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執筆練習、短編集

義理で遊びでごっこなチョコの、小さな主張

作者: 結川さや

バレンタイン記念SS。お気軽に読んでやってください。

「……ずっと前から好きでしたっ!」

 頭は下に、両手だけを伸ばして差し出す包み。それは今日という日にふさわしい、ピンクの包装紙とリボンでラッピングされた小箱、イコール愛の告白を象徴するチョコレート、である。

 かすかに震える手とその表面にかく汗は、ミトンの手袋に包まれて見えない。赤く染まったあたしの頬も耳も、ゆるゆる広がる天パの髪で見えなかったらいい。祈るような想いで答えと反応を待つあたしの掌から、軽くて重い箱は消えた。目当ての人物が受け取ってくれたのだ。

「――で、俺は何て答えたらいいわけ? やっぱここは、『じ、実は俺も……』とかなんとか、頬を染めて告白し返さなきゃなんないってパターン?」

 寒くて寒くてぶるぶる震えながら買った自動販売機のココアが、『つめた~い』だった時くらいの悲しく冷たい声音。それが、目の前の相手――エンドウシュウサクの返答であるらしい。あ、一応言っておくけれど、かの有名な文豪、じゃなくってあたしの幼なじみ、兼クラスメイトの円藤秀作のことだ。

 グレーのニット帽を被った頭を掻いて、その嫌味なくらいにいつも冷静沈着、かつ整った容貌を全く崩すことなくこちらを見下ろしている。

「もー、秀ちゃんってばつまんなーい! つまんなさすぎるっ! その落ち着き、もはや老人の域だね。あっ、ていうより修行僧? 秀ちゃんいつの間に仏門に入っちゃったのお?」

 むう、と唇をとがらせ、あたしは抗議した。何に対する、かというと、もちろん可愛い幼なじみの望む反応を返してくれないことに、である。

「つまんない、と言われてもね……ま、これが俺の性格だし。そんなの生まれた時からそばにいて熟知してるだろ」

 愛想のカケラもない。ついでに言えば取り付く島もない無表情。それでもあたしはめげない。これまたついでに、学校帰りの小学生やら近所のご老人やらがわやわや和み遊ぶ公園の中で、ちょっとばかし注目を浴びていたって気にしないのだ。だって、なんといっても今日は一年に一度の大事な日なのだから。

「ダメダメッ! そんなに老成してちゃ、十六のピチピチ男子高校生とは言えないよ? ちょっとはこう、遊び心ってもんがなきゃさ!」

 ニッと笑ってもう一度チョコの包みを取り上げるあたし。「またかよ」と嫌そうな顔で口元をゆがめる秀ちゃん。けど、何度でも言うようにあたしはめげない。

 百八十センチの長身を相手にしているから、どうしたって見上げる格好になってはいる。二十五センチはあるその距離が正直、悔しくて悔しくてたまらなかったりもする。でも。

 そんな内心のモヤモヤなんて吹き飛ばす勢いで、あたしは人差し指をビッと立てた。

「老成って……」とか「ピチピチって……」とか、なにやらつっこみたくてたまらないらしい低音の呟きは軽くスルーして、再チャレンジだ。咳払いして、ラブリーなもこふわマフラーの結び目と、北風に乱される前髪、はたまた雪うさぎみたいに真っ白なコートからチラ見えする制服のスカートの裾まで整えた後。あたしは自分の中のあふれそうな想いをチョコと同じハート型でイメージして、キラッキラおめめまで作り上げてから、秀ちゃんを見つめた。

「い、一年B組出席番号3番、円藤秀作くんっ!」

 あたしの乙女モード100パーセントボイス、ではなくて、どちらかというとまた「出席番号って……」のほうに注目したらしい彼は、それでも微妙な顔で「ハイ」と返事する。

「ず、ずっと……」

「ハイ」

 ここは『タメ』だ。タメ口のタメじゃなくて、思いっきりためてためて焦らす作戦だ。

 ほらほら、早くあたしの告白を聞きたくてウズウズしてる秀ちゃんの目。……って、早く帰りたいからなんて思っちゃいけない。あたしの愛を、このドキドキを受け止めたくて仕方がない姿を想像するのだ。いいかげん、薄いのに意外と綺麗な色合いをした唇が動く前に、あたしは勝負に出た。

「ずっと……お慕いしておりましたっ!!」

 ピュウウ、と漫画の背景に書いてあるような北風の音がした。うすら寒いそれが二人の間を通り抜けて、秀ちゃんの肩がガクリと落ちる。

「いつの時代――」

「遅ーいっ!」

『お』と『そ』の間に思いきりスペースを空けて、あたしが叫ぶ。手には持ってないハリセンで、頭をはたく真似まで忘れなかった。

「殿かよ! とかさ、せめて、いつの時代やねん! とかさーっ! もっとこう、スピーディーにつっこんでくれなきゃ! あ、じゃなかったらあれね。『わたくしもでございます、姫!』とか片膝付いて言った後の乗りツッコミでもいいよ? あーん、やっぱまだまだ道のりは長いね、秀ちゃん。もっとはじけてはじけて!」

 肩を突付いて指導してあげる間、ひくひくと秀ちゃんの頬は動いていて。

 そろそろ日も落ちかけている時刻、砂場と滑り台とブランコの三角形に挟まれたベンチ前で、買い物帰りらしい奥様二人組にもくすっと笑われたのを見て取って、それは限界を迎えた。あ、言うまでもなく――秀ちゃんの堪忍袋の話である。

