【オルディス視点】素晴らしい出会い
本編の『事情聴取の始まり』~『導かれる推論』までの裏話です。
俺たちはフェール様に付き従い、騎士団庁舎にある魔物収容の檻の中に通された。
常であれば、この扱いに激怒するところだが、フェール様の命とあらば、この程度のことは些事として処理できる。それほどまでに、あの御方との出会いは俺に、いや、俺たちにとって衝撃的だった。
あれは数刻前のことだ。
俺が、冥界の城の自室で寛いでいる時、突然、俺を呼び出す魔法陣が俺を包んだ。
当然、その召喚に応じるつもりがない俺は、その魔法陣に抗った。
最初は、『俺を召喚しようとは何処の間抜けだ』と鼻で嗤っていたのだが、いつもなら、少しの抵抗で消滅するはずの魔法陣が、今日に限って消滅もせずに輝き続けている。俺はそれを不快に思いながら抵抗を続けたが、その抵抗も虚しく、俺は生界に連れ攫われてしまった。
この時、俺が無効化できたのは、魔法陣に組み込まれた『服従術式』のみだ。
そして、呼び出された先には、俺だけではなく、なんと俺と同格のネルビアやベルファもいた。
冥界の王三柱を同時に召喚しただと?
俺は心の中で驚きを隠せず、俺たちを召喚した者の方へと視線を向けた。
そこで、俺は再び驚愕に襲われる。
人間? しかも俺たちを召喚して、なお生きているだと?
だが、俺の驚愕とは別に、ベルファは嗤いながら、その人間へと襲い掛かった。
いや、ベルファの嗤いは恐らく、恐怖の裏返しだと思われる。
しかし、ベルファの初撃は虚しく躱されてしまった。
あり得ない。こんな者が存在するのか?
いや、今はそれどころではないな。こんな存在を生かしておく方が、この先危険だ。
俺はそう判断して、ベルファに協力することを決意する。それはネルビアも同様だったようで、彼女も即座に加勢してきた。
俺たちが共闘するなど、いつ以来だろうか。過去に一度だけあったが、それも今は遠い昔の話だ。
三柱での共闘という状況に、俺の胸に高揚感が湧いてくる。
俺たちは自分の能力を余すところなく振るい、その人間に立ち向かった。
こうなれば、もう負けることなどあり得ない。
そう思っていたのも束の間。俺たちの攻撃は悉く躱され続け、挙句の果てにベルファが弾き飛ばされた。
あ、これは駄目だ。三柱で敵わぬ者に、二柱で勝てるわけがない。
咄嗟にそう判断した俺は一旦、矛を収め服従の意思を見せた。ネルビアも俺と同じく、跪き頭を垂れて服従の姿勢を見せている。
そして、フェールと名乗った御方は、快く俺たちを受け入れてくれた。しかも、それだけではなく、殺そうとしたベルファの命まで救ってくれたのだ。
俺たちはこの世界が誕生して以来、この世界に存在しているが、今まで誰にも服従することなどなかった。そもそも俺たちが敗北することなどなかったのだから、それも当然なのだが。
だからこそ、俺たちを屈服させた者が現れたことに、何らかの意味があるのではないかと思ってしまう。
世界の転換期とでも言えばいいだろうか。
その転換期に、俺たち三柱は生き残った。それが意味するところは、その目撃者に俺たちが選ばれたということではないだろうか。
もし、そうなら、俺はこの眼で、間近でそれを見てみたい。この御方の行く末を見届けてみたい。俺の心にそんな願望が湧いてきた。
そうして、俺は心からの忠誠を誓い、今、フェール様の命令で此処にいる。
「あの御方のような方がこの世に存在するとは、わたくしは生まれて初めてこの世に感謝したわ。ねぇ、あなたたちもそう思わない?」
「ええ、ネルビアの言う通りですね。私も生まれて初めて感謝というのを知りました」
「ああ、そうだな。あの方に巡り合えたことに感謝しかないな」
檻の中で俺たちは向かい合わせに座り、フェール様との出会いに感謝する。
「やはり、そうですよね。ねぇ、ベルファ。わたくしたちにも感謝の気持ちを忘れないでね」
ネルビアがベルファに感謝を求めているのは、彼女がベルファを助けるようにフェール様に進言したことだろう。
「ええ、それは勿論感謝はしておりますよ。しかし、一番重要なのは、それを受け入れてくださったフェール様の寛大さでしょう」
