第三章
第三章
「で、平子様、昨日の首尾はどうだったのですか?」
翌朝、鉄女に向かう途中で、テッペキさんが尋ねてきた。
「首尾って、何のですか?」
「とぼけないでください。会長の再婚相手捕獲計画のですよ。決まっているでしょう」
「人聞きが悪すぎますよ。せめて、もう少し違う言い方にしてもらえませんか?」
「失礼。社会現象まで巻き起こした超大人気アニメになぞらえて上手く言ったつもりだったのですが、お気に召しませんでしたか。では、改めまして、会長の再婚相手拉致計画の……」
「もう捕獲計画でいいです! とりあえず、生徒会長と風紀統括総隊長がバイトしてくれることになりましたけど」
「ウソ!」
キキィィィ!
驚きのあまりハンドル操作をミスったのか、突然車体が左右に振られた。
「ちょっとテッペキさん! しっかり運転してくださいよ! 殺す気ですか!」
「し、失礼しました。てっきり、まだ誰とも面識すら持っていないものだとばかり……」
「……あのね、少なくとも、コココちゃんとはすでに昨日会ってるでしょ! 一体、僕のこと何だと思ってるんですか!」
「……聞きたいですか?」
「いえ、百パーセントロクな答えが返ってこないからいいです」
「……そうですか。しかし、初日からすでに二人の捕獲に成功とは。平子様、やりますね」
「だからその捕獲っていうのやめましょうよ。○ケモンじゃないんですから」
「まあまあ。とにかくこの調子で行けば、今日中に他の二人も捕獲できそうですね」
「いや、何を根拠にそんなこと……」
「昨日二人だから、今日も二人。それで全員捕獲完了。どうです? 完璧な理論でしょう?」
「だから、そう簡単には……」
「あ、もうすぐ到着ですよ。それでは、残り二人も頑張って捕獲してきてください」
そう言って、テッペキさんは、有無を言わせず僕を校門に置いて、颯爽と去っていった。
……ハア。ほんと簡単に言ってくれるよ。
転入二日目、授業を終え、帰りの支度を整えながら、僕は大きくため息を吐いた。
昨日の二人だって、適当に並べ立てた言い訳が偶然効いただけだったのに。
でも、あと二人バイトに誘えないと、この任務も終わらないわけで。
……フウ。とりあえず、行動しなきゃ始まらないか。まずはコココちゃんからいってみよう。
そう思い、僕は足取り重く立ち上がる。そこで教室のドアが開いた。
「あ、よかった。まだいたです♪」
開いたドアから、舌足らずな声が響く。あれ? この声……。
「コココちゃん?」
「はいです。昨日はありがとうございましたです、平子ちゃん♪」
コココちゃんが、ニッコリと微笑みながらとてとてと僕に近づいてきて、突然、僕の胸に飛び込んできた。
ヤバ! 気絶……しないや。あれ?
昨日と同じだ。さすがに胸を直に触った時は、気が動転して気絶しちゃったけど、普通に抱きつかれただけじゃ、赤面しないし気絶もしない。女の子なのは、昨日確かめたから間違いないはずだし……何で?
