070話 【SIDE-鷹野菖】まなざし
暗いな。
いつまで経っても、闇。
恐怖に対する防衛本能なのか、絶望に対する拒否反応なのか、私はいつしか自身すらも客観視するようになっていた。そんなもう1人の達観した私が、悲劇のヒロインである私を見つめている。
この境遇を真正面から受け入れるのはしんどいから。
ねぇ、今って寂しい?
どうだろう。この真っ暗な世界で孤独を感じるのは普通なんじゃないの?
……違うか。そっちじゃない。
もし本当に寂しいなら、それは何万人もいたフォロワーを失ったからでしょ。
みんな、どうしてるんだろう。
私が急に居なくなって、騒ぎになったかな。
もう新しい配信者を見つけて、私のことなんか忘れちゃってるかな。
まぁでも、友達なんて案外そんなものか。
……フォロワーたちは、私の友達だったの?
きっと、そんなものは友達じゃないって、説教をくれる大人はいくらでもいるだろうな。
みんなは私の顔を知ってるけど、私はみんなの顔も名前も分からない。コメント欄で教えてくれた性別や年齢だって、今にして思えば嘘かもしれない。私が事故に遭ってSNSを見れなくなってしまえば、連絡手段なんて何もない。だからみんなはもうアイリスの事なんか忘れてるかもしれない。
そんな非対称な関係は友達だなんて呼べない?
そんなの、勝手に決められたくない。
私はずっと覚えている。
私が寒村から羨望の眼差しを向けていたあのインフルエンサー。もう活動はしていなかったけど私はいつまでも覚えているし、今でも憧れの先輩みたいに想ってる。
その気持ちがみんなと同じなら、きっとみんなも私の事を覚えていてくれるんじゃないかな。そうだったら嬉しいな。
私の配信の視聴者がまだ2桁だった頃、内気な中学生のコメントを拾った。学校でもパッとせず、自分の容姿にも積極性にも嫌気が差している女の子だった。
私は、そんなクラスなんか気にせず、ここ私の配信を居場所にしなよって話した。ここには一軍も二軍もない、皆んな等しく私の視聴者なんだから。
私の配信の視聴者がやっと3桁に届いた頃、クラスの不仲を止めたいという高校生のコメントを拾った。合唱コンの練習姿勢について男女間で分断が起きているのだと言っていた。
私は他の視聴者たちとも相談して、匿名のアンケートで本当はどうしたいのかクラス全員に問いかけることを提案した。表向きには両極端に対立しているように見えても一人ひとりの想いはグラデーションで、ここみたいに匿名だからこそ吐き出せる気持ちがあるハズだから。
私の配信の視聴者が3桁も後半に差し掛かった頃、性自認に悩む子のコメントを拾った。制服から恋愛対象まで、ちぐはぐな人生に苛まれていた。
私には知った風な口を効いて慰める事は出来なかったけど、自分の視聴者たちに彼と同じ悩みを持った人がいないか問いかけた。すると教室の何十倍もの人がバイアス無しに語らえるココで、その子は数人の同士を見つけることができた。顔も名前も知らなくても、私たちは独りじゃない。
私の配信の視聴者が遂に4桁を超えた頃、私の活動に憧れているのにまだクラスにすら馴染めないでいるという子の悩みが届いた。その子はベトナム人とのハーフで、日本のコミュニティ内で認められるのか不安だから一歩が踏み出せないそうだった。その子の名前は半年くらい前からコメント欄で見覚えがあったし、長い事悩んでたけどやっと勇気を出して言ってくれたんだね。
私は視聴者みんなの事を友達だと思ってるって、確かこの時に恥ずかしがりながら言ったんだっけ。そんな君の人種は今日まで知らなかったけど、友達だと思うのにそんなの関係無かったよって。それで君のパーソナルを知れた今、もっと教えて欲しいなって思うよ。
ねぇ、通話しよ。1000人の前でお話なんて緊張するかもしれないけど、ここにはあなたの味方しかいないし、私も絶対にあなたを守るから。
目指すんでしょ、私を。昔からの友達だからトクベツだよ。
彼女は勇気を出してくれて、その日は配信に乗せながらいっぱいお話した。ハーフという境遇を興味深く見るコメントやたまに共感するコメントなんかも流れて。私もぶっちゃけクラスに親友と呼べる子なんて居ないから~なんて言ったら、彼女すっごい笑ってた。
全部に冴えた返事ができたなんて思ってないけど、私はそんなキミたちのエピソードを全部覚えてる。コメ欄での名前だって拾ったヤツのいくつかはまだ記憶にある。この先もきっと忘れない。
だから、あの場にいたみんな親友だった――なんて思ったらダメかな?
だって私は、コレしか知らない。
生まれてこの方、学校での親友なんて知らなかったから。でも教室でなんかよりずっと濃い時間を共有したと思ってるよ。
……おばあちゃんのお葬式、今でもたまに思い出す。
自分にはたくさん友達が居るっていつも豪語してて、実際にお葬式にはたくさんの人が訪れた。眼が見えなくなったおばあちゃんを、半世紀以上もの間、村人総出で支えてくれていたのは私もよく知ってる。
でも、告別式後に流れる会話は、どこに耳を傾けてもおばあちゃんを友人と呼べるような雰囲気ではなかった。みんながヨミワタシを全うしたおばあちゃんへ感じていたのは、境遇への尊敬と同情と、少しの畏怖。だから多分、おばあちゃんの人柄にまで想いを馳せていたのは私とお母さんだけだった。
長い時間が友達を作るワケじゃない。
大切なのは共に想い合い、寄り添う気持ち。
大人は馬鹿にするかも知れないけど、フォロワーのみんなが友達だったって私は胸を張って言えるし、だからあの場所が恋しい。
今になって思い出すのはアオとか選挙とかの事なんかじゃなくて、キミたちの何の気なしに話した雑談ばっかり。
でもきっと、仮に眼がまた見えるようになっても、もうあの時間は取り戻せない。私は増える数字に舞い上がって、そういった活動をしてしまった。そうやって、あの場所を歪に変えてしまった。
でも後悔はしてないよ、って言ったら強がりかな。だってやっぱり、大人たちの抑圧に憤ったのだって、私たちが互いに心を寄せ合った結果なんだから。
アオって呼ばれて、私と一緒にこの世界に怒ってくれたみんな、ありがとう。
アオって呼ばれて、この場所に居辛くなって去っていったみんな、ごめんなさい。
もう伝える機会は訪れないだろうけど、私は多分一生、みんなの事を大切な親友だと思ってるよ。




