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 「迎えは来ない・・・かぁ。まぁ、一筋の望みはあるけどなぁ。」

片翼のミカエルは呟いた。

あれから、大天使とは会うことなく数ヶ月が過ぎていた。

もう数え切れないほどの溜息を吐いては、空を見上げる。今日は曇り。雨が降りそうだ。

ぼんやり視線をマイクに向けると彼はみんなと一緒に一生懸命練習をしていた。

まだ幼さの残る顔にまんまるほっぺ。恥ずかしがり屋で、いつもはにかんだ笑顔をする。

彼の歌声もすごいと思ったが、このボーイソプラノ楽団“トレブル”にはさらに上手いソリストがいた。

マイクより年上で、楽団に入って5年が経つ、名前をジェイクという。

ジェイクが売りのこの楽団は国中に人気があり、年間いくつものステージをこなしていた。

楽団がボランティアで教会内でのコンサートを行った時の事だ。片翼のミカエルはマイクに付いて聞きに行った。その時耳にしたジェイクの歌声に、彼は光の渦に包まれ天に昇りそうになった。

そう、帰れていたかも知れない。彼が“まだ聞いていたい”等と思わなければ・・・。

「しかし、すごかった。いや本当に。鳥肌たっちゃったしなぁ。」

彼はジェイクを待っていた。毎回、彼の歌声で鳥肌がたっている訳ではない。なんせ成長期の不安定さがあるのでいつもあの光の渦が出るわけではなかった。

今度、彼が同じように歌ったら迷わず帰ろう!固く心に誓った片翼のミカエルだが、ジェイクはここ最近現れなかった。

「どうして来ないのなぁ。」

今日も一日、天を眺めては溜息をついて過ごした。


「マイク、ちょっと来てくれる?」

楽団の大人にマイクは呼び出された。

「今日から、あなたはこの歌を練習してくれるかしら?」

それは、ソリストが歌う楽譜だった。

マイクは楽譜を手に取った後、楽団の大人を見上げた。

「ジェイクは?ジェイクが歌うんじゃないの?」

大人は困った顔をしていた。

「ジェイクは、ソロは歌えないかもしれないの。だから今度はあなたが歌う番よ。」

マイクは楽譜に目を落とした。ジェイクの上手さは誰よりも彼が知っている。

マイクは自分が出来るだろうか?と不安になった。

それを聞いていた片翼のミカエルはショックが大きく、ただただ呆然と立ち尽くしていた。

唯一、天界へ帰る望みが断たれてしまった。僕はこの先どうすりゃいいのさ?


ジェイクは声変わりの時期を迎えていた。

高いソプラノ域の声が出なくなってきたのだ。そのことが彼に精神的なダメージを負わせた。

時の流れは残酷なものだ。小さな子供のうちに華やかなスポットライトの舞台に酔わせ、そしてその意味を知った頃、歌えなくなってしまう。

ジェイクは歌うことが大好きだった。あの魂もが震える様な、みんなとのハーモニー。

大人が出来ない、そう、僕等達しか造れないあの空間。

耳を澄ませば、神様の祝福が聞こえた様に感じた。

それが遠のいていく・・・。自分の声が自分のもので無くなってしまった。

---誰かが言った。“神のいたずら”

ボーイソプラノは天の恵みだが、神は成長と共にそれを奪っていく。---

ジェイクはかなり落ち込み、楽団へ顔を見せなくなった。


片翼のミカエルの慰めはマイクの歌声だった。彼の歌は聞いていて癒される。

マイクは、毎日一生懸命練習した。上手くいかないと何度も何度もやり直しをさせられた。

それでも上手くいかなくて、最後は半べそをかいた日もあった。

退屈な歌の解釈。まだ小さな子供には想像出切る範囲が狭すぎたが、理解しようと彼なりにあれこれと考えた。考えすぎて、知恵熱を出したこともあった。

そんな彼にも初のソリストとしての舞台を踏む時が来た。

前夜は落ち着かなくて、なかなか寝付けなかった。その日はいつもと逆で片翼のミカエルがマイクに子守歌を歌った。彼は歌声に守られ間もなくスヤスヤと寝付いた。

当日がやってきた。彼は控え室で、震えていた。母親は息子を落ち着かせようと必死に励ました。

時間が迫り、気持ちの切り替えが出来ないままマイクは舞台袖に移動する。

片翼のミカエルは、彼の握り拳をそっと撫でた。

「!?」

マイクが手を開くと白くて小さくて柔らかな羽があった。じっと羽を見つめるマイク。

片翼のミカエルはいつかの様に彼の背中をそっと押すと彼の耳元でささやいた。

“いつものように・・・”