「そうね。配下の嘆願に耳を傾けてくださるなんて、本当に素晴らしい御方だわ」
ベルファとネルビアが、二柱でフェール様の寛大さを称え始めた。
俺もそれに異論はないが、少しばかり気になることもある。
「しかしネルビアは何故、ベルファを助けてくれるように頼んだんだ?」
いつものネルビアならば、絶対にこのようなことはしない。
誰よりも強さに拘り、冷酷で、苛烈で、負けた者への慈悲など微塵も持ち合わせていないはずの彼女が、まさかベルファを助けるように懇願するとは思わなかった。
「それは決まっているでしょ。ベルファが消滅したら、ベルファの魔力がフェール様に反映されなくなるじゃない。そうなれば、フェール様の今後のご活躍に影響するんだから当然でしょ」
「なるほど、そういうことか。それなら納得だ」
召喚者は、呼び出した魔物の半分の魔力を自分の魔力として得ることができる。
これにはある一定の条件、簡単に言えば、得た魔力が馴染むまでの時間が必要となる。
もし完全に馴染むまでに、召喚した魔物が消滅してしまえば、その魔力は召喚者に還元されなくなるのだ。
「ふふふ。それでも構いませんよ。こうして生きていられるのは、ネルビアのおかげですからね。そこは感謝しておりますとも」
「ええ、そうして頂戴。それが分かれば、フェール様の隣は、わたくしの席ということで問題ないわよね?」
ベルファが理由を知っても感謝を撤回しなかったことで図に乗ったのか、ネルビアがフェール様の隣の座を要求してきた。
流石にこれは黙っているわけにはいかない。ベルファはともかく、俺はネルビアに恩はないのだ。
「いや、ネルビア。それは許容できんな。ベルファがいいと言っても、俺は別だ」
「ふっ、オルディス。器の小さい男ね。なんなら此処で勝負をつける?」
これだから頭まで筋肉でできた者は困るのだ。
特に強さという物差ししか持たない者は、すぐに勝負で物事を決したがる。
このままでは、フェール様の将来に影が差してしまうかもしれない。
「ネルビア、こんなところで騒ぎを起こせば、フェール様にご迷惑が掛かることも分からないのか? それでよくフェール様の隣の席を主張できるな?」
「うっ! では、オルディスはどうやって勝敗を決するというの?」
ネルビアも俺の言葉で、流石に騒ぎを起こすのは問題があることに気付いたようだ。
だが、それでも引き下がる気はないらしい。
「どうもこうも勝敗など決する気はないが? そもそも、それを決められるのはフェール様であって、俺たちじゃないしな」
「ふふふ。オルディスの言う通りですね。私もネルビアには感謝しておりますが、フェール様の御心を勝手に決める行為はいただけませんね。それともネルビアは、フェール様のご意思を無視するのですか?」
俺の考えにベルファも賛同してくれる。
しかも、人の心に囁きかけて操ることに優れた悪魔だけに、言葉選びも巧みだ。
「なっ! そんなわけないじゃない。で、でも…、主張するだけなら、許されるんじゃないかしら?」
ネルビアも、流石にベルファの言葉にたじろぎ、目を彷徨わせ、髪を搔き上げながら反論を述べてきた。
ただ、この反論が、ネルビアにしては珍しく理に適っている。
「まぁ、そうだな。主張だけならな」
「ふっ、そうよ。でも、フェール様ならばきっと叶えてくださるわ」
これでネルビアの主張は、あくまで自己主張の範囲に留まり、公認のものでなくなった。
これで全員が、平等にフェール様の隣の席を狙える立場になったことで、俺は少しの安堵を覚える。
「それにしても、ネルビアからそんな言葉を聞く日が来るとは思わなかったな」
「ええ、そうですね。願いは力尽くで奪うものだと言い張っていたネルビアの言葉とは思えませんね」
戦闘特化のネルビアからは、凡そ聞けそうもない言葉に、俺とベルファは感慨深く呟いた。
「そうね。わたくしもそう思うわ。でもね、フェール様から力尽くでなんて絶対にできないでしょ。それに、わたくしの愛は絶対にフェール様に通じるはずよ。そして、その時が来れば、わたくしたちはめでたく結ばれるのよ」
え? こいつは今何と言った?
