第2話:野生に目覚めろ
レスキュー基地の地下深くに隠された、広大な訓練施設。通常は特殊な機材のテストに使われる空間が、今、ニャーレンジャーの秘密の訓練場となっていた。
訓練着姿の5人の隊員が、目の前のターゲットを前に緊張した面持ちで立っている。
「いいか。お前たちが受け継いだ力は、この世界の法則を超越している。だが、同時にお前たち自身が制御できなければ、ただの暴走する獣だ。」
橙野は、厳しい表情で言った。「お前たちの体には、猫科の幻獣の力が宿った。その野生を飼い慣らす訓練が必要だ。」
「橙野指令、その『野生』って具体的に…」樹菜が問いかける。
「例えば、青木!お前のチーターの力は、瞬間移動に近い加速力をもたらす。変身して、あの障害物を最速で通過してみろ!」
蒼真はチーターの結晶をベルトにセットし、「Wild Change!」と叫ぶ。ニャーブルーのスーツが輝く。
ブルーは目を閉じ、意識を集中する。一瞬、世界がスローモーションのように感じられ、体内の細胞がエネルギーを求めるように熱くなる。彼は猛然と駆け出したが、制御が効かず、曲がるべき角でわずかにコースを外れ、壁に激突しそうになった。
「くっ!速すぎる…体がついていかない!」
「それだ!お前は知性のプロだ。だが、この力は理屈じゃない!野生の勘で、無意識に危険を避けろ!」橙野の声が飛ぶ。
一方、レッド(吼輔)は、自分の力に最も戸惑っていた。彼はターゲットにクローを向けるが、指先の爪が過剰に伸び、訓練用の素材を粉砕してしまう。
「おい、冗談だろ。ちょっと力を入れただけで、こんなに…」
「吼輔。お前のライオンの力は**『支配』の象徴**だ。その力は、戦場における統率力を意味する。パワーだけでなく、力の放出を抑制する集中力を養え。それは、レスキューで傷口を縫合する繊細さと同じだ!」橙野は吼輔のレスキュー隊員としての経験を引き合いに出す。
最も順調だったのは、ブラック(雄夜)とピンク(愛)だった。ブラックはジャガーのしなやかさを、ピンクはパンサーの優雅さで、まるで影のように訓練場を駆け巡る。
「黒谷は元々、潜水や特殊ルート探索のエキスパートだ。ジャガーの持つ闇への親和性と隠密性を自然に使いこなしている。」蒼真が分析する。
「愛は、パンサーの**『解放の精神』で、暴走する力を優しく受け入れ、**制御下に『解放』させているようね。」樹菜も感心する。
しかし、訓練の最後に、吼輔は改めて疑問を口にした。
「橙野指令。俺たちは本当にこの力を使っていいんですか?俺たちは、人を救うために訓練してきた。誰かを倒すために、こんな獣の力を使うなんて…」
橙野は、その問いに、深く重い声で答えた。
「吼輔。お前たちの力は、もともと幻獣界の王を救うための光だ。そして今、幻獣の力を持つ敵が、この世界で誰かの命を奪っている。この力は、レスキューの延長線上にあると理解しろ。」
「お前たちがこの力を使いこなすことが、最大のレスキューなんだ。」
橙野からの言葉に、5人は複雑な表情を浮かべながらも、改めてその使命の重さを噛みしめるのだった。
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訓練の翌日、街で大規模なガス爆発事故が発生。ニャーレンジャーの5人は、変身せずに通常のレスキュー隊員として現場へ急行していた。
現場は崩壊したビルが立ち並び、二次災害の危険性が高い。隊長である橙野は本部に残り、5人を指揮する。
「青木!崩壊予測と要救助者の位置を特定しろ!」吼輔が指示を出す。
「了解!...構造材の変位率が急上昇、あと10分で完全に崩落します!」蒼真は冷静に分析し、最も安全な侵入経路を割り出す。
