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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第03章 蒼玉色デモクラシー
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042話 白のはためき

 俺と菖が退院の準備を進めていると、それを眺めていたハヤトは思い出したかのように口を開いた。


「そうだ、最後のプレゼントとして、勝手ながらキミのタクシーのナンバーを変えておいたよ。流石に少し手間取ってしまったけどね」

「……また随分と滅茶苦茶な権力行使ですね」


 ナンバープレートを扱う運輸支局は、国土交通省の管轄だ。

 だからといって、元国土交通大臣の息子が好き勝手に働きかけられるというものでもあるまい。そこへのコネやパイプをこうも匂わせられては、記者時代の俺なら飛びついていたであろうスクープだ。息子の素行は父親の政治とは無関係に考えるべき――と言った先程の言葉も訂正したくなってくる。

 しかし今の俺はしがないタクシードライバー。詮索しても面倒事に首を突っ込むだけなので、知らぬが仏を貫くとしよう。


「ハヤトさん、ワルい顔してますね……」

 そんな俺をよそに菖が軽口をたたく。

「ははっ、オレにはお友達がいっぱいいるからね」


 なんにせよ、アオ派で共有されてしまった“ハヤトを乗せたタクシーのナンバー”から解放されたのだ。今はこれで充分である。


「それにしても、一昨日に今日と直接ここに来るなんて……意外とお暇なんですか?」

「リブラの件でパパから大目玉を食らってね。選挙が終わるまでの仕事はニュースキャスター以外全部キャンセルさ」


 時期を考えれば、郷田和義がこの件で怒り心頭に発するのも頷ける。テレビ越しでしか知らないが、身内に甘いような男ではないだろう。



「あーあ、このセレブ生活ともお別れかー」

 菖は名残惜しそうに病室を見渡す。残念ながらこの病室は俺達には分不相応だ。


 俺の仕事着であるクールビズスタイルのスーツは、ルームサービスの一貫でクリーニングされていた。それを着込んだ俺は、また自分で稼ぐ生活に戻るだけだ。


「帰るぞ、菖」

 菖はカーテンの隙間を広げたままの姿で硬直し、12階からの景色を惜しむように眺めていた。



 病棟の廊下へ出ると、窓越しの夕日でオレンジに染まった白衣が目に入る。

 そこには相変わらず不機嫌そうに眉をひそめた聡美さんが立っていた。スマホを弄っていたようだが、俺たちに気付くと面倒臭そうにそれをしまう。

 ここでは聡美さんのIDカードが無いとエレベーターにすら乗れないのだ。俺たちがここから帰るにあたり迎えに来てくれたのだろう。


 しかし、今日はもう1人。

 聡美さんの横に、ひとつの影があった。


「隼人様。また随分と無茶なことをされたとの報告を受けておりますが、もう少し謹んでいただけると幸いです。私もこれ以上のご命令は従いかねます」

 季節外れの白いロングコートを羽織った男が、冷たい声色でハヤトへ告げる。


「ゴメンゴメン、今回はホントに助かったよ、キミには感謝してる……でも無茶はお互い様だろ?」


 白コートの男はハヤトから聡美さんの方へ視線を送ると、彼女は我関せずとでも言いたげに目を逸らす。男は深い溜め息を吐いて、今度はハヤトの後ろにいた俺の顔を確認した。


 そこで初めて気付いたのだろう。

 俺の、その男を見る形相がただならぬことに。



 ――何故。

 俺が驚いたのは、白コートの意味を知っていたからではない。この白いコートが公安6課のものである事は直ぐに判った。何故なら、公安6課が此処にいること自体は想定していたからだ。


 警視庁公安部第6課。

 政府がパンゲアへの加盟をする際、既存の報道とのパワーバランスを取るために設立された組織。表向きには、問題の起きやすい素人のネット報道などに対する監視や是正活動を行なっている。

 しかしその裏ではアオ派に不利な工作をしたり、政府の不祥事隠蔽に奔走しているのではと噂される。何故か一様に白いコートを羽織っており、世間ではシロアリなどと揶揄される組織。


 今回のハヤトが起こした数々の無茶を実現できる裏方がいるなら、そこにシロアリの影があるのはあり得る話だった。

 だから、俺が驚いたのは公安6課が関わっていたことではない。


 ――俺はその男を知っていた。


甲斐斗(かいと)……お前、こんなところで何を……?」

 俺は声を絞りだす。


 鋭い眼光の下には泣きぼくろ、綺麗に通った鼻筋。七三分けは共に就活してた頃よりも随分と整っており、幼く見られがちだったその印象は大人びたものに変わっていた。


 そのコートは何の冗談だ。

 完全に公平な非政府組織こそがジャーナリズムを担うべきだと語っていたお前が、何故そんな物を羽織っている?


「……乙郎」

 白いコートの男は、冷たい目を向けながら俺の名を呼んだ。


 あぁ、間違いない。

 俺が勝手に夢を託したアイツも、やはり壊れてしまっていたのだ。


 目の前の白スーツの男は、帝東大の報道研究会で唯一の同期――都築(つづき)甲斐人であった。



 その日、国民清粋党は参議院での半数改選79議席を獲得した。

 投票率は過去30年で最大の60%超え。中でも10~20代においては90%に迫り、この層が民清の票田となったことは明らかだった。


 参議院において過半数の議席を衆議院の野党である民清党が占める結果となり、日本はねじれ国会へと突入する。



 パンゲアでの影響度は【A】ランク。

 時代はまた、一気に傾いた。


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