柳南市奇譚⑬サソリ2
「みなさん、本日はお忙しい中、お呼び立てに応じていただきまして、本当にありがとうございます…!」
本松教授は、そう言って深々と頭を下げた
「…みなさん、先日は…僕のために、本当に…ありがとうございました」
教授の隣の希少年も、それに続いた
12月24日、クリスマスの夜
玉串県の私立大学、柳南大学の教授である本松聡は、先日の‘‘ジェネシス事件’’において、息子の希のために尽くしてくれた面々を、自宅に招いていた
広いダイニングの大きなテーブルには、石原、中田、桂子、美里&きらり、奥田が席についている
そのテーブルの上には、教授の友人の、レストランオーナーシェフの手による、豪華な料理が所狭しと並んでいた
「希くん、もう体調はすっかり良いのか?」
中田が、希に尋ねる
「はい、もうすっかり元通りです…まあ、以前と同じように、この体の秘密がバレないように、気をつけなくてはいけないですけど…」
少し笑いながら、言う希
「…あれから、息子と少し話しまして…ジェネシス細胞を安全に活動停止するための研究は、いったん打ち切ることに決めました」
希少年の言葉に続いて、教授は言った
「それは、どうして…?」
桂子が質問する
「…みなさんが、僕のために命がけで働いてくれたことを考えたら…僕のこの体も、もしかしたらいつか、誰かの役に立つことがあるんじゃないかって思って…父に、そう伝えました」
「ふふ、それは、素晴らしい心がけだと思うぞ…!」
奥田の言葉に、石原、中田、桂子、そして美里ときらりも、強く頷くのだった
「あとは…高宮さん、ですね」
教授が、中田の方を見ながら言う
「ええ、先ほど、もうじき着くと連絡がありましたので、間も無く到着すると思います」
中田が応える
「特殊機動班の方々には申し訳なかったのですが、息子の退院に合わせて、年内のうちにぜひ、みなさんにお礼をしたかったので…」
石原の方を向き、言う教授
「いえいえ、きのう、全員の見舞いをしてくださったので充分です。彼らも、非常に喜んでおりましたので」
石原は、笑顔でそう応えた
ピンポーン
インターホンのチャイムが鳴る
「お、高宮さんが到着されたようですね」
教授が、小走りで玄関に向かい、ドアを開けると…
「………遅くなってすみません、あの、1人、増えてしまったのですが、よろしいでしょうか…?」
この上なく恐縮した声と表情でそう言う高宮の左腕に、
がっしりと抱きついた、ビーが居た
「いえいえ、大歓迎ですよ!さあどうぞ!」
教授は、2人をテーブルに案内する
教授は、ビーのことを高宮の恋人だろうくらいに思ったのだろうが、
中田、桂子、奥田の3人は、もちろん驚く
「………あの、先輩?そちらは…?」
思いっきり困惑した様子で、聞く中田
「はじめまして…衛の、妻です」
左手薬指の指輪をちらりと見せるようにしながら、挨拶するビー
固まる、中田
目を丸くする、奥田
ショックを受けたような表情の、桂子
「あら~、高宮さん、こんな素敵な奥さまがいらっしゃったんですね~」
「なんと、失礼ながら、まだ独身だとばかり、思ってましたぞ!」
教授と同じく、事情を知らない美里と石原は、のんきな反応だった
「おい、悪い冗談はよせ…」
高宮は、げんなりした様子で左腕をビーから引き抜き、テーブルにつく
「ノリ悪いなあ」
そう言いながら、ビーも席についた
「こいつは俺の嫁じゃないし…だいいち、女性でもない…」
高宮としては、こう言えば誤解が解けるだろう、と思ってのセリフだったのだが、
「い、いいえ!…最近は、そういったことへの理解が進んでいますから、なにも!問題ないと思います!」
なぜか、目を輝かせながら、言う桂子
