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僕はスケベじゃない!  作者: ポンタロー
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第二章

第二章


 カーテンの隙間から、木漏れ日が僕の顔を照らす。んっ? もう朝か?

 僕は、起き上がってカーテンを開いた。雲一つない見事な晴天だ。

「おはようございます、助平様」

 一人だと思い込んでいたところに突然の声、僕は思わず飛び上がった。

「テ、テッペキさん、いたんですか!」

「はい、おりました。一時間ほど前から」

「な、なんで、僕の部屋にいるんですか?」

「お迎えにあがったのです」

「じゃあ、居間で待っててくださいよ! 何で僕の椅子に座って、お化粧直しながら待ってんですか! しかもお迎えって、まだ六時ですよ!」

「今日から助平様の通う場所は、ここから少々距離がありますので」

「ふ~ん。あれ? ひょっとしてここに泊まったんですか?」

 おかしいな。ちゃんと帰るのを確認したはずなのに。

「まさか。一度帰ってからお迎えにあがったのです。ちなみに、ここの部屋の鍵は、会長から預かっております」

「へ~」

「といっても、私のウチはここの隣ですが」

「マジで! そんなはずないでしょ! ウチの隣は山中さんで……」

「ええ。一昨日まではそうでした。そして、昨日付けで私のウチです」

 あ、ありえねえ……。

「さて、おしゃべりはここまでにして、早く着替えてください、助平様。急がないと、朝食を食べる時間がなくなります。それとも、私が着替えさせてさしあげましょうか? ジュル」

「結構です!」

 そう叫んで、僕はいそいそと着替え始めた。


 支度をして、いざ学校へ。といっても、ここからだとかなり距離があるので、これからは毎日テッペキさんが送り迎えをしてくれるらしい。まあ、楽と言えば楽かな。ほんとは全寮制らしいんだけど、僕が男だとバレるとまずいから、またあのクソジジイが手を回して色々とやってくれたわけだ。

「助平様、結局、ウイッグは着けてこなかったのですね」

「だって、なんかめんどくさいんだもん」

「まあ、助平様の髪の長さなら十分ショートヘアで通るでしょうが……。残念です。とっても似合ってたのに。ジュル」

 だから、そのジュルっていうのやめてよ。

「ねえ、テッペキさん」

「何でしょう?」

「すごく今さらなこと聞いていいですか?」

「私のスリーサイズでしたら、上から九十三、六十八、九十です」

「そんなこと聞いてないでしょ! 何一人で暴露してるんですか!」

「いえ、助平様も思春期真っ只中の男の子ですから。年上の女性の体に興味がおありなのかと」

「そうじゃなくて! 今日から僕の通う学校のことです! どこなんですか!」

「……本当に今さらですね」

「だからそう言ったでしょ」

「制服を見て分からなかったんですか?」

「いや、見たことない制服だし」

「フウ。今日からあなたが通うのは鉄女学園くろがねじょがくえんです」

「…………」

 えっ?

「マジで?」

「マジで」

 嘘でしょ~~~!

 鉄女学園くろがねじょがくえん。通称、鉄女てつじょ。1900年代初め、まだ女性への教育は有害無益だと考えられていた時代、当時の大富豪の一人娘であった鉄鉄子くろがね てつこが「良妻賢母などクソくらえ。女性の優秀さを世間に知らしめるため、男に頼らぬ女性教育機関を設立する」という理念のもとに造られた、神奈川県にある幼・小・中・高・大一貫教育の女学園。

「絶対男子禁制」をモットーにしており、インターネットでも、そのワードで検索すれば、一発で一番上に名前が上がる日本一お堅い女子学園だ。

「…………」

 どうしよう。帰りたい。ものすごく帰りたい。というか、数日前までの平穏な日々に戻りたい。

「そうだ。忘れるところでした。助平様、これを」

 テッペキさんが、そう言って車のダッシュボードから一冊の分厚いファイルを取り出す。

「何ですか、これ?」

「決まっているでしょう? これからあなたがハメるいたいけなターゲットの資料です」

「ハ、ハメるって……。まるで僕が全ての元凶みたいじゃないですか。作戦の立案は、全部じいちゃんで、悪いのも全部じいちゃんでしょ」

「少なくとも、女の子側からすれば大差ないかと」

「そういうテッペキさんだって、その悪事の片棒を担いでいることをお忘れなく」

「…………」

 無視された。僕は仕方なくファイルを捲る。

「随分とありますね」

「当然です。プロフィールはもちろんのこと、親の職業や資産、どうすれば言いなりにできるかなどの弱点の情報もてんこ盛りですから」

「…………」

 な、なんか、本気でやめたくなってきた。

「え~、何々、『ワシのお嫁さん候補♡ その1』。ハートはやめてよ。天乃邪鬼あまの じゃく。うわ~、美人だな~。なんか日本人形みたいだ。AB型の十五歳。特徴は、地に届きそうなほどに伸びた長い黒髪。身長百六十二センチ、たいじゅ……」

細かいプロフィールはいいや。とりあえず顔を名前だけ、ザッと目を通してしま……。

 そう思った矢先、ある項目に目が止める。

「あの、テッペキさん……」

「何でしょう?」

「この天乃さんて人、職業の欄に『学生兼黒魔術師』って書いてありますけど」

「ええ、そうですね。それが何か?」

「これは何かの冗談ですか?」

「いいえ。事実です」

 じ、事実って……。そんなきっぱりいい顔で言われても……。まあいいや。次に行こう。

「その2、麗条輝姫れいじょう きき。十五歳。うわっ! こっちはブルネットのポニーテールだ! 顔は、もちろんというか、やっぱり美人だなあ。ええと……あ、おばあちゃんが外国の人なのか。クォーターってやつね。それから……おわ! テッペキさん、この人、鉄女の生徒会長なんですか?」

