閑話 ある日の体育の授業
東京都贈ヶ丘中学校。
2年2組の教室。
6月の教室は今日も賑やかだった。
4月の頃は顔と名前が一致しなかったクラスメートも今では大体を把握できた。
(次の授業、体育か)
到極はぼーっとそんなことを考えていた。
すると。
教室の真ん中あたりで大声が聞こえた。
「そんな格好して、はしたないよ」
声のした方を見ると、一人の女子が机の上に大胆に座り、その女子の周りを三人の女子が囲っていた。
机の上に大胆な格好で座る少女。
彼女の名は佐々木早織。
ロングヘアーの少女でセーラー服にスカート姿。
見た目は王道の女子中学生だった。
だが中身は違った。
いわば桜の逆。
中身はヤンチャな男子だった。
「うっせーな、私の勝手だろ?」
佐々木が言い返した。
パンツが丸見えになっても楽な座り方を優先する所が、佐々木らしいともいえた。
佐々木を注意したのは三人の女子の内の一人だった。
到極は今度は三人の女子の方に注目した。
(安田さん、か。その隣には蔦谷さんと佐野さんも)
安田は2組のリーダー的な立ち位置の女子。
蔦谷は交友関係の広い人気者。
佐野はスポーツ万能の人気者。
(中心グループの三人か)
到極が思った。
到極には、2組のクラス内が四つのグループに分かれているように思えた。
中心グループ。
明るい系グループ。
大人しい系グループ。
サブカルグループ。
到極自身はどこにも属せていない気がしたが。
そんな自虐を考えていると。
「こら! 待ちなさい」
安田の声が聞こえた。
佐々木が中心グループの三人から離れ、自分に向かって来ていた。
「一緒に逃げてくれ、到極」
そう言って佐々木が肩を組んで来た。
到極は佐々木に強引に連れられ、教室を出た。
◇ ◇ ◇
一階廊下。
ジャージの入った紺のスクールバッグを肩にかけ、二人は次の授業のある体育館に向かって歩いていた。
「なぁ、到極」
佐々木が言った。
「なに?」
到極が聞いた。
「到極はエ○チしたい人とかいないの?」
「――――!?」
到極は自分の耳を疑った。
「な、何を言って――!?」
「だから、到極はこのクラスでエ○チしたい人はいないのかって?」
生徒の行き交う廊下で、それも結構な声量で、よくそんな事が言えるな。と到極は思った。
だがそれが佐々木という人間だった。
「よ、よく分かんないかな、そういう事は」
到極は動揺を必死に隠して言った。
「ふーん、そっか」
佐々木もそれ以上は聞いて来なかった。
別の話題は振られたが。
「実はさ、今日スクールバッグの中にエロ本を入れてきてんだ。これから更衣室で一緒に読もうぜ」
別の話題のはずなのに、似たような内容だった。
「え、遠慮しとくよ、校則違反したくないし」
「相変わらず真面目だな、お前は」
「そういう話をするなら、もっと適任な奴らが居そうだけど」
到極が言った。
到極も佐々木も、2組の四馬鹿のことを思い浮かべていた。
「よし、あいつらにも声をかけてやるか!」
佐々木が言った。
二人が体育館に入る。
すると。
数人の女子が舞台の前の段差に座って話していた。
その中には桜もいた。
この学校では制服は数種類から選ぶことが出来た。
桜はセーラー服のスカートタイプを着用していた。
桜は到極を見つけると舞台を降り、ぴょんぴょん跳ねながら手を振った。
「到極さーん、こっちこっちー」
桜が言った。
(可愛い)
「可愛い」
到極が心の中で、佐々木が口に出して言った。
「ほら、彼女がお呼びだぞ。行ってこいよ」
佐々木が言った。
「あんまり冷やかさないでよ」
「じゃ、私は先に行ってるから」
そう言って佐々木は男子更衣室に入っていった。
到極が桜の元へ駆け寄る。
「何かあった?」
到極が聞いた。
「今日の準備運動、ペアになってくれませんか?」
「もちろんだよ。僕の方こそ相手が居なくて困ってたんだ」
「そろそろ着替えてくるよ」
「ご一緒します♪」
桜が到極について行こうとした時だった。
先ほど佐々木を注意していた三人がやって来た。
「桜さん、一緒に着替えようよ」
安田が言った。
「「さぁ、行こう行こう」」
蔦谷と佐野も言った。
「うぅ……、到極さ〜ん!」
桜は三人に連れられて女子更衣室に入って行った。
4月、桜は男子更衣室を使っていた。
だが5月頃から『桜ちゃんにも女子更衣室を運動』が女子の間で始まり、今ではこの通りだった。
女の子扱いされるようになったら、到極と離れ離れになってしまう。という皮肉。
「難儀だな、桜も」
到極はそう独り言を言って男子更衣室に入った。
桜が女子更衣室を使うようになった時から。
逆に、佐々木は男子更衣室を利用していた。
男子更衣室では佐々木と四馬鹿がエロ本を読み漁っていた。
いや、やはり桜は女子更衣室に行って正解だった。
こんな下品な光景を見なくて済んだのだから。
と、到極は思った。
先に着替えを終え、到極は桜を待っていた。
すると。
女子更衣室の扉が開き、桜が現れた。
手が少し隠れる大きめのジャージで。
ヘアゴムで髪を二つに束ねて。
「お待たせしました♪」
桜が到極に駆け寄る。
周りにいた男子達が到極を羨んだ。
この日の体育は1組と合同のドッジボールだった。
◇ ◇ ◇
チャイムが鳴り、授業が始まった。
背の順で並び、保健委員が前に出て、準備運動をした。
そして。
生徒たちがコート上に散らばる。
1組vs2組のドッジボール対決が始まった。
体育教師が開始の笛を鳴らした。
と、同時に。
とんでもない豪速球が1組チームから飛んで来た。
ボールは男子生徒に命中した。
(やばい、見えなかった!)
到極は動揺した。
「さ、さすがスポーツの1組……」
安田が言った。
各クラスには、クラスごとの俗称があった。
スポーツの1組に、勉強の4組。
とは言っても正式なものではなく、生徒たちが勝手に言っているだけだが。
そして、2組はというと。
にぎやか2組。
あまり能力を評価されてはいなかった。
スポーツの1組を語る上で、外すことの出来ない生徒が二人いた。
(蒼井さんとアンドリュー君には特に気を付けないと)
到極は思った。
蒼井は女子バスケ部のエース。
アンドリューは野球、陸上、バスケの三刀流。
先の豪速球を投げたのも蒼井だった。
ボールがまた1組に渡る。
1組の生徒が桜に向かってボールを投げた。
避ける桜。
「きゃっ」
だが避ける際によろけてしまい、倒れそうになる。
そんな桜を、到極は咄嗟に身体で受け止めた。
結果として。
到極は桜を抱き締める形になっていた。
「あ、ありがとうございます、到極さん」
桜が頬を赤らめながら言った。
そんな桜の姿を見て、到極は照れた。
だがすぐに。
到極は何かを感じた。
嫉妬のまなざし!
到極を羨む数十人の視線が突き刺さっていた。
(あ、やば)
到極がそう思った時にはもう遅かった。
到極は彼を妬む者たちによって集中して狙われ、そして当てられた。
当てられた後も、到極はしばらく数人から睨まれていた。
――。
――――。
――――――。
授業は1組の圧勝で終わった。
蒼井とアンドリューの無双状態だった。
その様子を見ながら。
(球技大会の優勝、本命は1組だろうな)
到極はそんな事を思った。
球技大会はもうすぐだった。




