4.念動力(サイコキネシス)
東京都贈ヶ丘中学校。
爆発音のする一分前。
続々と登校する生徒たちの中から到極は拓馬を見つけて問いただしていた。
「拓馬君、昨日隼人にティアの居る場所を教えたって本当?」
「あぁ、教えたぜ。3組の奴が話してるのを聞いてな。確か斎藤っていったかな?」
「え、斎藤君?」
到極が思わず聞き返した。
そんな時だった。爆発音が聞こえたのは。
それが聞こえたのは2年3組の教室からだった。
教室から生徒たちが一斉に逃げ出してくる。
「うわああぁ! な、何だ!?」
拓馬が言った。
拓馬以外もおそらく逃げている全員がパニック状態の様だった。
「ありがとう拓馬君、君も急いで逃げて」
到極が拓馬に言った。
「お、おう!」
拓馬は返事を返すと一目散に逃げていった。
到極の元に花咲が駆け寄って来た。
「到極くん、この騒ぎは一体なんなの!?」
「たぶん斎藤くんが異能を発動したんだと思う」
花咲の質問に到極が答えた。
「どうして斎藤くんが?」
「斎藤くんだったんだよ、昨日ティアを襲ったのは!」
到極がそう言って周囲を見回す。
すると人混みに飲まれ一階の出口の方に流されていくティアたちの姿が見えた。
「桜、隼人! ティアを頼む、ティアと一緒に外まで逃げてくれ!」
到極の声はギリギリ届いた様だった。
「さ、花咲さんも早く逃げて」
「逃げて。って、到極くんは?」
到極の言葉に花咲が質問した。
「僕は行ってくる。斎藤くんを止めないと」
「そんな、じゃあ私も行く」
花咲が言った。
「僕は大丈夫だから。さぁ、早く!」
到極が花咲の背中を押した。花咲はそのまま人混みに巻き込まれ、一階の出口まで流されて行った。
「ふぅ、……よし!」
到極が呼吸を整え、爆発音のした方に向かって走って行った。
◇ ◇ ◇
念動力。
それが斎藤流のアークだった。
物体に触れずに物体を動かす。
ティアを襲ったロープも、この異能で操っていた。
到極が爆発音のした教室に到着すると、同時に斎藤が教室から出てきた。
斎藤のいた教室は机や椅子やガラスの破片が散乱し、グシャグシャになっていた。
(アークが暴走したのか?)
到極は思った。
異能は感情の爆発やコントロールの誤りが原因で暴走することがあった。
「斎藤くん、君だったんだね。ティアを襲ったのは」
到極が言った。
「あぁ、そうだよ」
斎藤が答えた。
「なんでこんなことを!」
「あの方の命令だから……、あの方の我慢ももう限界なんだ。今すぐにでもティアさんを連れて行かないと、僕の身まで危ないんだ」
斎藤が言った。
「斎藤くんもティアを狙う組織の人間だったんだね……。でもそんなにすごい異能を持ってるなら、他にも方法があるんじゃないかな」
「方法、って?」
斎藤が聞いた。
「例えば僕たちに組織の事を話して、一緒にその組織を倒す、とか」
「無理だよ、僕たちが到底敵う相手じゃない。だからごめんね」
そう言って、斎藤がアークを発動した。
掃除用具入れにあったモップや箒が宙に浮いた。斎藤が軽く手を振る。するとモップや箒が一直線に到極に向かって飛んで来た。
「くっ、危ない!」
到極は自身のアークを発動し間一髪の所で避けた。
モップや箒は廊下の突き当たりの壁に猛スピードで突き刺さった。
「外したか、まあいい。弾はまだまだある」
斎藤はそう言うと近くにあった木片やガラス片を浮かび上がらせた。
「おらっ!」
斎藤が破片を発射した。
(まずい! 避け切れない!)
いくつかの破片が到極の体をかすめた。
「くっ……」
到極が片膝をつく。頬や脇腹や太ももに切り傷ができ、血が出ていた。
斎藤が何度も破片を飛ばして攻撃する。なんとか避ける到極だったが、その度に傷は増え大きくなっていった。
「そろそろ終わらせるか」
そう言って斎藤が浮かび上がらせたのは、廊下に設置してある消火器だった。こんな物が猛スピードで体に当たれば、ひとたまりもないと言えた。
「じゃあね、到極くん」
斎藤がそう言って消火器を発射した。
消火器は到極のすぐ目の前まで迫って来ていた。
◇ ◇ ◇
校庭。
避難した生徒たちがグラウンドに集まっていた。
「クラスごとに集まって、人数を数え、代表者が報告しに来てくださーい!」
生徒会と教員が生徒の人数を確認中だった。
隼人と桜はティアを囲みながら辺りを見回していた。
「まさか斎藤が犯人だったとはな」
隼人が言った。
「斎藤さんの仲間がいるかも知れませんし、私たちも気を抜けませんね」
桜が言った。
「私、やっぱり到極くんを助けに行く」
ティアが言った。人混みに流され到極と離れ離れになったのはティアにとって不本意な事だった。本当は今すぐに到極を助けに行きたかった。
「ちょ、待て待て待て!」
隼人が慌てて止めた。桜も言った。
「今動くとかえって混乱を招く可能性かも知れません。ここは到極さんを信じて待ちましょう」
二人の説得を聞いてティアは到極を待つ事にした。
辺りを見回し何かに気づいた隼人が言った。
「あれ、ところで光は?」
◇ ◇ ◇
二階の廊下。
辺り一面が真っ白に染まっていた。
消火器が壁にぶつかりレバーが押され中身の粉や泡が廊下を埋め尽くしていた。
間一髪、階段に逃げることで到極は攻撃を回避していた。
「どうした、もう終わりか?」
斎藤の挑発が廊下の向こうから聞こえる。
(危なかった、でもこれから一体どうすればいい?)