「はい。そうです」

「でもこの人、僕と同じ十五歳なんですよね?」

「ええ。この方は、今年の四月に鉄女に入学して、いきなり前生徒会長からその役職を引き継いだバリバリの才媛です」

「ふへ~、すごいなぁ~」

 あっ! でも、趣味のところにBLって書いてある。なんか意外だ。

「ちなみに、その3の方は風紀統括総隊長ですよ」

「な、何ですか、そのつい先日身罷られた、死神漫画のおじいちゃんみたいな肩書きは?」

「何でも、ただの風紀委員長じゃ満足できなかったらしく、自分はその一つ上をいく役職がいいとか何とかで、そのような肩書きになったとか」

「マ、マジで? あ、ほんとだ。その3、打破龍華だは りゅうか。鉄女学園風紀統括総隊長。十五歳。空手、柔道、剣道、合気道などで段位を持つ武闘派女子。写真だけ見ると、茶髪で今時な普通の美少女なんだけどな。しかし、みんな随分と個性的ですね」

「当然でしょう。あのクソジジ……もとい、会長が目を付けた人物なのですから」

「それもそうか。さて、最後の一人は……コココ・マーベラス。十五歳。おお、最後の子は綺麗な金髪だな。しかもツインテールに青い瞳だ。外人さんなのかな? ああ、ハーフか。なんか、まるでどこかの国のお姫様みたいだなあ」

「おや、助平様は、こういった子が好みですか?」

「いや、好みっていうか、ただ可愛いなあって」

「気持ち悪!」

「失礼な! 気持ち悪いとはなんですか! 僕だって、人並みに恋愛だってしてみたいんです!」

「そういう台詞は、せめて女性に触れるようになってから言った方がよろしいかと」

「うぐ! それを言われると……」

「まあいいです。それより、まもなく到着ですよ」

「え? あ! ほんとだ」

 いつの間にか、鉄女の正門が見えてきていた。鉄女は全寮制で寮も敷地内にあるため、今の時間に門を潜る生徒はいない。無事に正門に着いた僕は、スカートに気をつけながら車を降りた。

「助平様、マンションを出る前に私が言った注意事項を覚えておいでですか?」

「もちろん。何度口に出して言わされたと思ってるんです?」

「では、最後に今一度復唱を」

「いいですけど。一、今日から私は富持平子とみもち ひらこ。とっても可愛いボクっ子の十五歳。キャハ☆ だから、自分を助平なんて呼んじゃいけないぞ」

「『キャハ☆』の部分は、省略していただいて結構です」

「…………」

 あ、あんたが、毎回言えって言ったんでしょうが。

「二、ボクっ子だから男の子口調はオッケーだけど、別れの挨拶だけはお淑やかにいこう。お嬢様の別れのご挨拶、それはもちろんごきげんよう」

「…………」

「三、当然だけど、スカートを穿いてるんだから、男の時みたいに足を開けっぴろげちゃいけないぞ。だって、ゾウさんが見えちゃうんだもん」

「助平様。その口調はやめていただけますか。はっきり言って気持ち悪いです」

「あんたが、毎回、この口調で言えと言ったんでしょうが!」 

 僕は思わず大声で叫んだ。まるで僕が、好きで言ってるみたいに言わないでよ。

「……それはさておき、足はともかく、名前の方は重々ご注意を。私もこれからは、平子様とお呼びしますので」

「はいはい。分かりましたよ」

「よろしい。それでは平子様、頑張ってターゲットを拉致って来てください」

「だから、人聞きがわる……」

 言い終える前にテッペキさんが走り去る。お願いだから、最後まで話聞いてよ。


 僕は少しへこみながら正門の前へ。その門は、鉄女の名前同様に鋼鉄製で、ロケットランチャーなんかにも耐えられそうだ。周りは分厚いコンクリートに囲まれてるし……。あれ? 外壁の上、有刺鉄線かと思ってたけど、電流流れてない?

 僕は、アルカトラズ島に突撃するような気持ちで、門にいる警備員さんに声をかける。しかし幸いなことに、そこにいた女の警備員さんは、とてもフレンドリーな人だった。その人に中へと通され、僕は絶対男子禁制の女の園、鉄女学園の中に入る。

 え、えと……。まずは職員室か。鉄女の校舎は、歴史を感じさせる木造作りの佇まいだった。しかし、古くはあるがきちんと手入れはされているようで、ボロいといった印象は感じられない。たしか、結構改修は重ねてるけど、外観はそのままに、設備はきちんとされてるって、テッペキさんが言ってたな。

 な、なんか緊張するなあ。って、職員室はどこだ? 駅なら案内板があるんだけど、残念ながらここにはなかった。

うう、ど、どうしよう。と、その時、目の前に人影を発見。ラッキー。あの人に聞いてみよう……として、僕は思いとどまった。

あれ? なんであの人、黒いとんがり帽子にマント羽織ってるの?

 そう。僕が声をかけようとした人物は、黒いとんがり帽子に、同じく黒いマントを羽織って、何やら杖らしき太い棒状の物を手に持って歩いていたのだ。

 しかも髪がめちゃくちゃ長い。床につきかけてるし。

 どうしよう。どう考えても、声をかけていい人物とは思えない。でも、他に人もいないしなあ。よし、決めた。声をかけてみよう。

「あの~、すみません」

 僕が恐る恐る声をかけると、その人はゆっくりと振り向いた。

 あれ? この人、どこかで見たような気が……あ! そうだ! じいちゃんの花嫁候補の一人、天乃邪鬼さんだ! まるで日本人形のように整った顔立ちに、美しく流れるような長い(すぎる)黒髪。正直、写真よりも本人の方がずっと可愛い。

「何?」

 しかし、その声は美しくはあったが、とてもぶっきらぼうなものだった。

「あの、僕、今日からここに転入してきた者なんですけど、職員室の場所が分からなくてですね……」

 僕の言葉に、天乃さんは無言で一つの方向を指差した。あっちに行けってことか。

「あ、ありがとうござい……」

 僕は、天乃さんに頭を下げてお礼を言ったが、すでにそこに天乃さんの姿はなく、いつの間にか歩き去っていた。ふ、不思議な人だ。あんな人がメイドカフェでバイトなんかするかな?

