シーン10.じゃりっと、かじる音が素敵だねっ!
「・・・・・・・ハル・・・」
夕飯の買い物にでも行こうと準備をしていると、アキ姉がなにやら鬼気迫る表情で声をかけてきた
「なに、面白い顔して」
「・・・・・・・・これでも一応思いつめた顔なの」
「はいはい、それで、何でございましょうか。お嬢様」
「・・・・・・・・・きゅうり」
「は?」
「・・・夕飯のお買い物行くんだよね?じゃあきゅうり買ってきて・・・・なるべく大きいの・・・」
「アキ姉きゅうり嫌いじゃなかったっけ?」
「うん・・・・・彼等は私の敵・・・」
「じゃあ何故にその敵をわざわざ我が本拠地まで招き入れるのだ?」
聞くと、アキ姉は居心地悪そうにそわそわして
「・・・・・・おいしそうに・・・見えたから」
「へ?美味しそうにって、その敵が?」
「・・・・うん、昨日ので・・・・その」
ああ、なるほど。
俺は納得した、昨日街の電気街のテレビにアキ姉が食い入るように見ていたものを
【となりのトOロ】だ
俺も少し見てたんだけど、畑できゅうりをおいしそうに食べるシーンは心に残っていた。
確かにアレだけいい音を立ててかじっているシーンを見れば、もしかしておいしいのかも?なんて思っても不思議じゃないだろう
「いいけどさぁ、買ってきたからには食べろよ?」
「・・・・・うん。任せて・・・ハル・・・・・・」
先ほどの面白い表情とは違って、今度は本当に沈痛な表情だ
嫌いな食べ物に挑戦するとなると、やはり意気込みが違うのだろう
一時間後
アキ姉は俺が買ってきたきゅうりを手に持ち、にらんでいた
でかい
まさしくあの映画並みの大きさだ
農家から直で仕入れた活きのいいのが一本だけ残っていたので買ってきたのだ
大きさのわりに値段はそんなにしなかった
ビバ☆農家!
「・・・・・うぅ」
大きさ、色
昨日の映像を脳裏で反芻しているのだろう
それは端から見ればたしかにおいしそうにみえる。アキ姉にもきっとそう見えているだろう
しかし果たして、ずっと嫌いだったきゅうりを克服することができるのか・・・
あ、かじった
とてもとてもいい音をして、今、きゅうりがかじられました!
そして瑞々しい音を立てながら咀嚼されます
おお、噛んでます、噛んでます
あの、大きなきゅうりを!
これはもう克服したと言っても過言ではないのでありませんか!?
・・・・おっと?
なにやらアキ選手の様子が変だ?
額からだばだばと汗が流れてきました!?
これはもう、身体が拒否反応を起こしてるとしか・・・・・・
「・・・・・・・・うぇ・・・・・まずぃぃぃ・・・・・」
涙目で訴えるアキ姉
やはり敵は強かったか・・・・・・
「・・・・・・無念・・・」
がっくりと打ちひしがれるアキ姉に俺は優しく語りかけた
「まぁ、嫌いなものはそう簡単に克服できないさ」
「・・・・・・うん。私にはまだ、強すぎる敵だった・・・・・・・・・」
「でもね、約束だから」
「・・・・・・?」
「残さず食べなさい」
「!?」
その瞬間
アキ姉はこの世の終わりでも見るような顔をしていたけど、俺は見えないフリをした
「あ、それと。食べなきゃ晩御飯抜き」
「は、ハルぅぅ・・・・・・」
伸ばされる手は一切無視して俺は台所に行った
その後・・・・
「・・・・・・・・・きゅぅぅぅぅ・・・・」
「あ、姉貴・・・・何してんだ?」
「うわぁ・・・・完全にダウンしてる・・・やりすぎたか」
頭がおかしくなりながらも20分くらいかけて、アキ姉はきゅうりを完食した
けど、でかいきゅうりを丸ごと、しかも嫌いなものを食べた苦しさも相まって、結局夕飯はほとんど食べれなかったのでした
「・・・・・・きゅぅぅ・・・・きゅーたんもうダメ・・・・・・・」
ああ、悲劇
合掌――