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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第01章 空模様デトックス
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004話 先読みと後回し

 真昼間の竹下通りは、人通りの量もさることながら喧騒も尋常ではない。

 そんな中で囁かれた少女の声は、それでもはっきりと俺の脳裏に突き刺さった。それに押しのけられるように、今までの話題は何処かへと吹き飛ぶ。


 街中での盗撮。

 記者であった当時は張り込みや尾行など常套手段であったし、盗撮と呼ばれても仕方のないような行為に及んだ事もあった。そういう手段に手を染めることが多かった標的は政治家、資産家、あるいは芸能人。いわゆるスキャンダル狙いである。


「そのまま、キョロキョロせずに私に着いてきて」


 そういうと、少女は人混みの中を再び歩き出した。俺は彼女の言葉に従いその後を追う。

 この判断の早さに加え、俺が全く気付けなかった気配を察知した様子を見ると、この少女には何か盗撮される心当たりがあるのだろうか。


 すれ違う人々は気付かないであろう緊張感が、俺と少女の間にだけ張り詰める。少女は歩くペースを崩す事なく、それでも駅の方へ行くはずだった進路を変更した。なるほど、尾行を疑う際は人の少ない場所へあぶり出すのというのは至極真っ当な 判断だ。


 でも、最良じゃない。


「心当たりは?」

 俺は緊張を悟られないよう普通のトーンで、最低限の言葉で問いかけた。

 この喧騒の中で会話内容が尾行犯に聞かれることは無いだろうから、堂々としていた方が怪しまれない。


「……私に似てるネットタレントが3年くらい前に活動休止したらしいの。それでたまに、勘違いさんと会うことが」

 彼女も俺の意図を察したのか、普通のトーンで、不穏にならない言葉選びで答えた。


 この少女の説を信じるなら犯人の可能性は3択。

 ストーカー化したコアなファンか、誰かに雇われた探偵か、あるいはスクープ狙いのパパラッチか。


「相手はどこに?」

「後ろ……5メートルくらい」

「相手の服装は?」

「……分かんない」

「?……他に分かることは?」

「多分ハンディカム系のビデオカメラで、肩掛けカバンくらいの高さから撮ってる」


 顔には出ないように注意したつもりだが、俺は相当に混乱していた。

 この少女は何を言っている?

 格好が判らないということは、犯人を目視出来ていない筈だ。それなのに撮影機器やらの情報はやけに具体的だ。


 俺は問いただしたい気持ちを飲み込む。俺には盗撮犯の気配が少しも判らないのだから、今はこの少女の言うことを信じるしかない。


 歩きながら頭の中を整理する。

 モノがハンディカムなら犯人は同業者……パパラッチ説が濃厚だ。

 スマホが普及した今の時代、一般人でビデオカメラなんて携帯してるのは子育て中の夫婦くらいだ。アイドルオタクとかそっち系は一眼レフのようなカメラが主流になっているし、探偵なら小型化した高性能な隠しカメラを使うだろう。

 元同業者と判れば手の打ちようもある。


 そして推察が進むにつれ、怒りと嫌悪、そしてどうしようもない閉塞感に駆られる。



 近年のネットタレントというと、同年代から思想色のアイコンとして担ぎ上げられることがある。参政権の無い未成年の声を、SNSを通じて発信するための顔役なのだ。

 対してタレント側も思想色の濃い発言を繰り返すことでフォロワーを増やし、インフルエンサーとして成長していく。


 しかし一方で、事務所などの後ろ盾を持たない未成年がSNSだけで政治的な発言力を持ってしまい社会問題化している。失言への叱責、対抗色からの個人情報特定など、未成年個人では対処しきれないトラブルが多発しているのだ。

 そして報道革命以降、対立色への口撃材料となるスクープの価値は日に日に高騰している。所属事務所の無いネットアイドルはパパラッチの格好の餌食となるのだ。


 真底嫌になる。

 独立という新たな人生にまで漕ぎ着けたというのに、よりによって今日この日に記者時代の苦い経験を呼び覚まされる。まるで過去の過ちから俺を逃すまいとしているかのように。


「こっちだ」

 俺は彼女の手を引き、進路を再び大通りの方へ変えた。

「えっ、ちょっと……」

 ふらつく彼女は不安を滲ませつつも、俺の手を振り払うことはしなかった。


 人気の無いところへと尾行を誘い込むのは、一見正しいように思える。

 盗撮犯の目星がついていなかった彼女にとって、人通りの少ない場所はそれだけ犯人を絞りやすい。相対する場面になったとしてもこちらは2人で有利だと判断したのかもしれない。相手が私利私欲で動くストーカーの類ならそれでもなんとかなるだろう。


 しかし俺の読みではそうではない。

 仕事で尾行や盗撮をしているのなら最重要なのはターゲットにバレないこと、捕まらないことだ。

 そもそもあの人混みで5メートルというのは、盗撮するには離れすぎだ。脇の高さのカメラでは雑踏に阻まれて撮りづらいだろう。この少女の目立つヘルメットが見失い辛い分、相手は距離を取ることを優先している。


 これだけ慎重な相手だ、人目のつかない場所へ深追いなどしてこない。尾行を巻くのが目的ならそれでもいいが、それは同時にこちらも犯人を特定するチャンスを逃す。盗撮されていながら逃してしまうというのは非常に気持ち悪い。盗撮画像を持ち逃げされてしまう事はもちろん、犯人を捕まえておかなければ今後いつまた尾行されるかという恐怖が付き纏うからだ。


 彼女がどういうトリックを使ったのか判らないが、こちらが盗撮に気付けたのは大きい。しかし人でごった返した通りは圧倒的に尾行側が有利で、相手もまさか尾行がバレていると思っていないだろう。

 だからこそこのアドバンテージを活かさない手はない。相手がどこまでこのネットタレントと誤解された少女の情報を掴んでいるか判らない今、こちらは最優先で犯人の特定をすべきだ。


 ならば……!


 駅につくと、通りには出発を待つバスがいくつか停まっていた。

 俺は彼女を誘い、一番出発時刻の遅いバスに乗り込んだ。


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