僕が、頭にクエスチョンマークをいっぱい並べていると、コココちゃんがバッと体を離した。
「えへへ~、平子ちゃん、これを受け取ってくださいです。昨日のお礼なのです」
そう言って、コココチャンが差し出してきたのは、可愛くラッピングされた小さな包み。なんか、甘い匂いが漂ってくる。
「これは……?」
「コココの特製クッキーなのです。食べてみてほしいのです」
コココちゃんが、ちょっと自信ありげに包みを渡してくる。
僕は、少し遠慮がちにその包みを受け取った。お、女の子から何かもらうの、初めてだ。
「あ、ありがと……」
「えう。ところで平子ちゃん、今日はもう帰るですか?」
僕は返答に困った。君を捕獲に行くところだったなんて言えない。
「いや、これからバイトの話を……」
コココちゃんが、不思議そうな顔になる。
「バイト? 平子ちゃん、鉄女じゃバイトは禁止なのです」
「いや、え~と、何て言うか、僕は特別に許可してもらってて、というのも、実はウチのじいちゃんの会社が今度スクールメイドカフェなるものを……」
僕は、簡単にスクールメイドカフェのことを説明した。
「ふえ~。スクールメイドカフェですか~」
「うん。それで今、一緒に働いてくれる仲間を探してて……」
それを聞いたコココちゃんが、少しもじもじしながら俯く。
「えう。あの、平子ちゃん、スクールメイドカフェ、コココも働かせてもらっちゃダメですか?」
「え?」
「あの、コココんち、他の子みたいな裕福なお家じゃなくて。ここの学費だって、パパとママが夜遅くまで働いて出してくれてるです。いい学校を出てれば、きっといい仕事に就けるからって。でも、もうすぐ双子の弟と妹が高校に上がるから、今よりもっとお金がかかるし、コココ、自分でバイトして、少しでも家計の手助けをしたいけど、鉄女はバイト禁止だから、それで、あの……」
コココちゃんが、しどろもどろになりながらも、真剣な面持ちで説明する。な、なんて健気な子なんだ。
「あの、コココ、そんなに何でもできる子じゃないけど、お料理ならちょっとはできるし、家事だって一通りはできるし、一生懸命やるですから、だから……」
「コココちゃん……」
僕は、コココちゃんの肩にそっと手を置いた。
「もう何も言わなくていいよ。一緒に働こう」
「えう! ほんとですか!」
嬉しそうな声を上げるコココちゃんに、僕は大きく頷く。
「もちろん。コココちゃんみたいな子にこそ、一緒に働いてほしい。学園の許可なんかは、全部こっちで何とかするから心配しないで」
ていうか、じいちゃん脅して、時給一万円くらいにできないかな? いや、そうさせよう。強制的に。
「ありがとです、平子ちゃん。コココ、一生懸命ガンバるです」
コココちゃんが、僕が思わずドキっとするような笑みを浮かべる。
よし、あと一人だ。
とりあえず、コココちゃんをバイトに誘うことに成功した僕は、教室でコココちゃんと別れ、今日の任務はとりあえず完了ってことで、帰ることにした。まあ、じいちゃん脅して、コココちゃんの時給を上げさせるっていう目的もあるんだけど。
靴箱に上履きを戻して靴を取る。あれ? 何か視線を感じるぞ。
そう感じた僕は、とっさに辺りを見回すけど誰もいない。気のせいかな?
首を捻りながら校舎を出ると、僕の前に一人の人物が立ちはだかった。
「あれ? 天乃さん?」
そう、僕の目の前に立ちはだかったのは、真っ黒い帽子にマント、そして右手に杖を携えた天乃さんだった。天乃さんは、無言のまま真っ直ぐに僕を見つめている。
「あの、何か御用ですか?」
「話がある」
天乃さんは、簡潔にそう答えた。
「はあ……」
「付いてきて」
そう言って、天乃さんは、僕の返事も待たずにスタスタと歩いていく。
どうしよう? 付いていくべきか? まあ、僕も話がないわけじゃないしな。
一瞬の思考の後、僕は天乃さんの後を付いていった。
天乃さんに連れてこられた場所。そこは焼却炉の置かれている人気のないところだった。
「で、お話というのは?」
「我も金がいる」
「は?」
いきなりの言葉に、僕の目が点になる。
「あの、これはひょっとして、カツアゲですか?」
ポカ! 痛い。頭を叩かれた。
「違う。我もバイトがしたい」
「えっ!」
どうやらこれは、コココちゃんとの会話を聞かれてたっぽい。
「あの、天乃さ……」
「ちなみに拒否権はない。拒否すれば、汝の秘密を学園中にバラす」
「なっ!」
僕の体に緊張が走る。
「ぼ、僕の秘密って……」
「ここは絶対男子禁制の鉄女学園。と言えば分かるはず」
うっ! 間違いない。僕が男だってバレてる。
「な、何でそのことを……」
「フッ」
いや、無言で笑みを浮かべるのやめてくださいよ。
「……わ、分かりました。天乃さんにもウチで働いてもらいます」
「承知。詳しいことは追って説明して。話はそれだけ」
あっさりとそう言い放ち、天乃さんはその場を去っていった。
あれ? ってことは、結局四人共バイトに誘えたってこと?