結ばれる? 誰と誰が?
こいつもしかして、天元突破してないか?
「ちょっと待て! ネルビア、まさかとは思うが、フェール様の隣の席とは伴侶のことか?」
「ん? オルディス、何を言っているの? そんなの当然じゃない」
そうかぁ。こいつの頭の中は、筋肉からお花畑に変わっていたのかぁ。
馬鹿だとは思っていたが、どうやら真性の馬鹿だったようだ。
ネルビアは『叶えてくださる』だけでは飽き足らず、それよりも遥か先を突っ走っているらしい。
冥界では、知略を担う姉がいたとはいえ、まさかここまでだとは思わなかった。
「いや、お前の体は魔力体だろ。フェール様は人間だぞ。子も産めないだろうが」
「あら、そうね。ならば、受肉でもしようかしら?」
俺が、フェール様とネルビアが結ばれない理由を教えてやったというのに、こいつはその上を飛び越えてきた。いや、その下を搔い潜って来たと言った方が正しいか。
「ネルビア。お前、受肉したら冥界に戻れなくなるんだぞ。分かってるのか?」
「ふふふ、オルディス。あなたはいつからそこまで愚かになったのかしら? 冥界に戻る必要なんてないでしょ。誰かが勝手にわたくしの跡を継いでくれるわよ」
まさか、愚かの最下層にいる者に、愚かと言われるとは思わなかった。
フェール様がおられる間は、冥界に戻らないということには完全同意するが、フェール様は残念ながら人間なのだ。
「フェール様は人間だぞ。悲しいが寿命があるんだ。そうなったらどうするんだ?」
「だ・か・ら。さっきから言ってるじゃない。受肉してわたくしも寿命を得ればいいのよ。そもそも子を生すためには、受肉する必要があるんだから」
あぁ、駄目だ。こいつ自分の言っていることが分かってない。
というか、目的に真っ直ぐ過ぎて、それ以外の事が何も見えていないと言うべきか。
なんだか頭が痛くなってきた。
「受肉して寿命を得るってことがどういうことか分かってるのか? 弱体化するんだぞ。そうなったら、お前はフェール様の役に立つこともできずに、足手纏いになるのを分かってるのか?」
俺たちが受肉したとしても、その力ゆえ精霊化してしまい、寿命も生殖機能も得られない。
だが、唯一、己の力の一部だけを継承して受肉することで、寿命と生殖機能を得ることができるのだ。
「な! ね、ねぇ、オルディス、どうしましょう!? フェール様のお役に立たないなんて、あり得ないわよ! あ、でも、フェール様と結ばれないのも、あり得ないのよ…。ねぇ、オルディス、どうすればいいのよ!?」
俺の説明で漸く自分が何を言っているのか理解したネルビアが慌て出した。
というか、最早、錯乱している。
知るか! と言えればどれだけ気が楽なことか。だが、フェール様の今後を考えれば避けるべきだ。
それと、ベルファ! お前も面白そうに嗤ってるんじゃねえよ!
「ネルビア、よーく聞け」
「え、ええ、勿論よ。オルディス、よろしく頼むわ」
俺が救いの手を差し伸べてくれると感じたのか、ネルビアが居住まいを正した。
うん? なんかこれ気分がいいな。
今まで人の話を聞こうともしなかった者が、真剣な顔で教えを請おうとしている姿は、実に愉快だ。
「いいか。お前はまだ、フェール様の心を射止めていない。この状態で受肉しても、役立たずの木偶の坊になってしまう。だから、先ずはフェール様の伴侶として認めてもらうんだ。受肉するのはそれからでも遅くはないだろ。ただし、急ぐのも禁物だ。急ぎ過ぎると逆効果だからな。そうだろ、ベルファ」
「…ええ、そうですね。私の言霊がフェール様には一切通じませんからね。そのような御方の御心を動かしたいなら、じっくりと認めてもらうところから始めた方がいいでしょうね」
俺は懇切丁寧にネルビアでも分かるように説明してやる。
最後に、人心を操ることに長けた悪魔である、ベルファに矛先を向けて、信憑性を持たせることも忘れない。
だが、矛を向けられたベルファは、一瞬気に食わないような素振りを見せてから、俺の言葉を後押しした。
残念だが、このまま楽しませてばかりやるほど、俺もお人好しじゃない。
