一話
ある春の日の、昼下がりのことである。
王立魔法学院の生徒会室で、男女の生徒が向き合っていた。
女生徒の名は、リメリア・ガーネット。大貴族ガーネット公爵家の一人娘であり、冬の湖のような白銀の長い髪に、あざやかな青の瞳の美少女である。雪のような色白の頬に、優雅な微笑みを浮かべ問う。
「殿下、お話とはなんでしょう?」
「ああ」
対面の男子生徒の名は、アスラン・メルティス。このメルティス王国の王太子で、春の陽光のような金の巻き髪に、翡翠色の瞳の美男子である。彼はソファにゆったりと腰かけ、リメリアの問いに微笑みかえした。
「リメリア、君とは結婚できない」
「は?」
王子の唐突な一言に、リメリアは目を丸く見開いた。
(いけない。淑女らしからぬ声を出してしまったわ)
リメリアは、内心の動揺を押し隠すため、手に持ったティーカップに唇をつける。優雅に一口含んだ後、王子の瞳を見返した。
「殿下。私たちって、いつの間に婚約したんでしょう?」
何の約束も無いのに、なぜそんな話になるのか。
そりゃ、王太子であるアスランと公爵家の姫であるリメリアは幼い頃からの友人で、そんな噂が立つこともあるけれど。
アスラン王子は、大きく頷いた。
「そのとおり、私と君は良い友人だ。そこのところを、皆にもよーく、わかって貰いたいと思っているんだよ」
「どういうことですの?」
すると、アスランは少し照れたように、口元をむずむずさせた。
「……あー、リメリア。ステラ・クオーツ嬢のことは知っているよね」
リメリアは王子の様子を胡乱に思いつつ、頷く。
「ステラ・クオーツ嬢と言えば……平民でありながら魔法の才を認められ、王侯貴族しか入学を認められない『王立魔法学院』に入学した方ですわね」
「うん。実は、彼女は私の恋人なんだよ」
「恋人!?」
リメリアは、ぎょっとして叫んだ。
「ステラは才能に溢れ、優しく、笑顔もとても可愛いんだ。本当に、彼女ほど素晴らしい女性を私は見たことがないよ。それで先日、ついに想いを打ち明けてしまった」
「……まあ、そうですの」
「だが、ステラは平民だろう。彼女を伴侶にすると言ったら、絶対に五月蠅く言われるじゃないか。それこそ、身分をかさに着て、自分の娘を強引に嫁がせようとする者もいるはずだ」
「あら」
リメリアは驚いたように口元を押さえつつ、「そりゃそうだろう」と思った。
ステラ嬢がいくら優秀であっても、平民の王妃に頭を垂れるなど言語道断。そのように思う貴族が殆どだろう。特に、殿下と似合いの年頃の娘を持つ、大貴族なら尚更のこと――
そこまで考えて、先の殿下の発言が甦る。
「殿下、まさか」
「そう。君の父君――ガーネット公が、私と君をくっつけようとして、必死なんだよ。これまでさんざん躱してきたから、「ステラを妃に」なんて言ったら、血を見かねない」
アスランの目が、きらりと光った。
「だから、リメリア! 君から、「王太子なんぞと結婚する気はない」と宣言して欲しい。愛娘の言う事ならば、ガーネット公とて諦めるだろう。それに、ガーネット公爵家が引いたとなれば、他の貴族も言わずもがな。――ここは一つ、君の友情を私に示してくれ!」