- 1 「スカウティング系女神との出会い」
経済の仕組みというものは実に複雑かつ難解な問題であるが、
俺が住む東アジア所属の小さな島は移りゆく時代の中でそのモデルを変化させ、
日本という国を良くも悪くも成り立たせてきた。
太古の石を削った銭や米の石高を競った時代はともかくとして、
現在の日本社会の中心となっているのは間違いなく『カネ』と呼ばれる紙切れ・コインであり、
これらが必要最低限ないと世知辛い現世を生き抜くのにまっこと困難であることは
高校二年生の俺でも分かる世間の常識だ。
例えば、これから迎える長い夏休みを持て余さない為に今日購入したギャルゲーソフトたちも、
その帰りに食ったチャーシューとニンニク増し増しラーメンも
カネという対価を支払って手に入れたもの。
お金ってのは本当に大事なんだなぁ~と、しみじみ痛感した俺こと向井秀徳であった。
……まあ、つまり何が言いたいのかというと。
「財布を無くした」
現在、学生寮の自室。
無駄に日当たりの良い部屋だったことを後悔するほど部屋が蒸し暑くなった午後の二時半過ぎのことだ。
フローリングの床に汗が染み込んだTシャツを脱ぎ捨て、
ズボンの尻ポケットをまさぐり、持っていったバックを逆さにし、
挙句パンツ一丁にあぐら姿になっても、
俺の財布様(まさかの四万円入り)が絶賛遭難中という事態に陥っていた。
落ち着け……冷静に考え、そして思い出すんだ……。
朝、電車にて街へ向かいエアコンの利いた銀行へ。
夏休みを俺が生きていく為の親からの仕送りが届く日ということで
食費と遊興費に充てられる五万円を下ろした。
その後、熱気が嫌に立ち込めるアニメショップに入り新作のギャルゲーをゲット。
少し遅くなった昼食を行きつけのラーメン屋で済ませ電車に乗り帰宅。
夏の日差しがカンカンに照る中、
あんまり外を歩き回るのも嫌だったのでやったことといえばその程度だ。
帰りに電車の切符を買ったんだから、駅まで財布は存在したことになる。
なら落とした可能性があるのは電車内、もしくは降車後の駅からの帰宅ルートが濃厚だ。
というわけで、また汗がついたシャツを着直し、
帰宅ルートを早歩きで探し回ったものの結局財布様は見つからず。
駅にもこれといった落し物は届いてないらしく、見事に手詰りというわけである。
とんだ無駄足の後、自室に帰れば午後の四時。
適当に服を着替えたあと、
無駄に疲弊してしまった体を自室のベッドに投げ出して今後のことを考えてみることに。
夏休みはまだ30日ほど残っている。しかし、資金はゼロ。
親からの仕送りは消え去り、冷蔵庫に残された食料は一週間持たないうちに消滅するだろう。
実家に泣きの電話でも入れようかと思ったが
そういえば二週間だか三週間に渡る海外旅行だかで留守にしていることを思い出しアウト。
寮の誰かに金を借りることも考えたが、アテになりそうなやつは全員帰省中。
……まずい。このままでは驚異の一ヶ月断食ダイエットを敢行するハメになる。
ギャルゲーを返品する? 多少の金の足しにしはなるかもしれないが、
30日という膨大な時間をどうやって過せというのか。
それこそ暇すぎて死んでしまう。……となれば答えはひとつ。
「バイト……かなぁ」
そんなわけで俺はベッドに横たわったまま携帯を手繰り寄せて大手バイト求人サイトにアクセスする。
そうだなぁ……短期で日払い、高校生可、まかない有りだと嬉しいし、ついでに駅から近いといいな。
なんてムシの良い条件を入力すれば検索結果はゼロに決まっている。
そもそも高校生可のバイトってのはなかなか数が少なく、
自転車すら手元にない俺が通える範囲だって限界がある。
うーむ、どっかに三食飯付きで高校生可。
ついでにギャラも良い仕事があればなぁ。と思っていたら事件は起こった。
来客用のピンポ~ンというベルが鳴った。……いや、鳴りすぎている。
「あります! 高校生可、ギャラ良し、飯付き、フリー家業なので好きな時間に働けます!ぜひ、お話だけでも!」
という女性の大声にドアを殴りつける音が加わり、そこに連打されるチャイム。悪魔の三重奏だ。
もちろん、自宅セールスはノーセンキューだし、借金を取り立てられる記憶もない。
だが、あまりにやかましいので玄関のドアを開けて追い払うことにしたのだが、玄関を開けても誰もいない。
「ここです! もっと下です!」
……違う。人がいなかったわけじゃない。
その来客があまりに背が低くて俺の視界に入らなかったのだ。
俺の顔を見上げるようにして小学生ぐらいの背の低い少女がそこにいた。何故か、ビジネススーツを着ていて格好だけならセールスマンのようだが、
「貴方にとっておきの仕事をご用意します! その前に冷たいお茶でも一杯ご馳走してください!」
俺は何かを感じ取っていた。
目の前にいるコイツは――普通のセールスマンよりずっとヤバい、と