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僕はスケベじゃない!  作者: ポンタロー
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第五章

第五章


 ハア~~~。ついにこの時がやってきてしまった。

 女性用ロッカールームでメイド服に着替え終えた僕は、ロッカーの扉を閉めながら大きくため息を吐いた。

 そう、今日はメイドカフェラブリーオーナのオープン日。あれから、短いながらも研修期間を終え、ついに今日、ラブリーオーナはオープンする。

 ちなみに開店まであと三十分。あと三十分後には、僕は男であるにも関わらず、メイドカフェのメイドとしてフロアに立つことになる。ハア、憂鬱だなぁ。

 だって僕、別に女装癖があるわけじゃないし、メイドさんになりたいわけでもないんだもん。

 つまりこれは、僕にとっては単なる拷問に他ならず……フフフ、今日から僕の黒歴史がスタートするわけですよ。

 とまあ、そんなことを僕は一人で悶々と考えていた。女性陣に着替えを見られるのはまずいから、時間をズラして着替えているため、今、ここには僕一人。みんなはすでに着替えを終えてフロアに出ている。ハア、行きたくないなぁ。急に台風とか地震でもきて、オープン日が延期になったりは……。

「しませんよ」

「うわ!」

 僕の心を読み取ったかのように言葉を続けたのは、いきなり背後から現れたテッペキさんだった。

「まったく、着替えにいつまで時間をかけているのです? みなさん、もうお待ちかねですよ」

「あの~、やっぱり行かなきゃダメですか?」

「当たり前です。往生際が悪いですよ」

「で、でも、僕が男だってバレたら、お客さん、来なくなっちゃうんじゃ……」

「ご安心を。今のあなたを見て男だと識別できる人間は、この世にはおりません」

「…………」

 それ、全然嬉しくない。

「で、でもでも、四人もメイドさんがいるんだから、僕は裏方でも~……」

「ダ・メ・で・す。僕っ子は平子様だけなのですから、絶対出ていただきます」

「うう。分かりましたよぅ」

 あきらめた僕は、うなだれながらロッカールームを出ようとした。

「平子様、少々お待ちください」

 しかし、それをテッペキさんが呼び止める。

「まだ何か?」

「一つ確認したいことが」

「何ですか?」

「ちゃんと女性用の下着を着用していますね?」

「……ちゃんと穿いてますよ。あれだけ念を押されたんですから」

「よろしい。では、見せてください」

「は?」

 え? 何言ってんの、この人?

