第一話「武道館に集いしは、機械と人と、その狭間に立つ者!」
宇宙進出が当たり前になった時代、人類は肉体の限界をとうに超えていた。
惑星間輸送、外部コロニー建設、重力差の作業。
そのすべてが、脳以外を好きなだけ機械化できる技術によって支えられている。
そして国家間の争いもまた、かつてのような戦争ではなくなった。
各国が選抜した“闘技者”を戦わせ、その勝敗が取引条件や領域問題を決める。
合理的かどうかではなく、“そういう時代”だった。
ネオジャパンの代表選抜が行われる場所――
それは、都市中央に建つ巨大建造体“ネオ日本武道館”。
外観は都市の光に照らされ、冷えた無機質の美を帯びている。
内部は闘技会場として完全に作り変えられ、観客席の二階層は企業専用区画、
下層には一般客が詰めかけ、金属音と熱気が混じり合っていた。
控室では各闘技者の機体が唸り、排熱孔が冴え返るような光を放ち、
誰もが己の“構造体”を最終調整している。
その空間に、ただひとり。
異質な男がいた。
黒衣。
外装の露出なし。
筋肉の膨張も、排熱も、機械特有の規則音もない。
ただ静かに息をしているだけの存在。
控室の空気がわずかに揺れる。
「……あれ、本当に生身なのか?」
「武道館で死ぬ気なのか……?」
「名前もねぇのかよ……」
男は何も答えない。
視線すら向けない。
ただ“そこに立っている”という存在感だけがあった。
入場が告げられる。
アリーナに出た瞬間、観客層がざわついた。
光学シールド越しに見える男は、どう見ても“普通の人体”。
サイボーグ化が常識の闘技会において、それは異様でさえあった。
《一次選抜第一試合、開始します!》
《対するは――ゲルレン・バトオチル!》
観客席が揺れた。
破門された荒くれ者でありながら、その戦闘力は折り紙つきの男。
両腕には荒々しい外骨格が装着され、重い油の匂いがする。
ゲルレンが前に出ると、金属音がアリーナに響いた。
その対面に、黒衣の男が静かに立つ。
名乗りはない。
《試合――開始!》
ゲルレンの踏み込みは凶暴だった。
だが、その一撃を男は最小限の動きで躱す。
速すぎない。
人が訓練の果てに辿りつく“正しい回避”。
それだけ。
観客のざわめきが変わる。
《……今の、見切れるものか?》
《いや、生身なら尚更――》
ゲルレンは表情を変えない。
だが、拳を交えるたび、何か微細な疑問が沈んでいくようだった。
思考ではなく、
長年の闘技が磨いた“身体の勘”だけが拾う違和感。
拳の反発。
骨では説明できない密度。
重さではなく、密度――。
だが、それを言葉にする前に決着は訪れた。
男の拳が、胸部の外骨格の隙間を撃ち抜く。
衝撃は大きくない。
音も派手ではない。
ただ、止めるべき場所を正確に止めただけ。
巨大なゲルレンが、ゆっくりと崩れていく。
その倒れ方は、まるで
“停止した機械が、順序通りに落ちていく”
ようだった。
呼吸が途切れ、視界が淡く揺れる。
その瞬間、ゲルレンの瞳にうっすらと揺らぎが生まれた。
驚愕ではない。
怒りでもない。
ただ――
静かな、わずかな“納得”。
名も告げない相手が、自分の最後の敵として立つに値する。
そんな色が、一瞬だけ灯る。
そして消えた。
機械の光が落ちるように、
ゲルレンの身体は動きを失った。
観客には意味が分からない。
男は何も告げず、振り返らず、アリーナから離れていった。
扉が閉まる。
残るのは、戦いの余熱だけだった。
その熱がどこへ向かうのか――
まだ誰も気づいていない。
第一試合が終わった。
ただ、それだけのことだった。