「おめでとうございます」
無事四人全員をバイトに誘うことに成功した帰り、車内でそのことをテッペキさんに報告すると、テッペキさんは淡々と僕を賞賛した。
ほんとに淡々と。あっさりと。何の味気もなく。いや、別に「おめでとーございまーす!」って盛大に褒めてほしかったわけじゃないけど、何かこう、ちょっと切ない。
「ちなみに、バイトの件を他の生徒に漏らさないようちゃんと口止めはしてきましたか?」
「ええ、もちろん」
「素晴らしい。しかし、この短期間でこうもあっさりと四人全員捕獲とは。さすがは『あの』会長のお孫さんです」
「それ、全然嬉しくないんでやめてもらっていいですか? ていうか、それ、絶対褒めてませんよね?」
「…………」
いや、その無言は肯定ってことじゃん。
「……まあいいや。で、テッペキさん、結局、例のメイドカフェはどこでやるんですか? できれば、早い内に詳細をみんなに伝えたいんですけど」
「何故それを私に聞かれるのですか?」
「は? だって、テッペキさん以外に聞く人が……」
「それはあなたがお決めになることです、平子『店長』」
「…………」
店長という言葉に、僕、ちょっとフリーズ。
「え? 今何と?」
「店の場所。レイアウト、設備、その他メイドカフェ開業にあたって必要なことは、全てあなたがお決めになることです、平子『店長』」
「……何で?」
「『何で?』とは、また奇異な質問をなさいますね。最初に言ったでしょう? これはスクールメイドカフェ。つまり、店の一切をあなたが決めるべきメイドカフェなのです」
「…………」
「無論、書類上の店のオーナーは、会長ということになりますし、経理関係のみ、マネージャーという肩書きで私が手伝うことを許可されていますが、店の中身や制服、イベントやご主人様への奉仕の仕方などは、全てあなたに決めさせるようにとのお達しです」
「…………」
僕は、しばらくの間、何も言えなくなっていた。
「……あの、そう言われても、僕はこれまで何か開業したことも、経営学を修めたこともないんですけど」
ドス!
「こちらをどうぞ」
テッペキさんが、後部座席からとても分厚いファイルを取って僕の膝の上に置いた。
「これは?」
「ここに、あなたが決めるべきこと、するべきこと、その心構えなどが全て書かれています。明朝までに熟読し、決定事項を私に報告してください」
「…………」
そ、そんなの無理に決まってんじゃん。
「それでは平子様、私は今日一日の疲れを癒すために、一刻も早く妹に会って、妹パワーを充電しなくてはならないので、今日はこれで失礼します」
僕のウチまで鞄を運んだ後、テッペキさんが待ちきれないとばかりにそわそわしながら言った。
「前から思ってましたけど、テッペキさんって、妹さんのこと大好きですよね」
「当然です!」
テッペキさんが、きっぱりと言い切った。
「妹のことが嫌いな姉がいると思いますか?」
いや、世の中広いんだから、少しくらいはいるでしょうよ。と、言いたかったけど、そんなこと言える空気じゃない。ということで。
「で、ですよね~。妹最高ですよね~」
と、空気を読んでそう答える良い子な僕。というか、僕、一人っ子なんだけどね。
「そうです! 最高です! 私の性的嗜好は年下の美少年なのですが、あの妹とならば、私は一線を踏み越えてもいいと思っています!」
いや、そりゃやばいよ!
