11.帰国
「このままヴァルデリア王国に残っていただけないでしょうか?」
シルヴィアが言った。
(そ、そんな――)
「ヴァルデリア王国、できれば王室で私たちと一緒に暮らしていただきたいのです」
シルヴィアが続ける。
「もちろんタダでとは言いませんわ。部屋はこちらで用意しますし、お給料もお支払いします。食事も王室にいる限り困ることはありませんわ」
「どうです? 悪い条件ではないと思いますが」
シルヴィアが聞いた。
扉の外では桜が考えていた。
(どうしよう、到極さんと離れ離れになっちゃう。でも、私が王女様に勝てる所なんてないし……)
自分とシルヴィアを比べ、落ち込む桜。
(嫌だ、わたし、到極さんと離れたくない。もっと一緒にいたいよ……)
桜の眼には涙が浮かんでいた。
そんな中、到極が口を開いた。
「――すみません、シルヴィア様」
(えっ?)
意外な回答に驚く桜。
「そうですか、理由を聞いてもよろしいですか?」
「理由、ですか」
「私はあの方が理由だと考えています」
「あの方?」
「ティアさんです」
シルヴィアが言った。
シルヴィアが続ける。
「彼女の頭脳と異能のセンスはどちらも素晴らしい。悔しいですが、彼女ならあなたが一緒にいたいと思う相手に選ぶのも分かります」
「そう、ですね。確かにそれもあります」
「も? ではそれ以外にも何かあると?」
「桜です」
「桜、さん? 素敵な方だとは思いますが、見たところ彼女は普通の女の子。ティアさんと違って"特別な何か"があるとは思えませんが……」
「僕、桜と約束したんです。「桜が辛い時にそばにいる」「桜が悩む時は僕も一緒に悩む」って。だから、僕だけ桜と離れてここに残ることはできません。すみません」
(到極さん……///)
約束を覚えていてくれた。
ただ覚えていてくれただけではない。
その約束を王女の言葉よりも優先してくれた。
そんな到極に、桜は改めて心惹かれた。
「王女の言葉よりもお友達との話を優先するなんて、不思議な方ですわね」
シルヴィアが言った。
特別な才能だとか、肩書きだとか。そんなことは関係なかった。もっと根底にある気持ちに従って、この少年は行動している。そんな気がした。
(でもそんな誠実な方だから、私も惹かれたのでしょうけど)
シルヴィアが心の中で呟いた。
「大切な約束なら仕方ありませんね。貴方を勧誘するのは、今は諦めます」
するとシルヴィアが再びそわそわし始めた。
そして、少し照れた様子で口を開いた。
「でしたら、その、連絡先の交換はいかがでしょうか」
「それくらいで良ければ、ぜひ」
到極が笑顔で言った。
連絡先を交換し、部屋を出る到極。
部屋を出たところで桜と鉢合わせた。
「どうしたの桜、こんな所で?」
「え、あ、少し道に迷っちゃって、あはは……」
桜が言った。
「何かあった?」
「何がですか?」
「桜の目、赤い気がしたから」
そう言われて、慌てて顔を隠す桜。
「っ! なんでもありませんっ……」
必死に表情を整え、笑顔をつくる桜。
「さぁ、行きましょう! 到極さん」
ほんの少し瞳の潤んだ笑顔で、桜が言った。
「そうだね、帰ろうか。僕たちの家に」
「はい♪」
桜が答えた。
到極と桜が並んで廊下を歩いていった。
◇ ◇ ◇
宮殿内。
執事、スコーピウスの部屋。
彼は仕事中だった。
机に向かい、大量の書類に目を通し、部下に指示を出すスコーピウス。
指示を受け、一礼して部屋を去る部下。
部屋に一人だけになるスコーピウス。
そんな時だった。
ふと、作業の手を止めるスコーピウス。
そして、机の引き出しをゆっくりと引いた。
引き出しの中にあった物がゴトッと音を立てた。
彼の引き出し、その中に入っていた物。
それは"仮面"だった。
笑顔のような泣き顔のような不気味な表情の仮面。
藤崎レイラを襲い、月島と隼人の前に現れた男が着けていた仮面。
仮面をじっと見つめるスコーピウス。
引き出しを閉め、彼が最初に手に取ったのは一枚の文書だった。
それは周辺国から届いたものだった。
内容は王国に対する要求。その文書からは政治的な緊張感が感じられた。
「ふふふ……」
それを見て、スコーピウスは笑った。
バード教(新解釈派)を焚き付け、王女の暗殺を企てた事。
それだけではない。
王女の護衛に到極たちが選ばれたことも。
数ヶ月前、建設現場で事故が起きたのも全て。
彼が裏で手を回していたことだった。
スコーピウス。
彼の真の目的、それはまだ分からなかった。
だが一つ、分かっている事があるとすれば。
それは。
ヴァルデリア王国は近々、周辺国と戦争になる。
王国は今、その道を進んでいるという事だった。
◇ ◇ ◇
数日後。
日本、東京都贈ヶ丘。
「これ、どうかな?」
「いいと思う」
到極の問いかけにティアが答えた。
ヴァルデリア王国から無事帰国した到極たち。
今日はデパートに買い物に来ていた。
シルヴィアとドロシーに何か日本の品をプレゼントしようという事になり、その品を選んでいる所だった。
無事に買い物を終えた到極。
トイレに行くため一度ティアと別れた。
用を済ませ、トイレから出てティアに声をかける。
「あ、ティア。おーい!」
だが。
ティアはそのことに気付いていないようだった。
(聞こえてないのかな?)
そんな時。
「……どうしたの?」
そう言ってティアが現れた、別の方向から。
「あれ、ティア? 今、ティアに声をかけたつもりだったんだけど……」
(人違い、だったのかな。でも、それにしてはずいぶん似てたけど……)
ティアにそっくりな少女の正体を、到極はまだ知らない。それを知るのは数週間後のことだった。
デパートを出て、外の大きな通りを歩く2人。
並んで歩く到極とティア、そんな2人の上では。
数羽の鳥たちが大空を飛んでいた。
(ヴァルデリア王国に着いた時も、こんなことがあったっけ)
その光景を見て、到極は遠い王国に思いを馳せた。
【第6章 王女護衛編 完】