 そんなことを思いつつも、僕はとりあえず職員室に向かう。……が、全然見つからない。保健室を通り過ぎ、生徒会室を通り過ぎ、生徒指導室を通り過ぎ……って、ここ、どんだけ広いんだよ!

 ひょっとして、天乃さんに騙されたのかな? いやいや、安易に人を疑うのは良くない。でも、やっぱりちょっと不安だ。仕方ない、こうなったら別の誰かに……。と思った矢先、またも人を発見。よし、あの人に聞いてみよう。そう思い、僕はその人に近づいた。

 その人は、綺麗なブルネットのポニーテールで、知的に見えるお洒落な眼鏡をかけている。天乃さんと同じくどこかで見たような気が……あ! 確か、この人もじいちゃんの資料にあった人だ! 名前は確か、麗条輝姫さん。向こうもこちらに気づいたようで、澄んだ黒い瞳で、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

「あら。あなた、初めて見る顔ですわね」

 麗条さんの瞳に、不審の色が混じる。

「は、はい。僕、今日ここに転入してきた富持すけ……じゃなかった、富持平子です。あの、職員室に行きたいんですけど、場所がよく分からなくてですね……」

「ふ~ん。富持平子さん、ね」

 何か含みのある声でそう言って、僕を見つめ続ける麗条さん。うう、怖いよう。

「……まあいいでしょう。職員室なら、ここをもう少し進んだところにありますから。急がないと、ホームルームが始まってしまいますわよ」

 麗条さんの視線が少し弱まった。ホッ。

「は、はい。ありがとうございます」

 僕は深々と頭を下げてその場を離脱。こ、怖かった~。僕が男だってバレたかと思っちゃった。僕って言うの、やめた方がいいのかな?

 なんてことを考えつつ、僕はようやく職員室に到着。ドアの前で小さく深呼吸してからドアを開ける。うわ、ほんとに女の先生ばっかりだ。

 僕は、近くの先生に挨拶して、自分が転入生であることを告げる。


 す~は~。き、緊張するなぁ。なんか中学に入学したての頃を思い出すよ。


 それから僕は、担任の先生に教科書を受け取り、自分のクラス(ちなみにB組)へ。教室の前で少し待っているよう言われ、先生が先に教室に入った。

教室内で、「突然ですが、今日は転入生を紹介します」という声が響き、教室内がわずかにざわめいた。そんなざわめきを、先生が「静かに」の一言で収める。

 そして、教室内から「お入りなさい」の声を聞いた僕は、最後にもう一度深呼吸して、教室のドアを開いた。

 ジィーーーーー。

 うっ! 教室中の視線が(先生を除く)一斉に僕に集まる。変に大きな声を上げたりしないところはさすが鉄女といったところか。当たり前といえば当たり前だけど、周りはみんな女の子。は、恥ずかしい~~~。

 僕は、震える手で黒板に名前を書いた。

「ぼ、僕、今日から転入することになった、と、富持平子って言います。よ、よろしくお願いします」

 そう言って、ペコリとお辞儀。

 教室内からまばらな拍手が起こる。

「それでは、富持さんの席は一番後ろになります。視力に問題はありますか?」

「い、いえ、大丈夫です」

 噛みながら言って、僕は自分の席へと向かう。

 ううっ、自分の席に向かう途中も、やっぱりすごく見られてるし。ひょっとして僕、女の子に見えないのかな?

 先生が口早に連絡事項を伝えているが、僕は緊張で全く耳に入らなかった。当然だけど、何度見ても周りはみんな女の子。普通の男子なら飛び上がるほど嬉しい状況なんだろうけど、あいにくと女性拒絶体質の僕には地獄同然。だから、さっさとミッションをコンプリートして、この学園を離脱したい。

 とりあえず僕のミッションは、じいちゃんの選んだ、じいちゃんの再婚相手候補の四人を、割のいいバイトを紹介すると言って、富持グループでオープンするメイドカフェに連れ出し、一緒にバイトして仲良くなること。

 ううっ、この時点で犯罪臭がプンプンするよぉ。普通のラノベとかだとさ、僕のお嫁さん候補とかじゃないの? 何が悲しくて、孫の僕が、祖父の再婚相手探しを手伝わなくちゃいけないの? フウ。やっぱり、現実ってこんなものですよね(諦観)。

 そんなことを考えているうちに、どうやら話は終わったらしい。先生が、ゆっくりと教壇を離れ、ドアを開ける。あ、やばい。全然話聞いてないや。

 そんなことを思ってる間にも、先生はドアを閉めて教室を出て行った。

「ねえ、富持さん、どこから来たの?」

 先生が出て行った途端、前の席の女の子が、グルリと体の向きを変え、僕に尋ねてくる。

「ああ! ズルイ、希! ねえねえ、富持さん、バスケットボールに興味ない? 私、バスケ部なんだけど、よかったら見学だけでも……」

「ちょっとアンタ! 何いきなり勧誘してんのよ! ねえ、富持さん、趣味は? 好きなお菓子は? 好みのタイプは? アイドルで言うと誰が……」

「お前はどこの新聞記者だ! ねえ、富持さん、名字で呼ぶの堅苦しいから、名前で呼んでいい? 私のことも名前で呼んでいいか……」

「いきなり馴れ馴れしいわよ、アンタ! ねえ、富持さん……」

 なんて感じで、質問の高速ラッシュが僕に襲い掛かる。さ、さっきまでは、みんな凄く物静かだったのに。何だ、この豹変ぶりは……。あ、そうか! お堅い学園ではあるけれど、一般家庭の子も通ってるんだっけ。だからみんな、こんなノリなのか。