「は! そうだわ。平子様、もしよろしければ、この機会に、私の自慢の銀河系一可愛い妹を自慢したい……ではなく、紹介したいのですが」
おっ、それはちょっと興味あるかも。
「いいですね。ぜひ会ってみたいです」
「分かりました。少々お待ちください」
といって、テッペキさんはウチを出て行った。何か、テンションがいつもより五割ほど高かったような気がする。……シスコンだな、間違いなく。
でも、あれだけ溺愛してるってことは、きっと相当可愛いんだろう。楽しみだ。
そして、五分後。
「お待たせしました」
といって、テッペキさんがウチに入ってきた。一人のちっちゃな女の子の手を引いて。
「か、可愛い……」
僕は思わず声を漏らしてしまった。だって、ほんとに可愛いんだもん。
テッペキさんの後ろに隠れて入ってきたのは、ゴスロリ服を着て、手にはワンコのぬいぐるみを持ったまだ幼い少女。綺麗な黒髪は、肩辺りで切り揃えられており、目はパッチリ。なんか日本人形がゴスロリ服を着ているような感じがする。
こ、これは確かに可愛いな。
「この子が私の自慢の妹、鉄壁王菜ちゃまです」
テッペキさんが、「どうだ」とばかりに誇らしげに言った。ちゃまって。
まあいいや、そこはスルーしとこう。僕は膝を折って、テッペキさんの後ろに隠れている王菜ちゃんに目線を合わせた。
「はじめまして王菜ちゃん。僕、富持助平って言うんだ。よろしくね」
「……てつかべ、……おーな」
王菜ちゃんが、オドオドした様子で答えた。やばい、マジで可愛いよ。
「王菜ちゃんはいくつなのかな?」
王菜ちゃんが、僕にパーを突き出す。
「いつちゅ」
て、天使だ。天使がいる。
「でも、随分と歳の離れた姉妹なんですね」
「ええ、まあ」
「どっちかというと、テッペキさんの子ど……」
シュパ!
突如何かが僕の頬を高速で掠め、頬を浅く切り裂いた。
僕が、戦慄に震えながら後ろを確認すると……、壁に高そうな万年筆が突き刺さっている。
「平子様、世の中には、言って良いことと悪いことがあるのですよ?」
テッペキさんが、顔に笑顔を貼り付けたまま言った。怖い。怖すぎる……。
「とまあ冗談はこのくらいにして……」
いきなりテッペキさんがいつもの調子に戻った。じょ、冗談には見えなかったけど。
「一応説明しておきますと、この子は、私の父の再婚相手の子供なのです。つまりは異母妹ですね。で、その父と再婚相手が、あっさりポックリまとめて交通事故で逝ってしまったので、今はこうして、私がこの子の面倒を見ているわけです」
そう言って、テッペキさんは王菜ちゃんの頭を撫でた。
しばらくの間、大人しく頭を撫でられていた王菜ちゃんが、クイクイとテッペキさんのスカートを引っ張る。
「ねーたま、ねーたま」
「はい。どうしました、王菜ちゃま?」
「この人が、ねーたまがいつも言ってるしゅけひら?」
「はい。そうですよ」
「じゃあ、この人が、おじいちゃんのけっこんあいてをらちするために、女の子のカッコして、女の子だけのガッコーにいってるヘンタイさんなの?」
「はい。そうですよ。でも、今はそれを言っちゃいけません。その変態さんに聞かれてしまいますからね」
っていうか、丸聞こえですけどね。
「……テッペキさん」
「はい。何でしょう、変態さん?」
「いや、そこでさも当然の如く変態呼ばわりはやめてくださいよ! 大体、事情はテッペキさんだって知ってるでしょ! しかも、拉致ってなんですか、拉致って! 人聞きが悪すぎる!」
「いえまあ、当たらずとも遠からずといった感じで……てへぺロ♡」
「てへぺロしてもダメ!」
「……王菜ちゃま、行きましょう。これ以上ここにいると、この変態さんに妊娠させられてしまいますよ」
