進路調査 その3
走馬灯っていうのをご存知だろうか?よく死ぬ前に見るといわれる、何か過去の思い出を駆け巡っていくというアレだ。
今俺は、走馬灯っていうのを体験しているらしい。
吉岡との初めての出会い…
普通ちゃんからのバレンタイン…
安海さんの家庭教師…
綾ちゃんの食いしん坊(性的な意味で)万歳…
全て嫌な思い出がディレクターズカット版で脳内再生される。
さすが現代の編集能力。
そんな事を考えていると次のトラウマが再生される…。
「先生にとって数字とは何ですか?」
ある日の数学の授業。あまりにも退屈だったのか、吉岡がそう訪ねた。
訪ね先は木村。
いつもなら怒られて終了なやり取りなのだが、この日は一味違った。
「何だ?面白い事を聞くじゃないか。良いだろう、答えてやろう。」
木村がノッてきたのである。
まさか過ぎる展開に、一同呆然。
「数字というのは、奥深いという事を忘れてはいけない。例えば、1と0が並んでいれば10という数字になるんだ。一つのものと一つのものを合わせれば新しいものが生まれる。足し算なんてのは………」
なんかメッチャ語りだした。
そのまま語り続けて授業終了のチャイムが鳴り響く。
「おっと…もう終わりか。じゃあ、今日はテスト無しだな。」
その瞬間、話なんて聞いてなかったクラスの9割近い生徒が喜び(俺も含む)吉岡に熱い視線を送る。
当の吉岡は、まるで伝説の勇者が大魔王を倒した後、最初の街にて凱旋パレードをしているような顔をしていた。
「じゃあ、明日は今日の話を踏まえたテストを行う。落第ならば課題は通常の3倍にするから覚悟しとけ。それじゃあ、日直。」
空気が凍りつきました。
本日の日直である安海さんが号令をだす。
木村が退場すると、吉岡の凱旋パレードは生け贄の儀式に姿を変えておりました。もちろん俺も参加です。後に吉岡氏はこの儀式を振り返りこう語りました。
「気持ちよくパレードしていると、今まであった観客の歓声が、いきなり全てザラキに変わった感じ。」
嫌な事件でしたね。
翌日の数学では本当に数字に関するテストがあった。
問題はたった1問。
「1+1=2という数式に作者が込めた思いを述べよ。(1500字以内)」というシンプルかつ意味の分からない問題になっていた。
そんなテストであった為に、合格者はたったの2人。
1人目は安海さん。1500字に渡る文章を作成し、木村から文句無しの満点だと言われていた。
後で安海さんに尋ねると、「あの時、大半がこの話だったって知らなかったの?」
こいつ…あの授業を聞いていただと…?
驚愕が顔に出ていたのか、安海さんに呆れられてしまった。
そして2人目は、普通ちゃん。
これに関しては、異議を唱えざるを得ない。
普通ちゃんは普通なのだ。普通以上の事を期待出来ないのだ。訳分かんない問題がでたらボケちゃう様な女の子なのだ。
「おっすー。何か合格しちゃった。そっちはどうだった?」左手に答案を持ち、普通なテンションの普通ちゃん。
「お前はそっち側の人間だったんだな…残念でならないよ…。来月には普通認定試験が控えてるというのに…。」残念がる俺。
「そっち側って何さ!?私だってやればできるんだよ!」
「んじゃあ、答案を見せてくれ。見せてくれないと、人類を補完する計画が始まってしまう。」
「それは駄目…ってマジで!?」
「はい没収~。」
動揺している普通ちゃんから、答案用紙を奪い取る。
答案用紙には一言。「考えるんじゃない。感じるんだ!」と記載されてる。
「いやー何もいい答えが浮かばなくてさー。時間も無いしついついボケのつもりで書いちゃったんだよねー。」
僕達の普通ちゃんは死んでなかった…感動して思わず涙ぐむ俺。
「ちょっ!?何で泣いてんの?」
「人っていうのは、安心すると泣いちゃうんだよ。」
「あぁそうなの…?でも大丈夫なの?課題3倍だってよ?」
「何とかするしかないだろ。」
「そうだよねー。ところで話変わるけど、人類を補完する計画が始まったら、私エンディングで気持ち悪いって言わなきゃダメかな?」
「ちゃんと首を絞めてやるから安心しろ。」
そんなやり取りの数分後、シャレにならない課題が襲いかかってきたのだった。
1と2の間にある溝を埋める方法を述べよ…とか、1と0を組み合わせて10になる為にはどのような過程があったか述べよ…とかいう問題を30問。提出期限は1週間。提出しないと、夏休みに予定されている数学強化合宿(期間は夏休みの半分以上)に強制参加との事だ。
仕方ないので、課題をこなそうと朝から晩まで数字の事を考え続けた。ずっとずっとずっとだ。何か1が可愛く見えてきた…。え?何だろう…この気持ち…?まさか俺は1の事を………?いや、ダメだ。1には0がいるんだ。俺より0を必要にしているんだ…。
課題が出てから3日経った現国の授業中、吉岡から何時になく真剣な表情で話しかけられた。
「俺、昨日0にコクられたんだ。」
驚きと共に、俺の中に怒りの感情が渦巻く。しかし、ここで怒っても意味がない。努めて冷静に吉岡に聞き返す。
「それで?」
「俺は…0と付き合おうと思っている。」
バシッ!!気付いたら吉岡を殴っていた。溢れ出る思いは止められず口を開く。
「吉岡…お前はそれでいいのかよ…?お前は1の思いを知ってるだろ!応援するって言ってたじゃねーかよ!!」
言った後に後悔をする。そんな事は吉岡だって分かっているはずだ。
吉岡は殴られた頬を抑えながら、「分かっているよ。1がどんな気持ちなのか…。1の事を考えたらこんな事言えるはずがない。ただな、俺はもう知っちまったんだ。1は0以外の誰かを必要としているって事をさ。」
おい…何だよ?待ってくれよ。
待ってくれない吉岡。
「お前にとって1とは何だ?まぁ0からしたら、1とお前の間に入っていくなんて事は出来なかったろうな。第一お前…」
やめろ。それ以上言うな。やめろやめろやめてくれ。それを聞いちゃマズい。
「0と俺が付き合うって言った時に内心ほっとしただろ?」
言われた瞬間、胸を貫かれる程の衝撃が走る。そして、頭にも衝撃が走る…アレ?
