172話 夢への手向け
【S】『首都圏在住の若年層 太陽フレアで甚大な健康被害の可能性を示唆した研究資料が流出』
それは、日本でのパンゲア運用4年間の歴史の中で初めてのSランクトピック。この国を未曾有のパニックに陥とし得る、隠蔽されていた真実の掲載。
シンクタンクの見解では、小鳥遊丈のスクープではパンゲアの信用スコアを稼ぎきれない公算だった。しかし彼が日笠と協力体制にあったのなら話はひっくり返る。何故なら聡美さんの行っているデバイスジャックの研究は、裏で日笠の開発と密接に関わっているらしいのだから。
日笠側が持つ情報により信用スコアが足りるのではないか、おやっさんはそれを狙っているのではというスンウの読みは半分正解だったのだ。けれどおやっさんはさらにその上を行き、日笠から盗むのではなく、日笠と手を組むほどの執念で、隠蔽されていた真実をパンゲアに掲載させた。
「――まだだ」
ここは日笠ファクトリーミュージアムのバックヤード。
ソファに座らされた俺の両隣には秋山と桐谷先輩。周りは黒服の男達に囲まれているが、その頭首たる内藤さんには甲斐斗の銃口が向けられている。
俺は立ち上がり、現状に打ちひしがれる親友に――少なくとも俺はまだそう信じている相手に、手を伸ばす。
「まだ出来ることはある。甲斐斗、力を貸してくれ」
甲斐斗は訝しげに、しかしゆっくりと銃口を下げる。
まだ半信半疑だが、もし日笠の目的がおやっさんと結託しての事実公表であったのなら、それはもう果たされてしまった。だからこれ以上黒服たちが不穏な動きを見せる事もないだろう。内藤氏も黙ってこちらの様子を窺っている。
「無理だよ……もう、何もかも遅い。この国はパンゲアに圧し潰されてしまう」
甲斐斗から漏れ出たその言葉は、悲観に満ちていた。
パンゲア以前の世界であれば、ここから省庁を牛耳る与党の言い分でいくらでも巻き返せる余地はあった。そうやって歴史上の数多の国が、時に民衆を守る正義のため、時に統治者の保身のために、報道を利用してきたのだ。
しかし人智を超えたAIがファクトチェックを行う今の世界では、大本営発表は通用しない。けれどそれは、世界中の国々が競ってきた透明性の高い報道そのもの。ならば悪いのは道具たるパンゲアではない。
俺は言葉を返す。
「違う。国が潰れるとしたらそれは人間の手によってなんだ。ならその未来を変える力だって、人の手の中にある」
「そうやって今だに語れるんだね、絵空事を……君だって思い知ったはずだろう!? 報道革命でこの国は僕たちの想い描いた世界に近づいたさ! けどその結果がこれなんだよ!」
以前、桐谷先輩に言われた事を思い出す。
甲斐斗の理想――皆が信じるひとつの機関による公正な報道は、パンゲアがAIという形で叶えてくれた。
俺の理想――色んな立場の人が議論を交わしてそれを見た個人が判断できる場も、SNSやトピックストリーマーの台頭で実現しつつある。
なのにこんなにもこの国の報道は歪で、そして今度は多くの人々を危険に晒している。
「僕たちの理想は、人々を不幸にする不完全なものだったんだよ……!」
――場違いだが、俺はどこか嬉しいと感じてしまっていた。
今にも崩れ落ちそうな甲斐斗を見ていると、こいつも真剣に向き合い続けていた事が窺える。いや、きっと俺なんかより遥かに、考えもがき悩んでいたんだろう。
6年振りの再会で公安6課のコートに身を包んだ甲斐斗を見た時、もう親友から何もかもが失われてしまったと、俺は自分の事など棚に上げて自暴自棄になりかけた。
けれどやはりこいつは俺の知る男だった。だから今までずっと、俺が逃げ回ってる間もずっと、こうして苦しんでいたんだ。例え公安になろうと、親友のジャーナリズムはまだ息をしている。
「その通りだ、甲斐斗。だからその理想は――」
でも今なら、その一端を俺も背負う事ができる。
「――不完全なものだったんだと示すんだ。俺たちの手で」
これは手向けだ。
理想を美化し、現実に目を向けられなかった自分たちへの。
報道革命から過熱し続けている、この国の思想対立への。
「桐谷先輩、秋山も、力を貸して欲しい」
俺は後ろを振り返り、未だソファで呆気に取られている2人に視線を送る。これからこの2人には、秘密にしていたことの謝罪と、多くの説明をしなければならない。
「内藤さんにもお願いがあります。小鳥遊丈と会わせて下さい。貴方たちの目的はもう遂行されたので問題は無い筈です」
内藤氏は首を縦には降らなかったが、すぐに拒否する事もなく思案に暮れている。
「そして甲斐斗、お前の力も必要なんだ」
この親友にこそ、俺は言葉を贈らなければならない。
6年間で擦り切れてしまった信頼を取り戻すために。
「伝える事で、未来を変えよう」