「えっと、その、あの、僕は……」

「「「「「キャー! 僕っ子よ~~~!」」」」」

 僕って言っただけで、クラスのみんなは大興奮。ど、どうしよう。歓迎されるのはありがたいけど、収拾がつかなくなってきてる。

 キンコンカンコーン

 その時、授業開始五分前を告げる予鈴が鳴り響いた。

 サアーーーーー

 すると、先ほどまで騒いでいた人達が、その予鈴を聞いた途端、一瞬にして自分の席へと戻り、次の授業の準備を始める。

 す、すごい。このオンとオフの切り替え。さすがは鉄女の生徒ってところか。

 とりあえず、僕は安堵の息を吐いて、授業の準備を始めた。


 その後も、休み時間の度に質問の高速ラッシュは続き、昼休みを迎える頃には、僕はすでにグロッキー状態だった。しかも、その精神的な疲れよりさらに深刻な問題が発生。

……どうしよう。トイレに行きたい。

 僕は、隣の席の子に教えてもらってトイレへと向かう。一緒に行こうかって言われたけど、もちろん断った。さすがに男子トイレに入るところを見られるのはマズイ。

 教えてもらった通りに歩き、トイレに来たんだけど……あれ? 男子トイレがないぞ。

 僕は慌てて辺りをキョロキョロと見るが、やっぱり男子トイレはない。な、何で男子トイレがないんだろう? そりゃ、教えてくれた女の子は、女子トイレの場所を教えたんだろうけど、普通は女子トイレの隣に男子トイレもあるものなんじゃないの?

 仕方なく別の階に移動する。けど、やっぱり男子トイレはない。ど、どうしよう。人に聞いてみようかな? いや、ダメダメ。僕はここでは女の子なんだ。女子が男子トイレの場所を聞くなんて怪しすぎる。でも、どうしよう。我慢できなくなってきた。仕方ない。ここは一つ、女子トイレで……。

 そう思い、僕は女子トイレのドアに手をかける。が、どうしてもドアを開けることができない。というか、手が動かない。なんというか、僕の理性というか最後の一線とでも言うべきものが、ドアを開けようとする僕の手を押し止める。

「おい、どうしたんだ? トイレの前に突っ立って?」

「うひゃあ!」

 突然の背後からの声に、僕は思わず叫んでしまった。よ、よかった。もう少しで漏らすとこだった。

 声の主も僕の反応にびっくりしたらしく、驚きの表情を浮かべている。あれ? この人、じいちゃんの資料にあった。鉄女の風紀統括総隊長さんだ。名前は確か……打破龍華さんだったっけ。見た目は茶髪の今時風な女の子なのに、言葉遣いは随分男っぽい。なんか、ギャップがすごいな。

「びっくりした。何だよ急に」

「す、すみません。急に後ろから声をかけられたものだから、驚いてしまって」

 そう言って、僕は頭を下げる。

「ま、まあいいけどよ。ところでお前、見ない顔だな。上級生か?」

「い、いえ、違います。僕、今日からこの学園に転入してきた富持平子って言います。よろしくお願いします」

「おう。あたいは打破龍華ってんだ。よろしくな」

 龍華さんは、そう言ってニカッと笑った。黙って立ってれば間違いなく美少女なのだが、見た目とのギャップがほんとにすごい。

「で、結局平子は、トイレに入らないのか?」

「あ、は、入ります。そ、そういえば、ここって男子トイレがないんですね」

 僕は、極力自然な感じでそう尋ねる。

「なんだ、知らねえのか。ここって、女しかいねえから、男子トイレなんてないぜ」

「ウソ! ほんとに!」

 じゃあ、僕、これからずっと女子トイレ使わなくちゃいけないの?

「ハハッ。う~そ。敷地の外れに一つだけあるけど、ほとんど使われな……」

「失礼します!」

 それを聞いた僕は、一目散に校舎を出た。


 あ~、極楽だ~。やっぱり女子トイレじゃこうはいかないよな~。

 僕は用を足しながら、しみじみとそんなことを考えていた。

 スッキリ爽快になった僕は、周囲を確認して外に出る。

 そういえば、ここ、大きい方をする個室が壊れてたな。どうしよう。おっきい方をする時、超困る。さすがに、女子トイレでするのも抵抗があるし。よし、じいちゃんに何とかしてもらおう。というか、何とかさせよう。

 そんなことを考えつつ、僕は教室へと戻る。

「あら、あなた……」

 すると、横から声がかかった。あれ? この声、聞き覚えがあるぞ。

「あ、生徒会長さん」

 僕に声をかけてきたのは、鉄女の生徒会長、麗条輝姫さんだった。

「ごきげんよう。ところであなた、こんなところで何してますの?」

 麗条さんは、不審の瞳で僕を見つめる。うう、あの目が怖いんだよなぁ。

「その、ちょっとおトイレに……」

「トイレ? トイレって……」

「あの! 次の授業に遅れてしまいますので、これで失礼します!」

 麗条さんの視線攻撃に耐えられなくなった僕は、深々と頭を下げてその場を離脱した。

 フウ。こういう時は逃げるに限るよ。


 う~、終わった~。

 最後の授業が終わり、僕は盛大に机に突っ伏した。授業が退屈なのはどこも同じだな~。でも、先生が怖くて居眠りなんてできないし。ああ、疲れた~。

 しかし、僕のミッションはここからが本番だ。じいちゃんの選んだ四人の再婚相手候補をバイトに誘う。それも、極力他の生徒には知られずに。

 調子に乗って周りも誘うと、私も私もって感じで収拾がつかなくなるし、後々面倒なことにもなりかねない。って、テッペキさんが言ってたな。だから、極力この四人だけをメイドカフェに引っ張れって。……でも、それってかなり無理ゲーですよね。

