8.過去
先に起き上がったのは到極だった。
蒼焔を庇う様に、前に立つ到極。
二人に向かってゆっくり進むブロブ。
(アイツ、一体いくつの異能を使えるんだ!?)
ブロブを睨み、対策を考える到極。
(どうしたらアイツを倒せる? どうすれば蒼焔さんを助けられる?)
だが。
そんな時だった。
到極に女の子の声が聞こえてきたのは。
『へー、その子は助けるんだ――』
その声はこう続けた。
『――私のことは助けてくれなかったのに』と。
◇ ◇ ◇
今から四年前。
到極は小学四年生だった。
「あれ、鉛筆がない! どこ行ったんだろう!?」
その日、到極は鉛筆を探していた。
「はい、これ。そこに落ちてたよ」
一人の女の子が到極に鉛筆を差し出した。
女の子の名前は番莉奈。
少し地味だけど、やさしい女の子だった。
席は到極の隣の席だった。
ある日。
到極は番がいじめられている事に気付いた。
仲間外れにされていた事。
教科書を破かれていた事。
体操服を切られていた事。
机に落書きされていた事。
暴力を振るわれていた事。
その様子を見て到極は言った。
「僕がなんとかするよ!」
「いいの?」
「もちろん、いつも助けてもらってるお返し!」
その日の放課後。
到極は担任の先生に言いに行った。
到極は知っている事を全て話した。
「そんな事があったのかい? ありがとう、わざわざ教えてくれて。後は先生が何とかしておこう」
到極は担任のその言葉を聞いて安心して下校した。
――。
――――。
――――――。
次の日、登校した到極は教室で愕然とした。
『番莉奈さんがいじめられています。
いじめた者は正直に名乗り出るように。
到極縁くんが全部話してくれました』
この張り紙が学校中に貼られていたからだ。
担任の先生の仕業だった。
到極は急いで担任の先生に言いに行った。
「先生、アレは何ですか!?」
「あんな事したら、莉奈ちゃんが可哀想です! それに今までいじめの事を知らなかった人まで、いじめに加担しちゃうかも知れない!」
「到極くん、あんまりお友だちのことを悪く言うもんじゃないよ」
「莉奈ちゃんの事をいじめる様な奴なんて、そんな奴友達じゃありません! 処分してください、停学とか退学とか!」
「到極くん、滅多なこと言うもんじゃないよ。いじめっ子にも、この先の人生があるんだから」
「いじめられている子の人生はどうなるんです!? 莉奈ちゃんの人生は!? 一体誰が莉奈ちゃんの人生の責任を、どうやって取るんですかあああああ!?」
後半、到極は泣いていた。
最後は大声で泣き叫んでいた。
対して先生は困った顔でこちらを見ていた。
まるでこちらが問題児かのように。
この時、到極は気付いた。
先生は最初からいじめに気付いていたのだ。
知っていて問題視していなかったのだと。
走って教室に戻る到極。
だがそれももう遅かった。
番が登校して来ていた。
そして黒板に貼られた張り紙を見ていた。
その様子を他のクラスメート全員が嘲笑っていた。
クラスメート全員の注目に浴びながら、番が到極に向かって歩いてきた。
「助けてくれるって言ったのに」
番が到極の目の前でそう言った。
「うそつき」
番はそうつぶやくとそのまま教室を出て行った。
それから番が学校に来ることは無かった。
そして一週間後、番は転校した。
それから二年間、到極は生気を失った。
学校を休みがちになり、ごく稀に登校する日も、死んだように授業を受け死んだように下校するだけ。
そんな日々が、二年間続いた。
◇ ◇ ◇
到極の精神世界。
真っ白な空間で、到極は番と対峙していた。
先ほど到極の脳内に聞こえた声は番のものだった。
もちろん、現実のものではない。
到極の自責の念が生み出した幻聴だった。
そしてこの光景も。
「莉奈ちゃん……」
今の到極にブロブは見えていなかった。
今、到極に見えているのは、目の前にいる四年前と変わらぬ姿の番だけだった。
「僕、ずっと謝りたかったんだ。あの日のこと」
『無駄だよ。今の私に謝っても何の意味もない』
そう言って虚像の番が到極の謝罪を突っぱねる。
『さて、本当の私は今どこで何をしているかなー? もしかしたら、もうこの世にいなかったりして!』
虚像の番が言った。
到極の血の気が引く。
番が続ける。
『君が私の命を奪ったかも知れないんだよ、到極君。もしそうなっていたら、私は許さないだろうなー、君のこと。今も恨み続けているだろうなー』
それはまだ分からない事だ。
だからといって。
番の無事を確認する術などなかった。
つまるところ。
今の到極には苦しみ続けることしか出来なかった。
「僕は一体どうしたら良いんだ? 教えてくれ莉奈ちゃん。僕は四年間考え続けて来た。でも答えは出なかったんだ」
到極が言った。
『あるよ』
番が言った。
いとも簡単に。
『見捨てるんだよ、蒼焔さんを』
それは非情な解答だった。
『蒼焔さんを見捨てたらいい、私にしたみたいに。そうしたら、私は君を許してあげる』
番の言葉を聞いて、到極が言った。
「そうしたら、本当に許してくれる?」