「にんしんって、何?」
「王菜ちゃんの大事な場所に、この変態さんのチ「アンタ、五歳児に何教えてんの!」」
僕は、思わず力の限り叫んだ。
鉄壁姉妹が帰った後、僕はテッペキさんから渡されたファイルを開いていた。
ったく、メイドカフェの経営なんて、僕にできるわけないじゃん。確かに僕は御曹司って立ち位置だけど、別に帝王学を修めているわけでも、経営学を修めているわけでもない普通の学生なのに。
そんなことを考えながら、僕はテッペキさんに渡されたファイルを読んでいく。
……無理。絶対無理。やること多すぎて、こんなの絶対できっこない。っていうか、高一にこんなことやらせんなよ。
僕は、心の中でじいちゃんに呪詛の言葉を吐きながら、何とかファイルを読み進め……たけどあきらめた。だって、こんなのできるわけないもん。
あ~、どうしようかな~。僕は、完全にやる気を無くしたままベッドに飛び込む。
う~ん、でも、何か決めないと、後でまた嫌味言われちゃうし……そうだ!
僕の頭にピカリとライトが点灯。よく考えたら、何で僕がこんなことをせねばならないのか。
おかしい。どう考えてもおかしい。ということで、丸投げしちゃえ。店長命令ってことにして、全部テッペキさんに決めてもらおう。うん。そうしよう。
よし、決定。シャワー浴びてこよ。
僕はシャワーを浴びた後、コーラの入ったペットボトルを片手に自分の部屋に入った。
今日は宿題もないし、早めに寝よ……待てよ。
そういえば、最近リハビリをやっていない。このところ忙しくて中々できなかったけど、時間のある時に少しでもやっておかなくちゃな。こういうことは、日頃の積み重ねが大切だ。
そう思い、僕はノートパソコンを立ち上げた。
そして、目的のプログラムをクリックして、しばし待つ。
すると、室内に『ハイパーシスターズウォー、俺は愛する妹と共に世界を制す』というタイトルコールが流れた。
これが僕のリハビリ。少しでも女性拒絶体質を克服するためにやっているギャルゲー(もっと正確に言うならばエロゲー)である。
ちなみにこのゲームは、本来十八歳未満はお断りのゲームなので、普通なら僕は買えない。が、そこは一応、大会社の御曹司であるこの富持助平。ありあまる金と権力を使って、このエロゲーを手に入れ……というわけではなく、実は真相はこうだった。
ある日突然、父、剛助が僕の部屋に侵入。
↓
そして言う。「おい、助平。お前、まだ女の子が苦手だそうだな。俺の息子がそんなことでどうする」と。
↓
僕が言う。「しょうがないじゃん。別に好きでこうなったわけじゃないもん」と。
↓
すると、父が言う。「ええい、情けない。 それでも俺の息子か? そんなこと言って、本当は母さんを狙ってるんじゃないだろうな」と。
↓
僕が言う。「そんなわけないじゃん。父さん、頭大丈夫? とりあえず病院行ってきたら?」と。
↓
父が言う。「ええい、信用できん。貴様なんぞ、これでもやって、さっさと(母さん以外の)彼女でも作るがいい」と。
そして、実の父から渡されたのが、蜜柑箱にどっさりと入ったエロゲーだった。捨ててしまおうかとも思ったが、僕だってこの体質を何とかしたいとは思ってるし、恋愛に興味がないわけではない。というか、恋愛してみたい。
ということで、リハビリという名目でやり始めたわけだ。
以前進めていたデータをロードして、ゲーム開始。
ちなみにこれは、十二人の妹(この中には、実妹も義妹も自称妹も入る)と共に、世界制覇を成し遂げるゲームである。むろんエロゲーなので、随所に妹達とのイベントがあり、ムフフなシーンも搭載されている。実はこのゲーム、十二人まとめて攻略可能というおまとめ攻略も可能なため、ネットなどで攻略ルートを調べれば、あっという間に全員とムフフな関係になれるのだが、あいにくと僕は、ハーレム志望のアニメ主人公じゃない。
