要は僕の逆バージョンってことです」

「「…………」」

 二人が黙り込む。

「ねえ、テッペキさん。もし仮に、あなたが男が苦手だったとして、ある日突然、今まで女性だと思っていた親友が、『俺、実は男で、ずっと前からお前のことが好きだったんだ』と告白した場合、あなたはどうしますか?」

「『この裏切り者!』と、昨今の昼ドラ並みに叫んで殺します」

「…………。それはさすがにやりすぎだと思いますが、少なくとも告白を受け入れる可能性は皆無でしょう。つまり、僕が悩んでいるのはそこなのです」

「……なるほど」

 しばしの間、沈黙が流れた。

「……助平よ」

 その沈黙を破ったのは、しばらくの間黙り込んでいたじいちゃん。

「そんな悩めるお前のために、このワシが知恵を貸してしんぜよう」

「うん。ゴタクを並べるのはいいけどさ、慎重に言葉を選んでね。じゃないと殺すよ、ワリと本気で」

「…………」

 じいちゃんの顔に、ブアッと大量の汗が噴き出した。

「……で、その知恵なんじゃが」

「…………」

「ズバリ! 弱みを握れ!」

「…………」

「それほどまでに相手を好いとるなら、手段を選ぶな! 相手の男嫌いなど無視して、弱みを握り、強引に自分のモノにすればいいんじゃ! 幸いなことに、お前はワシの孫じゃ! たとえ相手が、ワシの再婚相手候補だったとしても、ここは可愛い孫のために、ワシが身を引こう。金ならいくらつぎ込んでも構わんから、絶対にその女子をモノに……」

 シュパ!

 力説を続けるじいちゃんに、僕は無言で持っていたボールペンを投げつけた。高速で飛んでいったボールペンは、じいちゃんの頬を浅く掠めて、後ろの壁に突き刺さる。じいちゃんの頬に、一条の赤い線がついた。

「……テッペキさん、社葬の準備してもらっていいですか? どうやら、富持グループの会長がお亡くなりになったそうです」

「待った! ワシは真剣に話しとるんじゃぞ! 真剣にお前の恋を応援し、祖父としてできる限りの……」

「だったらもう黙っててよ! 僕はじいちゃんとは違うの!」

 深夜のマンションに、僕の絶叫が鳴り響いた。

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