雄夜と樹菜は、蒼真の指示に従って瓦礫の中を進み、要救助者を確保しようとする。樹菜は普段なら躊躇するような重い鉄骨を軽々と持ち上げそうになるが、寸前で思いとどまる。
「(ダメ、力を出しすぎると…!これは樹菜の力じゃない…!)」
彼女は自分の筋力で鉄骨を押し上げるが、その動きはぎこちない。訓練で無意識に得たタイガーの力が、彼女の「人間としての限界」を邪魔していた。
その様子を遠目から見ていた吼輔は、最も焦燥していた。瓦礫の下から微かな生存反応がある。レスキュー隊として最も危険な、瓦礫に自らの身体を潜り込ませる作業が必要だった。
「隊長!瓦礫の下に生存者がいます。俺が行きます!」
「待て、吼輔!そこは危険だ!」隊長の声が無線越しに響く。
吼輔は躊躇なく潜り込もうとするが、その瞬間、体内のライオンの力が警告を発するように脈打った。**「もっと速く、もっと力強く!」**と本能が叫ぶ。
「(クソッ!今は…俺はレスキュー隊員だ!)」
吼輔は変身してしまう衝動、そしてその力に頼ってしまうことへの恐怖と戦っていた。もし変身すれば、瓦礫を粉砕してすぐに救出できるだろう。だが、それは橙野に禁じられた行為であり、彼らが**「人命を救うプロ」**として歩んできた道を否定するようにも感じられた。
吼輔が瓦礫に手を伸ばそうとしたとき、愛が静かに彼の手を止めた。
「吼輔。あなたは焦りすぎよ。私たちには、人間としての方法がある。それを忘れないで。」
愛は、パンサーの柔軟な精神で、力を抑制しつつ、通常の隊員としての知識と技術を冷静に発揮していた。
彼らは、変身することなく連携を取り、ギリギリのところで要救助者を救出する。誰もが安堵したが、吼輔の顔は晴れなかった。
「(…本当に、これで良かったのか?)」
もしゾルダが現れたら?もし間に合わなかったら?目の前の命を救うために、力を使い、プロとしてのルールを破るべきか。 吼輔の心の中に、戦士としての使命とレスキュー隊員としての規範の、大きな葛藤が生まれていた。
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彼らが現場から離れた市街地の真ん中で、突如、空気が歪んだ。夜空を切り裂くような灼熱の赤い渦が上空に開き、そこから炎と熱をまといながら、一体の幻獣将が降臨した。
幻獣将は、上半身は猛禽、下半身はライオン、尾は蛇という、伝承のキメラを思わせる禍々しい姿。
そして、その幻獣将の傍らには、鮮やかな深紅の装甲を纏った一人の男が立っていた。彼の頭からは、燃え盛る炎のような深紅の髪が奔放に流れ、その端正な顔は、冷徹な美しさを持っていた。
この男こそ、**四武将の一人、朱雀であった。
朱雀は、幻獣将キメラ・ビーストの背に優雅に着地し、レンジャーのいる方向を冷笑した。
「ふふ、見つけたぞ。これが、王の無様な遺産を継いだ『猫もどき』たちか。」
その声は、若く、しかしどこか情熱と虚無が入り混じったような響きを持っていた。
朱雀は、指先から炎の渦を放ち、周囲のビルを一瞬で焼き焦がす。
「幻獣界を救うはずだった麒麟の力。それをただの人間が持てば、世界の『秩序』が乱れる。俺は、その歪みを正しに来た。」
幻獣将キメラ・ビーストが、朱雀の命令に従い、火炎の咆哮を上げてニャーレンジャーに向かって突進した。同時に、ゾルダの群れが周囲の路地から湧き出る。
「クソッ!また敵か!今度は待ってられない!」吼輔の理性が吹き飛んだ。
「赤澤!今回は戦闘が主目的だ!迷うな!」橙野指令からの無線指示が飛ぶ。