将来、ネルビアがフェール様に振られた時に、俺だけがネルビアに恨まれるのは気に食わない。当然のことながら、ベルファも道連れにする。
「なるほど、先ずはお役に立って認めてもらうのですね。確かに今、受肉するよりは良いですね。ええ、これはいい案だわ。オルディス、ベルファ、ありがとう。助かったわ」
ふぅ、これでなんとかネルビアを鎮めることには成功したようだ。
ベルファは若干、つまらなさそうにしているが、今、ネルビアに受肉されるよりは余程ましだろと言ってやりたい。
「ああ、ではネルビアも俺に感謝しろよ」
「ええ、勿論よ。ベルファにもね」
うんうん。これは俺にとって最善の結果となった。
ベルファとネルビアはお互いに貸し借りなしとなっているが、俺だけはネルビアに貸しを作った状態で、一歩抜きに出ている。このまま俺がフェール様の隣の席を確保してやる。
「それはそうと、フェール様って、本当に素敵よね」
「ええ、それには同意しますね」
「ああ、俺も同意見だ。しかも、俺たち三柱を相手に能力も使わず下された強さも凄まじかった」
「ええ、本当に。わたくしたちなど、取るに足らぬ存在と言わんばかりだったわ」
「しかし、フェール様は何故、人間の騎士などに従われたのだ?」
ネルビアがフェール様の話に戻して、皆がそれに便乗し、フェール様の話に花を咲かせ始める。
だが、俺にはどうしても理解できないことがあった。そのため、その疑問がふと口を突いて出る。
「ふふふ。オルディス、フェール様にはきっと私たちには理解できない策謀がおありになるのですよ」
「そうですよ。ベルファの言う通りで間違いないわよ。あなたも、フェール様のお考えを推し量るなど不敬だと言っていたじゃない」
不敬と言ったのはベルファだが、俺も似たようなことを言ったので、それはいい。
だが、ベルファやネルビアほど楽観的にもなれず、何かが引っ掛かったままだ。
「まぁ、そうだな。俺たちが考えても分からないか」
「ええ、そうですよ。それよりも今はフェール様の素晴らしさを語る方が大切ですもの」
「ああ、そうだな。その方が大切だな」
「ええ、そうですとも。これは体験した私たちでしか語り合えませんからね」
俺が疑問を呑み込んだことで、再びフェール様の話で盛り上がりかけた時、檻の外から『煩いぞ。静かにしろ』という声が聞こえてきた。
だが、蚊が鳴いている程度にしか感じない俺たちは、それを無視してフェール様談義に花を咲かせ続ける。
「煩いと言っているだろ!」
しかし、そんな俺たちに再び命じる声が聞こえてきた。
「ふふふ。誰に言っているのかしら? わたくしたちに命じたければ、フェール様を呼んで来なさい。フェール様のご命令だから此処でわたくしたちが大人しくしているのを、勘違いしたのかしら?」
その声に反応したのはネルビアだ。
ネルビアは鋭い視線で、声を発した者を睨み付けると、その騎士に向かって嗤いながら恫喝した。
頭のお花畑が一旦、落ち着いたこともあり、その頭は筋肉を取り戻したようだ。
だが、此処でいきなり相手を消滅させなかったことは褒めてやっていい。いつもなら、あの騎士は跡形も残らず、魂さえも消滅しているはずだ。
そのネルビアを見た騎士は、着ている鎧からガタガタと音を響かせ始め、後退るように消えて行った。
「ネルビア、あまりやり過ぎるなよ。フェール様の迷惑になるぞ」
「あ、そうだったわ。で、でも、ああいう輩は最初が肝心じゃない? でもそうね。それじゃあ、次はオルディスがお願いね」
俺がネルビアを指摘したことで、ネルビアが若干慌てるように、俺にその役目を擦り付けてきた。
なんで俺なんだ! と言ってやりたいが、こいつにやらせるよりは良い気がする。
「ああ、次は俺が対処するから、お前は黙っていればいいさ」
「ええ、オルディス、頼むわね」
「ふふふ。では、騎士も去ったことですし、フェール様の話の続きをしましょうか?」
「ああ、そうだな」
「ええ、そうね」
こうして俺たちは、収容所の檻の中で大人しく座って、フェール様の賞賛の限りを尽くした。




