第2話
草原を歩き始めてしばらくすると、のどが渇いてきた。だが、水の気配はない。辺りは見渡す限り草と小さな丘ばかり。遠くに見えた城も、思ったより距離があるようだ。
「とりあえず、あそこを目指すしかないか……」
現実では考えられないほど軽い足取りで歩き続ける。異世界だからなのか、それとも冒険者の身体になったからかはわからない。ただ、妙に身体が動く。
やがて、丘を越えた先で異様な気配を感じた。
――ガサッ。
振り返ると、草むらから一匹の獣が姿を現した。狼よりも大きく、体毛は黒く濁っている。目は血のように赤い。
「……魔物?」
狼のような姿をしているが、背中にはトゲのようなものが生えている。普通の生き物ではない。
獣は唸り声を上げると、一気に飛びかかってきた。
反射的に腰の短剣を抜いたが、手が震える。武器なんて持ったことがない。それでも逃げるわけにはいかない。
「くそっ……!」
獣の爪が振り下ろされる。その瞬間――視界が一閃した。
右肩に激痛が走り、血が飛び散る。叫ぶ間もなく、体が吹き飛ばされる。背中から地面に叩きつけられ、息が詰まる。
「……ぐ、あぁ……」
何とか立ち上がろうとするが、足に力が入らない。獣はゆっくりと近づいてくる。その牙にはさっき自分の血がこびりついていた。
――死ぬ。
そう思った瞬間、獣が飛びかかってきた。
ガブッ!
鋭い牙が胸を貫く。熱い血が溢れ、意識が遠のいていく。
……だが次の瞬間、ふっと身体が軽くなった。
気づけば、自分の部屋にいた。
汗でシャツがべったりと貼りつき、心臓が激しく打ちつける。だが、肩には傷一つ残っていない。胸の痛みもない。
「……戻った、のか?」
机の上には、あの切符が何枚かあった。
「……次は、負けない」
もう一度、切符に触れた。世界が反転し、再び異世界へと吸い込まれていく。