「失礼、今何と?」

「ですから、そのスカートを捲って、穿いている下着を見せてください」

「……何のために?」

「念のために」

「…………」

 僕は僅かに沈黙する。ひょっとして……いや、ひょっとしなくても、テッペキさんて少し変? まあ、まともな神経してたら、あのクソジジイの秘書なんてできないだろうけど。

「い、嫌ですよ。恥ずかしいもん」

「おや、やっぱりトランクス着用ですか?」

「違いますよ! ちゃんと、その、この前テッペキさんが用意した、あの縞々のやつ穿いてます!」

「では、その縞パンを見せてください。ちゃんと穿いてるなら見せられるはずです」

「見せられませんよ! ちゃんと穿いてるから見せられないんじゃないですか! どこの世界に、パンツ見せろと言われて見せる人がいるんです!」

「私は、払う物さえ払ってもらえれば、いつでも見せられますが」

「…………」

 きっぱりとそう言われ、僕、絶句。

「……やれやれ。分かりました。では、平子様は立ったままで結構です」

「ホッ。よかった、分かってもらえ……」

「私が下から覗きます」

「…………」

 僕、またも絶句。この人、間違いなく変態さんだ。

「テッペキさん、正気ですか?」

「当然です。平子様、動かないでください」

 そう言って、有無を言わせぬ表情のテッペキさんが、僕に近づき、膝を折った。そしてそのまま、僕のスカートの中を覗き込む。うう、恥ずかしいよぅ。

「……結構です。では、フロアに行きましょう」

 確認を終えたテッペキさんが、立ち上がってクルリと僕に背を向けた。

「テッペキさん……」

「はい、何でしょう?」

「……鼻血拭いてください」


 何だかんだで着替えを終えた僕と、テッペキさんは、ロッカールームを出てフロアに向かう。

 やばい、もうあんまり時間がないぞ。急がなきゃ。

「おーい!」

 あれ? 打破さんだ。僕と同じくメイド服に身を包んだ打破さんがこっちにやってくる。

「まったく、遅いぜ。着替えにいつまでかかってんだ」

 と、打破さんがテッペキさんと同じことを言う。

「す、すみません」

「ったく。もうフロアの掃除も終わって、みんな準備できてるぜ……って、どしたい、マネージャー? 鼻の穴にティッシュなんて詰めて」

「これは……ちょっと平子様のパンツにこうふ……ではなく、ロッカールームで鼻をぶつけてしまいまして」

「ふ~ん。そうかい、まあいいや。とにかく、早く行こうぜ。みんな待ちくたびれてるからよ」

「は、はい」

「平子様、打破さんと一緒に先に行っててください。私は……少しお花を摘みに行ってきます」

 お花? ……ああ、トイレのことね。僕の返事を待たずして、テッペキさんがすたすたとトイレに向かう。

 打破さん、わざわざ呼びにきてくれたんだ。でも、打破さんの制服って……。

 みんなに用意された制服(僕のも含む)は、それぞれ微妙に形が違う。サイズは、どこで調べたんだと聞きたいくらいにピッタリで、僕なんかは、スカート丈の短いいわゆるミニスカメイド服なんだけど、打破さんのは、それに加えて胸の部分が大きく開いていて、打破さんの形のいいふくよかな胸が見事に強調されていた。すごく良く似合ってるけど、なんかこう、目のやり場に困るな。

「なんだよ、店長。さっきからアタイの胸ばっかり見て。触りたいのか?」

「い、いえ、そういうわけでは……」

 ダメだ、ダメだ。あまりの大きさに思わず凝視してしまった。

「なんだよ。触りたいなら素直にそう言えって。ほら!」

 打破さんがニカッと笑って、僕の右手を掴んで自分の胸に押し当てる。

「うわ!」

 やわらかい。しっかりとした弾力があるのに、もちもちして、フニフニしてやわらかい。それに打破さんって、何かレモンっぽい良い匂いが……。

「あわわ」

 やばい! 顔が熱くなってきた。

「ダ、ダメです、打破さん! これ以上は……」

「遠慮すんなって。今日から世話になるんだから、これくらいはサービスしなきゃな」

「そ、そういう問題じゃなくて……あっ! もう……ダメ……」

 そして、右手に天国を感じながら、僕は意識を失った。


「あれ? ここは……」

 何か僕、最近よく気絶するな。まあ、状況を考えると仕方ないんだけど。

 何故かやたらと頭が気持ち良い。なんていうか、やわらかくてすべすべしてあったかい。その上ちょっとレモンの匂いがする。なんだ、これは?

「お! 起きたか」

 突然、打破さんの顔が僕の視界いっぱいに広がる。

「おわ!」

 僕は思わず悲鳴を上げた。どうやら僕は、打破さんに膝枕されていたらしい。って、やばい。また気絶する。

 僕は慌てて体を起こした。

「だ、打破さん? どうして……」

「あん? どうしてって、お前がいきなりブッ倒れたから、介抱してたんだろうが」

 打破さんが照れくさそうに頬を掻いた。

「そ、そうだったんですか。あの、僕、どれくらい気絶してました?」

「ん? ほんの五分くらいだけど」

 僕は慌てて時計を確認。よかった、また時間はある。

「打破さん、その、すみませんでした」

「いや、それは別にいいんだけどよ。けど、どうしたんだ? 急にぶっ倒れちまって」

 うう、何て説明しよう。……ダメだ。言い訳が思いつかないや。仕方ない。

「……その、実は僕、女性拒絶体質なんです」

「はぁ?」

 打破さんが素っ頓狂な声を上げる。

「女性拒絶体質ってことは、あれか? 女が苦手なのか?」

「……はい」

「マジかよ。正直信じられねえって言いたいところだけど、さっきの見ちまったからな」

「…………」

「でも、それなら何でまた鉄女なんかに潜り込んだんだ?」

「…………」

「それに、オーナーは、お前がメイドをやりたいからこのカフェを開いたなんて言ってたけど、あたいはもうお前が男だって知ってる。お前は確かにナリは女っぽいけど、少なくとも、女装癖があるようにも、メイドになりたがってる変態にも見えねえ。ほんとは何かわけがあるんじゃねえのか?」

「…………」

 打破さんが、真摯な瞳で真っ直ぐに僕を見つめる。僕は一瞬、実は女性拒絶体質を克服したくて鉄女に潜り込みましたなんて言い訳をしようとしたけど、打破さんの真っ直ぐな瞳を見て、言うのをやめた。女性拒絶体質を治したいのはほんとだけどね。でも、本当のことなんてもっと言えない。だから……結局、何も言えない。

