第一話 悪意はないよ
「悪意はないよ」
それは、怒られた側に向けた言葉じゃない。
怒らせた側が、安心するための言葉だ。
その一言で、こっちの疲れは“なかったこと”になる。
だから今日も、俺は笑って説明する。
店長が、朝礼の最後に軽く言う。
「日本語、お上手ですね」
その言葉を聞いた瞬間、口角が先に上がった。
反射みたいに笑って、反射みたいに返す。
「ありがとうございます」
ここはショッピングモールのアパレル店。
開店前のフロアは、まだ人の温度がない。
シャッターが上がる金属音に、柔軟剤と新品の布の匂いが混ざる。
トルソーの肩には春色のジャケット。
ハンガーは等間隔。
床には目に見えない緊張。
朝礼の立ち位置は、床のテープで決まっている。
そこに合わせてスタッフが並ぶ。
店長は、今日の売場の配置と、新作の押しどころと、声かけのルールを淡々と読む。
みんな頷く。俺も頷く。
「今日から入ってくれる人、紹介するね」
店長の目がこっちに向く。
この瞬間の空気だけ、いつもほんの少し違う。
期待と、好奇心と、確認が混ざる。
「えー、今日から……」
一瞬、言葉が止まる。
名前を言おうとして、飲み込んだ“間”。
俺は察して、先に名乗る。
「はじめまして。ミゲルです。よろしくお願いします」
名前は短く言う。
どうせ一回じゃ覚えられない。
覚えられない前提で、会話を進める癖がついている。
「え、発音めっちゃきれい。日本語うまいね」
誰かが笑って言う。
悪意じゃない。むしろ歓迎に近い。
だから、ここで怒るのは間違いで、笑うのが正解。
俺も笑う。
「ありがとう。日本には長いよ」
“長いよ”は便利だ。
これ以上の説明を始めさせないための、柔らかい蓋になる。
でも、蓋はいつも簡単に開けられる。
「どこ出身?」
来た。
「……フィリピン」
答えた瞬間、何人かの顔が“なるほど”みたいに動く。
その動きが、もう見慣れている。
「フィリピンって英語やろ? 英語しゃべれるん?」
──タガログ語や。
胸の中でだけ、きれいにツッコむ。
でも口には出さない。
説明を増やすと、また“外国人の話”が始まってしまうから。
「英語も少し。日本語のほうが今は使うかな」
当たり障りのない返事。
波風が立たない。
相手も安心する。
会話が丸く終わる。
俺はいつも、その“丸さ”を選ぶ。
「箸使える?」
「納豆いける?」
「辛いの平気?」
「なんで日本来たん?」
質問はどれも軽い。
雑談としては当たり前。
だからこそ逃げ場がない。
面接でも聞かれた。
入社手続きでも聞かれた。
役所でも、病院でも、どこでも。
同じ説明を、何度も差し出す。
その日の俺じゃなく、
“外国人の俺”を。
朝礼が終わる。
店長が「今日もよろしく!」と言って拍手する。
みんなが拍手する。俺も拍手する。
開店。
客が入ってくる。
仕事が始まれば、説明はいらない。
サイズを合わせる。
色を提案する。
鏡の前で迷う背中に、言葉を添える。
「その形、肩がすっきり見えます」
「こっちの色、肌のトーンが明るく出ますよ」
この瞬間だけ、俺はただのスタッフだ。
外国人でもなく、珍しい存在でもなく、
“売場に立っている人”として扱われる。
それが、少しだけ救いになる。
でも救いは長く続かない。
休憩室に戻ると、また始まる。
「ミゲルってさ、家では英語?」
──家ではタガログや。
でも口には出さない。
「家では色々かな。日本語も多いよ」
また、丸い返事。
また、笑顔。
また、無事に終わる会話。
帰り道、モールの照明が落ちた通路を歩く。
床の反射が薄くなって、音だけが残る。
足音が自分の分だけになると、ようやく息が深くなる。
今日、俺は何回「ありがとうございます」を言っただろう。
ありがとう。
ありがとうございます。
大丈夫です。
いえいえ。
言った言葉は数えられる。
でも、飲み込んだ言葉は数えきれない。
──説明しなくていい日がほしい。
ただ疲れたって言っていい日がほしい。
“感じのいい人”じゃなくても許される日がほしい。
それでも明日になったら、俺はまた笑って言う。
「ありがとうございます」
それが癖になっている。
ここで生きるための、癖。
……でも。
明日、もしまた同じ言葉を投げられたら。
俺は、何を返すんだろう。




