思い想うリベリエ
その日がいつだったのか、そんなのきっとはさしたる問題ではない。
世界が変わり続けている事だけが、ただひとつ変わらない事実。
俺はベイエリアに聳える中枢先進医療センターを訪れていた。けれどそれは聡美さんに会いに来た訳でも、あるいはここに通っている菖に会いにきた訳でもない。
入館カードを持った看護師に連れられ、入院棟の中でも一際セキュリティの高いその病室に入る。そこはかつて訪れたホテルの客室のような造りとは異なり、心電図などの医療機器が並べられていた。
そしてそこから幾らかの管が延びた先、部屋の真ん中に鎮座するベッドに、彼女は眠っていた。
「また来たよ、アカリ」
もう何度目かになる面会。
あの災害の後、内藤氏の信頼を得られた俺は、月に一度だけ彼女への面会が許された。
父親である正造氏はデジタル庁大臣の退任後、憑き物が落ちたかのように穏やかな気性となり、しかし身体の方も一気に衰え車椅子生活になってしまったそうだ。そしてここへ来れる頻度も減った事から、彼女が寂しくないようにと俺の面会を計らってくれた。
そこには内藤氏の説得もあったかもしれなく、俺はもう感謝してもしきれなかった。
カーテンと窓を開け、束の間の外光を取り入れる。
人工呼吸器をつけた穏やかな寝顔に光が差し、そよ風が彼女の髪を優しく撫でる。
それはまるであの日から時間が止まっているかのように若々しく、彼女を置いて自分だけ歳をとってしまったかのような罪悪感に駆られる。
けれどそばかすの残る小麦色だった肌は幾らか精彩を失っており、それがまた物悲しさも感じさせる。
それでも彼女は息をしていた。
微かで、一定で、けれどどこか歌のようなそれを、俺はいつまでも聞いていられた。
そうしてどれだけの時間が経っただろう。
ふと、背中に感じる太陽光がひときわ強くなった気がして、背後の窓の外へ目をやる。すると、雲間を抜けた太陽が照らす澄み渡る空から、光芒がプリズムのように降り注いでいた。
それはまるで夢の中のような光景で、見つめているとどこか時間も空間も曖昧になって心が呑まれそうになる。
しかしそれを引き留めるかのように、
声が聞こえた。
――ねぇ、どんな空が見えてる?
それは紛れもなくアカリの声。
胸の内から熱いものが込み上げてくるのを感じたが、しかしもしかしたらそれが空耳かもしれないなんて思いも浮かんでしまう。けれど例えそうだとしても言葉を返したいという想いで、俺は窓からの景色を見つめたまま、先にその返事をした。
「まるで、絵に描いたような色の空だよ」
そうして俺は、ゆっくりと振り返った。