「……いいかげんにしろっ、キムラヨシノッ!」

 フルネーム。そのどこぞの女優さんと全く同じ響きに、鼻を垂らした小学生まで振り向いた。

「あ、お、怒った?」

 両手を前に出して、ドウドウ、のポーズをしてみるが、時既に遅し。秀ちゃんの額には、見事な青筋が。

「怒った? だと?」

「え、えーと目、据わってますけど……」

「ものすごい緊急の用事だとか絶対来てくれなきゃ死んじゃうとかこの世の終わりだとか、どこぞのはた迷惑な幼なじみがわめくから、仕方なく部活早退して付いて来てみればこれは何だ? 何の真似だ? お前は一体何がしたいんだ! 嘉乃よしのっ!!」

 ハイ、あたしは木邑嘉乃デス。秀ちゃんの好きな大人美人、女優のヨシノさんじゃアリマセン。

 全然関係ないことを思いながら、あたしはペロッと舌を出した。あくまでも愛らしいそぶり――のつもり、なんだけど。

「恋の告白ごっこですっ! 殿っ!」

「殿じゃないっ!!」

「お、今のツッコミ、タイミング抜群――」

「うるさいっ!!」

 敬礼して答えても、笑顔で褒めてみても、もちろん秀ちゃんの機嫌は回復するはずがなく。

 くるりと背を向けて、そのすばらしく長い足を生かしてどんどんあたしから遠ざかっていってしまう。

「待ってよお、秀ちゃ~ん」

「待たない!」

 竹刀袋を肩にかけた殿は、さっさと公園の出口へ。追いかけるあたしと逃げる秀ちゃんを、砂遊び途中の幼児がぼんやり眺めている。口を開けたあどけない顔に、あたしはブイサインを向けてやった。

 ――ふっふっふ、こんなことでめげるあたしではなーいっ!

 これまでも繰り返し固めてきた決意を、覚悟を、もう一度胸の中でリピート。秀ちゃんを追って走りながら、チョコの小箱をぶんぶん振った。

「ねーえ、これまだ受け取ってくれてないよお? 秀ちゃん、秀ちゃんってばあ、愛のチョコレート――」

「でかい声で叫ぶなバカ! 誰が受け取……」

「もらってくれるまで叫ぶもーん。殿っ! わたくしの命を懸けたお方! 嘉乃は心からあなたをお慕いして――っ、モガモガモガーッ」

 最後は手袋をした大きな手で口を塞がれて、それでもわめこうとしたあたしを睨みつけて、秀ちゃんはピンクの箱をぶんどった。取るやいなや、カバンに突っ込む。

「ほらあ、欲しくてたまらなかったんじゃない。やーね、秀ちゃんってば照・れ・屋・さんっ」

 ちょん、と鼻を軽く突付くあたし。先ほどとは逆の頬をひきつらせる秀ちゃん。

 ピュウウ、と漫画の背景のような音の北風が――以下、略。

「お前は……っ、どんだけ言ってもわからないみたいだな」

 額に青筋。学校でも近所でも『穏やかで優しい優等生』で通っている秀ちゃんの本音の顔に、あたしはにんまり笑う。

「何だよその顔は。俺は今怒って……」

「それでもいいんだもーん。秀ちゃんの怒ってる顔も怖い顔も冷たい顔も、そんでもって笑ってる顔もだーいすき! だからさっ」

 満面の笑みで言い切るあたしを見て、さすがの秀ちゃんも絶句――じゃなく、頬が赤くなって……?

「しゅ、秀ちゃん? もしかして照れてる? 照れてる? 今、思いっきり照れてるー?」

「うるさいっ!! 気が済んだらさっさと帰るぞ! もう暗くなるんだから」

 早く来い、と言わんばかりに背中を向けたまま、それでも立ち止まってくれている。あたしのクールで優しい幼なじみ、秀ちゃん。

「……はいっ、殿!!」

「だからもうその遊びは終わり!」

「はーいっ! 寒くなってきたから続きは秀ちゃんの部屋でねっ」

「ちがーうっ!!」

「お、ナイスツッコミ秀ちゃんっ!」

「だから――!」

 おそらくはつっこむのも疲れたのだろう秀ちゃんが黙り込んで、会話は終了。これがいつもの、もう数え切れないくらいに交わされ続けてきたあたしと秀ちゃんの日常だ。

 でも一つだけ違うのは――ちゃんと隣で揺れるカバンの中に収められた、チョコレートの存在。義理で遊びでごっこな、そして小さな本気の主張。

「ねっ? 秀ちゃん」

「あ? 何が。いっつも言ってるけど、脳内一人トークの続きをふられても、俺には何のことだか――」

「いいんだもーん。何でもないんだもーん」

「……謎なヤツ」

 呆れたようなため息と、脱力した秀ちゃんの肩。かっちりオトコノコなラインからつながる腕に右手を絡めてみたら、見上げた先で頬と耳が朱に染まって。それでも振り払われなかったのは、バレンタインの奇跡、かもしれない。



 


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[一言] 甘酸っぱくてキュンキュンです! 秀ちゃんはやっぱり、黒髪短髪(あわよくば刈り上げ)の日本男児ですよねっ? 「生まれた時から傍にいる」とは、同じ病院で生まれたとか、母親同士が友達とか、お隣さん…
2012/02/16 15:29 退会済み
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