不運→幸福
今回は前回に行ったアンケートの結果を反映しております。
その日、犬走椛は己の不運を嘆いていた。
朝、何故か寝坊し仕事には遅刻。急いでいたので朝食も摂っておらず、哨戒任務に必要な剣も忘れるという始末。
散々怒られ、剣を借りながら仕事をすれば、やれ博麗の巫女だ白玉楼の庭師だと呼んでもいない来客と遭遇しまくるし弾幕勝負をさせられる。
もちろん大敗を喫し、もはやため息と同時に魂が抜けそうなほどへとへとになっている彼女。
だが天は更に彼女に不運を押し付けようというのだろうか。
へたれていると、びゅ、と一陣の風。
そしてすぐに、目の前に現れた、ぼんぼんのようなものが付いた頭襟を被っている少女――射命丸文は、椛に向かってこう言う。
「椛!にとりのところに行きますよ!着いてきなさい!」
今度こそ、魂が抜ける感覚を、椛は味わった。
「どーもー、清く正しい射命丸ですー!にとりさんいらっしゃいますかー?」
「アイヨー。もーちょいまっててねー」
椛を連れた(強制連行した)文は、そのまま河童の住処の中でも一際訳の判らないものが置いてある家に辿り着く。
扉越しに住人の河童、河城にとりに声をかければ中から待てとの返事が返ってくるので、そのまま待つことにしたようだ。
待っている間、文はふと後ろを振り向くと、椛が息を切らしてへたり込んでいるのを見る。
「あやややや。この程度でへばったのですか?情けないですねー」
文が茶化すように言うが、椛は返事を返さない。いや返せない。
返事の変わりに椛は文に死にそうな形相の顔で睨む。
真面目にヤバそうな形相で睨まれれば流石の文もビビッたようで、顔を引き攣らせる。
「・・・おーけい、本当にヤバそうなのでこの辺にしておきましょう。大丈夫ですか?」
「ぜぇ、ぜぇ、これ、が、大、丈夫に、ぜぇ、はぁ、見えた、ら・・・その目、いりま、げふっ」
「ちょ、いきなりどうしたのですか・・・おーい、椛ー?椛ー!?」
「・・・なに人の家の玄関前で漫才やってるのさ」
「にとり丁度いいところに!入りますよー!!」
二人の(ほぼ文の一方的な)騒ぎを聞きつけて、用事の終わったにとりが家から出た瞬間、文が椛を抱えながら屋内に走りこむ。
音速に等しい勢いで家に入っていった文に置いてきぼりにされ、にとりは一人、目をぱちくりさせるのだった。
「ぷはぁ~・・・すみませんにとり、助かりました」
冷たい麦茶の入った湯飲みを渡されそれを一気飲みした椛はやっと生き返っていた。
今は二杯目を飲んでいるのだが、それを見てにとりは苦笑いをし、文は呆れの嘆息をした。
「はぁ・・・いきなり押しかけて茶を二杯も飲むなんて、なかなか強かなのですねぇ」
「そうなった原因の一端が何を言いますか。というか押しかけたのも文様でしょうが!」
「まぁまぁ、私は気にしてないからさー」
がう、と文に向かって吠える椛をにとりがなだめすかす。ちなみに文は飄々と茶を飲んでいる。
なんとか椛をなだめたにとりは、ここで文に話題をふる。
「ところで、今日はどうしたのさ?」
「あぁ、椛がへたれてたせいで忘れていました」
「ヲイ」
「どうどう」
遂には剣をスラリと抜き始めた椛を、にとりは本気で押さえつける。
それに構うことなく、文は手帖を取り出しページをペラペラ捲る。
そして、あるページで捲るのをやめると、そのページをにとりに見せた。
椛も一緒になってそのページを見ると、そこには剣のようなものの設計図が乱雑に書きなぐられていた。
かなり修正されているのか、何度も文字を消した跡が残っている。
「・・・これは?」
にとりがそれを見て、これはなんなのかを問いかける。
「いえ、これは以前天狗の里の古い書簡から見つかったものを書き写したものなのです。大分古いものだったので写生に手間取りこんな有様になってしまいましたが、寸法などは問題ないはずです」
それを聞いたにとりは暫く図面を睨み、「まぁほぼ問題はないだろうね」と言った上で続ける。
「それで、これを私に作れと?」
