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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第01章 空模様デトックス
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002話 あけすけな同伴者

 開業周りの面倒な手続きに目処が立ち、ひと仕事終えたなんて気を緩めたのが失敗だった。


 街道を進む俺の隣には先刻ぶつかった少女。ひび割れたスマホをいじくり回しているところを見ると、どうやら操作自体はできているようだ。

 ふと、少女が顔を上げて俺を見る。大きなヘルメットの下からどうやって俺の視線に気付いたのか知らないが、茶目っ気のある笑みと視線を返してきた。俺がちゃんと着いてきているか確認したのだろうか。


 俺の不手際で彼女のスマホを割ってしまったのだ。当然の事ながらあの後すぐに弁償するという話をした。

 しかし、その場で財布を取り出した俺に対する少女の言葉は意外なものだった。


「アイちゃんのこと割っといて、お金渡してハイお終いってワケじゃないよねー? そういえば行ってみたいお店があったんだー。ヒマでしょおじさん、奢ってね!」


 最近の子はスマホにも名前を付けるのか。そんなに愛着を持っていたのなら、余計に申し訳ない気持ちになる。しかし当の本人はその罪悪感すら利用してやろうというような、打算的な物言いだ。


 このやたらと人懐こく、歳上男性相手に物怖じしない少女には少し嫌な思い出が蘇る。

 出版社時代、業績もいよいよ末期だという頃に入ってきたゴシップ誌の仕事だ。『イマドキ女子の実態』だとか言って非行少女を追った時の、家出少女にこういうタイプがいた。

 フレンドリーに接しながらも相手がどこまで自分の言いなりになるかを品定めしている。そして男側も金をちらつかせて口の硬い子を探る。しかし最終的にはお互いが勤務先や学校への暴露を盾に脅し合い、少女の親バレで両者破滅。

 何パターンか追ったが全て似たような顛末だった。


「ちょっと、今何かシツレイなこと考えてなかったー?」

 少女の声で回想から引き戻される。

 中々に勘の鋭い子だ。俺はスマホでバレないように検索していた警視庁の捜索願リストを閉じ、否定とも肯定とも取れない苦笑いを彼女に返した。


 変な事を思い出してしまったが、あらためて見ればこの少女は取材した子たちとは違うと分かる。彼女はやたらと目を引く不自然なヘルメットを被っているが、家出なら捜索願を出される可能性もある訳で目立つ格好は避けるだろう。

 それにこの少女にどんな考えがあろうと、非があるのがこちら側である事に違いはないし下手に出るべきだ。俺にとって今日は大切な日であり、遺恨を残すような行いは縁起が悪い。

 そんな訳で、昼飯くらいは彼女に付き合う他なかった。


「そのヘルメットは……なんなんだ?」

 少女の道案内に着いていくだけになっていた俺は、当然するべき最初の質問を投げかけた。


「ファッションだよ、トーゼン! 私が職人さんや探検家に見える?」

 そう言う彼女の頭上では、ヘッドライトが得意げに太陽光を反射している。


 そんなけったいなファッションがあるか。

 しかし区役所からかれこれ30分ほど歩いて辿り着いたのは、少々奇抜な格好をした若者たちがたむろする街だった。なるほど、こういう場所でなら悪目立ちもしないのかもしれない。


「久しぶりだなーこの街も。お店とか随分入れ替わってる」

 俺が原宿の街並みを見渡していると、少女は独り言のように呟いた。


「なんだ、この辺に住んでるんじゃないのか?」

「違うよー、東京は3年ぶりくらいかな。実家は遠過ぎて、今日だって来るのに5時間もかかったんだから!」


 夏休みを利用して親戚の家にでも来たのだろうか。

 そんな他愛のない会話をしていると、今度は少女の方が質問をしてくる。

「おじさんはこんな平日のお昼から、役所でなにやってたの?」


 こんな平日の昼間から、という語感にやや刺々しいものを感じたが、俺は特に隠しもせずに話してしまった。

 新卒入社した会社が倒産したこと、そこから路頭に迷いかけてタクシー会社に身を置いたこと。個人タクシーを開業の準備を進めていて、今日ついに営業所を手に入れる事。

 ついさっき会ったばかりの人間に、何故こんな話をしてしまったのか自分でも不思議な感覚だった。いや、どうということはない、この苦労と努力を誰かに聞いてもらいたいなどという幼い欲求があったのだろう。


「うわっ、それチョー大変じゃん。そんな大事な時にスマホも弁償しなきゃならないなんて。あっ、でも開業っていうのはちょっとドキドキするし楽しそうだね」


 彼女の言葉にはこちらに何の気遣いもない。しかしそれがまた、自分の溜め込んでいたものを軽くしてくれる気もした。


「そんで、その前の倒産した会社では何をやってたの?」

 少女がまた質問を投げかけてきた。正直、あまりされたくない質問だ。


「記者……だよ」


 俺は答えるのに躊躇したが、どうせ今日限りの相手だろうと思い、本当の事を言った。


 だがしかし、いややはりというべきか、少女が俺に送る視線は一転して鋭いものになった。

 そう――このご時世に記者という職に携わる意味を考えるなら、彼女の怪訝な表情は至極全うな反応なのだ。


 「おじさんは …… “何色”の記者だったの?」



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