「わかってる!Wild Change!」
吼輔はライオンの結晶をベルトにセットし、燃えるような紅の戦士、ニャーレッドに変身した。続く4人も、迷いを振り払い、次々と変身する。
「知性のチーター!ニャーブルー!」 「躍動のタイガー!ニャーイエロー!」 「神秘のジャガー!ニャーブラック!」「解放のパンサー!ニャーピンク!」
5人は瓦礫と炎が舞う中で、朱雀と幻獣将を前に立ちはだかった。
朱雀は、ニャーレッドの姿を見て、まるで鏡を見るかのように面白そうに口角を上げる。
「ほう、情熱のライオン。お前、あの臆病な王に似ているな。だが、その瞳に宿る野蛮な炎は、俺と同じ匂いがする…気に入ったぞ。」
朱雀はニヤリと笑い、幻獣将に命じることなく、自らレッドに向かって飛び出した。その装甲からは、朱雀の名にふさわしい紅蓮の炎が吹き上がっていた。
「さあ、見せてみろ。王の力が、この俺の朱雀の炎にどこまで耐えられるか!」
【シーンD:ライバルとの激突】
朱雀は幻獣将キメラ・ビーストに目もくれず、真っ直ぐニャーレッドに向かって炎を纏った拳を振り下ろした。
「遅い!」レッドは反応するが、朱雀の速度はチーターの力を持つブルーにも匹敵する。
ドゴォン!
レッドは炎を避けきれず、激しい爆発と共に瓦礫へと吹き飛ばされた。ライオンの装甲が熱で焦げる。
「くっ…なんて力だ…!」レッドは立ち上がるが、朱雀はまるで熱を楽しんでいるかのように笑う。
「ふむ、ただの人間にしては頑丈だ。だが、その程度の炎で怯むなよ、ライオン。俺とお前は、もっと激しく燃え上がれるはずだ!」
朱雀の言葉は挑発でありながら、レッドの胸の奥底にある王者の資質を揺さぶる。
「…俺と、同じだと?」
レッドの心に、訓練中に感じた力の暴走の衝動が蘇る。朱雀の炎は、彼の内なるライオンの野生を呼び覚まそうとしていた。
その間にも、幻獣将キメラ・ビーストとゾルダの群れが、残りのニャーレンジャーを襲う。
「朱雀は危険よ!みんな、連携して幻獣将を先に叩くわ!」ピンク(愛)が冷静に指示を出す。
ブルー(蒼真)はチーターの速度でゾルダを翻弄し、冷静に仲間に分析を伝える。「キメラ・ビーストの弱点は、コアがある腹部だ!イエロー、ブラック、連携で引き付けろ!」
イエロー(樹菜)がタイガーのパワーで正面からキメラにぶつかり、その注意を引く。
「させるかよ!タイガー・ショルダー・チャージ!」
ブラック(雄夜)はその隙を見逃さず、ジャガーの隠密性でキメラの影に潜り込み、特殊なクローで装甲を剥がそうと試みる。
しかし、朱雀はレッドとの一騎打ちにしか興味がない。彼は背後の戦況など眼中にないかのように、炎の剣を生成し、レッドに連続攻撃を仕掛ける。
「お前の力は、ただのレスキューごっこで終わるのか?麒麟が託した魂の熱を、もっと解放しろ!でなければ…俺の炎で灰になるぞ!」
朱雀の言葉と炎の猛攻に、レッドは限界まで追い込まれる。
「うるさい!俺は、誰かを支配するためにこの力を使わない!俺は、麒麟の願いを…!」
レッドは朱雀の炎に立ち向かいながら、レスキュー隊員として培った経験を活かした回避と、最小限のカウンターを繰り返す。その動きは力任せではない。
「…なるほど。力に溺れない理性か。」
朱雀は一瞬、寂しそうな表情を浮かべた後、すぐに獰猛な笑みに戻る。
「だが、それでは勝てない!教えてやる。真の力とは、奪うことだ!」
朱雀が空に跳躍し、全身から凄まじい熱量の炎を放ち始めた。その炎はまるで巨大な不死鳥の翼のようだった。
「これで終わりだ、ライオン。バーニング・サン・バースト!」
朱雀の必殺技が、ニャーレッドと、戦場全体を焼き尽くさんと迫る!