「……ちゃん。平子ちゃん!」

 気が付くと、僕は声をかけられていた。声の主は、前の席の、前川希まえかわのぞみさんだ。

 どうやら僕は、今日一日で、かなりクラスのお姉さま方(同い年だけど)に気に入られたらしい。

 いつの間にか下の名前で呼ばれてるし、何かにつけて話しかけてくる。まあ、嫌われるよりはいいかな。

「ご、ごめんなさい。少しボーっとしちゃって。何か御用ですか?」

「あのさ、平子ちゃんって転入したてで、まだこの学園のことよく知らないでしょ? もしよかったら、これから案内してあげようか?」

 ふむ、悪くない申し出だ。この学園やたらと広いし、どこに何があるかぐらいはちゃんと把握しておいた方がいいかも。

「あ、それじゃあ、お願いしま「ちょおっと待ったーーー!」」

 そこに他のクラスメイトがカットイン。

「ズルイズルイ! 私も平子ちゃんを学園案内したい~!」

「私も~!」

「私も私も~!」

 一人目のカットインを皮切りに、次々と他のクラスメイトも名乗りをあげる。

 うわ、また収拾がつかなくなりそう。

「失礼。ちょっとよろしいかしら」

 しかし、透き通るようなその美声が、クラスのみんなを一瞬にして鎮めた。まるで魔力でも秘めているかのような落ち着いた、しかし、迫力のある声。僕を含めたクラスのみんなが声のする方に顔を向けると、そこに立っていたのは生徒会長だった。その傍らには風紀統括総隊長も立っている。

「すみませんが、私、そこにいる富持さんにお話がありますの。悪いけど、学園案内はまた今度にしてくださる?」


 というわけで、僕は今、生徒会室にいた。目の前には、豪華で立派な椅子に座る生徒会長の麗条さんと、その傍で仁王立ちしながら圧倒的な威圧感を放つ風紀統括総隊長がいる。

「あ、あの、僕に何か御用でしょうか?」

 僕は、蛇に睨まれた蛙みたいな縮こまった声で尋ねた。

「突然ごめんなさい。実は私、どうしてもあなたに聞きたいことがありまして」

 麗条さんが突き刺すような視線を僕に向ける。

「な、何でしょう?」

「いえ、別に大したことではありません。ただ、どうして男性のあなたが、絶対男子禁制であるこの鉄女学園にいるのかと思いまして」

「なっ!」

 僕は、心臓が口から飛び出しそうになった。

「え? すみません。仰ってることがよく分かりません」

 そうは言いながらも、僕は体から滝のように流れ出る冷や汗を止めることができなかった。

「あら、私、分かりにくい言葉を使ったかしら? ただ、男性のあなたが、何故、この絶対男子禁制の鉄女学園に、わざわざ女装してまで転入してきたのか。その理由を尋ねただけなのですが」

「ぼ、僕が男? 言葉遣いが男っぽいのは認めますけど、自分のことを僕って呼ぶ女の子くらい、この広い世の中いくらでも……」

「私は、別にあなたが僕っ子だから男性だと言っているわけではありません」

「……では、どうして僕が男だと?」

「あなた、今日の昼休みに私とすれ違ったのを覚えてるかしら?」

「え、ええ。もちろん」

「あの時、私が『どうしてこんなところに?』と尋ねた時、あなたはこう答えました。『ちょっとおトイレに』と。間違いありませんわね?」

「え、ええ」

「転入してきたばかりのあなたに教えてあげましょう。この鉄女学園は絶対男子禁制。教師はおろか、雑用担当にも男性はいない。これはご存知ですわね?」

「……はい」

「となると、トイレの数が男女均等ではありません。女子トイレの数ほど男子トイレは必要ありませんから。はっきり言ってしまえば、この鉄女に男子トイレはほとんどないのです」

「…………」

「しかし、男性がこの学園に立ち入る機会が皆無かと言えば、当然そうではありません。生徒の父兄が来ることもごく稀にありますし、業者の男性を入れることだってある。故に、男子トイレを全く置かないわけにはいかない。そこで学園側が用意したのが、敷地の外れにあるあの男子トイレなのです」

「…………」

「さて、ここで再び質問です、富持さん。なぜあなたは、あんな外れにある男子トイレに、用を足しに行ったのですか?」

「…………」

「ちなみにあそこには、女子トイレは併設されておりません」

「…………」

 ど、どうしよう。なんて言い訳すれば……そうだ!

