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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

限られし時

掲載日:2026/02/18

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 う~ん、このごろ新聞のテレビ欄とか、見なくなっちゃったなあ。なんというか、番組に心ひかれないというか。

 別に内容がつまんないから、とは一概に言えないんだよ。だってつまらなかったり、興味なかったりしたら、はなから関心をむけないっしょ? そんなの書いていないのと大差ないのさ。

 でも以前は楽しく見ていたもので、たとえシリーズが続いていても、いつの間にか見なくなってしまっている……そのようなこと、ないかい?

 どうしてこのような気持ちになっているか? 僕なりに考えてみたんだけど、「プレミア感」が薄れがちなのが一因じゃないかなあ、と思っている。


 そのとき、そのチャンネルでしか見られないからこそ高揚感があったし、是が非でも押さえておきたいとも思う。

 しかし、現代はインターネットによる配信が大規模になされている時代。少し探ってみれば、あのとき自分が見逃したものを見つけられる機会に満ちている。かつては自ら録画して確保するようなものを、向こうから提供してくれるのだからね。

「楽」とは、本能が抗いがたい遺伝子レベルの座右の銘。ここから抜け出すのは並大抵のことじゃなく、ゆえに乗り越えて動けるやつは英雄と呼ばれるに足る……と思っている。たとえ下世話とされる相手でも、だ。

 友達の昔の話なんだけど、聞いてみないかい?


 タイムセール。

 大人になったら、一部の人は特に飛びつく言葉のひとつかもしれない。

 通常の値段だったら手を出しにくいものも、このときばかりは別だ。クオリティが落ちるわけでもないのに、同価値のものを安く手に入れられる。しかも、限られた人のみだ。

 得になると思ったら、たとえそれがわずかであっても飛びつきたくなるのは仕方のないこと。友達もそのまわりも、この魅力に抗えなかった。


 友達がはまっていたのは、お菓子のタイムセールだったようだ。

 週に一度、学校が終わったあたりの時間から、そのお店では出ている分のお菓子限定で大安売りが始まる。

 普段はよくある駄菓子屋さんで、当然駄菓子も対象なのだが、かのタイムセール時間は揚げたてのドーナツが、これまた数量限定で出される。

 これは件のセールタイミング以外は、完全に不定期で提供されるものだが、パッケージされて冷めきっている他の駄菓子たちに比べると、文字通りのできたてほやほや。ホットスナックなどはなかなかありつけない立地だっただけに、好評を博していた。

 そのためか、この日が来ると帰りの会あたりから、みんながそわそわしている。

 終わりと同時にランドセルをひっつかみながら、昇降口へダッシュ。我先にと例のお店へ向かっていく。友達もそれに混じるひとりで、膨れ上がった徒競走の集団はしばしば交通ルールを乱しがちなくらいだったとか。

 ドーナツの数量は日によってまちまち。急ぐ必要がなかったほど大量のときもあれば、そもそも学校を出た時点でゲームオーバーだったときもあったそうな。

 お店の入り口は狭く、せいぜい人ふたり分が入れるくらい。店内に入ってからは一列並びを厳守させられる。もちろん、外で待つときも他の人の迷惑にならないことを徹底だ。

 守らない人は店主のおばあさんに、ドーナツ一億円と提示されて、体よく追っ払われてしまう。しつけも兼ねていたのだろう。


 このとき、友達は残り10個あたりのところで購入にありつけたという。

 買ったならば、さっとその場を去るのがマナーだ。先ほどの店近辺の交通ルールもあるし、もたついていると買えなかった連中が、どうにかおこぼれにあずかろうと、寄ってくる恐れがあったかららしい。

 じっくり食べたいのが本音だが、さっさと食べつくしてしまったほうがいい。友達は店を出ると、いまだ並んでいる面々から足早に距離を取りつつ、ドーナツの包み紙を外していく。

 表面になにもまぶしていない円形。シンプルなオールドファッションだが、ひとくちかじると中からとろりと甘~い蜜が出てくるタイプだった。

 こいつは非常にレアものだ。お店で用意してくれるドーナツの種類はいくつもあり、これまた不定期だから、なにに当たるかはそのときになってみないとわからない。


 蜜を仕込んだこのタイプは、過去に一度だけ出てきた。しかも友達はありつくことができず、自分の前3人のあたりで売り切れてしまったブツだったという。その珍しさゆえか、食べ終わった知り合いは数日の間、このドーナツのうまさを喧伝していたのだけど……以降はぷつりと途絶えた。

 手のひらを返したように黙りこくり、他の人が聞こうとすると露骨に機嫌が悪くなる。他の食べた面々も似たような対応で、あれほど話したがっていたのが別人のように思えるほど。

 歯がとけ、頬も落ちるかという、そのバニラ風味の蜜はかつて自慢げに話されていた噂にたがわない美味。それがなぜに機嫌を損ねるようなことになったか。


 片鱗は、ほどなくうかがい知ることができた。

 あまりに頬張りすぎて、唇の端から例の蜜が零れ落ちてしまう。それは人間にしてみれば、指の先へ乗るほどの小さな一滴。しかし、小さきものたちにとっては大きな一滴。

 アスファルトへこぼれて広がるや、それを待っていたかのごとく、周囲の草むらからアリたちを筆頭に、細かな生き物たちがどっと這い出て、蜜の溜まりへ群がったからだ。

 空からも同じく、蚊や蠅のごとき小柄の羽虫たちが舞い降りてくる。たちまち、蜜の溜まりはその端さえ見えないほどの、虫たちに埋め尽くされた。

 彼らはただ、タカるばかりじゃなかった。羽あるものが空から地上の虫たちを足や体でつぶしにかかり、それを受けて地上の虫たちも繰り出された足などをあごでつかんで引き倒し、蜜ともどもその身へかぶりついていく……その様相は、小さな戦だ。

 自分たちがお店へ急ぐときの駆け比べなど、お遊戯に思える殺到ぶりだ。


 ――なるほど、確かにこいつはいい気持ちがしない。


 他の面々が、あまりいい顔をしなくなったのも、わからなくもなかった。ドーナツそのものの味なりを語れても、こうも影響が出ているのを目にしては……興奮から冷めたら、話す気もなくなるかもしれない。

 が、その予想もまだ不十分であったと、間もなく友達は知る。


 ぶしゅっ、というその音を、友達は最初、針などを踏んでどこかが裂けたのかと思ったそうだ。

 けれども音は耳のそばから聞こえる。そればかりか、自分の顔の両側から噴き出たのは、あのドーナツの蜜たちだったんだ。

 頬がとろけそう、と先ほどたとえたが、もはや「たとえ」じゃなかった。指を当ててみたところ両頬には10円玉が入るほどのでかさの穴が開いていたというんだ。

 その蜜にも、虫たちは寄ってくる。落ちたところに、いまだこぼれる友達の両頬にも。


 家まで全力疾走した。

 寄ってくる虫たちを、両手でバチンバチンと叩いて打ちのめしていったが、こぼれて飛び散る蜜までは面倒を見きれない。往生際の悪い虫たちは、友達の頬から離れていっても、すぐに蜜の溜まりへ標的を移し、争いあっていく。

 玄関から中へ飛び込み、大きく息をついたときにはもう、友達の両頬の穴はすっかり埋まっていて、鏡で見てもその痕跡はちっとも残っていなかったらしい。

 あのドーナツを含めたタイムセール。なにも人間たちばかりじゃなく、虫たちなどを対象にしても実施していたのかもしれない、と友達は語っていたよ。

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