シーン9.友達
「フユちゃん。この間の続きしよ~?」
少し間延びした声をかけてきたのはシアちゃんといって、私が誕生日に高級セットをプレゼントしてから一緒に遊ぶようになった女の子・・・・じゃなくて、遊んであげるようになった女の子、が正しいかな?
シアちゃんはぼやーっとしてのんびりやで、間抜けなとこがある静かな子。
とにかくトロいので友達があまりいない
「んー・・・いいよ」
この間の続きというのはビーズ遊びのことだ
シアちゃんが持ってきたビーズを組み合わせてアクセサリーや動物の形を作って遊ぶ、というなんともシアちゃんらしいおとなしい遊び
・・・正直、あたしはこの遊びがあまり好きじゃない
あたしは不器用だから
もともと身体を動かして遊ぶのが得意で、今までも男子に混ざってボールで遊んでいることが多かった
でも、あたしは何故だかこの子に付き合っている
はて、どうしてだろう。自分でもわかんないや
「ねえねえ、フユちゃん。たまには私たちとも遊ぼうよ」
シアちゃんの隣のベンチに座ろうとしたとき、別のほうから声がかかった
私が仲良くしていたグループの女の子たちだった
「今ね、男子も混ぜてバスケするの。フユちゃんもやろ?」
「んー、でもあたし・・・・」
「・・・・フユちゃん、行ってきなよ~」
この子の面倒見なきゃ
そう言おうとした時、ほやほや笑いながらシアちゃんが言った
「ん、でも初めに遊ぶって言ったのシアちゃんだし」
「フユちゃん、身体動かすの好きでしょ?」
「うん、そうだけど・・・・じゃシアちゃんも一緒にやろ?」
シアちゃんはちらりとあたしの後ろを見て、首を振った
「私、運動苦手だから・・・・混ざったりしたら皆楽しめないよ」
「そんなこと・・・」
「いいから」
なぜか強引に
いつもどおりの笑顔で
シアちゃんは柔らかく笑いながら言った
「ほら、私も怪我したくないし~」
「・・・・・・そっか」
あたしは納得してしまった
正直、身体を動かして遊ぶほうが楽しそうだったから
だからあたしはあっさりと、仲のいいグループの中へと入っていった
ふと、振り返ってシアちゃんのほうを見る
一人でビーズを出して遊んでいる
別に寂しそうじゃない
あたしと遊ぶようになる前はいつもそんな感じだったし、気にすることは無いかな
あたしはそう思って公園から出て広場へと向かった
そしていっぱい遊んだ
誰よりも動いて、点を入れて
楽しかった
もともと身体を動かすのが得意で、身体を動かすのが好きなあたしだもの。楽しくて当然のはず
でも、なんか変だった
楽しいのに、なんか変
シアちゃんと遊ぶよりも断然こっちのほうが楽しいのに・・・なんか変
よくわからない
よくわからないけど
なんとなく明日はシアちゃんとビーズ遊びでもしようと思った
翌日、シアちゃんは公園に来なかった
今思い返してみれば、彼女は身体の弱い子だ
トロくて、間抜けで、おとなしくて、そして身体まで弱いなんて・・・
あたしはその日、仲のいいグループの誘いを断った
"なんとなく"理由は無い
ベンチを見ると、昨日遊んでいたビーズが数個落ちていた
あたしはそれを拾い上げ、ベンチの上に並べてみる
そしてなんとなく、シアちゃんが遊んでいたように少ないビーズを色々な組み合わせでいじってみた
つまらない
すごくつまらない
すごくさみしい
こんなことをシアちゃんはやってたのかな
ずっと一人でやっていたのかな
あたしと遊ぶようになるまで
あたしが昨日友達と遊びに行ったときも、ずっと・・・・・・
なんだろう
なんだかイヤな気持ち
今日はもう帰ろう
その日、あたしは家に帰ってからハル君とアキ君に相談してみた
「・・・・・友達と一緒にいる理由?」
「まったお前は・・・小難しいことを聞いてくるね」
「なんかね、最近気になっちゃって」
ハル君は呆れたような顔でため息をついた
「お前な・・・前々から思ってたけどさ、色々考えすぎじゃないのか?子供のクセに」
「・・・・・・うん。私もそう思う・・・」
「・・・そうかな?」