「ストップだ。何してんだお前ら?授業中だぞー。」
担任であり現国を教えている先生に注意される。
先生は、こんなクラスの担任を勤められる程の変なやつへの適応力があるというのに、未だに名前が浸透していない。確か伊藤だったような…?
「とりあえず廊下で頭を冷やせ。後、俺の名前は鈴木だ。何回忘れるんだ。」
こちらの意図を察したかのような自己紹介。あぁ、鈴なんちゃら先生だ。覚えたぞ。
とにかく、連日の数字漬けのせいで起こった弊害により授業を無茶苦茶にしてしまった。
ひとまず、言われた通り吉岡と二人で教室を出ようとした時に、チャイムが鳴り授業が終わる。
ふと気付くと、安海さんがこちらを見ている。ん?何だ?ジェスチャーか?
えーと、「お前らの…茶番の全てを…録音させてもらった…ここのボタンを押せば…全校放送で流れる…?」
遠くで、鈴なんちゃら先生が「近い内に進路調査を行うぞ。抜き打ちでやるから覚悟しとけよ。」
とか言ってた様に聞こえたが、そんな事どうでも良くなるような安海さんの悪い笑顔に、今後の学校生活への不安が募るのだった…。
「……えーと…大丈夫ですか?」
何分こうしていたのだろうか。何者かに声をかけられて脳が覚醒していく。
気が付くと、目の前にこちらを覗きこんでいる女の子がいた。
女の子を見た途端に、今までの記憶が甦る。
「あ…やっと気付いた…。大丈夫…?」
「大丈夫です。軽く走馬灯を見ていただけだから。」
「…大丈夫じゃなくない…?」
「いやいや大丈夫です。な?吉岡。」
「ああ。全然大丈夫ですよ。」
いつの間にか復活していた吉岡により九死に一生を得る。
「…そうなんですか…?なら良かった……ところで…こんな所で何をしてるの…?」
訂正します。九死に一生を得てませんでした。
Q:あなたはここで何をしていましたか?
A:女の子の泣いてる姿を覗き見て、軽くトリップしていました♪
…導かれる答えは一つ。100%ポリスメンのご厄介になっちゃう。
何とか話を変えないと…そう思っていると吉岡が口を開いた。
「俺達はこの近くを歩いていた時に、めっちゃ光る何かに導かれてここにたどり着いたんだ。」
まさかの電波発言でした。いやいや無理でしょ?絶対乗りきれないよ?
女の子引いてるよ?ほらー口パクパクしちゃってんじゃん。
「…それはまさか…暗黒界に残る一筋の光…?」
おいおい嘘だろ?ダブル電波か?二重電波ですか?無理だよー帰りたいよーもうヤダよー。
「俺達にもまだ分からない…。ただここにたどり着いた時に、光は消えてしまったんだ…。なぁ、お前も見たろ?」
話をこちらに振ってくる吉岡氏。
バカなんじゃないの?マジで。
「…あなたも見たの…?」
もう完全に追い込み漁状態だ。
「お…おう。」
とりあえず頷いておく。この位なら罰はあたらないはずだ。
一刻も早く話題を変えたい為に、勢いで話を切り出す。
「俺達はそんな感じだけど、君は何をしてたの?」
「…進路調査…。」
なるほど。だから数学の木村と一緒だったのか。しかし、これ以上聞くのは流石にデリカシー的にアウトでは無いか…。
「進路調査?進路調査で普通泣くか?」
「はい吉岡君ちょっとおいで~。」
緊急収集をかける俺。コイツにはデリカシーについて小一時間問い詰める必要がある。
「吉岡君よ。君は何を言ったのか分かっていますか?」
「何って?ただあの子が泣いてたって事をあの子に伝えた………テヘ♪」
「何で言っちゃうんだよ!?どうすんだよ!ってかテヘ♪って何だよ!!」
「まぁまぁ、俺に任せたまえよ。何とか穏便に済ませるからよ。」
「本当に大丈夫かよー。」
相当な不安を抱える俺。乗り込める船が泥船しか無いこの状況で、本当に大丈夫なのだろうか?