2.吸血鬼
「――もっと"別のもの"が欲しいんですけど」
突然そんな言葉をささやかれ、固まる到極。
その後ろから、身体を押し付け密着する少女。
そして両手を到極の身体に這わせる。
少女が到極の全身にまとわりついてくる。
「あ、あの、何のことですか……」
絡みつく手を必死に解きながら、到極が聞いた。
「ふふっ。何って、決まってるじゃないですかぁ」
到極の耳元で、甘ったるい声で言う少女。
だが次の瞬間、少女が豹変した。
少女の手に力が入り、到極をグッと掴む。
到極の身動きが封じられる。
少女が耳元で言う。
「――血だよ、貴方の」
そう言うと、少女がゆっくりと口を開いた。
その口には、鋭い2本の牙が生えていた。
その牙が、到極の首筋を狙っていた。
「えっ?」
一瞬困惑する到極。
その一瞬の隙があれば、少女には充分だった。
ガブッと、少女が到極の首筋に噛みついた。
牙を立て、血を吸う少女。
数秒後、少女が首から牙を離す。
それと同時に、到極がその場にへたり込んだ。
「ごちそうさまでした、ふふっ」
口を拭いながら、甘い声で少女が言った。
へたり込む到極を見下ろしながら、少女は小悪魔的に笑っていた。
◇ ◇ ◇
ミラージュ=シルバー=ウィーク。
それがこの少女の名前だった。
年齢は14歳、そして。
吸血鬼の特性を持っていた。
「ううっ……」
到極がそんな声を上げた。
先ほど一瞬身体の力が抜けたが、それも元に戻ってきた。
到極が顔を上げる。
そこには。
銀髪の少女、ミラ。
ミラが到極を見下ろしていた。
その姿を見て、先ほどの出来事を思い出す到極。
「ひぃっ」
到極が怖がり、身体を丸める。
だが。
「あの、さっきはすみませんでした!」
ミラが言った。
先ほどまでの甘ったるい声ではなく。
出会った時のようなやさしい声だった。
「お身体、大丈夫ですか」
ミラがしゃがみ、到極の顔をのぞき込むようにして言った。
先ほどまでとは、別人のようだった。
その変貌ぶりに混乱する到極。
そんな到極に、ミラが説明した。
ミラもまた異能者だった。
アーク名 濫製吸血鬼。
吸血鬼の力を持つ異能だった。
翼を生やすなどの身体強化、傷ついた肉体の再生等が可能だった。
だがその代わり。
日光に弱い。
人間の血液を摂取しなければ生きていけない。
などデメリットもあった。
そして、それを行わないでいると。
吸血鬼の本能が現れ、人間を誘惑する。
そして強引に血を求め始める。
今回の件がまさにそれだった。
日光に晒され、弱っていたミラ。
そこに血液不足も起き、ミラは倒れていた。
つまり、ミラは脱水症状などではなかった。
そして充分に血を摂取すると。
吸血鬼の本能は治まり、元の自分に戻る。
との事だった。
異能の説明の他に、自己紹介も行うミラ。
それを受け、到極も自分の名前を名乗った。
ミラの説明が一通り終了した。
――。
――――。
「勝手にあんな事をしてしまって、本当にすみませんでした」
ミラが改めて謝罪した。
異能者は、異能にまつわるそれぞれの事情を抱えている。
異能の暴走に悩む者。
異能のデメリットに苦しむ者。
ミラもその一人だった。
そんな彼女を責める事など、到極にはできなかった。
「痛く、なかったですか?」
ミラが上目遣いで言った。
見つめられ、ドキッとする到極。
だがすぐに冷静を装う。
「だ、大丈夫だよ、このくらい!」
そう言いながら立ち上がる到極。
「それによかったです、ミラさんが無事で」
到極が言った。
到極にとって最も重要なことは「ミラが助かったかどうか」だった。
助ける手段が、水から血液に変わっただけ。
到極にとって、それ以外はあまり重要ではなかった。
「わたし初めてです、あなたみたいな人」
ミラが言った。
ミラが今まで出会ってきた人たち。
その多くがミラを恐れ、離れていった。
中には攻撃してくる者もいた。
そんな中、困っているミラを助け。
ミラの正体を知っても態度を変えない。
そんな到極は、ミラにとって特別に映った。
「今日は助けていただき、本当にありがとうございました」
そう言って、ミラが深々と頭を下げた。
「どういたしまして」
到極がミラと別れる。
それから、少し歩いた所で。
「あっ! 植物委員の仕事!!」
到極が本来の予定を思い出した。
到極は急いで学校へと向かった。
◇ ◇ ◇
「到極くん、か。素敵な人だったなー」
到極の去った路地裏で、ミラがつぶやいた。
到極の血を貰い、身体もだいぶ回復してきた。
そろそろ動き出せそうだった。
そう思い、路地を出るミラ。
だが、その角で。
ミラは誰かにぶつかった。
「すみません」
そう言いながら顔を上げるミラ。
そこには長身の屈強そうな男が立っていた。
男はミラを睨んでいた。
そして。
ドゴッ、と。
男がミラの鳩尾を殴った。
「うっ……」
ミラの口からそんな声が漏れた。
男の正体はグラーズ=バークレイJr.
先日基地から脱走した軍人だった。
ゆっくりと前に倒れるミラ。
そんなミラをグラーズが受け止めた。
気を失うミラ。
グラーズはそんなミラを抱きかかえると、どこかへ去っていった。




