3.制限
東京都贈ヶ丘中学校。
2年2組の教室。
朝、がやがやと複数の話し声が聞こえる中。
「今度、文化祭の出し物決めがあるので、各自やりたいことを考えといてください」
安田が言った。
2組の女子の中で中心的な立ち位置にいる女子。
安田はイベントの実行委員だった。
「文化祭か、もうそんな時期か」
到極がぼんやり呟いた。
「出し物だって、何する?」
そんな声が教室のあちこちで聞こえ始めた。
――。
――――。
休み時間。
図書室から出てくる安田。
手にはたくさんの資料を抱えていた。
「あ、安田さん」
そんな場面に到極が出くわした。
「到極くん」
「僕、手伝います。半分持ちますよ」
その様子を見て到極が言った。
「ありがとう、助かるわ」
「これって、過去の文化祭の記録ですか?」
「うん。今年は球技大会も六園祭も大盛り上がりだったでしょ? だから文化祭も絶対成功させたくて」
安田が明るく言った。
「そっか、そうですよね」
そう言って到極は去年までのことを思い返した。
去年、到極が中学1年生の時の文化祭。
始まってから終わるまでの時間を、到極は誰も来ない教室で独りで過ごした。
到極にとって学校のイベントは苦痛なものだった。
だが、今は違う。
今の到極にはティアや桜がいる。
一緒にイベントを楽しむ仲間が。
そして安田のような文化祭を楽しみにしている生徒の想いも知ることができた。
(文化祭、盛り上がるといいな)
去年までは思わなかったこと。
そんなことを今の到極は思った。
――。
――――。
昼休み。
ボランティア同好会部室。
「失礼しまーす」
到極が言った。
そう言って部室に入る到極。
手にはお弁当を持っていた。
「いらっしゃい、縁ちゃん」
神崎が言った。
今日は神崎に誘われて、部室で一緒に昼食をとることになっていた。
「いま飲み物用意するね」
そう言ってポット等の置かれた教室の端に向かう神崎。
部室には隼人たちもいた。
「お前、到極には甘いよな。俺には飲み物なんて用意してくれたことないのに」
隼人が言った。
『なんで私がやらないといけないんですか、自分でやってください』
隼人の頭には普段の神崎の台詞が浮かんでいた。
「先輩は部員で、縁ちゃんはお客さんなんですから、当たり前です」
神崎が言う。
準備を終え、向かい合って座る到極と神崎。
「「いただきます」」
楽しく会話しながら食事をする2人。
その様子を見て。
「それにしても、お前らって本当仲良いよな。ただの従兄妹同士とは思えないくらい」
隼人が言った。
その言葉にガタっ! と神崎が肩を震わせた。
「そ、そそそそうですか? どこもこれくらいだと思いますけど?」
神崎が言った。
普段とは違うあたふたした様子の神崎。
神崎の意外な反応、それを面白がる隼人。
そんなやり取りはこの後も続いた。
部室の昼休みはそんな風に過ぎていった。
◇ ◇ ◇
2階の廊下。
ティアと夏目が歩いていた。
「もう半年かぁ。時が経つのは速いね」
2組の学級委員、夏目が言った。
ティアが転校して来てから、もう半年。
「……うん、色々なことがあった」
ティアを狙う組織との戦い。
海外にも行った。
そして、礼夏や両親との再会。
「礼夏さんとはどう?」
夏目が聞いた。
「今度の休み、また一緒に親に会いに行く予定」
ティアが言った。
「そっか、じゃあ変わらず仲は良いみたいだね」
夏目が言った。
こくり、とティアが頷いた。
そんな話をしながら教室に入る2人。
2年2組の教室では。
「桜さん。今度の休み、どこか遊びに行きませんか?」
佐々木が桜に向かってそんな事を言っているところだった。
「いいですよ、今のところ他に予定もないですし」
桜が言った。
よっしゃ! とガッツポーズをとる佐々木。
ティアも桜も礼夏も。
何かしら、この先の予定はあるようだった。
この3人だけではない。
到極も隼人も、この学校の生徒たちも。
いやこの町の、この世界の人々全員が。
何かしらの予定を抱え、思い思いの日常を過ごしていた。
◇ ◇ ◇
数日後。
チームLのシェアハウス。
「ふぁ〜あ」
そんな声と共に目を覚ます到極。
時計は午前10時を過ぎていた。
いつもより遅い起床。
今日は休日だった。
寝ぼけ眼でリビングに向かう到極。
リビングでは既に起きていたティアたちがテレビを点けていた。
テレビの音声が到極の耳に届く。
その音声が到極の意識を覚醒させる。
(今、なんて言った?)
思わず耳を疑う到極。
鼓動が速くなる。嫌な汗が流れる。
だが何度聞いても、内容が変わることはなかった。
『――緊急事態宣言が発令されました』
『本日、都知事は東京都全域に緊急事態宣言を発令しました。都民の皆様は不要不急の外出を自粛してください。繰り返します。本日、都知事は――』
理由は捕食獣だった。
捕食獣が都内に数十匹確認されたこと、捕食獣は異能者を感知できること、捕食獣に襲われた異能者は異能を発現できなくなること。
それらが判明したことが理由らしい。
知っていた。知っていたはずだった。
日常は簡単に崩れること。
実は毎日が奇跡のような綱渡りの連続だってこと。
何人もの敵と戦い、何度も危機を乗り越えてきた。
その度に日常の尊さを感じてきた。
それなのに。
(また、守れなかった……。僕たちの日常を)
テレビの前。
到極が拳を握る。唇を噛み締める。
昨日までの普通は昨日で終わった。
この日から到極たちの制限された日常が始まった。