マイクはこくんと頷き深呼吸をすると、ステージに向かい歩き出した。

「あれ?マイク、聞こえた?・・・な訳ないか。人には僕の姿も声も聞こえないはずだから。」

それからのマイクは落ち着いて、堂々と歌い上げた。

観客からたくさんの賞賛の拍手と、笑顔をもらえた時、彼は嬉しいよりもほっとしたのが先だった。


マイクの歌声は素晴らしかった。聴くものを酔わせ、そして癒した。

だが、先代のジェイクと比べられる事もしばしばだった。

先輩が偉大だと、後を継いだ後輩に負目がかかるのは良くあることだ。

時折マイクはその事で悩んでいた。

ある日、マイクは練習の帰り道、ぼんやりと橋の真ん中に佇んでいた。

さっき読んだジェイクと比べられた記事の事で頭の中でいっぱいだった。

小さな子供にはその気持ちの持って行き方がわからない。

幼い心は大人の重圧につぶれそうだった。

その時、溜息をつきながら金髪の背広姿の大人が近づいて来た。

「おや、君、そこで何をしているんだい?」

知らない大人に付いて行っちゃだめなんだよね。マイクは周りの大人の忠告を思い出していた。

背広の男の人は、何かを感じたのかマイクと同じように川面に顔を向けて話し始めた。

「お兄さん、行き詰っちゃってね。坊や、ここでいいから少し話を聴いてくれるかい?」

マイクは、話を聞くだけならと頷いた。

マイクの横には片翼のミカエルがいて、驚いた顔で金髪の背広男を見ている。

『あれ!?あれれ!?大天使様、まだ天界へお戻りじゃなかったんですか!?』

『帰ってませんよ。まだ仕事が残ってますから。社に戻ったら報告書書かないと。』

『何の仕事をしてるんですか?』

『うん、まぁぶっちゃけ、職人?それより片翼君、僕は今からこの子と話がしたいんです。しばらく静かに見守ってもらえるかな?』

にっこり笑う大天使の顔は、どこか含み笑いをしている。

はぁと片翼のミカエルは肩をすくめた。


改めて大天使はマイクと向き合った。

「お兄さん、こう見えてもパティシエしてるんだ。」

職人ってそっち系・・・。てっきりガテン系かと思った。

こほんと、大天使は咳払いをすると先を続けた。

「お菓子の世界も新作発表会やら、コンクールやらあってね。お兄さんのとこは、代々それが有名なお店なんだ。」

マイクは大天使の顔を見つめてじっと話を聞いている。

「今日も品評会に出したんだが、先代の味の方が美味しかったと言われた。斬新な発想で望んだんだが、受け入れられなくてね。腕が落ちたとかさんざんな言われようでさ。落ち込んでいたんだよ。」

そう言って大天使は川面を見ながら苦笑した。

「あまりにも、腹が立ったから先代であるおやじにそれぶつけたらさ、逆に俺にも同じ時期があったんだー!それくらい自分で乗越えろって、怒られちまって。」

マイクは、黙って聞いてはいたが、少し考えていたようだ。

先ほどの泣きそうな顔とは少し違ってきている。

「思えば、お菓子なんて遥ずっと前からあって、こんなに種類がたくさんあるのは昔っから受け継がれてきた伝統を大事にするのと、それとは別にいろいろな工夫をするのを惜しまなかったからなんだな。お兄さんのあがきなんて、ちっちゃい事なのかなぁ。ー・・・あぁ、くだらない話につき合わせてごめんね。」

大天使の瞳は優しかった。

「最後に、いい事が一つだけあってさ。おやじと話した事でお互いようやく心が通えたっていうか、解りあえた気がしたんだ。君も何かに悩んでいるようなら、同じような人と話をしてみるといいよ。」

マイクは、その言葉に何かを思ったようだ。小さく頷いた。

「お兄さん、お菓子つくり、がんばってください。」

マイクはにっこりと笑った。

「あぁ、新作が出来たら食べにおいで。」

そういって彼は、マイクにお店の場所を書いたメモを渡した。

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