「……言えないんか?」

「……はい。すいません」

「気にすんな。誰でも聞かれたくないことの一つや二つあるもんだ。でも、女に触れただけで気絶なんて普通じゃねえぞ」

「…………」

 黙ってようかとも思ったけど、介抱してもらった手前、気が引ける。

「女の子って、ガラスみたいな感じがするんですよね」

「はあ? ガラス?」

「なんていうか、繊細っていうか、儚げっていうか、やわらかくてか細くて、僕が触ったら壊れちゃいそうで……」

「……それで、何で気絶すんだよ?」

「いや、なんかこう、テンパるというか……」

「……あのなあ、このあたいが、触ったら壊れそうに見えるか?」

「いえ、そうは見えませんけど、打破さんも、僕にとっては可愛い女の子ですから」

「~~~」

 突然、打破さんの顔が、火がついたように真っ赤になった。

「な、な、何言ってやがんだ、べらぼうめ」

 江戸っ子っぽくいう打破さんだけど、その声には力がない。

 あれ? 僕、変なこと言ったかな?

「と、とにかく、あたいはか細くもないし、お前に触られたぐらいじゃ壊れないから心配すんな」

「……はい、すみません。あの、僕が女性拒絶体質だってこと、他の人には……」

「言わねえよ。心配すんな」

「ありがとうございます、打破さん」

「おい、それ」

「えっ?」

「その打破さんってのやめろ。ここでは、お前があたいの上司なんだぞ。だから、ここでは龍華って呼べ」

「……はい。龍華さん」

「よし!」

 僕の言葉に、龍華さんは少し頬を染めたまま、いつものようにニカッと笑った。


 僕と龍華さんは、今度こそフロアに向かった。フロアでは、すでに、他の三人が待機していた。テッペキさんは……まだ、お花摘みか。

「まったく、遅いですわよ。着替えにいつまでかかっているのです?」

 あ、これ今日三回目だ。

「す、すみません」

「間に合わないかと思いましたわよ。あなたは店長なのですから、もっとしっかりしてくださいまし」

「も、申し訳ありません」

 僕は、思わず深々と頭を下げた。ど、どう見ても麗条さんの方が店長っぽい。

「まあ、言い足りなくはありますが、ほんとに時間がないのでやめておきましょう。では店長、朝礼……ではなく、夕礼を」

「わ、分かりました。コホン、それじゃあ、龍華さん、麗条さん、天乃さん、コココちゃん、今日からよろしくお願いしま「ちょっとお待ちになって」」

 元気よく挨拶しようとした僕を、麗条さんが制した。

「どうして龍華とコココさんだけが名前で呼んで、私が麗条さんですの?」

「不公平」

 麗条さんと、何故だか天乃さんまでが不満そうな顔になる。

「いや、特に深い意味はないんですけど……」

「特に深い意味がないのなら、私のことも下の名前で呼びなさい。特定の従業員の特別扱いは、いらない軋轢を生みますわよ」

「うッ!」

 ど、どっかで聞いた台詞だ。

「というか、この際ですから、私達は平子さんのことを店長と呼ぶにしても、せめて従業員間では下の名前で呼び合いませんこと?」

 麗条さんが周りを見渡しながら言った。

「ああ、いいんじゃねえか」

「賛成」

「コココも大賛成ですぅ」

 それらの声に、麗条さんが満足げに頷く。

「では、店長、店長もこれからは、私達全員を下の名前で呼んでくださいね」

「はあ……」

 な、なんか勝手に話が進んじゃってるけど……まあ、いいか。

「それじゃあ、龍華さん、輝姫さん、邪鬼さん、コココちゃん、今日からよろしくお願いします」


 ハア~~~。疲れた~。

 初日の営業、これにて終了。閉店後の清掃も終わり、僕はとぼとぼと更衣室に向かった。

 いや~、疲れたな~。っていうか、メイドさんて大変なんだな~。

 でも、僕が想像していたようなトラブルがなくて、ほんとよかった。

 僕はてっきり、メイドカフェっていえば、メガネ、リュック、タオル、カメラ、ハチマキなんかをフル装備したオタクな人達ばかりがやってくるところだと思ってたけど、今日ウチに来たお客さんは全然普通のサラリーマンが多かった。土地柄なのかな。

 まだ一日目だから何とも言えないけど、みんなが何かトラブルに巻き込まれたら、真っ先に飛び出そうとしていた僕は、いささか拍子抜けです。

ガチャ!

