マイム・マイムの神様
はー。
大きなため息が出る。脱力感。この上ない虚無感。
結局、踊れなかった。
練習の時から都合5回目。
クラスにいる19人中18人の男子とはペアを組んだのに。中には3回ぐらい一緒になった男子もいたというのに。
何故か、彼ひとりだけ一度も一緒になることはなかった。
練習の1回目はそれはドキドキして――。
2回目はいよいよ来るか! と期待して――。
3回目はまだまだ、と気合が入って――。
4回目はいくらなんでも今日こそはと固く信じて――。
4戦全敗。
そして、ラストチャンスの今日。本番のオクラホマミキサー。
今日を逃したら、後は無い。
キャンプファイヤーの炎を眺めながら、藁にもすがる思いで祈る。
ウチの学校のオクラホマミキサーは、ランダムに長さが変わる。
練習1回目は6人目で終わったが、2回目は倍の12人。
かと思いきや、6人に戻ったり。その他8人バージョン、10人バージョン。
だから、誰まで回ってくるかは全く読めない。
4回目に関しては絶好のチャンスだった。連続12人バージョン。必ず回ってくる筈だった――のに。
カゼをひいて楓君、お休み。オイ!
どうか。
どうか神様、楓君を私のところまで回してください。
何とも安っぽい、でも切実な願い。片思いの一女子の。
今日こそは。今晩だけは。きいてください。
今度の期末試験、頑張りますから。
果たして神様のジャッジは――
………
………
………
………
………
手厳しかった。
これで0勝5敗。
しかも、あと1人だったのに!
うおおおおおぃ!
楓君の背中を恨めしそうに眺めながら、心の中で神様に吠える。
“おととい来やがれ、小娘が!”
神様が江戸っ子かどうかは分からないけど、そう言った様な気がする。
やはり、願い事が安直すぎるのだろうか。
でも、19人いて1人だけですよ?神様?
18人とは踊れて、1人とは踊れない。確率19分の1。これって残酷じゃないですか。
今日こそはと信じていたのに。
ああ。これで林間学校のレクリエーションも終わり。
明日には東京へ帰るんだなぁ。
………
………
「……なので、最後に……を」
遠くで、鳳来先生の声がする。
何を叫んでいるのか分からないけど、どうでもいい。
目の前の焚火の炎よりも早く、燃え尽きた。
早く寝よう。
「ほら、樋口。何ボーっとしてんだ」
その声とほとんど同時に、私は右手を掴まれた。
驚いて振り返ると、楓君が言葉そのままに『何ボーっとしてんだ』といった表情で私を眺めている。
「西村、君?」
すんでのところで下の名前を呼びそうだった私は、間が抜けたような口調で苗字を口にする。何が起きたのか分からなかった。
でも、
「なんで?」
手を?
私の短い問いに、楓君は少し呆れた様子で答えた。
「聞いてなかったのか? 時間がまだ少しあるから、マイム・マイムもう1回やるって。坂本とも手を繋げろよ」
へ?
マイム・マイム?
まだ状況を飲み込めない私の耳に、聞き慣れたアコーディオンの音色が入ってくる。
ボーっとしているヒマは無かった。
マイム・マイムの短いイントロが終わるや否や、私は楓君にグイっと引っ張られた。
よろめきながらも踏ん張り、半ば狐につままれた思いで私はそれでもステップを始めた。
楓君もそれに合わせて、引っ張るのを緩める。
だけど、私の手をしっかり握っている。
今までのどの男子よりも。
隣の坂本君の比ではない。
マイムマイムマイムマイム マイムベッサンソン
輪が縮まっている時も。
また戻っていく時も。
楓君は私の手をしっかり握ったまま。
そうか。
私はやっと理解した。
これは、マイム・マイムの神様だ。
フォークダンスにはそれぞれ神様がいて。
オクラホマミキサーの神様には背を向けられちゃったけど、
マイム・マイムの神様は私の願いをきいてくれたのだ。
それは、私だけではない。
きっと他にもいる筈。
ささやかな願いをしている女子が。きっと。
………
ヨシっ。
マイム・マイムの神様。
お礼に私、頑張ります。
結果がどうなろうとも、私、東京に帰ったら楓君に――
キャンプファイヤーの炎に照らされる楓君の横顔を見ながら、私は誓った。が。
誓った瞬間、その横顔がこちらを向いた。
穏やかに微笑んでいる。
思わず口をへの字にして、私は慌てて顔を逸らした。
マイムマイムマイムマイム マイムベッサンソン
輪が再び縮まったその時、楓君が耳打ちする様に顔を寄せた。
「樋口と踊るのは初めてだったな」
素早く、でも私だけに聞こえる様な声ではっきりと楓君は言った。
振り向くと楓君は炎に視線を戻していたが、その横顔はやはり穏やかだった。
知っていた?
初めてだったこと。
その言葉の意味するところは分からなかったけれど。
あっという間にマイム・マイムは終わり、
まだドキドキがおさまらない中で、
楓君は再び私に声をかけた。
「楽しかったな。林間学校」
私は俯いたまま頷くのが精一杯だった。
嬉しい様な、淋しい様な。
でも、贅沢を言ってはいけない。
マイム・マイムの神様が私の願いを叶えてくれたのだから。
だから、神様との約束は果たす。
東京へ帰ったら、私は、楓君に……
そこで思考が突如止まった。
私はさらにドキドキする羽目になった。
彼の手がまた私の手を握ったのだ。
だが不思議と恥ずかしさがなくなり、私は彼の顔を見上げて名前を呼んだ。
「西村君?」
多分、呆気にとられた様な表情であろう私に彼は、
「また東京で」
そう言うや否や手を離して走り出した。
また?
東京で?
ますます意味が分からない。
「待てよ、坂本ォ」
ロッジに向かって先に歩いていた坂本君を、楓君は叫んで追いかける。
東京に戻ったら、何があるんだろう?
しばらく考えた挙句、考えるのを止めた。そうなった時にまた考えればいい。
友達と一緒にロッジへ引き上げる中、私は心の中で改めてお礼を言った。
――マイム・マイムの神様、今宵はありがとうございました――
1年生の時から大事に仕舞っていた想い。
確率は半分。
不安も怖さもあるけれど。
それでも何か、いいことがありそうな気がする。
根拠の無い、けれどたまに当たる私の予感。
まあ、それはさておき。
西村楓君。君に何て告白しよう?




