6.礼夏の選択
礼夏がティアを本部に送った後。
東京都贈ヶ丘。
バスターミナル前。
リュックを背負いキャリーケースを引く少女。
海野礼夏だ。
歩きながら礼夏はこれまでの事を思い出していた。
夏恋がいなくなって以来。
両親が時々、自分に夏恋の姿を重ねていることには気付いていた。
気付いていたからこそ、自分は出来るだけ夏恋のように振る舞った。
夏恋の好きだった服を着て。
夏恋の好きだった音楽を聴いて。
夏恋のように勉強に励んだ。
だがそれも今日で終わりだった。
だってティアが現れたのだから。
これからはティアが両親と暮らす番だ。
夏恋の代わりは、今日で終わり。
あの家での私の役目は終わった。
そう思いながら足を進める礼夏。
「――待って!」
そんな礼夏に、一つの声が聞こえた。
振り返る礼夏。
「くっ……!」
礼夏の顔がゆがむ。
そこにいたのは息を切らし、肩で息をする少年だった。
到極縁が礼夏の元に駆けつけた。
◇ ◇ ◇
「あれから改めて考えたんだ」
到極が言った。
到極が続ける。
「礼夏さんの言うとおりだった」
「僕が甘かったんだ。誰かの罪を他人が代わりに償うことなんてできない」
「これは礼夏さんの問題で、僕にはどうすることもできないんだって」
これが到極が考えた末に出した答えだった。
到極が言い終わったのを見て、礼夏が言う。
「やっと気付いたのね。だったら早く私の前から消え去りなさい」
「それは出来ない」
だがその言葉を到極は拒絶した。
「はぁ?」
思わず間抜けな声が出る礼夏。
「僕には確認しておかなきゃいけない事がある。それが終わるまで、立ち去る事はできない」
到極が強い口調で言った。
「はぁ、何よその確認しなきゃいけない事ってのは?」
あきれたように言う礼夏。
そんな礼夏に、到極が言う。
「その償い方で本当にいいんですか?」
「っ!」
到極の言葉に思わず息が詰まる礼夏。
「この町から出て行くつもりなんですよね、礼夏さん」
到極は気付いていた。
礼夏がこの町を出ようとしている事を。
両親の前から姿を消そうとしている事を。
到極が続ける。
「ご両親とティアの前からいなくなる事。それが本当に正しい償いなんですか?」
「4人でまた一緒に暮らすこと。それは償いにはならないんですか?」
「ティアが帰ってきたら今度は礼夏さんがいなくなる。そんなの、ご両親が納得するはずがない」
「娘がいなくなった時、ご両親がどれだけ悲しむか、礼夏さんはすでに知ってるはずだ」
立て続けに繰り出される到極の言葉。
それを受け、礼夏の表情が徐々にゆがんでいく。
「そんな簡単なことに、礼夏さんが気付いていないはずがない」
到極がそう言い切った。
「夏恋が、ティアが帰ってきたんだからそれでいいじゃない。これからはあの子がすべての愛情を注いでもらう番。私の役目はもう終わったの」
礼夏の言葉。
その言葉からは諦めや罪悪感が感じられた。
到極が拳を握る。
爪が食い込むほど強く。
そして、意を決して叫んだ。
「礼夏さんは礼夏さんだ、夏恋ちゃんの代わりじゃない!」
到極の叫び声が辺り一面に響いた。
その言葉に思わずはっとする礼夏。
到極の言葉は続いた。
「誰かが帰ってきたら誰かが出て行かなきゃならないなんて、そんな事はないはずだ。家族なんだから」
「罪を償うっていうなら、それほど家族を思う気持ちがあるなら。ならばこそ、一緒に生きていくべきだ、礼夏さん!」
ありったけの思いを吐き出した到極。
はぁはぁ、と息を切らす。
その姿に、礼夏はしばらく目を奪われていた。
◇ ◇ ◇
「まったく。本当お節介ね、あんた」
礼夏が言った。
「でもどうして分かったの? 私がこの町を出て行こうとしてるって」
礼夏にそう言われ、到極が説明した。
今日、海野家に行ったこと。
その際、礼夏が書いた置き手紙を見つけたことを。
「よりによってあんたに見つかったんだ、あれ」
やれやれといった感じで言う礼夏。
「仕方ない、家を出ていくのは考え直す。それに気がかりだった事もあるしね」
「気がかりだった事?」
「うん」
礼夏の言葉を聞き返す到極。
礼夏がその内容について話し始める。
「ティアが吐血したの。本人は大丈夫って言ってたけど、心配だからE.D.O本部の入口まで連れてったわ」
ティアからは内緒にするように言われていたが、やはり今はティアの身体の方が心配だった。
礼夏の言葉を聞いて、何やら考え始める到極。
記憶を探り、思考をまとめていく到極。
そして。
「もしかして!」
到極はやがて一つの仮説にたどり着いた。
「礼夏さん、力を貸してほしい事があるんだ」
到極が言った。
その眼差しは真剣なものだった。
到極の言葉に、礼夏もまた真剣な表情で頷いた。