「そうですよ~、私も、とっても素晴らしいことだと思います~」
同じく、目をキラキラとさせ、美里も続いた
『わたしも、そうおもいます!』
きらりも弾む声で続いたのだが、中田と希は聞こえないフリをして、
「…本当に、男なのか?信じられん…!」
「…いや、まったく…!」
奥田と石原は、ただ驚くばかりだった
「………とりあえず、その指輪…早く返せよ…」
高宮は、力なく、そう言うのだった…
その後は、楽しい時間が過ぎていった
「すみません教授、ちょっとよろしいですか」
高宮が、トイレに立って戻ってきた教授に、部屋の入り口でそっと声をかける
「はい、何でしょうか」
「…少し、お話ししたいことが…」
夜7時に始まった宴席は、10時過ぎにお開きとなった
「ところで、いったいどういう主旨のパーティーだったの?」
高宮と2人で歩きながら、ビーが質問した
「…まあ、あの少年のことで、ちょっとあってな」
「ふーん、とってもかわいいコだったよね」
「未成年に変な気おこすなよ…?」
「ふふ、妬かない妬かない」
ブレないビーの反応に、ため息をつく高宮だったが…
「お前、外を出歩いて、大丈夫なのか?」
ふと、真剣な表情になり、聞く高宮
「…うん、まあ、ね…」
「………お前、もしかして、俺を心配して、出てきたりしたんじゃ…?」
「………」
「そうか………すまなかったな…」
高宮のスマホに、位置特定アプリを入れていたビー
前回、それで自分を助けに来てもらうことに成功したわけだが、もちろんビーの側からも、高宮の居場所を特定することが出来る
本松教授の家に招かれ、いつもの生活圏とはまったく違う場所に赴いた高宮に、何かあったのではと心配になり、ビーは高宮のところにやってきて、そのまま教授の家までついてきた…ということだったのだ
「すまん…一言、お前に声をかけておくべきだったな…」
「いいんだよ…私も、ちょっと慌ててたからさ…電話して安否を確認する、って手もあったのにね…」
「………」
「ふふ、これも、惚れた弱味ってやつ…なのかな?」
茶化すようにビーは言うが、2人を取り巻く空気は、すっかり暗いものになってしまっていた
「見つけたぞ…サソリ…!」
当たって欲しくない予感というものは、たいてい当たってしまうものらしい
突然聞こえた声に、2人が後ろを振り向くと、
そこには、黒いツマミ帽に黒いコートを羽織った、長身の男が立っていた
「………こんなに早く、やって来るなんてね…」
身構える、ビーと高宮
「最近は、AIの進歩が目覚ましい…お前の顔や骨格、動きのクセなどのデータを入力しておけば、あとは日本中の防犯カメラの映像を分析にかけるだけで済む…まあ、まだこの街に残っていたのは意外だったがな…」
そう言いながら、高宮の方を睨むツマミ帽
「そこのお前…この前は世話になったな…楽に死ねると思うなよ…!」
「今日は…あんた1人なの?」
ツマミ帽に、そう聞くビー
「まあな…この前のことで、俺の組織内での評価はガタ落ちだ…俺はどんな手を使ってでも、この汚名を返上せねばならん…!」
そう言いながら、ツマミ帽がコートの中から取り出したのは、
「………嘘、だろ…」
なんと、小型のサブマシンガンだった
「くっ…!」
とっさに、4本のダーツをツマミ帽に投げつけるビー
そのすべてが命中するが…
「俺にお前の針が通じないのは、もう知っているだろう」
ツマミ帽は身動きひとつせず、すべての矢を体で受けたのち、払い落とす
例によって、コートの下には防針衣を着込んでいるのだ
「では、まずはお前に死んでもらおう」
マシンガンの銃口を、
高宮に向け、
引き金が、引かれる
「おじさんっ!」
ビーが、
高宮を庇い、
すべての弾丸を、その身に受けていた
