私の従兄殿は、恋愛爆弾魔!
隣にいる未亡人が、繰り返し地面にたたきつける黒の靴の音はどこかヒステリックで、聞いているこっちまで気がおかしくなりそうだった。豪奢な金髪はきつく巻かれ、ドレスの胸元は紫音から見るとはしたないと思うほどばっくりと開いている。黒いベールに覆われた顔立ちは、いわゆる悪女顔というやつでその黒のドレスに包まれたその豊満なボディとともに、伯爵を落としたという噂は、普段領地に閉じこもりがちなシオンの耳にも届くほど有名な話である。
「ここから動かずに、待っていてくれ。すぐに飲みものを持ってくる」といった社交界に慣れている従兄の命に従って、壁の花というよりドレスの色的に壁に完全に同化しかかっていた自分のもとになぜかこの未亡人……たしか、リナ・カルシェットという名前だったかがやってきたのだ。隣の夫人に聞こえないようにぼそりと帰りの遅い従兄に文句を言う。
「私を一人にしないで……はやく、戻ってきなさいよ。バカ従兄」
そしてひたすら、意味不明な言葉を一方的に投げかけられていて、正直胃もたれ気味なのだ。やれ、従兄の身分と自分の身分がつりあわないから、自分と変われだの、演奏しか能がない礼儀がなっていない田舎の引きこもり娘だの言ってきた。確かに、従兄は次期ヴェルヴェット公爵に一番近いといわれている人だし、ソルシエール子爵の娘であるシオンでは男女的な意味合いでは釣り合いが取れないといわれるのは納得だが、そもそもシオンとケンはただの従兄としての付き合いでしかないのだから邪推でしかない。だいたい喪が明けていないのにこういう晴れ舞台に顔を出す方が常識を疑う。まぁ、おおよその予想はつく。今は亡き伯爵と夫人の間に子供はできて居なかったことが原因だろう。
「シオン、またせてすまなかった。はい、飲み物」
しゅわしゅわと気泡の上るグラスを受けとると、一気に煽る。隣の夫人から、はしたないとぶつくさ言われたけど気にしない。一瞬、従兄殿の顔がナチュラルに歪み、夫人をにらみつけたように見えたのはおそらく目の錯覚だろう。従兄殿は口は悪いが、かなり女性には甘いどうしようもないたらしなのだから。
「ふぅ、これ以外に美味しいわ」
「だろう、おまえが好きそうだと思ってそれにした。気に入ってくれたか? なら、今度、おまえの家におくっておくよ」
そう、こんな風にあまやかな笑顔を向けているところとか……まったく、従妹を攻略してどうするつもりなのかしらと毎度心の中で突っ込みを入れていたりする。まぁ、三親等以上だから法律的には結婚できるけど……妹同然の人間すらも従兄殿の守備範囲なのだろうか? 果たして上限と下限はどれほどひろいのだろうかと考えて、途中で恐ろしくなったので思わず頭を振る。
「どうした?」
「何でもないわよ。ただ少し、貴方の将来が心配になっただけよ」
「ん? 一応、俺だって、真面目に領地経営の勉強しているぞ」
「ちがっ……というか、それくらい当然よ」
こっちの心配も知らないでいい気なものだ。従兄の将来の妻が気の毒になってくる。広間の中央では、ラブラブな国王夫妻がこれぞ理想の夫婦像とばかりに仲睦まじそうにファーストダンスを踊っている。一曲目が終わると曲調が一気に変わって、テンポの良い淡々とした舞曲が始まり、次々と男女が手を取り合って踊り出す。楽器自身が歌い合って、音を重ねているような演奏に思わず頬が緩み、心が自然に弾んでゆく。気が付けば、手がリズムを刻んでいた。その手を柔らかく包み込むように従兄殿は取ると、とびっきりのキラキラスマイル(別名、王子様スマイル)でダンスの申し込みをする。
「御嬢さん、私と一曲踊っていただけませんか?」
「ケン、あなた真面目なセリフが相も変わらず嘘くさいわね」
正直な感想を言うと、不意と子供っぽく顔をそむけ強引な手つきで腕を引き、シオンの体を自分の元へ強くひきよせる。ひきよせられた時に感じた、演奏家の手だからという配慮とそれから顔をうずめる結果になってしまった胸元に感じる筋肉に、ほくほくとした気分とほんの少しの優越感に浸る。
「シオン、踊ろうぜ」
「いいわ。ただし、しっかりリードしてくださいませ、騎士様」
こちらがおどけて芝居じみたセリフを言えば、ポンポンと向こうも同じようなものを返してくる。この会話のテンポに、口元がほころぶ。どこかの未亡人がベールの下で、悔しげに顔をゆがませているが、シオンはその般若のような顔を見て胸がすっとした。
「了解。俺の姫さん」
「誰が、あなたのものよ」
「聞こえなぁい」
本当にこいつが次期侯爵家の跡取りだとか、シオンよりも六つも年上だとか信じられない。だって、目の前にいるこの男は、すごく子供っぽくて強引で、意地悪で、だけどものすごく甘くて優しいひと。だから、隣にいると身体だけが取り柄のような、年増のおばさんになぞ大切な従兄殿を渡すわけには行かない。この人の妻となる人は、できればこの人のストッパー的役割を果たせる人の方が好ましいのだ。
だけど……今だけは、楽器の音に揺られ、彼のぬくもりに抱かれいつまでも踊っていたい。このままと時が止まってしまえばいいのに。
「なぁ、シオン。今幸せだろ?」
「えぇ、とっても」
二曲目が終わり、三曲目が終わっても互いの息をまじかに感じるほど近くで踊り続け、そして四曲目の終わりに従兄殿は突然シオンに向かって爆弾を投擲してきた。
「ならさ、俺と結婚しない? ずっと、幸せにしてやるから」
この爆弾発言の後のシオンの反応および、セリフは皆様の想像にお任せいたします。もしよかったら、どのような展開を想像したか教えていただけるとうれしいです。