「は?」

 更衣室のドアを開けた瞬間、僕は思わず間の抜けた声を上げてしまった。

 ドアを開けた先にいたのは、メイド服を脱いで着替えようとしている全裸(パンツは穿いてる)のコココちゃん。上はノーブラ。そして、下は純白のパンツ。みずみずしく染み一つない肌はとても美しく、まだ発展途上の胸も僕的には……って、見惚れてる場合じゃない。何でここにコココちゃんがいるんだ?

「は!」

 そこで僕は重大なことに気づく。そうだ。ここは女子更衣室だった。開店前は、着替える時間をズラしたんだった。しまった。疲れててすっかり忘れてた。

 僕の心の焦燥部分が叫ぶ、「ぎょえええ~!」と。

 そして、それと同時に、僕の中の冷静な部分が言う。「落ち着け、僕。コココちゃんは、僕を女の子だと思ってるから、まだ切り抜けるチャンスはあるぞ。だから叫ぶな。冷静になれ」と。

 焦燥と冷静の心が見事に入り混ざった結果、僕は身動きができなくなった。

 でも、大丈夫。見たくらいじゃ気絶はしない。そう、まだ大丈夫。

 そんなことを念仏のように唱えていた僕に、コココちゃんがニッコリ笑う。

「あ、平子ちゃん! お疲れなのです」

 善意百パーセントのエンジェルスマイル。しかし僕は、その言葉に何の返事をすることもできなかった。

「平子ちゃん? どしたですか?」

 ノーリアクションの僕を変に思ったのか、コココちゃんが裸のまま僕のところに駆けてきた。

 つまりそれは、パンツこそ穿いてるけど、ノーブラのコココちゃんがどんどんこっちに近づいてるってことで……。

 それはつまり、まだ発展途上でこれからの成長に期待の胸や、その先の小さい突起まで全部丸見えってことで……。

 や、やばい。やばいやばいやばい。何とかこの場を離脱しないと……でも、足が動かない。

 そして、離脱の機を逃した僕のもとにコココちゃんがやってくる。

「入り口のところで立ち止まってどしたですか? 早く中に入るですよ」

 と言って、僕の腕を掴む。やばいやばいやばいやばいやばい。あ、でも……そうだ! 僕は、コココちゃんにだけは触れても大丈夫だった。フ~、よかった。危ない危ない。

 僕の心に一定の平静が戻る。よし、これならだいじょう……。

 しかし、僕の体はまだ大丈夫じゃなかったらしい。となると、当然、僕は突っ立ったままで、それを引っ張るコココちゃんは、僕を動かせずにバランスを崩してずっこけることになる。

「危ない!」

 こけるコココちゃんが視界に映った瞬間、僕は彼女を抱きしめ体を捻る。

 ……そして今現在、僕はコココちゃんを抱きしめ天井を眺めていた。

 なんとかコココちゃんが転ぶのは阻止。僕が下敷きになったから、体にダメージもないだろう。しかし、僕はまずい。非常にまずい。羽交い絞めの形でコココちゃんを抱きしめているため、僕の手は今、しっかりと掴んでいるのだ。コココちゃんの○っぱいを!

 今、コココちゃんが声をあげないのは、びっくりして声を出せないか、僕を女だと思っているからだろう。しかし、僕はまずい。ほんとにまずい。

 コココちゃんに触れるのは大丈夫。腕を掴まれるのも平気。でも、胸はまずい。○っぱいはまずい。とてもとても柔らかいのはまずい。フニャリとした弾力が、僕の手の平にダイレクトに伝わってくるのはまずい。

 や、柔らかい。搗き立てのお餅みたいにプニプニしてる。あ、ほんとやばい。顔が赤くなってきた。ってことは……。

 気絶の兆候を感じ取った僕は、何とか残った時間で、自力での打開策を考えるが……結論、無理。絶対無理。

 よって僕は、途切れつつある意識の中で何とか叫んだ。

「テッペキさ~ん! こんなところに百万円落ちてますよ~!」

 そして、僕の意識は闇へと落ちる。フッ、あとは任せましたよ、テッペキさん。


 ん? ここは……。

 気が付くと、そこはテッペキさんの車の中だった。

「お目覚めですか、へタレ店長?」

 運転席からテッペキさんの声が聞こえる。

「テッペキさん、みんなは……」

「皆さんは、すでに寮へとお送りしました。今は、私達の自宅へと向かっております」

「そうですか。あのあと、どうなりました?」

「どうもこうもありませんよ。あなたの声を聞いて金を拾いに……もとい、更衣室に向かってみれば、あなたとマーベラスさんは地に倒れたまま、あなたはマーベラスさんの胸を鷲摑みにしながら気絶、マーベラスさんは赤面したまま硬直。一体、どうすればあのような奇想天外な状況になるのです?」