「ビー!」
体中から血を吹き出し、倒れるビー
「…まさか、お前が他人を庇うとはな…連れ帰って汚名返上の材料になってもらうはずが、予定が狂っちまった…」
憎々しげに、吐き捨てるツマミ帽
「…おじさん…ごめんね…」
息も絶え絶えに、ビーが言う
「…おじさんも…きっと逃げられない…こんなことに巻き込んで…本当にごめん…」
そんなビーの言葉が耳に入らない様子で、
高宮はビーの耳元に顔を寄せ、
こう聞くのだった
「ビー!…お前は…!」
「たとえ自分が人間ではなくなってしまうとしても…それでも、生きていたいか…?!」
「え…なに?どういうこと…?」
高宮の言葉の意味が分からず、困惑するビー
「答えろ!お前は、自分が人間ではないものに変わってしまうとしても、それでも、まだ生きていたいか…?!」
必死に問いかける高宮に、
「………よく、わからないけれど…」
「………わたし…」
「まだ、生きていたい…」
ビーは、そう答えたのだった
「その言葉…確かに聞き届けたぞ…!」
高宮は、ジャンパーの内ポケットから、何かを取り出した
「別れは済んだか…?なら、そろそろお前にも死んでもらうとしよう…」
ツマミ帽はそう言って、ビーの傍らにひざまづいた高宮に、マシンガンの銃口を向ける
が、
「え…?」
ツマミ帽は、自分の見ているものが信じられなかった
何十発もの弾丸をその身に受け、少なくとも瀕死状態であるはずのサソリが、
その体を起こし、
立ち上がって、いく
そして、
立ち上がったサソリが、こちらを見ているのだ
「………はっ?!」
気がついた時には、自分の視界からサソリの姿が消え、
「うっ…!」
自分の首筋に、針が突き立てられる感触を最後に、意識を失ったのだった…
「………私、いったいどうなったの…?」
困惑するビーに、
「‘‘ジェネシス細胞’’という、宿主の生命を強力にサポートする細胞を、注射させてもらった…効果は、ご覧の通りだ」
そう、高宮は答えた
「マシンガンで撃たれた傷が、もう完全に塞がってる…信じられない…」
自分の体をあちこち触りながら、言うビー
「今後、こういうことが起こる可能性があるだろうと思って、さっき教授に頼み込んで譲ってもらったんだ…まさか、こんなに早く使うことになるとは思わなかったが…」
そう言いながら、高宮は、もう1本のアンプルを取り出し、その中身を注射器に吸い込む
「おじさん…?」
「緊急だったとはいえ、お前を人間でないものにしたのは、ほとんど俺の独断だ…お前だけを、そんな目にあわせるわけにはいかない…」
そう言いながら、自分の腕に注射器を刺そうとする高宮
だが、
その注射器を、ビーがはたき落とす
「おい…!」
「…おじさんまで、人間を捨てることはないよ…」
涙を流しながら、ビーは言うのだった…
「この体があれば、私1人の力でも、組織を壊滅させることが出来るかも知れない」
ビーは、強い決意を固めた表情で、そう言った
「このまま逃げ続けていても、何も変わらない…おじさんを守るためにも、私…行くよ…」
「………そうか…わかった」
「………おじさん…色々と、ありがとう…それじゃ、これ、返しとくね」
左手薬指の指輪を外そうとする、ビー
しかし、高宮はそっとそれを止める
「え…?」
高宮の顔を見るビー
「その指輪は、まだお前に預けておくことにする」
この上なく真剣な顔で、高宮は言う
「それは俺にとって、とても大切なものだ…だから、絶対に返しに来い。いいな、絶対に、だ」
「………バカだな、おじさんは」
「そんなこと言われちゃったらさ…」
「…」
「…わかった…ありがとう、おじさん…」
ビーは、小さく片手を挙げ、歩きだす
その背中を、高宮はいつまでも、見送っていた…
~終~