063話 【SIDE-鷹野菖】灰かぶりでなんていられない
――4年半前。
今日は私にとって新しい人生が始まる日。
渋谷の街は信じられないほどの数の人間に溢れてた。初めて見上げるスクランブル交差点からの景色は、まるでドラマの中に迷い込んでしまったみたいで、何度目を擦っても拭えない。消えない。夢じゃない。
「うっ……わぁ……!」
15歳にして今生まれ落ちたと言っても過言じゃない。そんな風に言いたくなるくらい、これまでの鷹野菖の人生は閉塞感に満ちていた。
私は青森県の鳥狩村で生まれ育った。
人口230人、平均年齢63歳。霊峰閃ヶ峰の中腹に位置する寒村。それが限界集落って言われるかなりヤバい村だと知ったのは、小5の頃だったかな。
それでも、別に排他的な村民性だった訳じゃない。
ただ、余りにも山奥にあるせいで通販は届かないし、合併してくれるような自治体も周りには無かったから、もう滅びを待つ他ないような集落。たったひとつの電波基地局に撤退されたら、望まずとも外界と遮断されてしまう、そんな村だった。
学校とは名ばかりの、木造の校舎で義務教育を終えた。私と同学年どころか近い年代のクラスメイトすらいない。先生は1人で小1~中3までの全ての生徒を教えてた。と、言ってもその9学年にすら5人程度の子供しかいなかったんだけど。
そんな世界でもお母さんの代までは特に疑問無く暮らしてた。テレビで見る芸能人の闊歩する東京なんて、外国を見てるのと変わんないから。
でも、私にはもう我慢できなかった。
SNSでは等身大の、私と同じようなただの学生の女子達が、私の狭い世界とはかけ離れた場所でキラキラしてた。芸能人じゃない、手を伸ばせば届きそうな同年代の子達が、スイーツで、コスメで、ファッションで映えスポットを彩り、時には歌ったり踊ったりして青春を謳歌してる。そこは月に一度だけ買い物に下りる山の麓にある町でさえも化石に見えるような、桁違いの大都会。
今、私の目の前に広がっているのは、そんな光景だった。
スクランブルの真ん中に立てば、それはもうドラマの主人公のよう。全ての広告やディスプレイが私の方へ向いている。見たことも無いようなたくさんの人々が、異なる目的地へ、それぞれの人生をもってこの交差点ですれ違っていく。
何度も、何度も、何度も。
「んーーっ……!」
この春から高校生。
東京の高校に受かった私の一人暮らしが始まる。それはきっと、人生がここから始まると言っても良い程の、大事件だった。
10年夢見てきたこの舞台で、私は余す所無く女子高生を謳歌した。お上りさんに見られないよう、寒村でスマホに食い付いて必死に“予習”してたなんて、恥ずかしくて口が裂けても言えない。
放課後になればクラスメイトと制服のまま街へ繰り出した。
クレープ片手に竹下通りでアクセを買い漁り、キャットストリートに並ぶ古着やブランド物を眺める。読モと同じスポットで写真を撮ったり、店頭に並ぶ新譜をチェックしたりしてるウチに日が暮れて、夜はセンター街のライブハウスで光と音を浴びる。
たまにはゲーセンでプリクラを試しても良いし、疲れたら喫茶店でタピオカでも飲んでダベれば良い。ナンパや怪しげなスカウトをあしらうのももう随分と慣れちゃった。
この街に並んでるお店はコスメ、カフェ、アパレルまで、全部私達のためにあるみたいで。こんなの田舎娘じゃなくたって、虜になっちゃうでしょ。
家に帰れば私は独りだったけど、それも寂しいとかはなかった。買ってきた雑誌を読みふけったり、インフルエンサーのSNSをチェックしたり、流行曲を聴き込んだり、そんなことに時間を費やした。
高校生の一人暮らしは少し珍しがられたけど、実家の村に高校が無い故の上京なんだから仕方ない。
両親が離婚してお母さんと2人暮らしだったウチはそんなに裕福じゃなかったけど、この一人暮らしはお父さんが工面してくれてる。
お父さんとお母さんは、離婚した後も交流があった。別に不仲って訳じゃない。なんでも、私を産んだら離婚すると最初から決めて結婚したらしい。
何それ?
鳥狩村のしきたりがどうとか、鷹野家の血筋がどうとかに関係するらしい。お母さんは鷹野姓で鳥狩村の一人娘。お父さんは都会からの他所者で、最初から村に身を置くつもりは無かったとか。
じゃあなんで私を産んだの?
跡取りが必要だったから?
……ううん、それは違う。
確かに鷹野家は鳥狩村で1番の力を持つ名家だった。
飛鳥時代から続く、鷹狩をするための鷹を調教する家系。時代によっては将軍とか士族みたいな位の高い人々の娯楽として、鷹匠はそれなりに需要があったらしい。
けどそれは鷹野家の表の姿で、本当はもっとヤバいお仕事をしてたとか。昔の話だけどね。
そういうしがらみとか伝統みたいなの、大切にしてたっぽい御家柄だった。でも、お母さんがそんなの時代に合わないって言って、どうにか全部無しにしたって聞いた。詳しくは知らないけど、それはきっと私の為。
だから、変な家系に生まれたことに悩んだ時期もあったけど、今ではもうそんな風に思ってない。お母さんがどれだけの想いで私を守ろうとしてくれていたのか知っているし、お父さんのお陰で今こうして夢の東京で一人暮らしができてるんだから。
今を大切にしなきゃ、損でしょ?
こっちで暮らして夏休みまではあっという間だった。
遊び慣れてきて、なのにまだまだ全然足りない。私はこの街で輝いてるんだって、叫びたい。
だから、発信しよう。共有しよう。
私が田舎から羨望の眼差しで拝んでいた、SNSで輝いていたあの子たちみたいに。世界はこんなに素敵なんだよって、手を伸ばせば届くんだよって、教えてあげたい。
でも不特定多数に向ける発信は本名じゃマズいよね。
ハンドルネームは……アイリス、なんてどうかな?




