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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第04章 反動化デュアリズム
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058話 Stay woke

『サプライズゲストは私の活動にも転機をくれた、とっても大切な人です! そして皆さんにとっても、とても大切な人になると信じています! それではっ、映像までー! 3……! 2……! 1……!』


 メイの掛け声が響く。


 ――ここから離れた方が良いかも


 そんな菖の言う通りにしたくても、既にこの廊下も人でごった返しておりそう簡単に身動きは取れない。菖がなぜそう思ったのか、その理由が聞きたくとも観客のカウントダウンコールでかき消される。

 そして、俺たちの判断を待たず、映像は繋がった。


『帝東大生の皆さん、並びに来訪された方々やこの映像をライブ配信でご覧になっている皆さん。本日はこのような未来ある若者たちの注目する場に招いていただき、誠に光栄です』


 スクリーンに端正な顔立ちの中年男性が映る。もはや日本国民なら知らない人はいないであろうという、顔。観客のどよめきは徐々に歓声に変わり、あちこちでスマホのシャッター音が鳴る。


『――帝東大OBの新垣治です』



 新垣は今、最も学生層への影響力を持つ政治家だ。しかもただの政治家ではない。

 先の参院選で議席の過半数を獲得した民清党を率い、まさにこれから与党の長期政権を崩さんとしている、言わば革命の急先鋒。既得利権にしがみつく老害を排除し、日本の未来の為に尽力する、若者達のカリスマ。


 その彼が卒業生として学園祭にサプライズ出演――その様は直ぐにSNSや動画サイトで拡散されていくだろう。

 帝東生にとっては今この場に自分がいる奇跡、配信を見る者にとっては今この瞬間を共有できる奇跡。そんな連鎖が見る者たちの一体感を強め、自己肯定感を高めるに違いない。


 新垣はゆっくりと、丁寧に、語り出す。

 かつて自分がこの学び舎にいた時の思い出、その志が時を経て今の学生たちにまで受け継がれているという確信、そして今の時代の若者の積極性を高く評価し期待しているという賛辞。


 リップサービスだ。

 だが、その熱弁には力がある。

 気付けば俺も菖も、この場所から動けず演説を聞き入るばかりであった。



『さて、今日は同志の皆様に、私の望む次なる世界の話を聞いていただきたい』


 別に、今この場にいる帝東生の全員がアオ派という訳ではない。勝手に同志などと呼びかけることは、まるでここが支持者の集う演説会場かのような、傲慢な言葉選び。


 だがこの会場にいれば、新垣のそれが恥ずかしい驕りなどではなく人心掌握の過程にある価値あるものであることを、俺は肌で感じていた。

 観客は皆、息を呑んで新垣の次の句を待っている。きっと配信を見ている全国の視聴者も同じだろう。



『この世界には差別が蔓延っています――


 ――私達は日々、無意識のうちに差別をしています。しかし私達は同時に、差別が不愉快なものであると知っています。


 小説で、漫画で、映画で、こんなことを考えたことは無いでしょうか。差別を受ける異民族、あるいは亜人、異星人、アンドロイドを見て、あぁ自分がその場にいれば差別などしないのに、理解し庇うことさえできるのに、と。だからこそ、そんな信念で戦う主人公に私達は感情移入し、憧れを抱くのです。


 なのになぜ、身近にある差別は止まないのでしょうか。

 それは多くの人がまだ自覚していないからです。

 自分が主人公であると。


 君達には未来を変える力があります。

 この国に住まい、参政権という力を行使できること。これは自分の正義を貫くための、君達が持つ紛れもない力です。


 そして、この国には未だ迫害されている者たちがいます。

 私達が日々、無意識に差別してしまっている人々です。その者たちはこの国に住まい社会を支える一員でありながら、参政権という力を与えられていない者です。


 今年、この国の移民は400万人を超えました。これだけ多くの人々が、力を持つことを許されず、弱い立場で暮らしています。


 君達が自覚する時は今なのです。

 自分が主人公であるということを。


 生い立ちの異なる隣人に、正義を遂行する力を分け与えていただけないでしょうか。彼ら彼女らは少子高齢化の進むこの国を支えてくれる、掛け替えの無い仲間です。共に分かち合うことが、居場所を同じくする我々みんなで歩む未来へと繋がるのです。だから――


 ――君達に、主人公になる勇気を、期待しています』



 新垣率いる国民清粋党は、長らくワンイシュー政党であった。清廉情報思想に基づき、報道の透明性の向上を目指すことにより、現体制にメスを入れるという一点突破のスタンスだ。しかし参議院の過半数の議席を獲得した民清とて、このままの単一論点では政権を奪うには弱いのではと囁かれていた。


 そんなタイミングでの、この演説であった。


 俺がこの分銅祭で感じた違和感。国際化が進んでいたという印象は、しかしおそらく帝東大だけではない。

 少子化に歯止めのかからないこの国で、進み続けている移民の受け入れ。海を越えてやってくる勤勉な留学生は移民の卵であるし、学生のバイト先などにも多くの労働力として移民がいるだろう。現代の大学生にとって、移民とは隣人なのだ。


 そんな彼等を、新垣は鼓舞した。

 アオ派の隣には移民がいると見通してこその演説。



 おそらく今日1番の歓声がこの中庭に響き渡る。

 引きちぎれんばかりに青色のフラッグが振られ、あちらこちらでクラッカーや指笛の音が鳴る。色とりどりの民族衣装を着た留学生も、日本人の同級生と共に興奮を分かち合っている。もはや地鳴りすら覚えるかのようなこの熱気は、SNSや配信サイトを通して既に全国に届いているのだろう。


 次の衆院選で、民清は外国人参政権をマニフェストに掲げるに違いない。

 あぁ、また、社会が動く。


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