「あ、あの、転入初日で道に迷ってしまって。そんな時トイレに行きたくなっちゃって、それで……」

「フム。確かにその可能性も皆無ではありませんわね」

 ホッ。よかった。助かった。

「では、あなたは道に迷っていた時にトイレに行きたくなり、思わず近くにあった男子トイレに入ったと?」

「は、はい」

「当然ですけど、個室の方ですわよね? おっきい方をするための」

「え、ええ。それはもちろん」

「おかしいですわね~。男子トイレの個室は、確か壊れてて使えなかったはずですのに」

「…………」

「ちゃんと張り紙もしてあったはずですけど」

「うう……」

 しまった。僕としたことが……。

「まあ、どんな言い逃れをしようが、あなたにその制服を脱いでもらえば全て分かることなのですけど」

 生徒会長が、そう言ってニッコリ笑う。

心臓がバクバクいってる。頭の中もこんがらがって、何て言い訳したらいいのか分からない。

「えと、えと、えと~」

 考えろ、考えるんだ、僕。何か上手い言い訳を……。

「おい、テメエ! 男なのか女なのかはっきりしろや! なんなら、今すぐそのスカート捲って、付いてるかどうか確かめてやろうか!」

 風紀統括総隊長が、本気と書いてマジな目で僕を睨みつける。うう~。

「す、すみません」

 僕はとりあえず謝った。

「すみません、とは?」

 僕の謝罪に、生徒会長がすぐさま返す。

「そのすみませんは、何に対する謝罪なのですか?」

「う! えと~」

「つまりあなたは、自分が男であることを認めるのですね?」

「……はい。すみません」

 生徒会長と風紀統括総隊長の目が、ライオンのそれに変わった気がした。

「つまりあなたは、ここが絶対男子禁制の鉄女学園であると知っていて、それでもなおかつ、女装してこの学園に転入してきたわけですか?」

「……はい」

 生徒会長の眼鏡がキラリと光った。

「……龍華」

「おう」

「殺りなさい」

 ええ~! いきなり殺りなさいって! 普通は摘み出しなさいくらいじゃないの!

「ま、待ってください! これにはとてつもなく深い、マリアナ海溝よりも深い訳があってですね」

「そんなこと、私の知ったことではありません。絶対男子禁制の鉄女学園に、男が転入した。よって、処刑する。これは決定事項です」

 おかしい! それはちょっとおかしいですよ、生徒会長!

「ああ、心配しなくても、死体の処理は万全ですから、心置きなく逝きなさい」

 そういう問題じゃないし、誰も死体の処理なんて心配してません!

「あの、お願いですから事情を……」

 ドスン。僕の言葉を、風紀統括総隊長の足音が一掃する。

「おい、往生際が悪いぞ。大人しくくたばりな」

「嫌に決まってるでしょうが! 何が悲しくてこんなところで死ななきゃならないんだ!」と言いたかったけど、二人の目が怖くてただ震えていることしかできない。

 喧嘩は強い僕だけど、女の子にだけは手を出せないんだ。だって、男の子だもん。

 ただブルブルと震えていた僕に、風紀統括総隊長が指をボキボキ鳴らしながら近づいてくる。

 しかし、その動きが急に止まった。

「なあ、輝姫」

「何よ? さっさと殺っちゃいなさい」

 会長の言葉に、風紀統括総隊長が頬をポリポリと掻いた。

「何躊躇ってるのよ。あなたは鉄女の風紀統括総隊長でしょう。さっさとその男を処分なさい」

「いやでも、こいつ、どう見ても、その辺の女目当てのクソ野郎には見えんぞ」

「何言ってるの。紳士面した鬼畜野郎なんて、今まで何人も見てきてるでしょ」

「もしそうだったら、すぐ分かるっての。でもさ、なんていうかこいつは、どう見てもただ怯えてる子兎にしか見えんのだが」

「何よ、情が移ったの?」

「情が移るほど、こいつのこと知らねーって。でも、事情くらいは聞いてやってもいいんじゃね?」

 ふ、風紀統括総隊長~! すみません。僕はあなたのことを誤解してました。すごく怖い人かと思ってたけど、本当はいい人だったんですね。

 風紀統括総隊長の言葉を聞いた生徒会長が、少し考え込んだ後に、大きくため息を吐いた。

「……いいでしょう。富持さん、いえ、富持君。先ほどあなたの言った事情とやらを話してみなさい」

「は、はい」

 やった。チャンスだ。ここでミスれば、僕にはもう後がない。僕は、脳をフル稼働させ、頭の中で小さい種を弾けさせた。

「じ、実は僕、祖父に頼まれて、スカウトに来たんです」

「スカウト? それはこの鉄女学園から他の学校への引き抜き、ということでしょうか?」

 生徒会長の目が怪しく光る。やばい。

「ち、違います。実は、僕の祖父がこの度、新しい事業を始めまして、その事業に協力してくれる女の子を探しにきたんです」

「何ですか、その事業というのは?」

 僕は喉をゴクリと鳴らした。

「……ス、スクールメイドカフェです」

「「…………」」

 まずい。二人が白い目になってる。

「そ、祖父が言うには『近年、高校生だけで経営される食堂やスクールアイドルなど、今の高校生の社会貢献度は並々ならぬものがある。ならば、今度はそのバイタリティーをメイドカフェに向けてはどうか』と言っておりまして」

 もちろん、全てデタラメでございます。

「ちなみに、学園の理事長、ならびに教職員の方々には、すでにご了解いただいております」

「…………。それでよく我が校の職員達を説得できましたね」

「…………」

 お、お金をいっぱい積みました、とは言えない。

「こ、根気強くお願いさせていただきまして……」

「……まあいいでしょう。それで、我が校の生徒をスカウトに来たと?」

「……はい」

「鉄女は、生徒のバイトを認めておりませんが」

「今回に関しましては、すでに学園側にも特別に許可をいただいております」

「何故、我が校を? 女子校なら他にもたくさんあるでしょうに」

「そ、それは、鉄女ほど、素晴らしい女性を育てる教育機関はないと、祖父から聞いていたものですから」

「……ほう」

 生徒会長がニヤリと笑う。満更でもないご様子だ。

「ち、ちなみにですね。こちらの生徒さんの中には、学費の捻出に苦心されている方もおられるとか。そう言った学生さんへの資金援助も兼ねてですね」

「ほう。つまり、割のいいバイトだと?」

「まあ、簡単に言ってしまうとそうなります」

「ちなみに時給いくらなんだ?」

 風紀統括総隊長が、真剣な顔で聞いてくる。

 えーと、どうしようかな? じいちゃんからは、金に糸目はつけなくていいって言われてるから……。

「……時給五千円です」

「「乗った!」」

 生徒会長と風紀統括総隊長の声が見事にハモる。

「へっ?」

 呆気に取られる僕に、生徒会長はコホンと一つ咳払い。

「えー、そういうことなら仕方ありません。今回のあなたの処分は、ひとまず保留としましょう」

「ホ、ホントですか!」

「そして、学園内でのスカウト行為も容認します」

 や、やったぁ。

「ただし、条件が一つ」

「えっ? 条件?」

「現状、私はメイドカフェというものにあまりいいイメージを持っておりません。よって、そのメイドカフェの健全性ならびに保安性を監視するため、私と龍華の二人を雇い入れること。これが条件です」

 願ってもないお話だ。じいちゃんのリストに載ってた二人が、自分達から来てくれるなんて。

「分かりました。よろしくお願いします」

 そう言って、僕は内心でガッツポーズした。


 転入初日にして、すでに目標の半分を達成した僕は、ルンルン気分で校門をあとにした。

「や、やめてくださいですぅ~」

 学園を出て少し行ったところから悲鳴が聞こえる。何だ?

