キックボードで、GO
初冬の寒さが厳しくなる頃、中村明人は目を覚ました。
「…うーん、今、何時?」
置き時計を寄せると、8時をまわっていた。
「まずい!! 起きなきゃ!!」
急いで顔を洗い、ヒゲを剃る。
それから着替えて、髪を整えると、冷蔵庫を覗く。
1人暮らしの大学生なので、小型の冷蔵庫だった。
「え…っと、チーズにパン。これだけでいいや!!」
後で学食をたくさん食べようと決め、パンにチーズを乗せる。
それから飲むヨーグルトをとりながら、やや急ぎがちに朝食を終える。
「ご馳走様でした」
手を合わせると、洗い物をし、部屋に戻る。
テキストをリュックにつめると、スマホをポケットに入れ、外へ出る。
「よし、飛んでいくか」
キックボードを引き寄せると、不思議なことに、宙に浮いた。
明人はそのまま足で進めていくと、どんどんと上昇していく。
「うわあ、寒っ!!」
雲に到達すると、柔らかさの中に水蒸気を感じ、身震いする。
太陽の光は電池がきれたように暗く、灰色の影が伸びていた。
「もっと厚着してくればよかった」
キックボードを操りながら、後悔すると、スマホが鳴った。
相手は恋人の花山麗だった。
動くのを止め、スマホを取り出すが、宙に浮いているのはそのままだった。
「もしもし?」
スマホに出ると、麗が言ってくる。
「ちょっと!! 早くしないと講義が始まるよ!!」
「うん、分かっている。だから今、魔法のキックボードに乗って空を飛び中」
「え…!! 大丈夫なの、見られても?」
魔法のキックボードを使えるのを知っているのは、麗とごく少数の人だった。
人間は何かないかぎり、空を見上げないので、ばれる心配はなかった。
ー空を見上げるとすれば、子どもか疲れた人だよな。
今は霧が出た朝みたいに風が冷たく、皆、俯きかぢだった。
「大丈夫。講義には間に合わせるから」
「本当? あたし、席をとって待ってるね」
「ありがとう、チュ」
スマホにキスすると、通じたらしく、麗が
「もう、馬鹿!!」
と言ってきた。
多分、顔が赤くなっているはずだと、ニヤニヤしながら、スマホをしまうと、キックボードを操る。
ーほうきじゃ古いから、今はキックボードだよな。
明人は現代の魔法使いで、他にも魔法が使えないことはないが、なるべく普通の人間として暮らしたかった。
だから急用じゃないかぎり、キックボードを使ったりすることはなかった。
「あ、見えてきた」
大学の門が見えてきて、明人はスピードをおとすと、宙から下へ向かっていく。
地面に到着すると、両足を地面につける。
「…ふう。ギリギリ間に合った!!」
よっしゃと手を上げると、キックボードを駐輪場に預けておく。
明人じゃないと魔法が効かないようになっているし、動かす自体できないようにしてあるので、手放しても安心だった。
「さて、中に入るか」
明人は急いで中に入ると、空調が効いていて、暖かった。
時計を気にすれば、あと10分である。
ー日本人は何で時間にうるさいんだろう?
不思議に思いつつも、麗が待っているので、部屋へ向かう。
明人が姿を現すと、皆、もう席についており、楽しそうに話したり、1人で何か書いていたりと、自由に過ごしていた。
「こっち、こっち!! 明人!!」
麗の声に、明人は安堵し、そちらへ向かう。
「ごめん。遅れて」
「いいよ。間に合ったんだから。誰かに会わなかった?」
「会っていないから、大丈夫」
リュックからテキストとノート、ペンケースを取り出すと、麗が心配そうに聞いてくる。
「朝食は?」
「食べた。チーズとパンのみ」
「もう!! それじゃあ、お腹がすくじゃないの!! ちょっと待って」
麗はバッグをあさると、微笑んで渡してくる。
「幸せのクッキー。明人が何を考えているか、知りたくて」
「買えたの? 不定期で数量限定なのに?」
「ふふ。あたしに不可能はないのよ」
麗は笑ってラッピングを取ろうとするが、明人が止める。
「今は駄目だ。クッキーを食べると、思ったこととが、分かるんだろう?」
「3分くらいいいじゃない。誰も気にしていないし」
「駄目なものは駄目。店長さんに迷惑をかけたくないし」
「もう、明人ったら、心配症なんだから。…しょうがない。じゃあ、これ」
次に麗が差し出してきたのは、ロールパンだった。
刻んだ卵が挟んであり、明人は喉を鳴らす。
「1個いる? …というか、1個、食べると、どんな人でもお腹いっぱいになるんだけどね」
実は麗も魔法が使えて、主に料理に関するものだった。
それも味は絶品で、明人は早速、手を差し出す。
「1個、ちょうだい」
「はい、どうぞ」
ラップを剥がし、パンを口に運ぶと、大きく一口、噛む。
生地はもちもちしており、中の卵がいい甘味と塩味をしていて、噛むごとにお腹にたまっていく。
「ありがとう、ご馳走様。げふ」
明人が礼を言うと、麗は嬉しそうに聞いてくる。
「どう? 味は?」
「麗の腕にかなうパンなんかないよ。世界中、宇宙中、探してもないよ」
そう言うと、明人はすかさず麗の頬にキスする。
つるりとしたすべらかな肌を感じ、明人と麗はにっこりと笑う。
「あ、教授が来た」
麗がバッグをしまっている傍らで、明人は膨れた腹を擦りつつ、教授を見る。
眼鏡をかけた教授の歳は、50くらい。
この教授の講義だけは、明人は楽しみにしているのだった。
「楽しみ!! 早く始まらないかな?」
教授によって、時間が速すぎるとか、遅ずきるとか、差があり、しかも内容を覚えているか、いないかも関係していた。
「教授の話、面白いもんね」
麗もにこりと笑うと、シャーペンを手に持つ。
「後でまたゆっくり話そうな?」
「うん」
2人は密かに手を繋ぐと、教授がマイクを持って話し始める。
皆、しんと口を閉じ、真剣に聞き始めたのだった。