だから相手は一人でいい。そう、この金髪ツインテールの妹、ネネネちゃんだけで。
ネネネちゃんは身長百四十八センチ。最も小さい妹だ。言葉は舌足らずで、根は真面目。そしてちょっぴり怖がり。なんか守ってあげたくなるんだよね。
ゲームは中盤、久々の休日に、主人公がネネネちゃんと出かけるイベントだ。自分達の統治する街を、二人で並んで歩く。妹といっても、ネネネちゃんは義妹なので、お出かけというよりデートだ。そのデートの最中、ネネネちゃんが言う。『お兄ちゃん、手を繋いでもいいですか?』と。
もちろん僕は、それにいいよと返答。ネネネちゃんが、少し頬を赤らめながら手を繋いできた。むひょー! かわいー! かわいすぎるー!
そして、楽しい時間は瞬く間に過ぎ、その帰り道……。
『お兄ちゃん、ネネネ、まだ帰りたくないのです』
と、ネネネちゃんが言ってきた。
『えっ? じゃあ、もう少し歩く?』
と、主人公が言う。
『ううん。ネネネ、お兄ちゃんの部屋に行きたいです』
なんてネネネちゃんが言ってきた。キターーー!
僕は、震える手でいいよと返答する。
そして、二人は主人公の部屋へ。薄暗い部屋の中、ネネネちゃんが、少し恥じらいながら、何か言いたげな表情をしている。こ、これはやはり……。
『あの、お兄ちゃん、ネネネ、他の子達にお兄ちゃんを取られたくないのです』
『えっ?』
『ネネネ、お兄ちゃんのことが好きなのです』
『ぼ、僕だって好きだよ。ネネネは、僕の大事な妹さ』
『違うのです。ネネネ、お兄ちゃんのこと、一人の男の人として好きなのです』
『ええ!』
『だから、ネネネ、お兄ちゃんの物になりたいのです』
そして、ネネネちゃんが、その身に纏っていた衣服を脱ぎ去る。
キターーー! 王道とも言える、お部屋に行きたいからの告白。そして、エッチの三連コンボ来ましたーーー!
僕は少し前屈みになりながらも、マウスを操作……。
「なるほど。平子様は、妹属性のツルペタロリッ子好きですか」
「のわ!」
突然耳元で言われ、僕は思わず仰け反った。
「テ、テッペキさん! 何やってんですか、こんなところで!」
「いえ、ちょっとお醤油が切れていたので借りにきました」
「醤油は台所にありますから! 勝手に持ってってください!」
「ではお言葉に甘えて。あっ! 返しに来るのは明日にしますね」
「別にいつでもいいですけど、何でいちいち明日って断りを入れるんですか?」
「いえ、これからスッキリなさるのでしたら、邪魔をしてはいけないと思いまして」
「何わけの分からないこと言ってんですか!」
「わけの分からない? 失礼、気を使ってオブラートに包んだのですが、そこまで仰るのでしたらはっきりと言いましょう。要は、今から平子様が、その溜まりに溜まった性欲を発散させるために、その逞しい男性じし……「もういいですから! さっさと出てってください!」」
強引に会話を打ち切り、僕はドアを指差す。テッペキさんが、やれやれといった感じでため息を吐き、ドアに向かった。
「あっ、平子様」
「まだ何か?」
「新しいティッシュお持ちしましょうか?」
「早く帰れ!」
「おはようございます、平子様」
「……おはようございます」
次の日の朝、僕が自室を出ると、テッペキさんが当然の如くウチの台所で朝食を作っていた。
「もうすぐ朝食ができますので」
「いや、僕、基本的に朝は食べないんで、そんなに気を使わなくても……」