「め、面目ありません……」

 どう考えてもうまい言い訳を思いつかなかったので、僕は素直に謝ることにした。

「まあ、他のお三方のお力をお借りして、何とか事を収めましたが……」

「あの、コココちゃん、怒ってました?」

「怒っていたというより、驚いていましたね。まあ、マーベラスさんには、平子様は店長という重責によるプレッシャーで少々疲れていた、と、かなり強引にではありますが説明しておきました。まあ、あまり気分を害された様子はなかったので大丈夫でしょう」

「そ、そうですか、よかった」

「それより平子様、ひょっとして、マーベラスさんを襲おうとしたのですか?」

「違います」

「でしょうね」

「え? そんなにあっさり信じてくれるんですか?」

「あなたにそんな度胸があるはずありませんから」

「…………」

「しかし、マーベラスさんを除くお三方が、すでにあなたが男であることを知っているとは驚きでした。まあ、あのお三方がそれを周囲に言いふらすとは思いませんが、ひょっとして、自分から男だと告白したのですか?」

「そんなわけないでしょ。でも、なんかわりとあっさりバレちゃって……」

「ふむ、なるほど。さすがは会長の選んだ花嫁候補というわけですか。ああ、一応ああいう状況でしたので、マーベラスさん以外のお三方には、あなたが女性拒絶体質であることを伝えておきました。どうやら、打破さんはすでにご承知のようでしたが」

「ええ! 言っちゃったんですか! 恥ずかしいからやめてくださいよ!」

「フフフ、大丈夫です平子様。女装して女子の学園に潜り込んだ時点で、すでに黒歴史確定です」

「……テッペキさん、ひょっとしてケンカ売ってます?」

「私は、百パーセント勝てる喧嘩は売らない主義です」

 ハア、なんか最近こんなやりとりばっかだな。


 ハア、憂鬱だな~。

 メイドカフェ初日の営業を終えた次の日、僕はベッドの中でヘコんでいた。

 今日は日曜日、学園もメイドカフェも休み。よって、僕はウチでごろごろ。そして、ヘコみ。

 コココちゃんに何て言って謝ろう? 一応、テッペキさんがフォローしてくれたみたいだけど、やっぱり自分で謝った方がいいよな。

 僕は、ベッドから腕だけ出して、机にあったスマホを取る。

 え~と、コココちゃんの番号は前に教えてもらったから……ていうか、みんなの番号はすでに教えてもらってるから……。

 僕は、操作にたっぷり五分ほどかけてから、何とかコココちゃんに電話する。……あ、繋がった。

『はい、もしもし、コココなのです』

「あの、えと、僕、その……」

 落ち着け、落ち着くんだ、僕。これじゃ怪しさ全開だぞ。

『……平子ちゃん、ですか?』

「え、その、うん、平子です。あのね、コココちゃん、昨日はほんとにゴメ……」

『平子ちゃん、体大丈夫ですか!』

 スマホ越しに、いきなりコココちゃんの大声が響く。

『昨日、平子ちゃん急に倒れちゃって。マネージャーさんは心労で倒れたんだろうって言ってたけど、初めて会った時も突然倒れちゃったし。平子ちゃん、ひょっとしてどこか体悪いですか?』

「…………」

 こ、困ったな。何て答えよう。病弱設定にしてもいいけど、この前、コココちゃんをクソ野郎共から助けた時、結構暴れたからな。実は女性拒絶体質なんです、なんて恥ずかしいから言いたくないし。う~ん、仕方ない。ここはテッペキさんの話に乗っかるか。

「いや、別に病気とかじゃないんだ。ただ、ちゃんと店長ができるかどうか心配でさ。ちょっと疲れてたんだと思う。ほんとにゴメンね」

『えう。それならいいのです。コココ、安心したです』

 僕の言葉を、全く疑うことなく信じてくれるコココちゃん。うう、ほんとにいい子だ。

『大丈夫。平子ちゃんは、ちゃんと店長さんやれてたです。もっと自信を持つですよ』

「うん、ありがと」

『でも、ほんとによかったです。コココ、平子ちゃんのこと、しん・・あ! ゴメンです、平子ちゃん。友達が来ちゃったから、これで切るのです』

「うん、分かった。じゃあ、また明日学校で」

『はいです。また明日なのです』

 そして、電話終了。よかった、何とか無事にフォローは済んだ。

「よかったですね、平子様」

「ええ、ほんとに……って、うわ!」

 いきなりの声に、僕は思わずベッドから飛び起きる。な、何でテッペキさんが、半開きのドアからこっちを覗いてんの!