到極が考えていると階段の下の方から声が聞こえてきた。
「到極くん、到極くん!」
声の主は花咲だった。
「花咲さん! どうしてここに!?」
「到極くん一人じゃ心配で、戻って来ちゃった」
言い方は少し軽かったが、その目は真剣だった。
「私も協力するよ!」
花咲の言葉を聞いて到極は考える。
(花咲さんの異能は光の壁を作る力。その力をどう使えば斎藤くんを止められる? ……そうか、この方法なら!)
到極が花咲に耳打ちする。
「わかった、任せて!」
花咲の言葉を聞いて到極が再び廊下に立つ。
廊下では斎藤が破片を浮かせて待ち構えていた。
「逃げずに現れたか。だが、これで終わりだ!」
斎藤が破片を発射した。
――。
――――。
――――――。
だが破片は到極の目の前で止まった。
花咲のアークが発動していた。到極の前に"光の壁"ができ、その壁が到極を破片から守っていた。
花咲がアークを調整した。すると"光の壁"が廊下の幅と高さぴったりに大きさを変えた。
「あんまり長くはもたないかも……。到極くん、後は任せたよ!」
花咲が少し苦しそうに言った。
アークの調整はかなり大変なようだった。
「わかった、行ってくる」
到極はそう言うと光の壁を押し始めた。
「ふっ、うおおおおぉ!」
光の壁を押し、斎藤に突進する到極。
斎藤が何度も破片を発射するが、それらは全て光の壁に弾かれた。
光の壁が斎藤に届く。そしてそのまま斎藤ごと壁を押す到極。遂に廊下の突き当たりの壁に斎藤の背中が触れた。
「ま、まずい」
斎藤がそう思った時にはもう遅かった。
「【第三艤装】変則爆拳。バグ・プレッシャー!」
到極が叫んだ。
光の壁と廊下の突き当たりの壁に挟まれた斎藤。
到極vs斎藤は到極に軍配が上がった。
◇ ◇ ◇
校庭。
グラウンドには微妙な空気が流れていた。
生徒の中にはティアのせいでこの事件が起きたと考える者もいたからだ。
「ティアって何者?」「ティアさえいなければ」
「実はティアって子が黒幕なんじゃない?」
そんな声がちらほら聞こえてきた。
だが。
そんな声を打ち消すように2年2組の生徒が言った。
「ティアちゃんは悪くないよ」
「ティアちゃん、怖くなかった?」
「私たちでティアさんを守ろうよ!」
どちら側でもなかった生徒たちも、次第にティアを擁護する方についた。
隼人も桜も、もちろんそちら側についた。
転入してきたばかりのティアだったら、ここまでの信頼は集められなかっただろう。
優しさ真面目さ上品さがこの一ヶ月で伝わったからこそ、ティアは信頼を得ることができたのだ。
「みんな、ありがとう……」
ティアを批判する声は次第に聞こえなくなった。
◇ ◇ ◇
「斎藤くん、起きて!」
二階の廊下では到極と花咲が斎藤を起こしていた。
何度か体を揺らしたところで斎藤は目を覚ました。
「斎藤くん、組織について知っている事を教えて! どんな小さな事でもいいんだ!」
到極が焦った様子で言った。
到極が焦っているのには理由があった。
カチ、カチ、カチ、カチ。
過去に数回、到極はティアを狙う刺客と戦ってきた。その刺客たちには一つの共通点があった。
それは敗北すると記憶を失う事だった。そしてそれは今回も。
――ピキーン! と。
斎藤の頭の中で何かが響いた。それと同時に、斎藤は組織に関する記憶を失った。
「僕は今まで、一体何を?」
「そん、な……」
到極は落胆した。また組織の情報を手に入れる事が出来なかった。
「くっ……!」
到極が拳を握った。
次は必ず組織の正体を暴くと決意して。
◇ ◇ ◇
校庭。
到極が花咲に支えられグラウンドまで歩いて来た。
到極を待っていたのは祝福だった。
「すごいよ到極くん」「私ファンになっちゃった!」
「私たちを守ってくれてありがとう!」
生徒たちの声と拍手が到極を包んだ。
だが、その中で一人。浮かない顔の少女がいた。
ティアだった。
「いやー、組織の正体までは分からなかったよ。もう少しで聞き出せそうだったんだけど」
ティアに気を遣わせないように到極が言った。
「到極くん……」
ティアが到極に駆け寄る。そしてそのまま抱きついた。
誰かが口笛を吹いた。到極の顔が赤く染まる。
グラウンドの真ん中で、到極の時間だけが一瞬止まった。
【第3章 出会い編3 中盤戦 完】