 走って声の場所に向かうと、一人の鉄女の生徒が、三人組の高校生らしき男達に捕まっていた。

 あ! あの子、じいちゃんのリストにあった子だ。あの鮮やかな金髪のツインテールと、透き通るような青い瞳は間違いない。

 確か、高等部一年のコココ・マーベラスさんだ。

 どうやらマーベラスさんは、その男達に取られた鞄を取り返そうとしているらしい。でも、身長が百四十五センチしかないから、手を伸ばしても届いていない。

「お願いです。カバン返してくださいなのです~」

 マーベラスさんは、舌足らずな声で、目に涙を浮かべながら叫んだ。

「だ~か~ら~さ、ちょこっと俺達と遊んでくれたら返すって」

 男の一人が、下卑た声で言う。

「ダメです。コココは大切な用事があるのです」

「いいじゃん、ちょっとくらい。ね、ちょっとカラオケ行くだけだからさ」

「そそ、カラオケだけ」

「そしたら大人しく帰るから」

 嘘吐け、と僕は内心でツッコんだ。

 あんな奴らが、大人しくカラオケだけ歌ってるわけがない。下心が見え見えだ。

 しかし、僕は心の中で密かにこの状況を喜んでもいた。

 ここで僕が、颯爽と登場してマーベラスさんを助ける。

         ↓

マーベラスさんの好感度がアップ。

        ↓

仲良くなってバイトに誘いやすくなる。よし、完璧だ。

……なんか、だんだん自分が、踏み入れちゃいけない道を進んでいるような気がするんだけど……まあ、いいや。

 完璧な計画を立てた僕は、早速マーベラスさんを助けようと近づいた。

 バコ! しかし、僕が登場する直前、マーベラスさんの態度に業を煮やしたらしい男の一人が、持っていた鞄でマーベラスさんの顔をはたいた。

「チッ、このガキ。人が下手に出てりゃつけあがりやがって。おい、こうなったら、こいつ拉致って無理やりヤッちまおうぜ」

 マーベラスさんをはたいた男の言葉に、他の二人がいやらしい顔で頷く。

 あいつ殴ったぞ。マーベラスさんを殴った。女の子を殴ったぞ。

 僕の腹の底から、ドロドロとしたマグマのような感情が噴き出してくる。

 あいつらは女の子を殴った。か弱い女の子を。

 よし、殺ってしまおう。

「さーて、お嬢ちゃん。これ以上痛い思いをしたくなかったら、大人しヘブ!」

 涎を垂らしそうな顔で、マーベラスさんの腕を掴んでいた男の側頭部に、俺は渾身の飛び蹴りを叩き込んだ。

 食らった男が、大きく吹き飛び、近くにあった電柱に激突して気絶する。

 しかし、俺はそのまま気絶した男を追撃し、気を失っている男の頭を何度も踏みつけた。頭蓋骨を蹴り砕かんばかりの勢いで。

 説明しよう。普段は女性拒絶体質で、じいちゃん以外には滅多に手を出さない超温厚な俺だけど、ある人種だけは即時殲滅することに決めている。それが、女の子に手を出すクソ野郎だ。女の子に手を上げるなんてクソのすることだ。俺の師匠はそう言ってた。そして、俺もそう思う。

 よって、女の子に手を上げるような奴は即時殲滅。これは、最優先事項です。

 そして、そういうクソ共を一掃する時の俺は、怒りで一人称が俺になる。

 ああ、でも別に二重人格ってわけじゃないよ。ただちょっと、見た目的に、金色のオーラを噴き出しながら髪の毛が逆立って、力的には、怒りの炎で身体能力がかなりアップするってだけ。

 ついでに言うと、ちょっとこの害虫共をブッ潰した後、ウチのジジイの金と権力使って、この件をもみ消そうとか思っちゃうくらいさ。フフフフフ。

 ちなみに俺は、このモードの自分を『スーペルサイア助平』と呼んでいる。

 とりあえず、軽く変形するまで男の顔を踏んづけた俺は、次に別の一人をロックオンした。

「ヒッ!」

 俺に睨まれた男が短い悲鳴を上げる。

 しかし、俺は容赦しない。一瞬にして男に接近し、金的(要するに○ンタマ)を蹴り上げ、悶絶した顔に膝蹴り。そしてそいつを、残った一人に投げつけ、身動きがとれなくなったところにフルパワーの発剄を叩き込んだ。