「テ、テッペキさん、いつの間に……」

「いえ、あなたがマーベラスさんに電話をかけようか迷っていた時からおりましたが」

 マ、マジで? 全然気づかなかった。忍者か、この人は。

「でも、よかったではないですか。ちゃんとフォローできて」

「ええ、まあ」

「ところで平子様、いきなりですが、良いニュースと悪いニュースがあります」

「ほんとにいきなりですね」

「どちらから聞きたいですか?」

「では、悪いニュースの方から」

「会長がいらっしゃってます」

「…………」

 た、確かに悪いニュースだな。

「で、良いニュースの方は?」

「お祖父さんがいらっしゃってます」

「一緒じゃん!」

 そんなことだろうと思ってたけど。

「まあまあ、色々とあきらめて早く起きてきてください。会長が聞きたいことがあるようです」

「ったく、しょうがないな」

 僕は仕方なく、重い足取りでリビングへと向かった。

「いよー、スケベ。昨日はご苦労じゃったの~」

 何で、七十超えたジジイがウ○イレやってんだよ! 

「……何の用?」

「昨日頑張った孫を褒めてやろうと思っての~」

 嘘吐け。

「はいはい、建前はいいから。本題は?」

「あの子達、ワシのこと何か言っとったか?」

 突然コントローラーを投げ捨て、じいちゃんが僕に駆け寄る。ハア、またか。

「ほら、『あのおじ様、超カッコいい』とか、『あの人、超ダンディ』とかなんか言っとったじゃろ?」

「いいえ。全然。全く。何にも言ってないよ。話題にものぼってない。っていうかさ、じいちゃん、ここんとこ毎日のようにそれ聞きにくるのやめてくれないかな」

「ガックシ。マ、マジか……。まあええ、まあええ。勝負はこれからじゃ。あの子らのメイド服姿がいつでも見られるだけで、今は良しとするか」

 ……まあ、確かにみんなメイド服似合ってたな。サイズもピッタリだったし。

「でもじいちゃん、あの四人のスリーサイズなんてよく調べたね。鉄女の保険医でも買収して、身体測定の記録でも手に入れたの?」

「……助平よ、お前、ワシのことを何だと思っておるのじゃ?」

「変態ロリコンジジイ」

「……紀子君」

「教育の行き届いた、真に素晴らしいお孫さんですね」

「…………。フン。よってたかっていたいけな老人を馬鹿にしおって。大体、女子のスリーサイズを調べるのにそんな手間をかける必要ないわ」

「えっ? じゃあ、どうやったの?」

「これじゃ!」

 じいちゃんが、自分の眼帯を指で示した。

「実はの、これはス○ウターなのじゃ」

「なぬ!」

 ス、ス○ウターって、あの相手の戦闘力が分かるっていうステキアイテムの!

「もっとも、この眼帯ス○ウターで分かるのは、相手の身長、体重、スリーサイズまでじゃがの」

「ふ~ん。それを使って調べたんだ」

「左様。しかも、驚くなかれこの眼帯、なんと、服の透過機能付きじゃ!」

「透過?」

「うむ。簡単に言えば、服が透けて、裸がバッチリ見えるということじゃな」

 ……ほう。

「つまりじいちゃんは、店に来た時は、それでいつもウチの従業員の裸を見てニヤついていたと?」

「うむ。やっぱり若い娘はいいのう。たわわに実った胸、プリプリの尻、そして、ムチムチの太もも。まさしく歩く芸術よ。まあ、コココちゃんは将来に期待というところじゃな」