「そうです」
間髪入れずに文が返す。
「・・・私は刀鍛治じゃないよ」
「重々承知です。ですが作れなくはないでしょう?」
言われ、にとりはたじろぐ。
確かに文の言う通り、この剣を作ることは不可能ではない。いや、むしろにとりの家の施設的には作ることは可能だ(発明品の四割に自作の刃を付けるためにそういった施設があるため)。
それを知っているから、文はにとりに頼みに来たのだ。
「なんだって私なのさ」
「まず一つに、私が人里の鍛冶屋に制作を頼めないからです。いくら人里にある程度は入れるとは言っても、刀鍛治に剣を作ってもらうことが出来るほど受け入れられているとは思っていません」
そこで一区切り。
「もう一つは・・・まぁ、いずれ話します。ただ一つだけ。これは『にとりさんにだけしか頼めない』ことだとだけ」
それきり文は言葉を発さなくなった。
そんな文の様子を見て、椛は不思議に思った。
剣を作ってもらう依頼の理由を何故隠すのだろうか。そして、なぜにとりにしか頼めないのか。
それをにとりに今ここで言わなかった理由が判らない。
そもそも剣を作るなら鬼に頼むのが一番だろう。
いくら鬼は天狗より圧倒的に位が高いとはいえ、文なら頼み込むことは出来るはずだ。それをせずにとりに頼むのは何故か。
にとりもその理由を考えていたようだが、やがて諦めたらしくため息を一つ吐いて、文の依頼を了承した。
「文様、文様」
にとりの家から帰る途中、どうしても気になった椛は文に真相を聞こうと色々質問した。
が。
「教えませんよ」
この一言で、全てはぐらかされてしまい、椛は真相を知る事がどうしても出来なかった。
ただ一つ判ったのは、今日の自分はとことんまで不運だと言うことだけだった。
文がにとりに剣の製作を頼んで二週間。
文の下に、にとりから連絡が届いた。
剣が完成した、と。
それを同僚の白狼天狗から聞いた椛は、ずっと判らなかった疑問を解決すべく、文に剣の受け取りの同行の許可を求めた。
最初は拒否されるかと椛は思っていたが、意外なことに文はそれを許可。
それどころか、文自身が椛についてくるように言ったのだ。
予想外のことに驚きを隠す事が出来なかったが、断る理由も無い。
こうして文と椛はにとりの元へ向かった。
「待ってたよ」
にとりの家を訪ねれば、待ちきれなかったのかにとりが家の前に立っていた。
家の壁には、恐らく文が渡した設計図を基に作られたであろう剣が立てかけてある。
鞘の上から見てだが、椛はその剣が素晴しいものだというのはすぐに判った。
文は挨拶もそこそこに、剣を手にとる。そして、それを鞘から抜いた。
その刃は直刀両刃。椛が今使っている愛用の剣とほぼ同じ形である。
違うのは鍔の部分。椛の剣は何の変哲もないものに対し、文が持っている剣の鍔は柄が入っているようだ。
鍔のあたりは丁度文の影になってちゃんと見えないので詳しい柄が見えないのが残念だ。
ここでふと、設計図に柄なんて書いてあったっけ、と椛は思ったが、そこよりも他の数字などを重点的に見ていたために思い出せなかった。
そんな椛を置いて、文は何度も剣を見て、一度頷く。
「・・・素人目ではありますが、素晴しい剣です。これなら何の問題もありませんね。ありがとうございました」
にとりに向かって頭を下げる文。頭を上げるとスカートのポケットを漁り出す。
恐らく謝礼を払おうと思っているのだろうが、それをにとりが制した。
「あぁ、お金とかは要らないよ。その代わり、私の戯言を聞いてくれるかい?」
「え?・・・えぇ」
きょとんとする文と椛を余所に、にとりはいきなり核心を衝く一言を言い放った。
「文。この剣、椛のために設計したんだろ?」
何を言ったのか、椛にはすぐに把握できなかった。
それだけ、椛にとって衝撃的な内容の一言で。
だが、文の様子を、今まで見たことのないような驚きの表情を浮かべている彼女を見れば、にとりの言った言葉は正解なのだと、本能的に理解できた。
「・・・その、心は?」
