8.再生
暗木が突然取り乱した。
それは暗木が戦いの中で"何か"を見たからだった。
暗木が見たもの、それは"黒い虫"だった。
到極の方から、虫が暗木に向かって来ていた。
よく見ると、虫は到極の口や目から溢れていた。
暗木以外にはその虫は見えていなかった。
虫の出どころであるはずの到極自身にも。
薬物の乱用による副作用、幻覚だった。
暗木の周りを黒い虫が埋め尽くしていく。
到極がゆっくりと歩き出す。
「ひぃ、く、来るな!」
暗木が後退りする。
だがそれも、すぐに終わった。
足元がふらつき、地面に倒れてしまったからだ。
倒れながらも、何とか後ろに逃げようとする暗木。
だが。
「ひ、ひぃ!」
遂に暗木には、到極すらも一匹の巨大な虫に見えてしまっていた。
遂に到極が、暗木を射程圏内に捉える。
到極が拳を構える。
もう何の力も入っていない拳を。
仮にこの拳が当たったとしても、暗木にダメージが入る事などない。
だが。
「ぎゃあああああああああーっ!」
到極の拳が当たる前に。
暗木は失神した。
白目をむき、泡を吹き、失禁しながら。
この戦いは到極が勝利した。
というより、暗木が負けた。
薬物に手を染めた時点で。
暗木は、既に敗北していた。
一方、到極の方ももう体力の限界だった。
到極が犬山や暗木と異なる点といえば、犯罪行為などすることなく真面目に生きてきた事くらいである。
だが、そんな真面目さが勝敗を左右する事もあるというのなら、こんな生き方も悪くないかなと思えた。
そんな風に思いながら。
到極もその場に倒れた。
◇ ◇ ◇
都内のとある病院。
「ん、あ……」
到極は病室のベッドで目を覚ました。
「あ、やっと起きた」
横でそんな声が聞こえた。
到極が横を向くと、そこには礼夏がいた。
礼夏はリンゴの皮をむいていた。
「礼夏、僕は一体……、痛っ!?」
起き上がろうとする到極を痛みが襲った。
気付くと、身体中に包帯が巻かれていた。
「全治一ヶ月ですって。無理しない方がいいわよ」
礼夏が言った。
いつもより静かな口調なのはここが病院だからか。
礼夏はその後、今回の顛末を到極に話した。
その話によると。
あの後すぐに警察が到着したらしい。
扉を破壊し、到極と暗木は病院に搬送された。
その後暗木は逮捕され、暗木の証言から魔薬の売人の正体も判明。
売人が捕まるのも時間の問題らしい。
これから先は警察の仕事だろう。
到極たちの今回の戦いはここで終わりといえた。
「あんた丸三日も寝てたのよ」
礼夏が言った。
「そっか……」
「みんな心配してたわよ」
「ごめん……」
到極が小さな声で言った。
「ま、私はあんたの気持ちも分からなくないし、今回の事に何か言うつもりはないけど、でも――」
礼夏が到極の目を見て続ける。
「もう二度と止めてよね、こんな真似」
「うん……」
到極がそう言って頷いた。
「それにしても桜も運が悪いわね。二日半、ほとんど寝ずに看病してたのに。ついさっきよ、ティアが心配して連れ帰ったの」
「それは、悪い事をしたなぁ」
次会ったら何か返さないと、と到極は思った。
「はい、出来た。どう? 起き上がれそう?」
礼夏がリンゴの皿を見せて言った。
「うん、ありがとう」
そう言って到極は礼夏のむいたリンゴを食べた。
「じゃあ私、そろそろ行くわ」
「もう帰るの? 早くない?」
「私がいたら、話したいことも話せないと思うから」
礼夏が病室を出る。
それと同時に一人の少女が入ってきた。
番莉奈だった。
「莉奈ちゃん?」
到極の口から言葉が溢れ出す。
「ごめん。あの時に莉奈ちゃんの力になれなくて」
到極は4年前のことを思い出していた。
「その時のことがずっと心に残ってて――」
「――本当に、ごめんなさい」
到極が言葉の最後を謝罪で締めた。
やっと言えた、到極はそう思った。
だが。
「あれは到極くんが謝るような事じゃないよ」
番は優しく到極の謝罪を否定した。
その時、到極はやっと気づいた。
番は最初から怒っていなかった。
到極を許していなかったのは他の誰でもなく、到極自身だった。
今度は番が言う。
「私からも言わせて」
「4年前、最後まで味方でいてくれてありがとう」
「私を、助けてくれてありがとう」
番が笑顔で言った。
それから二人は4年分の思い出話を語り合った。
あっという間に時間が過ぎた。
夕方になり、番はもう帰る時間になった。
「また来るね」
番が手を振りながら病室を出て行った。
それから毎日、番は学校帰りにお見舞いに来た。
◇ ◇ ◇
数日後。
到極の病室。
「到極くんの知り合いって、ユニークな人が多いんだね……」
番が言った。
「聞いたか到極、やっぱり分かる人には分かるんだな俺の素晴らしさが!」
隼人が言った。
「多分褒められてないわよ」
「私もそう思う」
礼夏とティアが言った。
そのやり取りを見て、くすっと笑う番。
その笑顔を見ながら、到極は思う。
(結局、不良になったように見えても、莉奈ちゃんは莉奈ちゃんのままだったな)
見た目が変わろうと、その人の本質は簡単には変わらない。
今回の件で、到極は改めてその事を認識した。
そんなやり取りの横で、お菓子を用意している光。
その隣で、お茶を淹れている桜。
「お茶が入りましたよ、到極さん」
そう言って、お茶を差し出す桜。
「ありがとう、桜」
「どういたしまして♪」
受け取り、お礼を言う到極。
笑顔で応える桜。
――――――。
――――。
――。
世界が滅亡するという予言。
その予言が正しいとすると。
世界滅亡まで、あと10ヶ月。
滅亡の阻止。
それが到極たちの現時点での最大の目標だった。
滅亡を回避する、その日まで。
到極たちの戦いは、もう少し続きそうだった。
――。
――――。
――――――。
何はともあれ。
今回の一件は、無事に解決した。
そんな中、桜は思う。
(異能の力が無くても、莉奈さんを助けてしまうなんて、さすがです! すごいです!)
桜の心の中で、元々高かった到極の評価が、さらに上がっていた。
だが、しかし。
到極のすぐ隣に座り、楽しそうに過ごしている番。
そんな番の様子を見て。
(本当に良かった、莉奈さんが助かって)
(でもライバルが増えてる気もします、はぁ……)
そんな風にも、桜は思った。
一方、番も。
(到極くんの周り、かわいい子ばっかりだなぁ)
ライバルの多さを実感していた。
そして。
(全くあいつは、桜と番さんにデレデレしすぎよ!)
礼夏が到極をにらみながら思った。
(な、何でにらまれてるんだろう……?)
到極が礼夏の視線に気付く。
だがその本心には気付かなかった。
礼夏の横では。
(よかった。本当に。到極君が無事で)
ティアが心の中で、到極の無事を喜んでいた。
ティア、桜、礼夏。
そこに新しく入ってきた番。
少女達の恋の戦いも、もう少し続いていく事になりそうだった。
【第21章 不良少女編 完】