 ……つまり、コココちゃんの裸も見たと。

 あっ、やばい。何かよく分からないけど、僕、キレそう。

「な~んて、冗ダバ!」

 ニヤケ面で語るジジイの顔面に、俺は回し蹴りをブチこんだ。

 椅子に座っていたジジイがそのまま吹っ飛び、後ろにあった観葉植物と共に地に転がる。

「す、助平、なにを……ハッ!」

「おう、ジジイ。この世の中には、やっていいことと悪いことがあるって知ってるか?」

「その言葉遣い、まさか……スーペルサイア助平か!」

「ああん! 今はそんなことどうでもいいんだよ。それよりさっさと俺の質問に答えろや!」

 俺は叫びながら、近くにあったペーパーナイフをジジイに投げつける。

「なんとお!」

 しかしジジイは、○ーブックみたいな台詞と共に、それをかわした。チッ、すばしっこいジジイだな。

「た、大変じゃ、紀子君。助平が、スーペルサイア助平になっとる」

「失礼ですが会長、少々頭がボケ始めたのでは? それは某大人気漫画に登場する超絶パワーアップ手段です」

「じゃ、じゃから、今の助平がそうなんじゃ」

「ご冗談を。だとしたら、平子様は、最強の戦闘民族○イア人ということになりますよ」

「あのな、紀子君、そんなことを言っとる場合ジャバ!」

 ナイフでの刺殺を諦めた俺は、今度はカンフーキックでジジイの顔を蹴り飛ばした。

 食らったジジイは、今度はダバっと血を吐きながら、近くにあったテーブルに激突する。

「す、助平、どうしたんじゃ急に?」

「別に~。ただちょっと、ジジイのお遊びに付き合うのも飽きたから、サクッと殺しとこうかと思って」

「そ、そんな! の、紀子君助けてくれ! 金なら出す! いくらでも出すぞ!」

「平子様、どうか落ち着いてください。もし本当にこのクソジジイ、もとい会長を殺せば、あなたは殺人犯になってしまいます」

「だ~いじょうぶですよ~。俺はまだ未成年だし、少なくとも刑務所に行くことはないでしょ。それにほら、俺って一応、大会社の御曹司じゃないですか。だから、金を使っていい弁護士を雇うなり、この件自体を揉み消すなりすれば大丈夫ですって」

「…………」

 テッペキさんが黙り込んだ。

「あ、あのな助平、その大会社の会長がワシなんじゃが……」

「今、実質会社を動かしてるのは親父だろうが! 親父が帰ってくるまでの間、テメーは病気で療養中ってことにすりゃ問題ねーだろ!」

「…………」

「ひ、平子様、どうか落ち着いて。もし会長の着けている眼帯の透過装置のことでお怒りなのでしたら、あれは会長の冗談です。あの眼帯には、身長、体重、スリーサイズを測る機能しか備わっておりません」

「その話を信じろと?」

「もし透過装置が備わっていたら、私は毎日、会長に視姦されていることになります。私がそんなことを許すとお思いですか?」

「金次第では許すと思います」

「…………」

 テッペキさんが、顔を強張らせたまま、ジジイの方を向く。

「……会長、どうしましょう? スーペルサイア化した平子様は手強いです」

「だから言ったじゃろ。何とかして、スーペルサイア化を解かねば」

「方法があるのですか?」

「……ある。一つだけな」

「で、何なのですか、その方法とは?」

「……女じゃ。スーペルサイア助平も、普段の助平と同様、女に触られると気絶する。よって紀子君、君が助平に触れば、スーペルサイア化は解ける」

「……私に死ねと?」

「心配ない。助平は、スーペルサイア助平になっても、絶対に女には手を出さん。あやつの今のターゲットはワシだけじゃ」

「……でしたら、会長が死ねば全て丸く収まるとい「頼んだぞ、紀子君!」」

 全て丸聞こえの作戦会議をジジイが強引に終わらせ、そしてテッペキさんの後ろに隠れた。

 テッペキさんが大きく、おーきくため息を吐く。最低だな、あのジジイ。

「平子様、お願いですから、どうか落ち着いてください。このままでは、私はあなたに触らねばなりません。あなたとて、今ここで気絶して無防備になりたくはないでしょう? 会長に、仕返しとばかりに、額に『肉』とか書かれてしまいますよ」