「あなたに気を使ってなどおりません。今回の計画ついでにあなたの面倒を見ると、特別手当が出るのです」
「…………」
ああ、そういうことね。
「王菜ちゃんは?」
「今日は幼稚園がお休みなので、まだオネムです」
「そうなんだ」
「それより平子様、何やら昨晩は、あなたの年齢ではしてはいけないゲームに夢中だったようですが、昨日渡したファイルはちゃんと読んでいただけましたか?」
「……ええ、まあ」
「よろしい。では、決定事項を私にお伝えください。私は、それに沿って動きますので」
「全てテッペキさんにお任せします」
「は?」
「メイドカフェ開業にあたって必要な事項は、全てテッペキさんが決めていいようにしてください」
「お、お待ちください、平子様、それでは……」
「これが、僕の決定です」
「…………」
「メイドカフェ開業にあたって必要なことは全て僕が決めろ。いいでしょう。決めます。では、決めたことを発表します。今回のメイドカフェ開業にあたって必要なことは全てテッペキさんに任せる。これが僕に決定です」
「ですから、それでは……」
「ちなみにこれは、店長命令です」
「うぐ!」
「店長とマネージャーでは、店長の方が偉いですよね?」
「……ええ」
「では、僕の決定に従ってもらえますね?」
「…………」
「ちなみに、ウチのクソジジイが何か言ってきたらこう言ってください。『何か文句があるなら、僕はいつでもやめる』ってね」
「……。分かりました。メイドカフェ開業に必要な諸々は、全て私の方でやらせていただきます」
「結構。あ! そうだ。一つ言い忘れてました。基本的に店のことは全てお任せしますけど、メイドさん達のお給料は時給五千円でお願いしますね。そう言ってあるので」
「な!」
テッペキさんの顔が驚愕に染まる。
「そ、それはいくらなんでも高額すぎるのでは? キャバクラやホストクラブではないのですよ。ただのメイドカフェのメイドに時給五千円など聞いたことがありません」
「自分の再婚相手を誘き寄せるために、実の孫を使うなんて話も聞いたことありませんけど」
「…………」
「確か、お金はいくら使ってもいいんでしたよね?」
「……分かりました。では、メイドの時給は五千円で」
「よかった。あ! もう一つ言い忘れてた。コココちゃんの時給だけは一万円でお願いします」
「な!」
テッペキさんが、再び驚愕の声を上げる。
「な、何を仰っているのですか! 一人だけ時給一万円など……」
「いや~、彼女、ほんと健気なんですよね~。僕、あんないい子見たことありませんよ。やっぱり育った環境なのかな~。僕、あの子を見てると、たまに楽して生きてる自分が恥ずかしくなるんですよね」
「し、しかし、いくらなんでもそれは……。コホン。平子様、どうかご再考ください。一人だけ時給を倍にしては、メイド間でいらぬ軋轢を生んでしまいますよ」
……フム。それは確かに。一理あるかも。
「分かりました……」
僕の言葉を聞いたテッペキさんが、ホッとした表情になる。
「ご納得いただけて幸いです。それでは……」
「全員の時給を一万円にしましょう。そうすれば軋轢は生まれませんよね?」
そう言って、僕はニッコリ。テッペキさんが絶句。
「まあ、もしお金が足りなくなったら、あのジジイの退職金でもあててください。何ならボーナスも」
「そ、それはあまりに……」
「あのねテッペキさん、僕はできる限りやんわりとお願いしてるんですけど、それで聞いてもらえないならこう言っちゃいます。やれ」
「…………」
テッペキさんの無言を肯定と受け取って、僕は顔を洗いに行く。
フウ。たまにはこれくらい言わせてよ。だって僕、どう考えても割りに合わないじゃん。