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朱雀が放った必殺技**「バーニング・サン・バースト」**が、紅蓮の炎となってニャーレッドに迫る!
「くそっ!避けれねぇ!」
レッドが覚悟を決めたその瞬間、冷静な声が響いた。
「レッド!右に0.3秒!防御と回避を組み合わせろ!」
ニャーブルー(蒼真)が、キメラ・ビーストとの戦闘中に、朱雀の炎の軌道を瞬間的に解析し、正確な指示を飛ばしたのだ。
レッドはブルーの指示に従い、地面を蹴ってギリギリの回避を試みる。炎はレッドの横を通過し、背後のビルを一瞬で融解させた。
「やるな、チーター。だが、その程度の回避で全てが終わると思うな!」朱雀は笑みを深める。
その間に、他の四人は連携して幻獣将キメラ・ビーストを追い詰めていた。
「今よ!キメラの腹部の装甲が剥がれた!」ピンク(愛)が叫ぶ。
イエロー(樹菜)がタイガーのパワーでキメラを固定し、ブルー(蒼真)がチーターの超加速でキメラの腹部に一瞬で回り込む。
「弱点が見えた!チーター・ソニック・エッジ!」
ブルーが高速のエネルギー波を腹部のコアに叩き込み、一撃離脱。キメラ・ビーストは苦痛の咆哮を上げ、体内のコアが激しく発光し始める。
「今だ、ブラック!」
ブラック(雄夜)はジャガーの隠密性から一気に飛び出し、最後の力を込めて鋭い一撃をコアに突き刺した。
ズドォォン!
キメラ・ビーストは凄まじい爆発を起こし、炎と闇の残滓となって消滅した。ニャーレンジャーは、初めての強力な幻獣将を、連携で打ち破った。
朱雀は背後の爆発に、わずかに視線を向けた。その表情は、怒りではなく、興味と満足に満ちていた。
「…ふむ。力への誘惑に抗い、連携で強敵を屠るか。麒麟の残滓にしては、面白い動きだ。」
朱雀は、レッドとブルーの連携を観察していたのだ。彼は炎の剣を消し、冷徹な美貌でレッドを射抜く。
「ライオン。お前の中には、俺と同じ王の孤独が潜んでいる。だが、その孤独を友情という枷で縛り付けている。いつかその枷を外せ。お前は、俺の炎を浴びるにふさわしい器だ。」
朱雀はそう言い残すと、瞬く間に炎の渦となり、上空の赤い裂け目へと消えていった。彼の撤退は、まるで王者が試練を終えた後のようだった。
変身を解いた5人は、荒廃した街に立ち尽くす。勝利したにも関わらず、朱雀の残した圧倒的な恐怖と、レッドに向けられた意味深な言葉が、重くのしかかっていた。
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基地へ戻った5人は、橙野から無線越しではない、厳しい指導を受けていた。
「朱雀の炎に、お前は冷静さを欠いた!特に赤澤!朱雀の誘いに乗って、連携を放棄しかけたな!」橙野指令の声が響く。
「しかし橙野指令、あいつは…俺の力を、解放しろと…」吼輔は、朱雀の言葉の魔力に引き込まれそうになった自分を正直に打ち明ける。
「朱雀は危険だ。あいつは情熱と暴力の化身。そして、あの男はかつて、麒麟の王に匹敵する力と権力を持った、黄龍陛下の最も忠実な親友だったのだ。」
橙野はそう告げ、隊員たちに背を向けた。
「お前たちは、麒麟の願いを叶えるために集まった。そして、お前たちにはレスキューの魂がある。その魂を、獣の力に支配させるな。お前たちは、人間であることを忘れるな。」
5人は、初めての勝利の裏側にある、重い代償と深い物語の一端に触れた。彼らの戦いは、単なる悪との戦いではなく、友を救い、魂を解放する壮大な旅の始まりだった。
—第2話 野生に目覚めろ 完—