「いや~、別に構いませんよ、触りにきても。触れれば……ね!」

 そう言った瞬間には、俺はすでにテッペキさんの視界から消え、彼女の背後に隠れていたジジイの頭を鷲摑みにしていた。

「こっちですよ、テッペキさん」

「なっ!」

 背後からの声に驚いたテッペキさんが、慌ててこちらに振り向く。

「今の俺の速さはちょっと尋常じゃないんですよ。八門遁○の死門を開けたくらいのスピードはありますからね。もっとも、こっちはこのあと死にはしませんが」

 テッペキさんが僅かに体を震わせた。

「……会長、どうか安らかに」

「諦めるのが早いぞ、紀子君!」

 俺に頭を鷲摑みにされながらジジイが叫ぶ。

 俺は、そんなジジイの頭に少しずつ力を込めていった。

 ジジイの頭蓋骨が、ギシギシと音を立てて悲鳴を上げる。

「あ、あがが……、紀子君、助けてくれ……」

「私には無理です。すみません、会長」

「い、一千万出そう……」

「…………」

「に、二千万……」

「…………」

「ご、五千万!」

「平子様! 後生ですから落ち着いてください! あの眼帯には、本当に透過機能はないのです!」

「信じられませんね」

「私の貯金にかけて誓います!」

「信じましょう」

 俺はジジイの頭を解放した。

「あがが……。し、死ぬかと思ったわい」

「おい、ジジイ。今回はこれで勘弁してやるが、次に何かふざけたこと言いやがったら、マジでブッ殺すからな」

「おー、痛い。まったく、少しは祖父を労わるということを……」

「返事!」

「はい! 分っかりました!」

 よろしい。口は災いの元であります。

「でも、メイドカフェって思ったよりも健全なんですね」

「はい? 何がでしょう?」

「いや、漫画やギャルゲーでメイドカフェって言ったら、お客さんのほとんどがオタク系の人達で、汗掻いて、メガネして、リュック背負って、しつこくメイドさんに付きまとってるイメージがあるけど、ここにくるお客さんは、なんて言うか普通の人がほとんどで安心しました」

「それはそうでしょうね。客は全てサクラですから」

「はい?」

 なんですと?

「ここに来る客は、全て富持グループで用意したサクラですから」

「え? え? 何で?」

「当然ではないですか。平子様、そもそも何故メイドカフェを作ったのか、その理由をお忘れですか?」

「じいちゃんの再婚相手候補を外に連れ出すためでしょ? ちゃんと覚えてますよ」

「では、このクソジジ……もとい、会長が、自分の再婚相手候補を、そんな萌えと煩悩しか頭にないようなオタク共の目に触れさせたり、あまつさえ、そのオタク共に奉仕させたりすると思いますか?」

「いえ、それは思わないですけど……」

「でしょう? しかし、スクールメイドカフェの名目で彼女達を働かせている以上、当然客を入れねばならない。だから、サクラとして富持グループの社員を送り込んでいるのです」

「でも、料理なんかは、プロを雇ったりしてるじゃないですか。昨今のメイドカフェは、そこで失敗してるとかなんとか……」

「ああ。それも実は、ただ単に会長がグルメなので、マズイ物を食べたくないだけです」

「…………」

「当初はメイドさん達の手料理を食べたいとも思っていたようですが、料理をするとなると厨房に引っ込まねばならないでしょう? どうも会長は、メイドの料理よりもメイド鑑賞の方に重点を置いたようです」

「…………」

「いやしかし、気づきませんでしたか? そもそも、おかしな点はいくつもありますよ。まず第一に、来店する客の年齢層が高い」

「ああ、それは確かに」

「できるだけ若い者をということで、一応可能な限り、新入社員や童顔の者を選んで送り込んではいますが、やはりそれにも限界はあるのです。特に学生層の確保は厳しいですね」

「…………」

「そして第二に、誰もメイドさんの連絡先を聞いたり、しつこく絡んだりしない。これは、通常のメイドカフェではありえないことです。いくらハウスルールで禁止しても、本来、メイドカフェに迷惑な客がこないことなどありえません。オタク系の人種に焦点を当てて営業している以上ね」

「た、確かに……」

「そして第三に、そもそも本当に、メイドカフェという飲食業と風俗業の境がかなり曖昧な業種を学生だけで経営させるなど、いくら金を積まれてもあのお堅い鉄女が許可するわけがない。世間への体面もありますし、何よりもし問題が起きた時に学園の責任が問われますからね」

「た、確かに……」

「ですから今回の件は、メイドカフェではなく、全て富持グループが飲食事業に参入した際のシュミレーションということになっています。故に、そこで働く学生は、あくまでも飲食店の従業員の枠を超えないし、シミュレーションなので、客も当然全てサクラ。つまり最初から、メイドカフェで起こりうる様々な問題に対して、彼女達に及ぶ危険はほぼ皆無と言っていいのですよ」

「な、なるほど~」

「それに、平子様にとっても、その方がよいのでは?」

「え?」

 テッペキさんがいたずらっぽい視線を僕に向ける。

「失礼、独り言です」

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