進路調査 その2
放課後というものは、来ないで欲しいと思う人に程訪れるのが早いと思う。二度寝をした時の早さと同じである。時間のツンデレ現象とは正にこの事。どうでもいい時間は長く感じて、大切にしたい時間程早く過ぎ去る。次の擬人化は時間で決まりだな。
そんな事を考えていると、職員室の前に到着。握りしめた進路調査の紙には堂々とした文字で「大学進学」と記載してある為、先生からの尋問を受ける事は無いだろう。
ちなみに、進路調査未完成組だった吉岡は俺より先に書けたのか「やっぱこれしかないな…。」と呟きながら職員室に行ってしまった。
あまり職員室というものが得意ではない俺としては、誰かと一緒に行きたかったのだが、残りの未完成組メンバーの顔ぶれを見ると一人の方が楽であると判断し現在に至る。
こうなると、いかに早く進路調査を提出して脱出ルートを確保するかが重要になってくる。
まずはノック。ここで8割方勝負が決する。大きすぎない音かつ小さすぎない音でノックをして、悪目立ちをしないようにする。
これがうまくいけば後は、「普通に職員室に用があるんですけど?何か顔についてますか?」面で目的を淡々とこなせばいい。
要するに、全てはこのノックで決定するようなものだ。
全神経を集中させてノックをする。
「コンコン」小気味良い音が響き渡る。
作戦は成功だ。静かに扉を開け一言。「失礼しま「先生。進路調査というのは、自分から背負う十字架だと思うんです。だからマッチョになるための十字架を背負うべきだと思うんです!」した。」
現実ってのは末恐ろしいぜ…。見てみろよあの吉岡の顔…本気の目をしてやがる。
何も無かったように「にげる」コマンドを選択しようとした瞬間
「見てくださいよ!あそこにいるのは火星人になりたいって言ってる奴ですよ。オーイこっちに来て一緒に説得してくれ。」
しかしまわりこまれていました。
仕方なく近づいて行くと、「お前は書けたのか」と先生。
「はい。」進路調査の紙を手渡す。「よし。じゃあ行っていいぞ」
「ありがとうございます。」
ミッションコンプリート。
「うぉい!!裏切りかよ!お互いの夢を語り合う異文化コミュニケーション推進部を立ち上げる約束を忘れたのか!」
そんな約束はしていない。
大体お前のマッチョは、異文化として認めていいのか?
「あーうるせーぞ。アンプ内蔵型5wスピーカー野郎。今日はもういいから早く帰れ。明日の朝提出するように。」
「失礼しました。」
現在時刻は5時。職員室に入ったのが4時30分だったので、30分間程滞在していた事になる。
早く帰れ。と言われながら、その後もマッチョがうんぬん部活がうんぬん語っていた吉岡のせいだ。最終的には、保健体育担当のオネエ教師である綾ちゃん(源氏名。本名で呼ぶとめっちゃキレる)に「これ以上騒ぐと、あたしのプライベートルームにご招待するわよ♪」というバルス並の破壊力(貞操的な意味で)により撤退を余儀なくされた。
そんな訳で、帰り支度をしようと二人で教室に向かっていると、空き教室から男女の話声が聞こえてきた。
「本気なのか?」男性の低い声。教師だろうか?
「………………はい。」消え去りそうな女性の声。
「何だ?修羅場か?」吉岡は素早く物陰に身を隠し、聞き耳を立てている。
「オイ。あんまり詮索しない方がいいって。」
「いいからお前もこっちに来い。誰か出てくるぞ。」
無理矢理腕を引っ張られ、物陰に隠れる。数秒後に男が出てきた。
「数学の木村か。」
その男は、数学教師である木村だった。この学園の教師陣の中でも一二を争う堅物である。教師陣からの支持の声はあるようだが、生徒内からはあまり無く、「次の授業数学じゃね?マジだりーわー。アイツの授業しんどいんだよ。」って言われている。原因としては、毎回の授業でテストを行い、その結果により課題がたっぷりでる為ではないかと推測される。
「これは…ものすごい情報を手に入れたのではないかね。ワトソン君。」吉岡は一人で興奮している。
「いや、ワトソンじゃねーし。とっとと帰ろうぜ。」
「バカかお前は。女の方をチェックしてないだろーが。」
吉岡はそう言うと、空き教室を覗きこんだ。「……………」そして黙りこむ。
「おい。どうしたんだよ?」
「………………」
返事が無い。ただの屍のようです。
恐る恐る吉岡の目線の先を確認すると…。
夕焼けが窓ガラスを照らしている中、窓際の席に女が一人。持っている紙をくしゃくしゃにして、悔しそうにただただ泣いているのだった。