声を僅かに震わせながら、文がにとりに問う。
「なんで文が剣を必要とするのか。いくら古い書物から書き写した設計図とは言えあそこまで汚くなる理由にはならない、ならばあそこまでどうして汚くなるのか。椛が入る時に言わなかった、もう一つの理由は何か。――色々推測したのさ」
文を見据えながら、にとりが続ける。
「文は剣を扱わないし、多分扱えない。ならば剣を所望するはずがない。ならばこの剣は何のために作るのか。あそこまで設計図が汚くなるほど考えて作ったということは、相当大事な代物。とくれば、誰かにあげるものじゃないかと推測できる。あとは椛が居る時に理由を言わなかった・・・よって、この剣は椛にプレゼントしようと思っているのではないか、とね」
にとりの回答が全て終わり、暫く黙っていた文は、大きく息を吐き出すと両手を上げた。
「降参です。その通りですよ」
文は手を下ろしてから椛の方を向く。そして、微妙に頬を赤らめながら白状した。
「ばれちゃあしょうがありません。元々普段から迷惑をかけている自覚はあったので、ここらでご機嫌をとっておこうかな、と思いまして。そこで何かあげようと思ったときに、書簡で剣の設計図を見つけましてね」
どうやら剣の設計図があったというのは事実のようだ。
流石のにとりも本当に設計図があるということは推測できなかったらしい。
ともかく、と文は続ける。
「確か椛の剣は数十年、手入れをしながら使っているはずなので、丁度いいと思ったのですよ」
そして、何日かかけてその設計図を基に椛が扱いやすいようにと設計して。
「私にその設計図を持ってきて作らせた、と」
「その通りです」
一度にとりの方を向いて、すぐに椛の方を向く文。
その顔は真面目そのもので、嘘も冗談も混じっていないことが良くわかる。
「・・・貴女に喜んでもらおうと色々隠していましたが、結果的にそれが更に貴女に迷惑をかけたようですね。すみませんでした、椛」
そう言って、椛にも頭を下げる文。椛はすぐに文に頭を上げさせて、どうしても判らない最後の疑問の答えを聞き出す。
「何故、剣をにとりに作らせたのですか?どうしてもそれだけ判らないのですが・・・」
それを聞いて、にとりが「おいおい」と突っ込む。
「私は椛の親友でしょうが。誰か判らないような刀匠の剣より、親友が作った剣の方が喜んでもらえる、と思ったんじゃないの?」
「あぁもう、全部にとりさんが言っちゃってますね!」
文がにとりに向かって大声を出すがにとりはそれを無視。
「あとは、椛がどうするか、だよ」
それを言って、にとりは自宅の中に入っていった。
取り残された文と椛の間は暫く黙っていたが、意を決した文が、剣を鞘に戻してからそれを椛に差し出す。
「全部にとりさんに言われてしまいましたが、これは私からの、椛に対しての気持ちです。どうするかは椛が決めてください」
そう言われて、椛は。
「・・・文様が設計して、親友のにとりが打ってくれた剣を、どうして受け取らないわけがありますか」
文の手から、その剣を受け取った。
「謹んで、拝借します」
「・・・ええ。ありがとうございます」
椛が剣を受け取ってくれたために、文は満面の笑みを浮かべた。
そんな文の表情を見てから、ふと剣の鍔の細工を見る。
「こっそりにとりさんに注文しておいて、正解だった、でしょうか?その細工は」
文のこの問いに、椛は笑みで答える。
それは、綺麗な色石を使って作られた、紅葉だった。
その日から、椛が携帯している剣が少し派手になった。
それと同時に、文への態度がかなり軟化したのまでは、あまり知られていない。
どうも、いつも以上にgdgdが激しく感じる5話、どうだったでしょうか。
今回はアンケート結果の文と椛、そして勝手に付け加えたにとりで書いてみました。
意外とすぐネタと終わり方は考え付いたのですが、道中が全然思いつきませんでしたw
まる1日考えてどうにかこうなりました。ハイ。
以上、ウィザードでディケイド復活にヒャッハーしてるもやしでした。