 食らった男達は、比喩ではなく、リアルに十メートルほど吹き飛び、コンクリートの壁に激突する。はい、終了。

 ほんとは止めを刺したいとこだけど、マーベラスさんの前だからやめとこう。

 とりあえずゴミ掃除を終えた俺は、鞄を拾ってマーベラスさんに渡すことにする。

「はい。大丈夫?」

 俺に声をかけられたマーベラスさんは、ビクリと大きく肩を震わせた。

 その目に怯えが宿っているのがはっきりと分かる。

 しまった、やりすぎた。これじゃ計画が……。若干、興奮していた俺の頭が、急速に冷えていく。僕のスーペルサイア化が解けた。

「あ、あの、怖がらせてゴメンね。でも、君が危ないと思って……」

 僕はしどろもどろで説明した。

「…………」

 マーベラスさんは、今度はきょとんとした顔でこちらを見つめている。

 そして、なんといきなり抱きついてきた。

「えう~! 怖かったです~! ふえ~ん!」

 マーベラスさんが、僕の胸に頭を押し付けて泣いている。

 ど、どうしよう。やわらかい。それにめっちゃ良い匂い。苺ミルクみたいな、優しくて甘酸っぱい匂いがする。

 女の子の体が、こんなに密着するのももちろん初めて。それに不謹慎かもしれないけど……可愛いなあ。写真で見るよりもずっと可愛い。涙をいっぱい溜めたお目々もパッチリだし、背もちっこいし、泣きべそかいてるとことか、すごく守ってあげたくなる。

 でも、やばい! これ以上密着すると気絶し……あれ?

 そこで僕は違和感に気が付いた。

 赤面しないのだ。おまけに気絶する兆候もない。

 女の子がこんなに近くにいるのに。しかも抱きついているのに。おまけにめっちゃ良い匂いがするのに。

 あれ? あれあれあれ?

 僕は内心でパニックになりながら、ただ固まることしかできなかった。


「あの~」

 何だろう? 声が聞こえる。あれ? 僕、どうしたんだっけ?

「あの!」

 少し舌足らずなその声で、僕はようやく正気に戻った。

 声の方を見ると、マーベラスさんが上目遣いで僕を見ている。

 うわっ、近い。僕は、慌ててマーベラスさんを引き離した。

「あの~、大丈夫ですか~?」

 マーベラスさんが、心配そうな顔で尋ねてくる。

「う、うん。僕は大丈夫。それより君は?」

「えう。コココも大丈夫なのです」

 マーベラスさんは笑顔で言った。

「あの、危ないところを助けていただいて、ありがとうなのでした」

 そして、ペコリと頭を下げる。

「いやいや、困っている人を助けるのは当然だよ」

 ゴメンなさい。若干、打算もあります。

「あの、鉄女の生徒さんですか? あんまりお見かけしたことないのです」

「あ、うん。最近、ていうか今日転校してきたんだ。僕の名前は富持平子。高等部の一年B組。よろしくね」

「コココは、コココ・マーベラスっていうのです。高等部の一年A組です。よろしくなのです」

「へ~。マーベラスさんはA組なんだ」

 知ってたけどね。

「はい。それと、コココのことはコココでいいのです。お友達はみんなそう呼ぶです」

「そう? じゃ、僕のことは平子って呼んで」

「はいです。平子ちゃん」

「でも、何で学園の外にいるの? 鉄女って全寮制で、滅多なことじゃ学園の外に出ちゃダメなんでしょ?」

「えう。コココ、図書委員をしているのです。今日は図書室で使う備品を買うために、特別に許可をもらっているのです」

 そう言ってニッコリ。

 やばい、超カワイイ。赤面しないし、気絶もしないから、可愛さがダイレクトで分かる。

 こ、こんな日が来るなんて……。いや、待てよ。

 やはり、どう考えてもおかしい。今までの人生で、女の子に触られると百発百中で赤面して気絶してきた(母さんは除く)この僕が、抱きつかれて平気なんてやはりおかしい。

 どう考えてもおかしい……が、一つだけ考えられる可能性があった。

 そう、マーベラスさんが男だった場合だ。

 もし彼女が男だったなら、触られても抱きつかれても大丈夫なことに納得がいく。

「……あのコココちゃん、一つ聞いていいかな?」

「はいです」

「とてもとても不思議な質問なんだけど、コココちゃんって女の子だよね?」

「はいです。もちろんなのです」

 ですよね~。当然ですよね~。女装して女子校に潜り込む変態なんて僕くらいですよね~。な、なんか言ってて悲しくなってきた。

「確かめてみるですか?」

 そういうやいなや、コココちゃんが突然ワイシャツのボタンを三つほど外して、僕の手をそこに滑り込ませた。

 つ、着けてないんだ……。な、なんか、すっごくやわらかくて、すべすべしてて、おまけにちっちゃい突起みたいなものも僕の手に触れてるんだけど……。

 あ、やっぱダメだ。

 そこで僕は、いつもの虚脱感に襲われた。


 目が覚めると、そこはマンションの自室だった。

 あれ? 僕、どうしたんだっけ? 

 マーベラスさんをあのクソ共から助けて、それから……。

「お目覚めですか?」

 突然響いた声に、僕は思わず体を起こす。

「テッペキさん?」

「はい。『この世で最も好きな物はなんですか? 妹と金です』と即答できる女。テッペキです」

「いや、そこまで聞いてないし」

「お体は大丈夫ですか?」

「ええ、まあ。僕、一体どうしたんですか?」

「はっきり申しますと、へタレな助平様は、コココ・マーベラスさんの胸を触って気絶してしまったのです」

「……ほんとにはっきり言いますね」

「おや? オブラートに包んだ方がよかったですか?」

「いえ、もういいです」

「突然、気絶したあなたを、マーベラスさんは随分と心配しておいででしたが、私が適当にごまかしておきました」

「それはどうも。あれ? でも、そうすると、コココちゃんは……」

「無事、買い物に行かれましたよ。一応、学校に戻るまで尾行しておきました」

「そっか。よかった」

「転校初日はどうでしたか?」

「散々でした。おかげでもうクタクタです」

「それはよかったですね」

「いや、よくはないでしょ、よくは」

「失礼。私にとってはどうでもいいことでしたので」

「…………」

「で、これからもやっていけそうですか?」

「……無理そうだって言ったら、やめさせてくれます?」

「ダメです」

 やっぱりね。

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