「そりゃ友達だろうがなんだろうが、人と一緒に居る理由はたくさんあるさ。でもな、子供のころからそんなこと気にしてたら絶対ろくなことになんないぞ。子供は子供らしく思ったとおり素直に行動してればいいんだよ。大人になったらそういうこと中々出来ないし、出来なくなってから後悔したり・・・・・な。アキ姉」
「・・・・・・・・・・うん」
アキ姉は俯いてるから長い髪が邪魔して表情が見えないけど
ハル君は何故か少し哀しそうに笑って見せた。もしかすると自分の子供のころでも思い出してるのかもしれない
「・・・・・・私、シアちゃんに会いたい」
唐突にあたしは言った
シアちゃんの名前なんか一度も出してないのに行き成りこんなことを言って、二人はさぞかし変な顔をしてると思う
でも、あたしの予想と違って
二人は笑ってた
「・・・・・フユ、行って来ていいのよ」
「え・・・・いま?」
「おう。家は知ってるよな?こないだプレゼント持ってったし」
「で、でもいきなり・・・」
「子供は遠慮しない、恥ずかしがらない。そんなの邪魔なだけだから」
そう言ってハル君はあたしを家から追い出した
扉の向こうからアキ姉がおろおろと『やりすぎじゃない?』と言ってるのが聞こえる
これはもう、シアちゃんに会って帰ってくるまで入れてくれないだろう
だから仕方なくあたしはシアちゃんの家に向かう
仕方なく。そう"仕方なく"
突然の訪問にシアちゃんは凄いびっくりしていた
顔には余りだしていないけど、しばらく一緒にいた中で、誕生日に訪問したときに並ぶくらいに驚いていた、はず
シアちゃんはどうやら風邪だったらしく、赤い顔で『風邪がうつるといけない』と言って玄関先で相手をしようとしたけど、あたしはなんとなく強引に上がりこみ、なんとなくシアちゃんの部屋まで突撃した
家の人はどうやらお仕事で留守のようだ
なんとなく
そう、なんとなく
それだけを理由に私は動いていた
シアちゃんはベットに戻り、あたしは遠慮無くベットの横に腰掛けた
「具合、どう?」
「うん。だいぶ良いよ。明日には治ってると思うから」
「・・・そっか」
しばらく会話が止まる
・・・・・・私は何しにここに来たんだろう。そういえば考えてなかった
沈黙が気まずくて窓に視線を向けていたあたしは、シアちゃんのほうに視線を向けなおす
シアちゃんは・・・何故かいつも以上にほやほやとした笑みでこちらを見ていた
「な、なに?」
「前の誕生日みたいに用事があって来たとか、そういうのじゃないんだね」
「あ・・・・・・ご、ごめんね。用も無いのに来ちゃって・・・・・・」
あたしが謝るとシアちゃんはきょとんとした顔で言った
「なんで謝るの?」
「え、だって・・・」
「用が無いのにきてくれたから、私は嬉しいんだよ~」
「え?うれしい・・・・?」
「うん」
シアちゃんは笑っている
なんだか私は
いろんなことがどうでもよくなって
なんとなく、笑い返した
「フユちゃん。ビーズ遊びの続き、しよっか」
「え、あるの?」
「うん。いっぱいあるんだよ~」
シアちゃんはベットから上半身を起こして、近くの棚から一つの箱を取り出した
その箱には公園で見たときよりもたくさんのビーズが入っていた
「・・・・・うん、やろう」
あたしは気がついた
このキモチは嬉しいキモチとよく似ている
ああ、そうか
私はシアちゃんといると嬉しいんだ
トロくて、間抜けで、静かで身体が弱い子と楽しくない遊びをする
でも、なんだか嬉しい
それはきっと、楽しいよりも上のこと
「ねぇ、シアちゃん」
「うん?」
「今度さ、バスケしようよ」
「え、でも・・・私、身体動かすの苦手・・・」
「だから得意なあたしが教えるの。で、ビーズ遊びはシアちゃんが教えてくれるの」
「わぁ・・・」
「ね、一緒にやろう?」
「うん・・・・うん、一緒にやろう」
シアちゃんはベットの上で
私はその横に座り、時々話しながらビーズをいじる
夕焼けに染まっていく
ビーズがきらきら光っている
それが楽しくて、時間いっぱいまで私たちは笑っていた
そんな茜色の思い出をあたしは忘れることは出来無いだろう
一緒にいると嬉しい
理由はきっとそれで十分
そのことをずっと忘れずに、この時間をずっと忘れずに
ずっとずっと、友達でいられるように――――